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パウル・ツェラン

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 23:02:51 ID:WNh7NNxS
Lies nicht mehr - schau! もう読むな − 見ろ!
Schau nicht mehr - geh! もう見るな − 行け!

2 :名無しかへらず:2007/08/08(水) 01:12:20 ID:h8lWB0hv
よくぞ立ててくれました。

Celan on Mandelstam
http://pjoris.blogspot.com/2007/05/celan-on-mandelstam.html

Paul Celan - poetry, poems
http://www.artofeurope.com/celan/index.html

Paul Celan reading his poems
http://www.nortonpoets.com/ex/celanp.htm

3 :名無しかへらず:2007/08/08(水) 01:18:19 ID:h8lWB0hv
ツェランの全詩(ドイツ語)が読めるサイトもあったんだけど
つながらなくなってる・・・

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 01:30:44 ID:yMAPCGNq
>>3
ポップアップ広告に注意。
あと文字コードをいじらないと化けるかも。
http://web.archive.org/web/20010404083923/http://www.geocities.com/Athens/Chariot/3474/

5 :4:2007/08/08(水) 01:32:18 ID:yMAPCGNq
それと、時々原文が切れてたり、単語が間違ってたりします。

6 :名無しかへらず:2007/08/08(水) 03:30:00 ID:h8lWB0hv
>>4
ありがとうございます。
でも単語が間違ってたりすると、
ツェランの詩では致命的ですね・・・

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 07:13:50 ID:O9FJbko0
アウシュビッツ体験の色眼鏡を外して観たら、
純粋に詩として、ツェランの作品はどれほどのものなのか、疑問あり!

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 09:47:11 ID:yMAPCGNq
>>7
石原吉郎は「あんな暗い詩、嫌いです」と言ったそうですね。
ただ、『死のフーガ』や『ストレッタ』のように、
直截にアウシュビッツを踏まえている詩の方が少ないように思います。
完璧に拘泥していたと言うより、それをきっかけにして、
あらわになってしまった今を悲しむというか……
『頌歌』や『空に』辺りにそれが顕著でしょうか。
(でも難しいことに変わりはない。後期の詩は特に)

9 :名無しかへらず:2007/08/08(水) 21:49:11 ID:F3EQkIVY
ツェランの詩にはエロティシズムがありますね。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 00:32:24 ID:X/c5+HVb
文庫で欲しいんだが……
あるのは岩波文庫の一部、それもヘボ訳。
カナシイナー。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 13:02:08 ID:zt7GhCC+
飯吉訳と中村朝子訳はどっちがおすすめ?

12 :名無しかへらず:2007/08/09(木) 16:44:20 ID:J/zVlGt4
飯吉訳はちょとワカリニクイ
中村訳は注が充実してるし分りやすい
理想は両者を参考にしつつ原詩を
一字一句辞書を引きながら読むことだけど

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 21:11:56 ID:X/c5+HVb
飯吉訳かな。
分かり難いのは元からだし、分かり難さの方向性も原文に近い。
中村訳は正確だけど詩心に欠ける嫌い有り。
個人的にはここの飯吉光夫をベースにした(推定)訳がオススメかな。
ttp://maturiyaitto.blog90.fc2.com/blog-entry-9.html


14 :名無しかへらず:2007/08/09(木) 22:18:38 ID:VvZJx0nV
あなたはわたくしを
雪でもてなしてくださってかまいません

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/11(土) 22:35:23 ID:EljuinBJ
文学板の奴が落ちたと思ってたらこんなとこに・・・

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 00:41:46 ID:PnDL++Kn
>>14 あたたかくやさしく,しかしつめたくつよく
諦めと決別を突きつけるような,
なんという言葉だろう。

17 :名無しかへらず:2007/08/12(日) 01:59:34 ID:jKgaKsVG
DU DARFST mich getrost
mit Schnee bewirten:
sooft ich Schulter an Schulter
mit dem Maulbeerbaum schritt durch den Sommer,
schrie sein jüngstes
Blatt.

"ATEMWENDE"


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 23:24:09 ID:pUESZL1x
Licht war. Rettung.

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 02:41:57 ID:JwI9V41f
ハイデガーとの手紙は公開されたの?

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/15(水) 17:35:01 ID:UYkvz0O3
マルティンが魅力的なのは分かるが、似非哲学、似非世界観だと俺は思ってる。
彼の思想に影響を受けた詩人は数多いが、おいおい!って思う・・・

21 :名無しかへらず:2007/08/16(木) 01:09:38 ID:wlS6XLNL
マルティンがむしろ詩人から影響を受けてるんじゃないかな。
ハイデッガーの思想は人を選ぶ所があるのは事実だけど。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 09:00:03 ID:kF0Ldwgr
>>21
確かに。ヘルダーリン論やリルケ論があるね。
ツェラン論は未筆のままだったらしいけど。

23 :20:2007/08/17(金) 04:59:20 ID:aGFEV2tf
>>21
ハイデッガーが詩人から影響を受けてるなんて、本気か?
ナイーヴすぎるんじゃないか?
ハイデッガー自身がそう装ってる節もあるかもしれんが、奴は曲者だぜ?

24 :名無しかへらず:2007/08/17(金) 05:29:26 ID:hLjY1jZM
たいていの哲学者は詩人から影響を受けてるけどね。
まあ「影響」の定義をまずしておくべきかも知れないけど。
ドゥルーズがボブ・ディランやパティ・スミスの影響を受けてる、
って言ったら、やっぱりナイーヴすぎる、ってことになるのかな?

でもナイーヴすぎる、ってのは嬉しいね。ナイーヴっていいなーー

25 :20:2007/08/17(金) 11:20:44 ID:62lCzbLG
まあね、確かにどんな影響であるかだなw

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 04:24:43 ID:CMz7jfyB
ツェランあげとこっと

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 21:18:05 ID:21bqJGJ7
ツェランあげとっとこハム太郎

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 22:48:26 ID:CQufhB8T
>>27
あげてないじゃん。

そういや評伝がもうすぐ出るね。
チと高いけど。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 03:31:28 ID:DsTQEfTI
哲学者と詩人の気質とか資質は似てるとおもうが、哲学者は詩人から影響うけて哲学を立ち上げたりはしないよ、確かに。
その逆はあるね。哲学理論に触発されて造られた詩ってのが・・・

30 :名無しかへらず:2007/08/27(月) 10:37:23 ID:AZLuVGVF
バシュラール・・・

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 18:49:31 ID:Iij9EWdO
バシュラールは何をいい対価わからn

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 23:55:00 ID:lSu+ULeL
14日発売だってさ。
http://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=1245
高いと思ったけど、ページと専門書なのを考えると妥当なのかな?

33 :名無しかへらず:2007/09/03(月) 07:53:24 ID:8cId58YG
妥当だな。
十年前に出た小海永二のアンリ・ミショー評伝が
四六判400ページちょっとで4500円だったしな

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 22:20:23 ID:rgMu16iB
好きだが絶版多杉。

35 :名無しかへらず:2007/09/11(火) 02:00:42 ID:GFTz1C6k
自分で訳してみるといいよね。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 23:38:53 ID:rujLqIpr
>>32
いつの間にか27日になってる……

37 :名無しかへらず:2007/09/12(水) 01:45:57 ID:VN6zj7VH
いつの間にか2017年にならなければいいがな

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 08:19:03 ID:Ax7L6vFC
>>32
訳者誰かと思ったら、俺が大学1年のときにドイツ語を教わった人だったw
そういえばこの人の修論がツェランで、俺はそれでツェランのことを知ったんだった。
(´・ω・) ナツカシス

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 12:05:23 ID:c/6MYZ5s
東大出だといいたいのか?

40 :名無しかへらず:2007/09/12(水) 20:49:10 ID:1C/GtLhm
奥ゆかしい自己愛アピールだな。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 01:29:03 ID:RCEJc7Tv
>>38
氏ね

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 22:43:06 ID:e4xp2kkm
微妙に荒れててカナシイ。
しかし絶版ホントに多いねー。
どこか文庫化してくれないものかな。
もちろんツェラン単独で。
対訳だと言うことなし。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 02:24:02 ID:HRoIo0xz
>>42
ツェランの文庫化は、初期の黒いミルクのあたりしか無理だろうな
あとは難解すぎて文庫向けではない
結局、学者の読む詩人でしかないという印象・・・

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 12:12:00 ID:s8JC9bQj
中卒のおれでも親しんでるのにね

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 00:27:55 ID:/EHI0gvO
読めるかどうか、ホントにその人次第と思う。
友人は「ワケワカンネ」って言ってた。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 02:24:10 ID:YAQFYrUf
読んで分かった気になる奴と、
正直にワカンネw って思う奴の二種類いるだけ

47 :名無しかへらず:2007/09/15(土) 05:32:55 ID:M16GwZzW
たしかに詩を完全に「わかる」ということはありえないな。
宮沢賢治を読んでもいまだに分らぬことばかり。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 23:20:31 ID:Q5KiM29D
で、誰か評伝読んだひといないの?

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 22:16:30 ID:VS+tN7OT
>>48
また延びてる。
http://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=1245

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 00:16:55 ID:/Dd27ps6
せのたんは仮性包茎だったけど太めで包皮の上からカリが分かるプックリ型で良チンだったよ

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 18:01:09 ID:xY+70bOG
飯吉訳は非常にリズム感がいいのだが、原詩もあれくらい耳に心地よいの?
じゃなかったら、やっぱり中村訳で我慢するか

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/21(日) 07:08:09 ID:Nz5qys7X
ツェランの詩に心地よさを求める奴出たー

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/21(日) 20:06:12 ID:JgCzz/29
飯吉訳は中村訳と比べて心地よいが、原詩はそのへんどうなの?と聞いているだけだと思うが

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 00:12:27 ID:uDJw8dWZ
内容はともかく、リズムがあるかと聞かれればその通り。
けれどそれも『誰でもないものの薔薇』までで、
以降は訥々としていたりぶつ切れてたりする。
とりあえず、
http://www.nortonpoets.com/ex/celanp.htm
の本人の朗読を聞いてみるといい。
特に『死のフーガ』や『ストレッタ』では不吉さを味わえるはず。
飯吉訳は本人が言うほど逐語訳じゃないけど、リズムは随一。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 09:23:47 ID:gXUG9U5a
>>54
朗読以外の言及になるけど、やっぱり「ツェ」ランというよりは、セランに近い発音なんだな。
以前、ドイツ人と拙い英語で話してて、ツェランと発音して言ってたら「誰だそれ?」みたいな反応されたんで、
文字で書いたら「ああ、セランか」と応えられてね。

(まあ、仏語や伊語でもカタカナ表記そのものが何通りもできる、
 ――つまり、そもそも日本語のカタカナ音韻に対応しがたい――というのと同じで、
 独語のc音もそんな感じなのかな。)

56 :名無しかへらず:2007/11/24(土) 03:48:26 ID:ihvuLfze
>>55
>セラン

英語で話してたからじゃないの?


57 :名無しかへらず:2007/11/24(土) 03:52:06 ID:ihvuLfze
>>53
原詩は決して心地よいものではないよ、と言ってるだけだと思うが


58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/29(木) 17:22:39 ID:F7H38a7z
たかいよツェランの本
飯吉訳が手に入らないよしくしく

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 11:00:58 ID:7c0qIFCS
>>58
地道に探索汁。それかケータイ数ヶ月ブッタ切れ。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 15:01:22 ID:CX/PG7er


61 :かん♯adc:2007/12/20(木) 17:00:02 ID:7wx9Iz5h
うち

62 :あん♯かなや:2007/12/20(木) 17:00:55 ID:7wx9Iz5h
かな

63 :なんajt:2007/12/20(木) 17:03:46 ID:9kIfHXkI
あら

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 23:29:23 ID:+ppIpo7o
mmmmmmmmmmmmmmmmmm

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/22(土) 20:42:36 ID:vGK1e7my


66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 01:06:00 ID:aKfZsTgn
日本ではフランスの詩人の人気あるが、ドイツの詩人はイマイチって感じだな。
ヘルダーリンとか、ツェランとか、ヨーロッパでは言上げされることが多い割りに・・・
どうしてかな?
あっ、リルケがいるか。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 14:57:03 ID:5AU4jgjD
単純に、戦前・戦中時代ぐらいにおきた、日本文壇内の独仏覇権移行のせいかもしれない。
トラークルは全集も出てるのに日本でめったに言及されないもんね、>>66の言うような感じで。
あと、シュレーゲルとかマジ翻訳が足りない・・

68 :鬱( ̄▽ ̄)v:2007/12/29(土) 03:55:12 ID:y5/lyrs1
そんな覇権移行があったのか・・・
戦前はフランスかぶれ、戦中はドイツロマン派かぶれ、
戦後はアメリカかぶれ、だと単純に理解していたが・・・

でもゲオルクの全詩集は出てるんだな・・・
ノヴァーリス全集も文庫に入ってるし、
ヘルダーリン全集は結構増刷してるみたいだし、
ヘッセは最近読まれなくなったみたいだが、
それを言うならロマン・ロランも読まれていないだろうし、
うーん・・・何言いたかったのか忘れた・・・


69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 07:16:22 ID:DVQJRWsD
小林秀雄、中村光夫、などに代表されるような、辰野隆の生徒たちが、文壇内の批評家として軸になってきて、
あの頃に、何だかドイツ観念論を中心としていた(と言っていいのかな)
独哲-独文の文脈が一度切れるという印象があってね。

その後、戦後のカミュ、サルトル、現象学などの受容が続き、フーコーやデリダたちが紹介される下地を作る。
彼らがコジェーヴのヘーゲルやハイデガー以降の系譜があるとか、
アドルノ/ベンヤミンのユダヤ性がレヴィナスやデリダにあると言われるのは、もうちょっと後のことで、
それまで独哲-独文が無視されていたのではないか、とか思うんだよね。

まあ、あくまで仮説なので、細かく見ていくと結構違うかもしれないが。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 13:53:16 ID:Qxz/+upR
ツェランの難解な詩のどこがどういいのか?、魅力的なのか? 誰かちょっと簡単に説明してくれ!

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 09:16:40 ID:6QBM/USQ
失語症になれば分る。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 21:09:05 ID:yYimqD0Z
失語症的だな、確かに・・・
三ヶ国語を自由自在にしゃべくりまくり、早口言葉も得意な俺とは、しょせん縁なき詩人かw

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 22:42:33 ID:pY+BkCHY
ツェランは、まさに多言語できないと読み解けないとも聞いたが。
外語を割と混ぜてなかったっけ、彼の作品。
数ヶ国語できる研究者の精読した論文って見てみたいものだ。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 01:22:53 ID:w5OQWoyb
>>73
多言語も多言語。欧州圏言語はもちろん、
ラテン語とかヘブライ語、イディッシュ語まで出てくるよ。
もちろん辞書的な知識はどうにかなるけど、向こうの人間の受ける、
その手触りはと聞かれるとお手上げというしかないね。
ただ、向こうの人間にとっても難しいんじゃとは思う。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 03:59:18 ID:SJw6ehfs
失語症的であろうと多言語的であろうと、たんにレトリカルな詩人じゃん。
その背後に何かあるとしても、読み解けず、感じられなけりゃどうしようもないな。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 06:26:20 ID:fnKTE4P2
単にレトリカルというのは大外れだろう。
大して読んでいない立場から言わせてもらっても、
ヘブライ語、イディッシュ語を持ち込む背景には、ユダヤ性の問題があるのは容易に想像がつく。
75の主張だと、読み解ける・感覚的な言語が統合的に存在していて、
そこに全体性があり、それだけを使用すればいいということになってしまう。
詩における多言語性というのは、そうした統合不可能性と詩言語の不可分さがむきだしになる局面なんじゃないか。

そもそも、詩文に関して、「レトリカル」だという主張を批判とするためには、
前提が必要になるだろう。「伝達内容」が先行し、
それを伝達するための効率的あるいは有効な「伝達方法」が求められるのが詩だという前提が。
しかし、詩をそうしたものとして見る詩観は決して「自明」なものではない。
その立場から批判する、というのならまだ理解できるが、あたかも自明であるかのように言い放つのはおかしい。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 15:44:20 ID:SJw6ehfs
>>76
突っ込みどころが満載でどこを批判したらいいものか?
とにかく、安易に分かった気になって高い評価を下すことはできないな。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 17:18:09 ID:fnKTE4P2
私はツェランの評価ということで言ったつもりはありませんが。
4行目以下、ツェランについてよりも、多言語使用について言ったまで。

で、突っ込みどころって何ですか。
>>75の言いっぱなしの言葉の方が、突っ込みどころ満載だったと思うんですけど。
まあ、ああいう言いっぱなしは、2chでは放置されるための言い捨て罵倒みたいなものなので、
「突っ込みどころが満載でどこから批判したらいいものか」となり、一々相手にしない、というのが対応になるんですけどね。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 21:27:14 ID:SJw6ehfs
>>76
>>78
君、やけに絡んでくるなw
俺は多言語的であることがどうかなんて興味はない。
ただ、読み解けず、感じられなけりゃどうしようもないだろ?
そういう奴にとっちゃ、レトリカルな詩人でしかないって言ってるだけだ。
俺の評価は、あくまで俺の評価でしかないことは、当然、分かったつもりで言ってる。
後期ツェランは実際に難解だから、よかったら、君が了解している魅力を語ってくれよ。
そうしたら、俺もツェランに対する見方を前進させられるかもしれん。
まあ、君の自由だ。

80 :鬱(-_-):2008/01/07(月) 07:38:03 ID:Z24PliEE
なぜ魅力を感じても居ない詩人のスレに出入りして
批判してみるのか。
暇なのだろうか。鬱憤晴らしなのだろうか。
ほんとうはツェランが好きでたまらないのだろうか。
それとも単なる趣味なのだろうか。
そして私にも突っ込んでくれるであろうか。


81 :鬱(-_-)ノシ:2008/01/07(月) 07:45:03 ID:Z24PliEE
ツェランを翻訳する場合、
一篇の詩に就き最低でも2パターンの解釈に基づいた訳が必要だと思うのだがどうだろうか。
それも気のせいなのだろうか。
それはともかくやはり魅力を感じられない詩人は放っておくに限るのではないだろうか。
魅力を感じられないのにましてや評価することなんてできるのだろうか。
そもそも自由などというものが本当に有りうるのだろうか。



82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 20:32:18 ID:1kNIS+Tn
>>79
僕はルネ・シャールを読んで詩に興味を持って、
ツェランも読んでみようと思っていたんですが、
ツェランがレトリカルというのは単に難解なだけではなくて、
読めても詩全体の統合性が感じられないということですか?


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 02:01:04 ID:HBVjxW6N
>>82
>読めても詩全体の統合性が感じられないということですか?

そうだね、それもある。
それに、俺はツェランは本当に自分が書きたいことが最後まで見えないで終わってしまった詩人のような気がしてるんだ。
俺のドイツ語の力のせいもあるかもしれんが、二、三の翻訳を参照してもダメだ。語の置き方や方向性にばかり気を使っているようにしか思えない。
ハイデッガーの哲学に心酔していた側面も気に入らんw

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 16:06:13 ID:64gK7CsY
ちょっとツェランについて否定的な事ばかり書いてきたんで、フォローする訳じゃないが、言い添えておきたいことがある。
俺は詩を読むだけじゃなく書きもするんだが、ツェランの作品を読むと、分からないなりに、何かやたらとイメージが湧いてきて詩を作りたくなるんです。
それは彼の作品が、読む者を内に閉じ込めるタイプのものではなく、語に込めた力を外に解き放つように書かれているからかもしれない・・・

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 20:48:44 ID:OjJNd+n7
>>83
>>84
同じ方ですよね?

ツェランの詩は中心となるイメージや意味を構成するのではなく、
一つ一つの言葉が持つ可能性を開くためのものだということですね。
その点で読者に任せているところが多いように見えるというならわかる気がします。


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 21:20:23 ID:A2WztPor
>>83
>>84
なぜ自分とは根本的に異なる資質を持った詩人にかまうのか。
ツェランは自分が書きたい事どころか、たぶんあらゆるすべての事が不可能だと感じていたと思う。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 23:03:08 ID:kNdCd/Lm
>>86
だからレトリカルにならざるおえないってことかもしれん?

88 :84:2008/01/11(金) 00:49:27 ID:V+Tjvtb8
>>85
そうだね。

>>86
異なる資質を持った詩人に興味を持つのは悪いことじゃないよ。
こう見えても、ツェランは俺の愛読詩人の一人なんだ。
だから、なお更?み難いところにイライラもするw
それでここでは否定的な事を言ってきたが、まあ、それは俺の勝手。不快に感じた人には謝っておくよ。
ほんの多少とも内容に踏み込んだレスがあったのだから許してくれ。

>たぶんあらゆるすべての事が不可能だと感じていたと思う。

そうかもしれない。
例えば、ハイデッガーの「存在」追及の計画の最後は、人間が己れの「存在」を十全に開いて歓喜に至るとする思念があったのではないだろうか? と俺は思っているんだが、
ハイデッガーがツェラン論を書こうとしながら、遂にそれを辞めたのは、ツェランの絶望に同意できないものがあったことは間違いないように思う。
でも、それなら彼は詩に何を求めて書き続けたのか? って疑問は当然湧いてこないか?
詩に何を託そうとしたのか? 不可能を顕わにすることをか?・・・
まあ、そんなような事を考えるのも彼の作品を読む手がかりになるかもね。


それと、>>84で「イメージが湧いてくる」って書いたが、「語が湧いてくる」って言った方が、正確かもしれない。
例えば、「トートナウベルク」って作品の中の最後、

湿ったものたち、
たくさんの。

俺の場合この詩句から、乾いた大地、とか、記憶って言う「語」に纏い付く様々な語彙の集合と連鎖が湧いてきた。

では、では、この辺で俺は失敬します・・・

89 :世界から彼女をゲット!:2008/01/11(金) 11:36:29 ID:Hx6vqG+G
http://jp.myspace.com/

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 15:19:21 ID:T3i7UIes
>>84
激しく同感

91 :ねこ鍋:2008/01/11(金) 15:58:55 ID:VHrc7EJC
高村美香っていう詩人がいる
天才だ


92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/15(火) 04:32:09 ID:aMiXEG3/
Sie Kaemmt ihr Haar wie mans den Toten Kaemmt:
sie traegt den blauen Scherben unterm Hemd.

Sie traegt den Scherben Welt an einer Schnur.
Sie weiss die Worte,doch sie laechelt nur.

Sie mischt ihr Laecheln in den Becher Wein:
du musst ihn trinken,in der Welt zu sein.

Du bist das Bild,das ihr der Scherben zeigt,wenn sie sich sinnend uebers Leben neigt.




死者の髪を梳くように
彼女は髪をくし削る
青い欠片が素肌に揺れる

胸にさげた欠片のこの世
彼女は言葉を話す筈
でも微笑むだけだ

微笑みはワインを湛えたグラスに注がれ
お前はそれを飲まねばならぬ
この世の内に生きるがため

物思いつつ彼女が生へと身を屈める時
お前は欠片に映る姿なのだ



93 :86:2008/01/16(水) 15:17:27 ID:7iTSWfQz
>>88
戻ってきておくれ。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/16(水) 21:52:15 ID:f9o39kdI
>>93
ツエラソについて尻たいのかぇ?
わてに、なんでも奇異ておくれ
誤を解き放つとは烏賊なることか、なぜレトルトカルなのか?
クククククク・・・

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 16:39:35 ID:+jZLZoyi
ツェラソの詩の本質を教えてください(>_<)

96 :名無しさん@お腹いっぱい、:2008/01/18(金) 00:00:39 ID:kozPOWIB
ツェランの詩に本質はありません。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 02:45:53 ID:N7WRyaFQ
本質はないか・・・
象徴的なメタファだけど、リルケの詩の本質は薔薇、ツェランの詩は虚空の墓って感じかな?

98 :名無しさん@お腹いっぱい、:2008/01/18(金) 07:56:35 ID:z7JH51E8
そうかもしれない・・・

リルケの詩が薔薇なら
ツェランの詩は「誰でもないものの薔薇」か・・・

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/24(木) 01:14:50 ID:LteksPBn
>>97
「Non」でなくて「Niemand」か(前者は神話だそうだけど)。
 一度は墓前で手を合わせたいな……。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/24(木) 04:07:32 ID:9lqO3Gq7
「死のフーガ」に、空の墓ってあるだろ、そこからイメージした。
本質はないと言えばない。あると思えば何かが見つかるもんだ。

そう言えば、リルケの墓には、あの有名な墓碑銘が本当に刻まれてるのかな?

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/07(木) 14:54:18 ID:cjUrLZ6I


102 :名無しさん@お腹いっぱい、:2008/02/09(土) 14:30:27 ID:vg7tN4/c



103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 19:56:13 ID:WXMWLXdP
(-_-)

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 00:32:00 ID:FHB6mHMQ
川村二郎が亡くなられたそうです。合掌……

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 16:53:57 ID:vlzjNFMz
  

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 21:02:25 ID:6yUHop/J
あけ

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 13:18:49 ID:YFNxkTOr
ほひゅ

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/13(木) 18:45:17 ID:RHmB1IRK


109 :子猫のソテー:2008/03/13(木) 22:24:47 ID:Frlopdui
もう食うな− 寝ろ!
もう寝るな− 働け!


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/20(木) 23:30:31 ID:g/2nyUrG
Aschenglorie

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/01(火) 07:53:39 ID:lb1ez7ZM
m9(^Д^) プギャーーーッ!!

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/21(月) 00:32:17 ID:MANQk4hY
文庫化希望

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 16:58:18 ID:gY01t/+n
(*^_^*)

114 :仔猫が:2008/05/26(月) 04:20:44 ID:SEfZ4yu5
アルバート・アイラーの無残な死骸が発見され
三島由紀夫の首が転がり
一人の詩人がひっそりと沈黙の内に死んでいった…。
一方そのころ世間では
人々が安易な未来への希望に縋り付き、何か大事なことを忘れようとしていた…。
私はといえば、汲み取り式トイレに落ちてもがき苦しんでいた…。
そんな時代…。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 03:34:07 ID:ZqRwS8Z7
東大というとやたら「私の知り合いの天才レベルの少年」の話持ち出す人が多いけど…
そんなの学年に数人なんですが。
大多数は、「しこしこまじめに努力を続ける能力のある子たち」なんですよ。
難問に手こずったり記述は点が取れなかったりあたりまえにありましたけどね、今の時期。
ゴソさんも同じ勘違いしてますけど、別に東大に入れるのに天才である必要はないんですよねえ。
うちの子なんて北京オリンピックなんて挑もうという気すらゼロだったし。
やるべきことを徹底してやる。それだけで理Vの合格可能性80%の偏差値は取れるんですよ。
さすがに早慶となるとまた話は別ですけど、
きっとその辺の偏差値が身近でない親御さん達がやたら理V天才伝説をしたり顔で振り撒くんだと思います、正直。
まあいいんですが。光栄で。でもうちの子は天才ではないし友達のほとんどもそうです。
ケンちゃんはさすがに出遅れ過ぎだと思いますね。
やっぱり先手必勝なんですよね。
この時期上位の子達をここから抜いていくのは非常にきついです。
あっ、ゴソさんは天才児を生み出すのが第一で
東大はあくまでその結果と思っていたのでしょうね、失礼しました。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/10(日) 23:20:05 ID:pwPj5SSM
age

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/09(日) 17:34:11 ID:KtM57tmh
ageとくか。しかし全集も絶版とは・・・

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/01(月) 22:37:45 ID:vAM51WuG
日本語版欲しいけどどれも高杉晋作。
新訳ブームに乗るような詩人でもないしねえ。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/06(土) 23:45:58 ID:GUONDMx+
ドイツ語で読め。超ムズイが。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/10(水) 20:49:33 ID:ZDezCAC4
ツェランの詩って、全体的に短いよね。
「ストレッタ」のような長い作品もあるけど、ほとんどが消化不良って感じがする。
せっかく言葉が熱を帯びてきてるのに、あれっ、これで終わり? って感じで終了してしまう印象だな。
>>83の人が、
>自分が書きたいことが最後まで見えないで終わってしまった詩人
って書いてるけど、何か精神的な欠損を抱えている詩人のようにも思えるね。
語法において学ぶべき点はあるけど、日本の詩人でツェランから影響を受けたとか公言する人がいるけど、俺は頭を疑うな。
アウシュビッツのような深刻な体験もなく、多言語的であろうとすると吉増のカタカナ詩みたいなものになってしまう日本語詩人が何を言ってる? ってところだろう。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 02:55:29 ID:wBQPz0fm
このスレはじめて来た。
ツェランとリシャールを読んでいる人も俺以外にいるんだなあ。
ちょっとうれしい。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 03:07:23 ID:wBQPz0fm
>せっかく言葉が熱を帯びてきてるのに・・・
うーん、ツェランの言葉はダブルバインドにあるというか、
両極に引き裂かれながら紡がれている感じがあるなあ。
熱によって言葉が紡がれる一方で、
その熱の高まりが言葉を阻害もするような。
「精神的な欠損」というよりも「決定的な喪失」が
詩のモチーフでもあり躓きの石でもあるってことじゃないかな。
だから構築と解体が同時進行でなされているところに
ツェランの詩の魅力があるんじゃないかと思う。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 03:24:42 ID:VXOmMRqM
>>122
構築と解体が同時進行でなされているところの詩の魅力って言うのは、
>>84
>語に込めた力を外に解き放つように書かれている
って言うのと一脈通じる解釈かな?

どちらにしても、なんか難しいね、ツェランは。俺のテリトリー外の詩人だな。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/28(日) 14:32:15 ID:3w8YUcj+
このスレの人たちは、ロシア語詩人の、ゲンナジイ・アイギを知ってるかな?
ちょっと、勉強してみてくれたまえ。
俺の印象では、ツェランによく似たところのある詩人だ。不覚にも、今まで俺は知らなかった。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 10:10:58 ID:rDG37Iwa
ゲンナジイ・アイギ知らないなあ

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 15:50:47 ID:6B7xhDIx
ノーベル文学賞候補に何度か挙げられてた。が2年前に合掌

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/29(月) 23:19:54 ID:rDG37Iwa
>>122の「構築と解体が同時進行でなされている」ような感じと
>>84の「語に込めた力を外に解き放つように書かれている」感じは
ちょっとズレがあるように思うんだな。
「失語症」という言葉を使ってた人がいたけれど、
そういう面での「構築そして/あるいは解体」があると思う。

「アウシュヴィッツのあとで・・・云々」というアドルノの言葉があるけど、
ツェランにとってダブルバインド的だと思われるのは、
表現不可能なものこそが表現を迫るということであり、
不可能性を何とか言葉にしようとすることの困難さが、
あるときはもどかしく、あるときは極北的に感じられる。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 12:39:41 ID:9hzrz2sP
>表現不可能なものこそが表現を迫るということであり、
>不可能性を何とか言葉にしようとすることの困難さが、
>あるときはもどかしく、あるときは極北的に感じられる。

それは表現者なら皆そうなんじゃないか?
詩人は、表現困難なものを、なんとか表現しようとして苦労してるだろ?
どうも、ツェランのツェランたる所以を、うまく説明できれていない感じがする。
それとも、普通の詩人は、表現を結果として上手く取りまとめて構築してしまうのに対して、ツェランは逆に解体してしまうのか? その詩作の現場的なものがそのまま露出してる?
俺にはどうも分かんねーw


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 19:13:51 ID:yWbDt/mC
ツェランの詩は極限の恐怖を、口にしないことによって語ろうとしている。
その詩の真実内容自体が否定的なものになるのだ。
その詩は人間たちの間でもよるべない人々の下にある言葉、それどころかあらゆる有機的なものの下にある言葉を模倣している。
死者となる石や星の言葉を。
有機的なものの最後に残っていた残骸も除去される。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/30(火) 19:14:58 ID:yWbDt/mC
↑はアドルノの言葉ね

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 01:44:23 ID:owwi40Fl
>>129
さっばり理解不能w

ってか、そう言う批評自体が難解な詩でしかないな。
ツェランは子午線か何かで、言葉を意味ではなく、方向を示すものとして捉えよ、みたいなことを言ってたと記憶してるんだが、
そうだとするなら、読者それぞれに間違っていようがどうだろうが、感じるしかないんだよ。それで何も感じるとこれがなければ、その読者にとっては、まさに無意味な詩人だ、以上!

132 :127:2008/12/31(水) 12:56:08 ID:h9ZyAIyr
>>128
>それは表現者なら皆そうなんじゃないか?
それは浅い見方だろうな。
表現における「苦労」とは異なる次元の話。

>普通の詩人は、表現を結果として上手く取りまとめて構築してしまう
というのは、結局、たいていの表現者は表現可能なものしか表現してない、
ということになるだろう。

>>129にある
>ツェランの詩は極限の恐怖を、口にしないことによって語ろうとしている。
という逆説的な言葉をどのアスペクトで捉えるかが問題だ。

ということで、>>131は、
僕にとっては「無意味な詩人だ」というそれこそ無意味な表明を、
自身でもう一枚引き剥いてみるべきだな。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 20:42:38 ID:aboWsyDC
>>132
おい、俺は「読者にとっては」と書いたのであって、「僕に取っては」とは書いてないぞw
俺はツェランを無意味な詩人なんて思ってない。でなきゃ、子午線なんか読まんだろ。

>それは表現者なら皆そうなんじゃないか?
それは浅い見方だろうな。
表現における「苦労」とは異なる次元の話。
>普通の詩人は、表現を結果として上手く取りまとめて構築してしまう
というのは、結局、たいていの表現者は表現可能なものしか表現してない、
ということになるだろう。

他の詩人を馬鹿にしてるのかな?

>ツェランの詩は極限の恐怖を、口にしないことによって語ろうとしている。
という逆説的な言葉をどのアスペクトで捉えるかが問題だ。

で、どのアスペクトで捉えればいいんだ?
それと、ツェランは、アドルノのこの言葉に首肯してるのかな?

俺はね、ツェラン崇拝者の言葉なんて聞きたくないんだ。
ツェランを自分の言葉で批評し、自分の感性で、もっと具体的に評価、もしくは否定してる人間の言葉が読みたいな。
君には悪いがね。

134 :131:2008/12/31(水) 21:10:10 ID:owwi40Fl
あれれ?
>>133は俺じゃないぞ
勝手になりすますなよwww

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/31(水) 21:16:10 ID:aboWsyDC
すまん、
しばらくぶりの、せっかくの議論をちょっと加熱させたかったものでw

>>128
>>131
>>132
ごめんなさい・・・

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/01(木) 10:05:05 ID:WWT72HXJ
ちょっといいかな?
>>129
>ツェランの詩は極限の恐怖を、口にしないことによって語ろうとしている

これって、ツェランの詩を解読を、どこまでもアウシュビッツ体験にもとめようとする考えにならないか?
こういう強迫的なとらえ方が、ツェランを自殺まで追い込んだ要因の一つなんじゃないの?

>>132
>結局、たいていの表現者は表現可能なものしか表現してない

もし表現不可能なものを表現できたのなら、それは表現可能なものだったということになるよね。
もし表現できなかったのなら、それは何になるのかな? それが構築と同時に解体を孕まざるおえなかったツェランの詩?
だとするなら、ツェランの詩もあまり凄いことはないな。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/01(木) 15:51:36 ID:ia/KULpE
自殺の要因って、それは、おまえ煽りすぎだぞ
どこまでも求めるって、言われても、
とりあえずは、ツェランの詩は強制収容所の自身の体験と家族の運命を抜きに読めない
その読みは強迫的でもなんでもないし、強制収容所の体験を消却させて語っても、逆に残酷なだけでしょう
人は手ひどい仕打ちを受けても全てを明らかにできるどころか、自身のことさえ全て語れないからこそ、
証言者の証言をするものはいないという言葉も出てくるし、
後に残されたものとして「口にしないことによって語ろうとしている」詩になるわけだから
ツェランの詩は暗いけど、光にも満ちている
それから表現不可能性と表現不可能なものをいっしょにしないでくれ

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/01(木) 23:54:55 ID:pGOAdAJm
 詩は言葉の一形態です、その本質が対話である以上
――必ずしも希望に満ちてはいないものの――いつかどこか、
心の岸辺に打ち寄せると信じ、流される投壜通信と言えるかも知れません、
詩はそんな意味でも途上の――何かを目指しているものなのです。

 何をでしょう? 何かしら開かれているものを、手に取り得るものを、
おそらく語り得るであろう「あなた」、語り得る現実をです。

 そんな現実へと詩はむかっている、そう私は考えています。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/02(金) 01:57:19 ID:GZd1oesj
生活安全課のボツボツキモデブ●創価●警官名言集www
「俺の脅迫のおかげで家から出れなくした。俺の手柄だ!」
「昼間は市役所のパトロール隊を使う。夜は消防団を使う。」
「●指導●じゃない、パトロールを●お願い●してるだけだ。人権侵害行為は俺の責任じゃない!」

140 :127:2009/01/02(金) 11:53:14 ID:WHQcksqG
>>133 >>135
他人のふんどし(トランクス)借りて土俵(リング)に上がるなよ(笑
いや、リングにあがらずにセコンドについてるだけかな。
意図はどうであれ、そういう茶番はそれが通用するスレでやってくれ。
「加熱させたかった」のならもっと中味のあることを書かなきゃ駄目だ。
そのやり方じゃ他の場所ならともかくここでは逆の効果しか生まない。

141 :127:2009/01/02(金) 11:58:55 ID:WHQcksqG
「極限の恐怖を、口にしないことによって語ろうとしている。」
この言葉をどういうアスペクトで捉えるかは人それぞれなんだが、
>>137とはやや違う視点から書いてみよう。
とはいえ、俺はツェランをよく読んでいるわけではないのだが。

ツェランの詩を、アウシュヴィッツ抜き(や自殺抜き)で読むことは確かに難しい。
しかし、そうした歴史的背景(や自伝的背景)をあたかも超えていくかのように、
「死」という根源的かつ普遍的なものとして。「極限の恐怖」はある。
それは実は、アウシュヴィッツという出来事そのものが、特定の時間と空間、
つまり、歴史というものを超えていくからで、
その超え方があまりにも途方もなく尋常じゃないために、見えない盲点となり、
指し示すことも表現することも困難なものとなっている。

ここで表現の問題が出てくるのだが、>>136
>表現不可能なものを表現できたのなら、表現可能なものだったということになるよね。
>表現できなかったのなら、それは何になるのかな?
というロジックはあまりにも御粗末すぎる。
表現できた/表現できない、という2項対立図式で考えている限りは、
思考は一歩も前進しないだろう。
まずは自分でほかの選択肢を考えてみることだ。
無理かな? 無理だったら仕方がないからそう書いてくれ。

142 :127:2009/01/02(金) 12:03:05 ID:WHQcksqG
ツェランにおけるダブルバインドというのは、
「黒いミルク」というひとつの言葉に象徴できるのだが、
これは先の話になるだろう。
また表現不可能性というものを、たとえばの話だが、
シボレートという言葉の中で考えてみることもできるが、
これまた先の話になるだろう。
そしてハイデガーとの関係においてそれを考えることも。

143 :135:2009/01/03(土) 17:21:47 ID:2Zb00Gjk
>>140(127)
すみませんでした・・・

俺にとってツェランは、生涯分からない詩人で終わる気がするよ。
だが、いや、だからこそかもしれないが、生涯、魅力ある詩人で居続ける気もするね。

144 :127:2009/01/04(日) 21:58:15 ID:HKHBcPrM
素直に謝られると受身に困るなあ(笑
こっちもまた、ツェランは「生涯分からない詩人」になるかもしれない。
というより、そもそも、詩を読むという行為がどういうものかよくわからない。
だからこうして詩人や詩について言葉を費やす。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/05(月) 01:07:11 ID:Wz7bJJdK
>>144
>そもそも、詩を読むという行為がどういうものかよくわからない。

退屈なんじゃないの?
退屈すると、人は何をやり出すか分からないから恐ろしい。
その中でも最も恐ろしい行為が、詩を書く、詩を読むだw

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/05(月) 09:56:43 ID:JOrrS/0J
ツェランは私秘性の詩でしょ、どこまでも
時代や世界を洞察したり批評する詩ではない
だから悪いって訳じゃないけど


147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/08(木) 00:57:26 ID:tFNr/F6A
>>145
詩を恐ろしいと感じたことはないんだが(笑

まあ退屈が芸術というものを生み出すと仮定しても、
退屈な人間すべてが詩人になるわけでないのならば、
詩を書き、読むという行為を選択するのはどんなモチーフなのか?

詩を書く以外のどんな表現方法も見つからなかった、
という人が詩人になるわけではない、ということかな。

ツェランについて言えるのは、彼はシェイクスピアじゃなかった、
ということなんだろう。詩を書く必要もないのに書いたわけではないのだろう。
もちろん、ホメロス、バイロン、キーツ、ランボオ、ロートレアモン、
ボードレール、マラルメ、ヴァレリーともツェランは違うにしても。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/08(木) 20:59:23 ID:ldH1OW/B
>>147
普段、仲の良い陽気な友人が、突然ぽつりと「俺、最近、詩を書いてるんだ…」と言うのを聞いた時の恐ろしさ(気味悪さ?)を知らないとみえるw

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/09(金) 23:46:32 ID:0wxtc2ui
>>148
それは確かにちと怖いな(笑
ただその場合も、詩そのものが怖ろしいわけではなく
詩を書き、読む行為こそが怖ろしいというわけでもなくて、
それをぽつりとつぶやかれるという告白行為が怖ろしいわけだな。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/10(土) 02:49:49 ID:p1n1HwEk
うんにゃ、詩を書き、読む行為こそが怖ろしいのだ。
普段、仲の良い陽気な友人が、突然ぽつりと「俺、最近、サーフィンを始めたんだ…」と言うのを聞いても恐ろしくはないw


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/13(火) 23:44:59 ID:nXz2LGjj
>>150
そりゃサーフィンじゃ怖くないだろう(笑
しかし詩書き、詩読みをしてる人間は結構いるだろう。
ただそれをあえて周囲に口外しないだけで。
かくいう俺もそう。多少の詩を読んでることは
誰にも話していない。
書棚を見ればいくつかの詩集があることに気づいても。

それから歌の歌詞の場合はどうだい?

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/14(水) 16:24:46 ID:vygRrChv
歌詞を口ずさむのは普通だろ
あれは音楽なんだ、基本的に

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/27(火) 01:24:41 ID:40VOx6c+
作詞はライト、作詩はダークか。
この差別意識って何だろね。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/09(月) 00:00:28 ID:VC2k50aa
ツェランを読んだ人はジャベスも読むだろう、という仮設。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/11(水) 23:23:45 ID:5qZnd7XT
>>154
「ハイデガーのいるドイツに、ツェランの居場所はなかった」

 今調べたら翻訳あるのか。読んでみる。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/11(水) 23:52:13 ID:Y6orAtfu
>>155
それ誰がどこで書いた言葉?

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/11(水) 23:58:27 ID:Y6orAtfu
ポール・オースターも『空腹の技法』の中で
ツェランもジャベスも取り上げてるね。
あとはウンガレッティやアシュベリーなんかも。
ttp://www.shinchosha.co.jp/books/html/245108.html

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/12(木) 08:51:15 ID:nUVkp2Dy
>>156
ttp://wings.buffalo.edu/epc/authors/joris/todtnauberg.html
冒頭のジャベスの言葉(英語だけど)。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/16(月) 05:26:47 ID:yC1B1WLJ
>>158
サンクス!

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/19(木) 23:54:31 ID:l9aeL8oD
ツェランを読んだ人はシャールも読むかもしれない、という推測。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/06(金) 23:27:42 ID:WBZ0owdf
同人だけど訳詩集出るらしい。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/11(水) 16:54:26 ID:aYqJwZa7
ツェランは辛抱して読んでる内に何となく分かってくるし、魅力も感じられてくるが、シャールはダメだ。
シャールは捻りに捻ったメタファーでメタポエムを書いてるだけなので解説なしではいくら読んでも分からんし、詰まらん!

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/15(日) 18:31:46 ID:h/XtvA3t
シャールの詩はおいらもあまり吸収できなかったんだが
ポエジーについてのポエジー的な散文っぽいやつは良かったな

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/02(土) 11:29:52 ID:9kfpAj5u
詩集ほとんど絶版なんですね。
新たに出る予定とかないの?
文庫で出てくれれば言うことなしなんだけどなあ

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/02(火) 17:57:00 ID:lWITkbUB
ツェラン以外に何読んでる?
ちなみに自分はロートレアモン、ボードレール、マラルメは苦手です。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/03(水) 19:25:21 ID:z5gIQm5a
詩のこと?
だったら、

マンデリシュターム、ペソア、ヘルダーリン、

この辺りかな。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/23(火) 21:06:14 ID:hAKn/eTe
>>164
訳自体は出てるんだよねー。
てかこんだけ出てて版が生きてるのが数冊なのか。
http://paulcelan.blog45.fc2.com/blog-entry-19.html

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/16(木) 15:26:07 ID:xi0oA9Jx
あげ。全集手に入らねー

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/07(金) 15:45:25 ID:mriSb+GG
>>167
原文のせ始めてるね。さすがに一部だけだけど。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/18(火) 14:54:02 ID:RBci2F4w
図書新聞で飯吉光夫が連載はじめてた。
文章見る限りご健在で何より。

171 : ◆FMllJkCuTg :2009/08/20(木) 22:11:24 ID:kXs/C3L7
そういえば「ヴァルザーの小さな世界」は飯吉光夫訳だったなあ。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/21(金) 01:33:16 ID:OM3iMpBS
>>171
お、その名前が出るとは。
再編されたバージョンだと、
『トゥーンのクライスト』が削られてたんだよねー。
詩の訳は嬉しかったんだけどそこだけ残念だった。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 09:12:31 ID:5f7Lc9a3
ツェランって聞くとなんかゴッホとベケットを思い出すんだよな〜

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/25(火) 20:18:40 ID:mZOoYTjU
アドルノはベケットと対比してたね。
件の言葉はツェランの詩とベケットの小説に触れて、
後年撤回したって話しだし。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/28(金) 03:48:50 ID:oqH5LWNC
全集は絶版?

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/05(土) 09:18:03 ID:WC0i80RD
全集、早いこと重版してくれないかなあ>青土社さん
1巻だけ持っていないんだよ(笑)
小沢書店から出ていた選集も、余裕ぶっこいて詩が好きな知人にあげたりしてたら、
版元ごと消滅してしまった(苦笑)

「初期詩篇集成」を再読したばかりだけど、一気に読んでしまった。
まとめて読むと、頻出する語が、意味は多義的ながらも、効果的で引き込まれる。
訳詩で読んでも、ツェランの言葉は何か突き刺さってくるものがあるんだよな。
disるわけではないけど、例えば谷川俊太郎の新詩集を読んでも、何か平和で緊張感が
ないなあと思ってしまう。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/05(土) 12:08:47 ID:p/Bm4zMg
>>176
>ツェランの言葉は何か突き刺さってくるものがあるんだよな

気のせいだw

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/05(土) 15:20:43 ID:FRiuh0ew
>>177
分からないからって僻まないでも、
と思ったけど、>>176の「一気に読んで」の下りで
>>177に同意したくなった。
一気に読めるような詩じゃなくねーか?

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/06(日) 06:59:17 ID:1/hhhgjV
いや、一気に読むから突き刺さってくるんだろ?w

180 :176:2009/09/08(火) 21:41:18 ID:6/axuNoC
一気に読んだというと語弊があったかも知れない。
正確には、他の本を読まずに、3日間くらい「初期詩篇集成」に没入していた。
初期詩篇はまだ叙情的ではあるんだけど、「甲虫」「鏡」「睫毛」「髪」など
頻出する語のリフレイン効果は、「一気に」読む方が感受しやすかった。

最近は並行してヘルダーリンも読んでいるんだけど、やっぱりトーンが違うね。
ツェランは、より無機的で跳躍が多く秘教的且つ現代的な感じがする。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/09(水) 04:32:29 ID:sB4JMa4v
>>180
>ツェランは、より無機的で跳躍が多く秘教的且つ現代的な感じがする。

う〜ん、間違っちゃいないんだけど、解説を読んだだけで言える台詞なんだよな・・・
どこがどう突き刺さってくるのかを説得力を持って書いて欲しいんだけど、強制はしないw

182 :178:2009/09/09(水) 08:59:46 ID:icLEPyjx
>>176
こちらの誤解だった模様。すまぬ。

>>181
それって壮絶にムズイと思うぞ(苦笑)。
飯吉光夫の解説とかもうね、あああの訳は
こういう解釈に裏打ちされてるのかと(溜め息)。

183 :176:2009/09/09(水) 23:03:30 ID:9bKlfT37
>>182
こちらこそどうも。誤解される書き方をしたこちらが悪いとも言えますし。

>>181
>どこがどう突き刺さってくるのかを説得力を持って書いて欲しい
確かにこの問いに答えるのは非常に困難です。
なぜなら、まず言語とは何か、言語と情動の関係はいかなるものか、コモンセンス
とは何か、書字と観念(思考)の関連はいかなるものか、総じて言えば、
「言語芸術とは何か」という問題を明らめなければ、「説得力を持って」この問いに
答えることは出来ないと思われるからです。

ひとつ、搦め手から応答への端緒を開く試みをしてみます。芭蕉の句をいくつか挙げてみます。
「荒海や佐渡によこたふ天の河」「古池や蛙飛び込む水の音」「閑かさや岩にしみ入蝉の声」
「五月雨をあつめて早し最上川」「夏草や兵どもが夢の跡」「物いへば唇寒し秋の風」
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」時代が隔たっていても、これらが天才的な言語芸術作品である
ことに同意する人は、今なお多いでしょう。ツェランにしても芭蕉にしても、まずは強固な存立性を
持った言葉の組み合わせに、襲われる人であったと思われます。先に表現したい内面や情景があって、
それらを巧みに顕す言語表現を創り出すのではないでしょう。所与としての言語から、その組み合わせが
訪れ、それによって情動を喚起され、次には喚起された情動を詩句に整える。

この言語と情動の相互触発的なプロセスに自覚的であり、かつ置き換えの効かない言語表現が「出来てしまう」
のが、おそらくはツェランや芭蕉だったと思われます。言語を操っているのか、言語に操られているのか、
もはや不分明な領域から生成したものだから、「突き刺さってくる」のだと思います。
ツェランの詩句に独自の効果とその効果=結果が発生する必然性については、もし考える事ができれば
書いてみたいと思います。

非−人間中心的であり、かつ強く情動喚起的であること、植物、無機物、天空の諸現象などが、
しばしば「群体」となって読み手のイメージを拡張すること、相互に異質な言語同士が
異質なままで結合し、存立性を獲得していること、こうした諸特徴が、ツェランに抗いがたく
惹かれる所以だと個人的には思いますが、十分に説得的な応答ではないでしょうね。


184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/10(木) 00:03:02 ID:Kvueiq4j
>強固な存立性
これこそ正に、言語や時代を違えても通用する強度でしょうな。
ツェランの場合、それが無機的でありながら、何かしらの強い情動性を持って襲ってくる感じか・・・


185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/10(木) 00:47:57 ID:EM3lzerH
実際は生来の目立ちたがり屋だからな
しかし、彼が居なければ成り立たなかった事

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/10(木) 08:41:30 ID:okaSprIs
>>183
>言語表現が「出来てしまう」
この表現はいいね。的を射ていると思う。
力と当人の幸不幸はパラレルというか……

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 00:24:04 ID:o8UOOKYW
>>185
そうか? ナチがなければ詩人になってなさそうな印象があるんだが・・・

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/13(日) 01:58:39 ID:NUIr0mWN
詩は書いても、アウシュビッツ体験がなければ、前出の強い情動性は出せなかったかもしれない

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/15(火) 18:54:43 ID:IzTZFlM6
松尾芭蕉とか今やバイブルだもんな……
ひょっとしたら海外での方が人気あるかも?

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 01:38:07 ID:oBXOSbnY
75-88

120-142

このへんの流れよかったね。


191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/19(土) 19:22:13 ID:sJw2ksYN
>>190
誰かが、内容に突っ込んだ所でダメ出しすると、愛好者の反論が来て盛り上がるんだw

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/20(日) 19:32:25 ID:Bs41WS5b
>>183
言葉の組み合わせに襲われるだって?
言葉でモノ考えてるとでも?
環境、経験から獲得したのを磨いてんだろ、二人とも。

>>186
ツェランはアウシュビッツ体験してないだろw

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/21(月) 09:28:43 ID:uMBcYrgv
>>192
後者は>>188のことだよな? 指摘thnx。確かにチと不適切だった。
比喩のつもりで書いたが「強制収容所」の方が適切だったな。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/21(月) 11:49:13 ID:nH3Uydu2
>>192
言葉でなく何で考えるんだ?
環境、経験から獲得した「言葉」を磨いてんだろ? その中の閃きとして言葉の組み合わせに襲われるという表現もありだ。

>ツェランはアウシュビッツ体験してないだろw

間接的なアウシュビッツ体験があったとも言える。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/23(水) 01:00:20 ID:Uq7TfeUf
>>194
概念使って考えてるだろ。あんたもそうだよ。

閃きがあることについては否定しないけど、
それは言葉として突然、まず先にやってくるものではないだろ。
ツェランの詩を読んで浮かび上がってくる言葉のイメージってのは
それだけがデタラメに浮いているんじゃなくて
他の語のイメージと重なって見えたり、
対照的であったりもする。
しかもそれは一対一の関係じゃなく、複雑に絡み合っている。
言葉の組み合わせから汲み取れるイメージには
ツェランの心象が強く映し出されているようにも思う。
だから言葉の組み合わせありきじゃないだろ、と言いたいわけ。

>>188=193(アンカーミスごめん)に対して言いたかったのは
ツェランを読み語る上で、彼自身の強制労働収容所体験はもちろん、
両親やその他大勢の被害者固有の体験を、
最大ではあるけれど収容所の内の一つでしかない
アウシュビッツの名の下に放り込んでしまうのは
あまりに無神経で乱暴すぎるんじゃないか?ということ。
それなのになんで当事者じゃないあんたが
>間接的なアウシュビッツ体験があったとも言える。
とか屁理屈こねてんだよwww
間接的な、ってどういう意味で言ってんのか知らないけど、
そんな話じゃないことくらい読めば分かるだろwwwww

196 :194:2009/09/23(水) 02:43:09 ID:dwlYM4y8
>>195
>概念使って考えてるだろ

概念ってのは言葉じゃないのかい?

>言葉の組み合わせから汲み取れるイメージには
>ツェランの心象が強く映し出されているようにも思う。
>だから言葉の組み合わせありきじゃないだろ、と言いたいわけ。

だから、>>183は、>この言語と情動の相互触発的なプロセスに自覚的って書いてるだろ。

>アウシュビッツの名の下に放り込んでしまうのは
>あまりに無神経で乱暴すぎるんじゃないか?ということ。

それはそうかもしれないな。だが、アウシュビッツと言う言葉は、現代では象徴的な使われ方がされることも多いことを覚えておけ。
それに、>>192の、>ツェランはアウシュビッツ体験してないだろw
この言い方だけでは、揚げ足取りのようにしか思われなくても仕方ないんじゃないかね?


197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/23(水) 08:48:27 ID:J+OS1jpF
>>195
まず、言語にせよ観念(概念、思考の運動)にせよ、「向こうからやって来るもの」
であることは間違いないと思う。「思いつくこと」自体は、自由にはならないんだから。
次に言語に因らない観念があるか否かという話になるわけだけど、これは多分決着が付かない問題
だと思う。いわゆる「言語論的転回」以後の考え方だと、言語の外部はないということになって、
例えば言語が無ければ概念も無い(それぞれの「国語」で、世界の分節化が異なる)という話になるし、
これに反して、言語外イメージ(完全に言語に因らない観念)もあるという考え方もある。

換言すれば、内面(心象風景)を表現する(外へ押し出す)ための「道具」が言語だという考え方もあれば、
内面自体が言語の産物、特定の言語の様態だという考え方もある。

いずれにしても、ツェランが、言語それ自体の自律的な存在と機能に自覚的だったことは、
明らかだと思う。シュルレアリスムを経由しているわけだから。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 01:43:37 ID:+ce85glz
>>196
>>197
192=195はまともに読解できてない厨だって明白だろ
なにかあると因縁付けたいだけのガキなんだから相手にすんなよw


199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 02:02:15 ID:+ce85glz
>197
言語の外部は絶対にある。
ただし、それを思考可能なものとして、ましてや、意識的な操作可能なものとして作品にする時、言語の指し示そうとするベクトルから外れることは不可能だね。
あとは、読者が作品から何を喚起されるかの問題だけしか残りようがない。
192=195は、それ以前において、なにか稚拙なんだよ。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/24(木) 02:55:29 ID:avJMydTM
>>195
>アウシュビッツの名の下に放り込んでしまうのは
>あまりに無神経で乱暴すぎるんじゃないか?ということ。
言わんとすることは分かるが、それ以前に書いた、
あの一行レスでそこまで読みとるのは無理とオモ。

>>199
「複雑に絡み合っている」、
と言ってる割には経験ありきとしてるからじゃないか?
言葉で書きながら考えることもあり得るし、
言葉ありきな遊びめいた詩もツェランは残してる。
外部はあるよね。五線譜だけが音じゃないのと同じで>言葉
ただ外部、と言った瞬間から言葉になっちゃうからね……。
言葉である以上同じことだけど、言語以前、とでも言った方がいいかな。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/04(日) 22:26:59 ID:Rl8coI40
ツェランとアウシュビッツを結び付けるのは短絡的に過ぎる。だいたい
ツェランの両親が移送されたのはアウシュビッツじゃないだろ。戦前の
チェルノビッツの生活とか、実際のユダヤ人迫害の経験とかもっと詳しく
明らかになればいいのにね。ユダヤ系の住民が襲われた事件とかの証言
は聞いたことがあるけど、あとは列車に牛馬のように詰め込まれて移動
させられたという話だけで、詳しい証言がない。占領したソ連軍がユダヤ人
教師とかを積極的に送り込んできて、あの地域ではユダヤ人の職業として
教師なんてあり得なかったから驚いたとか、そういう証言なら聞いたこと
がある。いずれにしても1960年代の中東戦争後のイデオロギーとしてつくら
れたショアー神話からツェランを読むのは時代錯誤だね。



202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/10(土) 09:31:40 ID:wAAleM6Q
青土社の10月の重版書籍は、「建築する動物たち」か。
ツェラン全集はまだか〜第2巻だけでもいいから重版して下さい。
訳文に手を入れているのかな。ツェランは誰でも常時買える状態にしておいて
欲しいね。その価値はある詩人だ。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/10/24(土) 08:08:34 ID:Xa75X2Xi
保守を兼ねてカキコ。
関口裕昭の「パウル・ツェランへの旅」読了。
あまり深刻な読解をせずに、観光気分でツェランの足跡を訪ね歩いた本。
意外と伝記的事実も頭に入るように工夫されている。
活字だから、NHKの特別番組10回分くらいの内容はあるので、良かったと思う。

204 :早稲田大学現代文学会:2009/11/06(金) 16:06:58 ID:3+S6wa4h

こんにちは。早稲田大学公認サークル「現代文学会」と申します。

このたび、講演会のご案内を差し上げたく、突然ではありますが書き込みをさせていただきました。

私たちは毎年各分野の専門家をお招きして講演会を開催しております。本年度は早稲田大学教授・詩人の守中高明先生、武蔵大学准教授の福間具子先生をゲストに、パウル・ツェランの詩作品から詩と他者の問題の探求を試みるという企画です。

___________________________________

早稲田大学現代文学会企画 2009年度講演会
他者の衝撃と詩の変容
―パウル・ツェラン/他者性の表象/不可能性としての詩―

●開催日時・会場
2009年12月5日(土)
開場13:30 開演14:00

早稲田大学戸山キャンパス36号館682教室(6階)
※入場料無料

●アクセス
JR山手線高田馬場駅より徒歩15分
東京メトロ東西線早稲田駅より徒歩5分

●現代文学会ホームページ
http://www.diced.jp/~genbun/top/index.html
※会場への詳しいアクセスは上記ホームページの講演会のページをご参照ください。
___________________________________

ご質問等ありましたら
ideal1987(アットマーク)softbank.ne.jp
までご連絡ください。

会員一同、皆様のご来場を心待ちにしております。


205 : ◆xH6XrGe5W. :2009/12/07(月) 18:11:19 ID:OrjxYOta


206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 19:50:29 ID:IRHXb5mg
文庫化してクレー。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/03/30(火) 20:38:37 ID:zqzkNJma
誰か小沢書店から刊行された飯吉光夫訳のパウル・ツェラン詩集を読んで
彼のことを知った人はいないだろうか。彼の詩業だけでなく散文作品も収録
しており彼の作品の広がりをうかがうには好適の一冊だと思うのだが、どう
だろうか。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/11(日) 23:35:43 ID:3lCMN3vU
おれがそうだけど。
でも、広がりをうかがえたはいいが先に進めない。
本が手に入らないし、ドイツ語もできないし。
できれば飯吉訳ですべて読みたいんだけどね。
飯吉訳ではまったせいか他の人の訳はなんかこないんだな。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/14(水) 08:15:46 ID:0X+ihYnT
>>208
飯吉訳ではまったなら、川村二郎訳もいけるはず。
世界文学全集所収の奴で、古書相場もそんなに高くない。

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