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街灯の森

1 :名前はいらない:2009/01/17(土) 00:25:59 ID:w5ZkeVdI
一つ、一つ、街灯が立っている。
森の中、目の効かない、飛んでいる虫たちが、それに掴まって震動している。
それを想像してほしい。

あなたは、めまいのような虫だ。
そしてこの森は、あなたのめまいの中にある。

2 :名前はいらない:2009/01/18(日) 04:08:30 ID:CJavOVeL
ぬるりっ


3 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/20(火) 01:51:46 ID:hlkVHSce
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090120014423.jpg

夜の黒は透き通り その中では光るものは輝きを増し
温もりを持つものは 発する熱さえ大気中に伝える
夜の深い沈黙は 街灯の鼓動を静かに響かせて
また幾つかの虫を呼び続けている

虫達の夜は明けない
街灯の森に惹かれたもの達に 明日は無い

4 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/20(火) 22:42:24 ID:hlkVHSce
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090120222949.jpg

規律正しく放射線を描く光は
ガラス越しに乱反射する
拡散された熱で焦げる臭いがする

5 :名前はいらない:2009/01/21(水) 23:37:05 ID:yJrZPVWg
絡まって、泣いている気がする。
嗚咽が電車の音に混じって、遠くで猫の鳴き声になっている。
母猫が呼んでる。
死んだ私を呼んでいる。
ひっそりと、ひっそりとした中で。

倒れたかかし、意味があるのか知らないけれど、
私はずっと目を離さないでいる。

乳母車にすっぽり収まった赤ん坊が、金切り声で、人々をつんざく。
彼が言って欲しい言葉を、私は知らない。
誰が知っているか、誰も知らないせいで、お母さんはお医者様を探す。
私の空が、何を降らせるか知らないままで、雨に濡れている。

悲しいことは何一つとして、無かった。
けれど宇宙は膨張しているらしくて、それだけはよくわかった。
膨張している。
耐えられそうもないのに、まだ膨張してる。まだ膨張しているよ。

6 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/22(木) 03:33:45 ID:IBIoZGc6
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090122032257.jpg

需要に対して過剰に生産されたが故に
維持コスト削減の末に間引かれた
未使用の不良品が存在する
それらに品質的な問題がある訳ではない
ただ 必要とされなかっただけだ

この世には そういう生き物もいる

7 :名前はいらない:2009/01/23(金) 04:02:49 ID:m6SO2hDO
外は雨
部屋の中は湿って
私の言葉は電子レンジの中

ドアの外は子供の笑い声
覗き窓の向こうには、チカチカ光る蛍光灯
私の瞼は星を見る

今日仕事を辞めてきた
私にはやることがあったし、後悔はなかった
私には信じるものがあったし、心臓は大分痛んだ

眠れない、眠れそうもない
考えるのは、過去のことでも、未来のことでもない
ましてや今のことでもない

明日から、どこにいかなくてもいい
火星で日が暮れるのを待ってなくていいんだ
月の裏側で、朝日におびえることもないんだね

そうなのか
外は雨なのか
どこに行かなくてもいいのか
濡れなくていいのか
そうか

8 :名前はいらない:2009/01/25(日) 01:50:59 ID:AB7QTdok
リンリンリンリン、リンリンリン

あのね、夢を見たの
神様が私に言ったんだ

なんでもいい

そう言ったんだ
どういう意味で言ったとか、トーンとか、口調とか
怒ってたとか?そんなことはないよ、別に
でも言ったんだ、はんこを押すみたいに

夢に出てきて
私それを思い出してて
話そうと思って
それで

昨日みえたよ
部屋のすきまから
あなたが雲から飛び降りるの

神様は言ったな、確かに
確かに私は、聞いたな

わざわざって、
そりゃ伝えるよ、こうやって
だって、今日はエイプリルフールだもん
エイプリフール、バカだよ

バカだよ、みんなバカ
私、何も言えなかった
でも神様が言ってくれた
なんでもいい
意味は、わかってないよ

9 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/27(火) 04:34:31 ID:DtISicDl
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090127043108.jpg

なぜだ 神よ
我々は ただ一つを望んだだけだ
生きる権利のみを望んだだけなのだ
なぜ 生きる事は義務付けられたのに
その権利を奪うのだ

10 :名前はいらない:2009/01/27(火) 23:25:15 ID:tQq8Bhc0
何もしたくない
でも泣きたい
何もしたくない
ああ泣きたい

夢に期待 牛肉特売 毒餃子
夢から覚めたら虫だった 山から生えたらぶなしめじ
真実は明日も私だった、ソースだった
やまんばが来るぞ お前の足元だぞ

さざんがく さざんがく
ねね わらい
さざんばく さざんがく
ちゃぷ りんぐ
ちゃぷ りんぐ

冷たくなった林 それよりももっと
天から地まで、一直線で、塗り固められた杉の木、53歳、三十路

その夜だった!
我輩は母方のおじに ぎゃおーーーーー
ぎゃおーーーーー ぼうず、のどあめ要らんかね
おしっこ おしっこしたいよ おかあちゃん
おしっこもれちゃうよーーーーーーーーーーーー

おとうさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
お父さんの弟さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
お父さんにお金を返せ お父さんにお金を返せ

追いかける、しのびよる、うどんの様子
見ているのね、猫の目が見えているのね?
まさかと思っていたのね?
美味しいのね?草の根おいしいのね?

鈴が割る かわるがわる 仮面の夜
割れる 人が泣く かわるがわる
水滴の音 聞こえている わらわらと

11 :名前はいらない:2009/01/27(火) 23:29:16 ID:tQq8Bhc0
うさぎだぴょん
私可愛い、うざぎだぴょん
早く殺してくれだぴょん
赤い目のままいきたいぴょん

12 :名前はいらない:2009/01/27(火) 23:36:43 ID:tQq8Bhc0
あっあっあっあっ

脳みそから声が漏れちゃう

あっあっあっあっ

すると、襖が すーーーー っと開きまして
「聞いたわね」

びっくりした?冗談だよ
びっくりした?じょうだんだよ
吃驚した?じょうだんだよ

だってアナタは見てるだけだもんね
見てるだけだもんね
ちんこ付いてるだけだもんね
けだものだもんね
我々のようなね
宇宙人のようなね
しかめっ面してね
愛されてないふりをしてね
カラカラのようだね
脇差のようだね
くるくるのぱあだね
ふりかけのぴいだね
明日は今日だね
明日の狂だね
(にこっ)

ガンガンガンガン

「出て来い」「出て来いっ」

「やいっ」

13 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/28(水) 20:47:20 ID:t+D6iL67
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090128204423.jpg

街灯が照らす先に何があろうとも
街灯に群がる虫達には関係ない

14 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/29(木) 21:36:32 ID:+M9hx7tq
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090129213349.jpg

街灯の根元には力尽きた虫達が
路面の染みとなって静かに佇んでいた

15 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/01/31(土) 07:20:41 ID:zXRdpuju
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090131071850.jpg

光害じみた輝きで発せられたものは
呪縛にも等しい衝動であったか

16 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/01(日) 20:46:14 ID:Bd5Xr7BE
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090201203949.jpg

連なる街灯の影にも静かに息づく虫達がいる
羽を持たない虫達は眺める事しかできない

17 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/02(月) 21:27:01 ID:FRFpqRR6
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090202212440.jpg

ある者には、透き通る宝石の様に見えたという

18 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/03(火) 20:52:49 ID:ziLGLaKw
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090203204555.jpg

別の者には、濁った泥の様に見えたという

19 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/04(水) 21:45:33 ID:b7KXoMED
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090204214404.jpg

何も見えないと言った者もいた

20 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/05(木) 22:22:34 ID:PgDRb/mh
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090205221855.jpg

明るさの加減が変わった訳ではなく
光を受け取った者の捉え方によるものだった

21 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/10(火) 22:14:21 ID:R0m7rSLs
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090210221237.jpg

世界の在り方は、自らの在り方は
それを捉えた心の判断に委ねられていた

22 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/11(水) 21:46:31 ID:qeROa9ve
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090211214421.jpg

積日灯々

23 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/12(木) 21:58:06 ID:3gFV/PQw
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090212215356.jpg

夜が明けなくても
夜を強く照らすなら

24 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/15(日) 19:31:08 ID:QdLBVkDN
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090215192540.jpg

光に囚われた虫にも自由があるならば

25 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/16(月) 22:04:17 ID:xeDDLd4b
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090216220124.jpg

夢に照らされた心の影であり続ける事にも
終わりは来るのだろうか

26 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/17(火) 21:54:22 ID:/xYAKqeD
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090217214856.jpg

少なくとも、眠りの多くはカフェインで薄められ
濁る後味を引き摺って夜は更ける

27 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/19(木) 22:03:36 ID:n5XnAnZ7
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090219215805.jpg

不眠症による永続的な覚醒は執着に等しい

28 :名前はいらない:2009/02/20(金) 14:49:34 ID:hC2EBAji
何もしたくない 何もする気がしなーい
うつ病
これはそうだ

だんだん病気になってくんだ
死んだら僕に群がって、ねこ、お別れに全部キレイにしてほしい
会えなくなっても、心配はしない人生を生きて下さい

花を部屋にかざる少女
カーテンのひらひらを僕は見なかった
変わる人達がいるよ、学校は早く辞めた方がいいよ?
どんな風景を見てきたか知らないが、それは確実に世界だよ、それは踊るよ

夢では、体温が、体温計が、お湯が、沸騰して
時間は涙になってる、増えていくのか去っていくのか
痛がるそぶりもないんです、もう薬の作用で笑えなくて
帰ろうよ、帰ろうか
口ずさむ、それを歌を歌うという、るるるの形の音符

ただ黙っちゃった
僕、しばらく黙っちゃった

29 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/02/24(火) 20:51:11 ID:/TbfwKzU
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090224204834.jpg

心中模索の暗黒に灯る
弔われない言葉は どこにも行けない部屋にさまよう

30 :名前はいらない:2009/02/28(土) 03:44:42 ID:Yxt+WQpe
伝えたいことあるけれど
話しかけるのメンドクサイ
どうでもいいことなんだけど
聞き返されるのメンドクサイ

31 :名前はいらない:2009/02/28(土) 11:00:07 ID:Yxt+WQpe
みんな必死なわけだ
自分の世界を守るために、髪のてっぺん、さか上げるはずだよ
みんな好きなんだ
自分の世界を抱いて眠るんだ、話し込んでいるようで、眠るんだ

でっかい まっしろな タオルが黄ばんでく
部屋に干してるの、隠してるよね
急にそんな、わけわからないこと言われたら、俺だってキレるだろ
(そういう会話をよくしてるよ)

32 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/03/03(火) 23:05:14 ID:No8+hEN/
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090302231937.jpg

心中模索、感情の深淵を探る

私は怖かった。
毎日、毎日、会社に行くのが恐ろしくて堪らなかった。
何を行うにも成功するイメージが浮かばなかった。
失敗する事への不安で怖気づいて足が竦んだ。
自分を見る他人の視線、侮蔑や憐れみを含む視線が背筋を貫くようだった。
しかし、それでも私は朝早くから会社へと向かった。
何よりも怖かったのは、会社に行けなくなる事
恐ろしさに心が挫けて、そのまま家から出られなくなる事が怖かった。

休む事などできなかった。
休んでしまえば、二度と立ち上がれない気がした。
眠れない夜は毛布に包まり、目を閉じて時間が過ぎるのを待った。
食欲の無い身体で無理矢理に飯を喉の奥へ詰め込み、何度も吐いた。
服で隠れる部分に沢山の傷を付けた。無意識の内に刃物で抉り切っていた。
夏場でも長袖を着なければならなかった。手首の傷を隠す為だ。
同僚はヘラヘラと笑いながら愚痴をこぼしてふざけていた。
きっと影で私の事を笑っているに違いないのだ。
惨めだった。何をしてもダメな気がした。

自分の部屋の片隅で埃被ったヌイグルミが笑いながら言った。
「おまえの人生って、一体なんだったんだろうね」
ふざけていろ、いま殺してやる。

33 :Mana魔名:2009/03/07(土) 21:22:07 ID:+rt0ldog
街は今日も忙しなく、白い息を切らせて家路を急ぐ
灯りが舗道を照らして、凍った路面がキラキラ光る
のびていく一筋の光 不意に襲う木枯らしに消える
森の中で呼吸するように、大きく息を吐いてみよう

34 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/03/08(日) 01:24:13 ID:KZ/It3Qb
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090308012042.jpg

A
 自らが、苦しみや悲しみに身を投じていると思う時
 その行いは自己に対して承諾が成されたものか否かを考えよ
 自己に対する承諾も無しに苦しみや悲しみに身を投じているのであれば
 どんな大義名分が振りかざされていても、その行いは無意味なものであるだけでなく
 自己に対する最大の冒涜となるものだ
 自己犠牲の意味を履き違えるな
 あなたの苦しみを望む者達を 幸せにしてはいけない

B (Aに対して)
 自己に対する承諾など存在しません
 自分の気持ちと相談して生きている人なんていません
 社会に出れば、人には責任が課せられるのです
 自分の気持ちを殺してでも務めなければならない
 それが仕事というものではありませんか
 あなたは全ての人が好き勝手に生きられると考えているのですか?
 自己犠牲とは幸福の王子の事
 優しい人の苦しみは、優しくない人々に望まれるものであり続けるのです
 そんな犠牲が社会を支えているのですよ
 きっと、あなたの事も支えているのです


35 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/03/09(月) 22:37:59 ID:hsTa2Jmf
ttp://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090309223333.jpg

A
あなたは、それで良いのか?
あなたの不幸をせせら笑い、あなたを利用するもの達の為に
人生の全てを捧げてしまうというのか?
あなたには 希望と呼べるものはないのか?
大切な宝物 大好きな人 大きな夢
あなたには 自身の幸せを見出せるものはないのか?
幸福の王子でさえ優しさの為だけに身体を削ったりはしない
貧困に苦しむ人々の笑顔を見て、喜ばしく思えたからだ
誰かを幸せにする事が自分の幸せであると知ったからだ
営みに幸福を見出す事こそ社会の示すべき正当な道であり
不幸を背負う為だけに労働の奴隷となってはいけない

B
あなたは失われないものが存在すると思いますか?
大切な宝物 大好きな人 大きな夢
それらは いずれ失われてしまうものです
あなた自身は気が付いていないのかもしれませんが
あなたは自分が大切だと思えるものに少なからず依存していて
自分が信じているものの意味や価値に執着しているのです
信じているものの意味や価値を否定される事は
自身の意味を否定される事と同じになり
信じているものの存在が失われる事は
自身の存在そのものを失う事と同じになるのです
それは呪縛にも等しいものです
いつか、あなたの大切なものが失われた時に
その呪縛の強大さを知る事になるでしょう
大切なものを大切に思う限り、あなたも執着の奴隷なのですよ
人の営みとして成り立つ社会に隷属しない人などいないのです

36 :名前はいらない:2009/03/16(月) 01:51:20 ID:Dm9Wu+06
笑い顔

好きな言葉、忘れた人達
自由に、好きにしていいよ
放課後の音楽、泣き虫も帰り道
会えない人達ばっかのよね

変わらない手相を、何度も見てもしょうがないよ
わたし、今、何を言いたいんだろう?
(愛について語って、なんて、頼まれたら断る理由はないし)

会えない人は、クッキーの箱の中にしまってあったような
気付いたら全部、食べてしまってる、クッキー、ランドグシャ、ビスケット
夜になると、私、死んだ猫を追いかけてた
泊まっていってもいいかな? 一晩だけ、夢を見るまで

楽しい、嬉しい、美しい
横断歩道、何度も何度もひだりみぎ
道路が消えても、ひだりみぎ、私の顔が、ひだりみぎ

カーテンを勢い良くしめてしまいたい
血を見るよりも
カーテンを勢い良くしめてしまいたい

カーテンを勢い良くしめてしまいたい
カーテンを勢い良くしめてしまいたい
おかしい、けれどおかしいのです

へんですよ、ぜったい

37 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/03/16(月) 20:21:19 ID:7KJoJJc/
魔法使いのカエル
http://koideai.com/up/src/up16205.jpg

38 :呼ばれた気がした ◆AI/////3TQ :2009/03/17(火) 02:29:41 ID:VZ8DD0Zx
リンクが切れてしまったようなので、再投稿します。
失礼しました。

魔法使いのカエル
http://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20090317022846.jpg

39 :名前はいらない:2009/04/06(月) 02:56:18 ID:fzQgR7Ko
想像していること

僕が死ぬ姿 愛する人が死ぬ姿

僕が成功した後の たぶん笑顔の顔たち

もうどこにも帰れないんだよ って 夕暮れの帰り道に お母さんは言って

目が覚めた後は 全部僕の見た夢

誰かが呼んでいるから 窓の外から

がんばらなくちゃ がんばらなくちゃ 夜に会えるから

夜に会えるよ

儚い夜景の 窓の中では か細い一人の 夢がある

想像しているよ 遥かな蜃気楼へ

僕は想像しているよ どこにも行かない思いで

40 :名前はいらない:2009/04/22(水) 02:10:38 ID:PGpa4dvy
それそこには該当していません
くれそこのクレソン
クレヨンのコンパス
死んでください、上司
ジョニー、LOVE

ばかやろう、ちんこの皮
相談しよう、上流思考
お金がないのでベンツを探す
夢で逢えたら、ルーじゃな〜い
死んでください、僕のクマ

死んだほうがましだった、たくさんだ
ベッドの裏側に、雑誌が落ちたんだ
沢山の雑誌が、つまったんだ
言い出せなかったんだ、なかなか、言い出せなかったんだ
唇と、唇を、合わせんだ
誰かと誰かが、あわせるんだよ

ほら、追いかけて
夜に、少しずつ、にじりよって
私、誰になる?僕は誰になる?俺は誰になる?君は誰になる?麻呂は誰におじゃる?
「愛しているよ」という言葉で、あたし爆発したい
地球なんてバカみたい
世界は宇宙だし
私は私じゃん

相談しよう、そうしよう
誰かに話、きいてもらおっと

41 :名前はいらない:2009/04/22(水) 02:37:25 ID:PGpa4dvy
「想像力の欠如した社会の一端」

仕事が忙しい人々、ハローこんばんは。
僕は、部屋の隅っこでガタガタ震えて、オナニーしてますけど、何か?

42 :名前はいらない:2009/05/12(火) 01:24:51 ID:n844RQMh
光り輝く中で、狂い始める個人
生命はいたって普通
心配はたくさん、あるんだよ

昨日の夢で、人生を見て
目覚めたらそこは、私の人生だったよ
おーコワ

子供に名前をつけようよ、考えよう
寝ていても子供はできないよ
コウノトリは絶滅したし、キャベツは1個、万単位になって、
ややこしい名前の料理に使われてるみたいだし
考えよう、時間があるよ、死ぬほどあるよ

冷蔵庫に、ハムがあったはず
美味しかったはずだよ
料理を作ったら、美味しくなるはずだよ
レッツ、パーティーだよ
誰か部屋においでよ
もうカミの使いでも構わないよ
頼むよ
ああ、めんどくさいよ

私は誰でしょう?
詳細は履歴書を送付しましたので、そちらをご高覧のうえ、
ぜひ一度ご面接の機会を賜りたくお願い申し上げます。

43 :名前はいらない:2009/05/22(金) 04:13:12 ID:ryIcnXPp
その「僕ら」という言葉に、君は残っているだろうか
若者はすべからく、ダイブした
君の家の前を、伏し目がちに通り去った
恥ずかしくなって、卒業アルバムを焼いた
焼香は正しく出来てたかな

夕日が落ちている だなんて
それっていつの話なんだろう
夕日を見た記憶がないんだ
僕は夜に眠れないで、思い出すんだ
キレイな夕日を思い出して、眠れないの

恥ずかしくて、社員の顔が見られないのさ
喫煙室には入りたくなくて、吸わなくなったさ
時計の針をよく見てる
アイツもたまにサボってる

帰り道、僕は一人
子供の頃と、同じような歩調で、違う場所に帰ってく
恥ずかしくなって、過去を焼いた
もう何も言いたくはないし、酔っていたくないし
誰かに見られるなんて、うんざりだ

特にありません
結構です
特にありません
失礼します

お疲れさまです

おはようございます

44 :名前はいらない:2009/05/28(木) 06:33:50 ID:ELwX429x
 ;地上0キロメートルのかくれんぼ


僕に大切な人だけを、選んで残していくってこと
しなくてもいいんだよ?と脅されて、仕事を任されること

それら全て、似たことのような気がして
君の顔が思い出せない

頭上の星は、どこへ降る?
平和の象徴が落とした糞を、飲み込んでしまって
陰では、子供が生まれ、祝福は後回しだ

ぼやけた部屋の中では、不燃ごみがたまっていく
部屋に溶け出した、あなたの実像は、見回して見れば、
オス猫が一匹寝転んで、子猫がひざの上にいる

重力はこれ以上、僕を救いはしないだろう
ならば記憶はこれ以上、君を縛り付けたりはしないだろう?
かくれんぼの人生は終わったんだよ。 そう君は言う
けれど、まだ終わってない。 と、僕は言う
誰も居なくなった公園へ、一言を、告げに行かなきゃ終わらない

頭上の星は、どこにある?
それは地上3,000キロメートルを思うこと
そういう風に見ている僕を、僕は見ているということ

この世界は、まるで鼓動のように密に
この地球は、まるで星であるかのように
この僕は、まるで僕であるかのように
振舞え、振舞え、狂いまくれ

45 :名前はいらない:2009/06/12(金) 00:41:02 ID:YtG/6AZZ
 「寝床に立つ」

住んでいるところは東京だけど、違う地域を観るようになりました。
朝になっても、陽が当たりません。
夜明けまで、長くて長くって、いつまで寝ても起きられません。

友達がいて、僕が「こんにちは」と言いますと、
あれ、友達は「懐かしいだねえ」という話をするんですね。

本当かどうかわかりません。
息子を信じるか、それとも作り話を信じるかという悩みがあって、
息子にシュレディンガーの猫の話を教えて、半分は君を信じようといいます。

うなぎが食べたい・。






ぱわあーーーーーーーーーーーーーー

ともだち、ぼくときみともだち、ともだちmともだち、ぼくときみともだち
ともだち、ねどこにたつ、ともだち、ともだち
ぐるぐるぐる
目を回すたびに、ここがどこかわからなくなる
ぼくはともだち

46 :名前なし:2009/08/19(水) 20:57:04 ID:deDbT6ji
第一幕

例えば平安京の東南部。小高い丘の上。丘の向こう側には広大な森林が遠々と連なっているらしい。
前面は緩い斜面になっている。ある春の夕暮れ近く---舞台溶明すると、中央丘の上に、旅姿の石ノ上ノ綾麻呂と、その息子文麻呂。
遠く、近く、寺々の鐘が鳴り始める。夕暮れの色がこよなく美しい。

綾麻呂  さあ、文麻呂、時間だ。
文麻呂  なぜです、お父さん。まだです。
綾麻呂  聞いてごらん。(鐘の音)あれは寺々が夕方の勤行の始まりを知らせる鐘の音だ。ごらん。
      太陽が西に傾いた。黄昏が平安の都大路に立ち籠め始めた。都を落ちて行くものに、これほど都合のいい時間はあるまい。
      この一時、家々からは夕餉の煙が立ち上り、人々は都大路から姿をひそめる。
      その名もまさに平安京の、静けき沈黙が町々の上を蔽うている……

(沈黙)

      人目を憚る落人にとっては、これこそまたとない機会だ。うっかりしていると、すぐ夜の帳が落ちかかるからな。
      暗くならない内に、私は国境を越して、出来ることなら、今夜のうちに滋賀の国のあの湖辺の町までは何とかして辿りついてやろうと思っている。
      おや! 彼處の善仁寺ではもう勤行を始めたらしい。文麻呂、やっぱり時間だよ。

47 :名前なし:2009/08/19(水) 20:58:18 ID:deDbT6ji
文麻呂  大丈夫ですよ、お父さん。まだ大丈夫です。第一、此の頃の坊主たちのやることなんて何が當てになるもんですか? 
      勤行の時間なんて出鱈目ですよ、お父さん。何處か一箇所でもいい加減にやりだすと、
      あっちの寺でもこっちの寺でもみんな思い出したように、唯無定見に真似をして鐘を鳴らし始めるだけです。
      正確の観念なんかこれっぽっちだって持ち合わせてはいないんですからね。
      お父さんとの大切な別離の時間が坊主の鐘の音で決められるなんて、そんなことって……僕は……僕は悲しいな。
      (鐘の音)……でも、もうそんな時間なのかしら、一体? (間)ねえ、お父さん。もう少しぐらいいいじゃありませんか? 
      これっきり、もう何年も会えないんだと思うと、やはり僕は名残惜しくて仕方ありません。
      もう少しお話ししましょうよ。ねえ、お父さん、もう少しいてください。
      せめて烏が鳴くまでならいいでしょう? 烏なら本当に正確な時間を教えてくれます。あれは自然そのものですから、全く偽りというものを知りません。
      僕は自然というものだけには信頼を置くんです。ねえ、あの切り株に腰を下ろして、もう少しいろいろなことを饒舌り合いましょうよ。
      烏が鳴くまでです。出発はそれからでも十分間に合いますよ。本当に保証します。さあ、お父さん、お願いです。烏が鳴くまで、せめて烏が鳴くまでです。

(塒へ帰る烏が二、三羽、大声で鳴きながら二人の頭上を飛んでいく。長い沈黙)

文麻呂  (低い声)やっぱり、お別れですね。
綾麻呂  (しんみりと)まあ、いずれは別れねばならない運命だったのさ。
文麻呂  任地にお着きになっても、身体だけは十分に気をつけて、ご病気にならないように注意してください。
綾麻呂  む。
文麻呂  お父さんはお酒を召し上がらない代わりに、甘いものとなると眼がないから、一寸油断をして食べ過ぎをなさるとすぐにお腹を壊します。

48 :名前なし:2009/08/19(水) 20:59:29 ID:deDbT6ji
綾麻呂  ありがとう。十分に気をつける。お前も十分健康に留意して、無理をしない程度に「文章の道」を一生懸命に研鑽するんですよ。
      一日も早く偉くなって、お父さんを安心させておくれ。
      お前はお役所に勤めるのはどうも以前からあまり気がすすまなかったらしいが、いや、それならそれでもいい。
      お父さんは決して反対はしない。まあ、立派な学者になって、「文章博士」の肩書きでも貰ってくれれば、
      お父さんはそれだけでも大手を振って自慢が出来るからな。そうなれば、お父さんの受けた恥も立派に雪ぐことが出来るというものだ……
      しかしね、文麻呂。お前はどうも、此の頃清原の息子や小野の息子たちと一緒になって、
      やれ「和歌」を作ってみたり、「恋物語」を作ってみたり、あれだけはお父さんどうしても気にかかって仕方がないな。
      第一、聞が悪いよ。ああいうものは常世の情好みのすることで武人の血を引く石ノ上ノ綾麻呂の息子ともあろう者が、
      あんなものにかぶれるなどということは大体、体裁がよくないからな。殊に学問の道に励むものにはああいうものは何の益もない代物だ。
      「芸術」というものか何というものかわしにはよく分からんが、お父さんに言わせればあんなものは不潔だ。
      ああいう「遊びごと」だけは今後是非とも止めて欲しいもんだな。
文麻呂  (激しく)遊びごとではありません!
綾麻呂  (びっくりする)

49 :名前なし:2009/08/19(水) 21:01:17 ID:deDbT6ji
文麻呂  (涙さえ含んで)お父さん、少なくとも僕にとってはあれは決して「遊びごと」ではないつもりです。
      僕たちの「詩」があんな巷で流行しているような下らない「恋歌」のやりとりと一緒くたにされては、僕は……情けなくなって、涙が出てきます。
      お父さん。ぼくはきっと立派な学者になってみせますよ。お望みなら「文章博士」にだってなります。
      ただ、詩だけは作らせてください。「文章博士」が経書の文句の暗誦するだけなら、あんなもの誰にだってなれます。
      だけど、そんな知識を振りかざしたってなんになるでしょう。そんな学問はただの装飾です。
      いくら紅の綾の單襲をきらびやかに着込んだって、魂のない人間は空蝉の抜け殻です。
      僕たちはこの時代の軟弱な風潮に反抗するんです。そして雄渾は本当の日本の「こころ」を取り戻そうと思うんです。
      僕たちがあんなくだらない「恋歌」や「恋愛心理」に現をぬかしているとお思いになるんでしたら、それこそそれは大変な誤解です。
      今、僕たちの心を一番捉えているのは、例えばそれはお父さん……これなのです。

(懐から一冊の本を取り出す)

綾麻呂  よろずのあつめ……
文麻呂  万葉集って読むんです。
綾麻呂  奈良朝のものだな。
文麻呂  お父さん。これこそ僕たちの求めてやまぬ心の歌なのです。
綾麻呂  上手い歌があるのかな? (黙ってページを繰っている)
文麻呂  読んでごらんなさい。どこでもいいから、お父さん、一つ読んでごらんなさい。
綾麻呂  (何気なく開いた所を読み始める。夕日が赤々と輝き始める)
      玉だすき 畝火の山の 橿原の 日知りの御代ゆ あれましし ~のことごと 樛の木の 
      いやつぎつぎに 天の下 知ろしめししを そらみつ やまとをおきて によし 
      平山越えて いかさまに 思ほしけめか 天さかる 夷にはあれど 石走る 淡海の国の 
      ささなみの 大津の宮に 天の下 知ろしめしけむ すめろぎの ~のみことの 大宮は 
      此所と聞けども 大殿は ここといえども 霞立つ 春日かきれる 夏草香 
      繋ぐなりぬる ももしきの 大宮處 見ればかなしも。

50 :名前なし:2009/08/19(水) 21:02:52 ID:deDbT6ji
文麻呂  (厳かに)柿本ノ朝臣人麻呂。過近江荒都時作歌。……

(間)

綾麻呂  む。
文麻呂  お父さん。そりゃ、僕だって三史や五経の教訓の立派なことくらいよく分かっています。
      「李太白」だって僕には涙の出るほどありがたい書物です。
      だけど、あの教義を断片的に暗誦して博識ぶったり、あの唐風の詩から小手先の技巧を模倣してみたりしたところで何になるでしょう? 
      要するに僕は、自覚がなければ問題にならないと思うのです。

(間)

綾麻呂  文麻呂……お父さんは或いは誤解していたかもしれん。この本は、残念ながらまだお父さんは読んだことがないからよく分からんけれど、
      お前のやろうとしていることはどうやら間違ってはおらぬようだ。いや、そういう心構えさえあるならば、歌は遠慮なく作りなさい。
      けれども、真の儒教精神もこれまた大切なものだから、経書の勉強も決して怠ってはいけません。
      いかにそれを日本的に生かすかがお前たちの仕事なのだからな……
      うむ、それはそうかもしれん。奈良朝時代の人たちは、少なくとも私たちよりはもっとずっと純粋で、日本の心を知っていたかもしれんよ。
      いや、お前のやり方については、もうつべこべ言わぬ方がよさそうだ。自分の正しいと思ったことは、躊躇せずに思い切って最後までやり通すようにしなさい。

(突然、夕闇が迫り、舞台は薄暗くなる)

     おや! 急に日が暮れてしまった! うっかりしていたら、夕日が朝日ヶ峯に隠れてしまった! 
     こりゃ、ぐずぐずしてはいられない。少し長話をしすぎてしまったようだ。さ! 文麻呂! 愈々お父さんは行くぞ!
文麻呂  ご機嫌よろしく、お父さん!
綾麻呂  臣、石ノ上ノ綾麻呂、今、無実無根の讒言を蒙って、平安の都を退下し、国司となって東国に左遷されんとす。文麻呂いいか? もう一度、返答だ!
文麻呂  はいっ!

51 :名前なし:2009/08/19(水) 22:46:02 ID:deDbT6ji
綾麻呂  勲高き武人の家系、臣、石ノ上ノ綾麻呂から五位の位を奪い取った我らが仇敵は?
文麻呂  (凛たる声)大納言、大伴ノ宿禰御行!
綾麻呂  巧みなる贈賄行為で人々を手懐け、無実の中傷で蔵人所の官を奪い、
      あまつさえその復讐を恐れて、臣、石ノ上を東国の果てに追いやった我らが仇敵は?
文麻呂  大納言、大伴ノ宿禰御行!
綾麻呂  或いはまた、その一人息子、文麻呂の出世を妨げんとして、大学寮内より之を追放し、
      より条件の悪い別曹、修学院などへ転校せしめたる我らが仇敵は?
文麻呂  大納言、大伴ノ宿禰御行!
綾麻呂  よし! くれぐれも我々の受けたあの侮辱だけは忘れないようにしなさいよ。
      不潔な血を流すことはたやすいことだが、我々はそんな他愛もない復讐は潔しとしないのだ。
      お前は平安の都に残って、孜々として勉学にはげみ、立派な学者となる。
      私は東国の任地に赴き、部を練り、人格を磨いて、立派な武人となる。
      そうして、いつの日にか二人がまたこの地で相まみえる時があるとすれば、
      その時こそ、大伴ノ御行は必ずや地下人かさもなければ、それ以下の庶民にまで失墜するであろう……
      (中央を向き、感慨深く)ああ、平安の都もどうやらこれで暫くは見納めなのだな。
      ……さて、いつまでぐずぐずしていてもきりがない。では、文麻呂、わしは出掛ける!
文麻呂  じゃ、お父さん! お気をつけて!
綾麻呂  お母さんのお墓参りだけは決してかかさないようにしなさいよ! じゃ、元気で勉強しなさい! 
      それから、瓜生ノ衛門だが、あれはもう大分年をとってしまったから、あまり役にはたたんだろうが、まあ、よく面倒をみておやりなさい。
      あれだけは何時も変わらぬ我々の忠実な従僕だ。ああ、忘れていた。これ。万葉集……
文麻呂  いえ、それはお父さんに差し上げます。僕はもう一冊持っていますから。東国の任地などで沁々とお読みになるにはこれほどよい書物はありません。

52 :名前なし:2009/08/19(水) 22:47:47 ID:deDbT6ji
綾麻呂  そうか。それでは記念に一つ貰っておこう。これはなかなかよさそうな本だから、お父さんもじっくり読んでみることにしよう。
      それから東国へ下る人があったら、必ず手紙をくれるんですよ。ああ、大分遅くなってしまった。
      山科の里では供奉の者たちがさぞや待ちかねていることだろう。では、文麻呂。さらばじゃ!
文麻呂  さようなら! お父さん!

(石ノ上ノ綾麻呂、左方へ下りて行く。退場。文麻呂。一人中央の丘の上に残る。辺りには夕闇が立ち籠めている。文麻呂は傍の木の切り株に腰を下ろして、瞑想に耽り始める。
遠近の広大な竹取の竹の葉のざわめく音が不気味に響き渡り始める。文麻呂はぎょっとして後をふりみる。風。そして、時折、山鴿の物淋しげな鳴き声がし始める)

文麻呂  (独白)風か!

(文麻呂は何やら急に耐え難い孤独感に襲われるのであった。懐より横笛を取り出して、親しい「曲」を奏し始める。済んだ笛の妙音、風に伝わって、餘音嫋々……舞台、暫くは横笛を奏する文麻呂。
文麻呂、突然、何か不思議な予感に襲われたもののように唇から不図横笛を離す。耳を澄ます。どこからともなく、こだまのように同じ曲が響いて、消える。
文麻呂、不思議な笛の反響を解せぬ態度で、もうひとしきり吹いて、再び突然、唇から笛を離してみる。耳を澄ます。やはり、どこからともなく、同じ曲が響いて、消える。
文麻呂、もう一度今度は思い切り強く吹いてみる。やはり、どこからともなく同じ音が反響する)

文麻呂  (不気味な気持ちに襲われて、すっくと立ち上がり)誰だ……
声  誰だ!

(清原ノ秀臣、同じように「横笛」を片手に、丘の向こう側から文麻呂の背後に現れた)

53 :名前なし:2009/08/19(水) 22:49:06 ID:deDbT6ji
清原  石ノ上ノ文麻呂ではないか?
文麻呂  (びくんとして振り向き)何だ、清原……君だったのか?
清原  大学寮学生、清原ノ秀臣。僕だ。
文麻呂  一ヶ月前だったらこの僕も同じ「名乗り」を堂々と名乗り返せたのになあ……
      残念ながら、今では、別曹、修学院学生、石ノ上ノ文麻呂……か。
清原  おい、石ノ上。そのことだけはいつまでもそうくよくよ気にかけるのはやめてもらおうじゃないか。
     学校がどうのこうのと言ったって、正しい文の道は唯一つさ。小野ノ連にしろ、この僕にしろ、君とは一生を誓い合った同志じゃないか。
     その繰り言だけはもういい加減にやめたまえ。ところで石ノ上。お父様は? もう発たれたの?
文麻呂  ああ、いまさっき。ここで別れたところなんだ。なんだか、今夜中に三井寺をすぎて、滋賀の里までは是が非でも辿りつくだなんて、とても張り切っていたよ。
清原  そりゃ大変だな。ことに夜道になると逢坂山を越えるのは一苦労だぜ。でも、何だってよりによって夕方なぞにお発ちになろうなんてお考えになったのかな。
文麻呂  人目を忍ぶ旅衣というやつさ。でも、親父、あれで内心東国にはとても抱負があるらしいんだ。
      まあ、別れる時は割合に二人ともさっぱりしていて、気が楽だったよ。山科の里まで行けば、供奉の者がたくさん待っているそうだから……
清原  そうか。それなら安心だ。いや、実は、妙なところで君に会ったんで、びっくりしちゃってね。
文麻呂  僕もびっくりした。こんな所にまさか君が来ようなんて思わなかったからな。僕は君をこだまと間違えてしまった。
清原  え?
文麻呂  こだまさ。例えば、そら、向こうの竹山から春風に乗って反響してくるこだまと間違えたんだよ。竹の精と間違えてしまったのさ。
清原  竹の精?

54 :名前なし:2009/08/19(水) 22:51:05 ID:deDbT6ji
文麻呂  うん。ま、竹の精とでも言うんだろうな。なんだか、そんなものがここなら現れそうな気持ちがしたんだ。
      この丘へ登ってみたのは、実は僕は今日が初めてなんだがね。とにかく、すっかり気に入ってしまったよ。
      平安京もこの通り一目で見渡せるし、それに、どうだい、こっち側の、この夕風にざわめいている素晴らしい竹林の遠々たる連なりは! 
      僕は先刻、親父と話しながらここまで登って来た時は、なんだかまるで、突然夢の国に来たんじゃないかと目を疑ってしまった。
      平安の都で世迷言に身をやつしている連中の中で、この丘のこっち側の世界の素晴らしさに気付いている奴は、一体何人いるだろうかね? 
      それにほら、見たまえ。すぐあそこにまであんなに深い竹林が続いてきてるなんて、実際、今まで僕は夢にも想像していなかった。
      全く、この丘から向こうは別世界だ! あの堕落した平安人の巷からものの半道も離れていないこの丘の上には、
      まだ汚れない自然が、美しいそのままの姿で脈打っているような気がする。
      そんな気がするんだ。清原、聞いてごらん。……山鴿だ。

(竹林の方から山鴿の鳴き声、ひとしきり、二人とも、暫く沈黙)

清原  (静かに)石ノ上、君は今竹の精って言ったね? 君は竹の精の存在を信じるか?
文麻呂  どうしてだい、そりゃまた?
清原  (真剣な顔)石ノ上、僕は……僕はその竹の精を見たのだ!
文麻呂  見た?
清原  見た。この目ではっきりと見てしまったのだ。
     自然そのままの汚れのない清純な女性の形象をとってこの現世に存在している、いわばそれは若竹の精霊だ。
     美塵の悪徳もなく、美わしい天然の姿のままでそれはあの竹林の中に生きている。
文麻呂  (じっと友の顔を凝視し、ややあって)「恋」だな? 清原……
清原  人の世の言誉がそう名付けるならば、それもよかろう。石ノ上、僕は白状する。僕は……その恋を知り始めたのだ。

(間)

55 :名前なし:2009/08/19(水) 22:53:23 ID:deDbT6ji
文麻呂  (そっと友の肩に手を掛けて)よかろう、清原。僕は決して咎め立てはしないぜ。
      いや寧ろ君のその碧空の如く清浄無垢なる心を捉えた女性の顔が一目拝みたいくらいだよ。
      恋とは夢だ。「夢」とは全き放心だ。その正しい極限では一切が虚無となる。一切が存在しなくなる。
      それは未来永劫を一瞬に定着する詩人の凝視を形成する場所だ。真実の詩とはそこに生まれるのだ。
      その虚無の場を不安と観ずるべからず、法悦の境と信ずべし、だ。
      そこに生ずる悲哀よりも歓喜よりも、何よりもそこに存在する真実の詩をこそ尊ぶべきだ、と僕は思う。
      ……清原、恋をしたまえ。一切を捨てて恋に酔いたまえ。
清原  ありがとう。
文麻呂  敷島の日本の国に人二人ありとし念はば何か嘆かむ、だ。……知ってるかい、清原。
清原  む。万葉、巻十三、相聞の反歌だ。
文麻呂  恋とはああいうものだよ。僕はそう信じる。恋とは唯一つの魂を激しくもひそかに呼び合うことだ。僕はそう信じる。
      あの巷にあれすさんでいる火遊びの嵐はどうだ。あんなものは何が恋だ。あんなものは不潔な野合だ。汚らわしい惰遊だ。
清原  石ノ上、僕の場合に限って、あんな汚れた気持ちは微塵もないっていうこと、君信じてくれるだろうね?
文麻呂  うん。信じる。信じよう。信じないではいられないのだ。君が本当のものと嘘のものとを見分ける目をもっていることだけは、僕の心から信じているんだから。
清原  (次第に涙を催すような感傷的な気持ちになっていく)石ノ上、僕は、そのうち君にもあの女に一度あってもらおうと思っている。
文麻呂  何て言うの、名前は?
清原  ……なよたけ。
文麻呂  え?
清原  ……なよたけ。(舞台左手奥の竹林を指し)あそこの竹林の向こうに住んでいる……

(二人とも、そっちの方を眺めている)

56 :名前なし:2009/08/20(木) 00:06:19 ID:Flno3vM6
文麻呂  田舎娘なのかい?
清原  竹籠作りの娘なんだ。年をとった父親と二人暮しの貧しい少女さ。まだ、まるで少女なんだ。
     汚れ多い浮世の風には一度だって触れたことのないような。何て言うのかなあ、そのう、まるで……
文麻呂  いくつ?
清原  え?
文麻呂  年さ。いくつ?

(間)

清原  ……知らないんだ。
文麻呂  何だい。聞いてみないの?
清原  ……まだなんだ。

(間)

文麻呂  いくつ位に見えるのさ?
清原  それが、よく分からないんだ。
文麻呂  なんだか少し頼りないね。話したことはあるんだろ?
清原  (俯いたまま、無言)
文麻呂  ね。毎晩逢って話くらいはするんだろ? え?
清原  (低く)まだなんだ。

長い沈黙。

57 :名前なし:2009/08/20(木) 00:08:18 ID:Flno3vM6
文麻呂  (暫くは呆れたような顔をしていたが)そうか、まあ、いいさ……つまり、まだほんの「恋しり初めぬ」と言ったばかりの所なんだな。
      だけどね、清原、恋をするにはもう少し勇気を持たなくちゃ駄目だよ。もう少し思い切ってやらなくちゃ駄目さ。僕はそう思うな。
      この女こそ自分の一生を賭けた唯一無二の女性だという確信がついたら、早速、自分の心情を率直に打ち明けなければ問題にならないよ。
      遠慮なんかしてたらいつまでたってもらちがあかない。もちろん、僕はあの常世流行のつけぶみという奴は大嫌いだ。
      こそこそまるで悪いことでもしているように、巧くもない文章を紙に書き並べて、逃げ腰半分で打ち明けるなんてのは、第一、男らしくもないし……それに卑怯だ。
      もちろん、面と向かって、堂々と口で打ち明けるんだ。そりゃそうだぜ、君、いつまでもぐずぐずそんな態度を続けていったとしてごらん。
      せっかくの恋も水沫の如く消え去ってしまうのだ。例えばね、先方でも君のことを慕っているとする……いいかい? 
      いつまでも君が愛を打ち明けてくれるのを待っている……
      待っても待っても打ち明けてくれない。……そのうちに外の恋敵が現れて、先に結婚を申し込んでしまう。
      ね? 君はもう破滅だ。君の「恋」は永久にそこで終わってしまうかもしれないのだ。

(文麻呂はそっと清原ノ秀臣の反応をうかがってみる。彼は黙ったまま、俯いている。
遠くの竹林の中から、まるでざわめく風の中からでも生まれたかのように、
童たちの合唱する童謡が、美妙な韻律を響かせながら、だんだんと聞こえてくる)

童たちの唄  なよ竹やぶに 春風は 
         さや さや 
         やよ春の微風 春の微風 
         そよ そよ 
         なよ竹の葉は さあや 
         さあや さや

文麻呂  (怪訝な顔つきで、唄の聞こえてくる方向を不気味そうに見やり)清原。……あれは何だい? なんだろう、あの唄は?

58 :名前なし:2009/08/20(木) 00:09:20 ID:Flno3vM6
清原  (異様な喜びに既に目は烱々と輝き始めている。熱情的な独白)
     童たちだ。なよたけの童たちだ。……なよたけが童たちと一緒に散歩に出てきたんだ。
文麻呂  清原!
清原  (立ち止まる)
文麻呂  何だって言うんだい? 童たちがどうしたって?
清原  (もはや全く気もおろろに、譫言の如く)童たちはなよたけの心の友達なのさ! なよたけが心を許しているのは童たちだけなのさ! 
     童たちは一人一人なよたけの心を持っているんだ! 童たちの心はなよたけの心なんだ! 
     僕はなよたけと話が出来なくたって、童たちとは話が出来るんだ! 
     なよたけは僕に話しかけてくれなくたって、童たちは僕に話しかけてくれるんだ! 
     僕は童たちと話をしていれば、まるでなよたけと話をしているような気持ちなんだ! 
     童たちの話しの中にはなよたけの心が通っているんだ! なよたけの心の中には童たちの話が通っているんだ! 
     僕は童たちと話をしているんじゃなくて、なよたけと話をしているんだ! なよたけは僕に……
文麻呂  清原! 落ち着け!

(間)

清原  (ようやく理性を取り戻す)石ノ上。僕は取り乱しちまってる。恋のためにすっかり取り乱しちまってる。
     許してくれ。僕は行かなくちゃならない。すぐに行かなくちゃならない。なよたけに逢いに行かなくちゃならない。なよたけが僕を呼んでる……
文麻呂  (きっぱりと)行きたまえ!

(清原、脱兎の如く、左手奥へ駆け下りていく)

文麻呂  (清原の後姿を見送りながら、独白)清原……貴様は、完全に……「恋」の虜だ。

(燦然たる星空を背景に丘の中央に、影絵の如く立っている文麻呂。童たちの歌う童謡が段々と明瞭に聞こえてくる)

59 :名前なし:2009/08/20(木) 00:10:54 ID:Flno3vM6
童たちの唄  なよ竹やぶに 山鴿は 
         るら るら 
         やよ春のとり 春のとり 
         るろ るろ 
         なよ竹の葉に るうら 
         るうら るら

(春風にざわめく竹林の音と、童たちの歌う愛らしい童謡の旋律と、時折淋しげに鳴く山鴿の鳴き声が、微妙に入り混じり、織りなされ、不可思議な「夢幻」の階調となって、
舞台は暫くは奇妙に美しい一幅の「絵図」になってくれればいい。文麻呂は何か我を忘れたもののように、じっと遠く竹林の方を見ている。
やがて童たちの歌声が次第に遠く消えていく頃、瓜生ノ衛門、右手より現れる。丘の人影をそっとうかがうように見ている)

瓜生ノ衛門  (文麻呂だと分かると、低い声で)文麻呂様……文麻呂様……
文麻呂  (その声に我に返り、辺りを見回すが、暗くてよく分からない。空耳かな、と思う)
瓜生ノ衛門  お坊ちゃま……ここですよ。こちらでございますよ。
文麻呂  誰だ!
瓜生ノ衛門  私でございます! 瓜生ノ衛門でございます。
文麻呂  何だ、衛門か。……お前だったのか? びっくりさせるじゃないか、こんな所に……
瓜生ノ衛門  (笑いながら、近寄っていく)やっと見つけました。随分方々お探し申したんですよ……お父上はもう?
文麻呂  (丘の上から下りて来る)む。行ってしまわれた。元気に発って行かれた。
瓜生ノ衛門  東路はさぞ淋しうござりましょうな。手前もお供しとうございました。でも、供奉のものはみな大伴様の御所存だったので、残念ながら、致し方ございませぬ。
文麻呂  む。あの供奉の連中ね。……まあ、あれは大納言の決めた人たちなんで、心配でないこともないんだが……
      併し、父上のあの高邁な「人格」はたとえどんな腹黒い奴らでも、たちどころに腹心の家来にしてしまうよ。
      僕はそう信じる。ねえ、衛門、そうだろうが?
瓜生ノ衛門  そうでございますとも。……瓜生ノ衛門、今更ながらお父上から受けました四十年の御厚誼、つくづくと身に沁みまする。
         ……(涙して)しがない瓜作りの山男を……これまでに……

60 :名前なし:2009/08/20(木) 00:12:47 ID:Flno3vM6
文麻呂  まあ、いいさ、衛門。過ぎ去った過去のことを思い出してくよくよするのは、
      遠い先の未来のことを妄想して思い上がるのと同じくらい愚劣な空事だからな。
      一番大切なのは現在だ。現在の中に存在する可能性だ。ところで、衛門。お前、これから、どうするつもり?
瓜生ノ衛門  手前、生まれ故郷の瓜生の山里に帰って、また瓜作りでもはじめようかと思います。
文麻呂  え?
瓜生ノ衛門  また瓜でも作ろうと思うのでございます。この上、お坊ちゃまにご厄介をお掛け申すのは、この衛門、とても忍びのうございますでな。それに、お坊ちゃま。(柄にもなく恥ずかしそうに笑う)へ、へ、へ、へ……
文麻呂  何だい。気持ちが悪いね。それに? どうしたって言うんだい?
瓜生ノ衛門  へえ、まことに気恥ずかしくて申し上げにくい話なんでございますが、実は手前……
         瓜生の里には四十年前に言い交わした許婚が一人待っているんでございます。
文麻呂  許婚?
瓜生ノ衛門  へえ、まあ、その様な……へ、へ、へ、へ、へ……
文麻呂  おい、おい。衛門。お前もなかなか隅には置けないね。六十八にもなって許婚とは……
      さすがの僕も恐れ入ったよ。それじゃ、まあ、惚気話の花でも一つ咲かせて貰おうかい。

61 :名前なし:2009/08/20(木) 00:56:40 ID:Flno3vM6
瓜生ノ衛門  いや、お坊ちゃまの方から先にそう開き直られると、折角の花も蕾んでしまいます。
         実を言えば、手前、若気の過ち、とでも申しましょうか、今から四十年前の昔でございます。
         手前がまだ瓜作りをやっておりました時分、不図した浮気心から言い交わした娘がございました。
         と言いましても、名前も顔もはっきりとはとても浮かぶ瀬もない冥途の河原……
         何分遠い昔の思い出話でございますでな。手前は父上様にお仕え申す身になって四十年。
         華やかな平安のみやびの中であのように幸せすぎるくらいの身の上でございましたもので、
         そんな娘のことなぞすっかり忘れてしまっておりましたものです。
         ところがつい最近のことですが、風の便りか山のほととぎす……
         お坊ちゃま、実はその娘がまだ手前の帰ってくる日をたった一人で待っているという話を耳に致しましたのです。
         それを聞きました時には、ちょうど、今度のお父上の御栄転騒ぎで、
         都のお勤めからは手前も愈々身を引潮の漁り歌というわけで……
         何となくすずろな憂身をやつしておりました最中だったもので、何と申しますか、
         人里離れた生まれ故郷の瓜生の里が無性にこう……懐かしくなって参りましてな。
文麻呂  ふうん? そうだったのかい。いや、そういうことなら衛門、そりゃ僕もとてもいいと思うよ。
      僕も大賛成だ。故郷の山の中で一生を契り合った人と二人っきりで瓜を作る。
      いいな。羨ましい生活だ。幸福な生活だ。衛門、こんな汚れ多い都会の生活はもうお前のように正直な男には用のないものだよ。
      大切なのは孤独ということだ。真剣に生きるということだ。お婆さんもさぞ喜ぶことだろう。
瓜生ノ衛門  お婆さん?
文麻呂  や、こりゃ失礼。失礼。だって、衛門。そりゃもう大分お婆さんだろうじゃないか? 四十年も前に……

62 :名前なし:2009/08/20(木) 00:58:48 ID:Flno3vM6
瓜生ノ衛門  (そう言われて、今更のように四十年の経過を思い起こし)
         ああ、左様でございましたな。む、そこの所を衛門もう少し考えてみなければなりませんでしたな。む。左様でございますとも。
         いくら手前に惚れ込んだと申しましても、四十年間、年もとらずに娘のままで手前を待っているなんてわけは、どう考えたって、そんなことはありやしませんですからな。
         (なんだか少々情けない気持ちになってくる)
         いや、そりゃもう大変婆さんになっとりましょう。何せ、手前が二十六で、あれがそう、かれこれ……
文麻呂  衛門! そんなことは問題じゃないよ。顔にしわが何本出来ていようと、
      どんなに腰が曲がっていようと、お前を待っているのは忠実な一人の少女の心だ。ね? 衛門、そうだろう?
瓜生ノ衛門  そうでございましょうか?
文麻呂  なんだい、馬鹿に自信がなくなっちゃったんだな。そうだよ! 僕が保証する! そうだとも! 
      瓜生ノ衛門の帰りを、四十年間、ただひたすらに思いつめ待ちわびているのは美しい、一人の忠実な心の少女だ!
瓜生ノ衛門  (感動して)ありがとうございます。ありがとうございます。瓜生ノ衛門、明日にでも早速婆さんに逢いに瓜生の山に帰ってみようと存じます。
文麻呂  それがいいよ、衛門。瓜生の山奥と言ったって、ここからは二里とは離れてやしないんだから、
      僕だって逢いたくなればいつだって逢いに行けるんだ。ああ、なんだか急に風が強くなってきたじゃないか。

(竹林のざわめきが、急に何やら騒がしくなって来る。不穏な風の渡る音。山鴿の鳴く声さえも、途絶えがちだ。
空模様も段々怪しくなってくる。燦然と輝いていた星々も、あっちに一つ、こっちに一つと段々消え失せていく)

瓜生ノ衛門  (不安そうに)なんだか気味の悪い空模様になって参りましたな。嵐でも来そうな気配でございますよ。そろそろお家へお帰りになってはいかがです?

(強い風が不気味な音を立てて、吹き渡り始めた)

63 :名前なし:2009/08/20(木) 01:01:00 ID:Flno3vM6
文麻呂  おう、竹の葉があんなに激しくざわめき始めた。星々が段々と消えていく……
      (独白)父上は大丈夫だろうな? 竹林の「恋」は健在かな?
瓜生ノ衛門  (何やらはたと思いついて)文麻呂殿! 瓜生ノ衛門、すっかり失念いたしておりました! 
         実は手前、大変な噂の証拠をつきとめたのでございます。大納言様のことでございます。
         大納言様の道ならぬ浮名の恋でございます。而も相手はとんだ賤しい田舎娘。
         いや、これだけはっきり尻尾を掴んだら、それこそ大納言様の名声もたちどころ、と言ったよりどころでござりますぞ。
         昨日の午後でござりました。手前、何気なくこの先の竹林に筍を探しに参ったのでございます。
         ……どうでしょう! まあ、大納言様ともあろう御方が、忍ぶ恋路のなんとやら、いやもう大変な忍びのいでたちで、
         ついこの先の竹林の奥に住んでいる竹籠作りの爺の娘に文をつけようとなさっているのを、手前この目ではっきり見てしまいました。
文麻呂  (きっとなって)何っ!
瓜生ノ衛門  (少々驚いて)御文でございます。
文麻呂  いや、そんなことじゃない! 相手はどこの娘だと!
瓜生ノ衛門  竹籠作りの爺の娘でございます。此の造麻呂と言う爺は手前も少しは存じている男でござ今するので……
文麻呂  名前は何と言うんだって?
瓜生ノ衛門  讃岐ノ造麻呂でございます。
文麻呂  (苛立って)爺じゃないよ! 娘だ!
瓜生ノ衛門  娘の名は、確か……左様……なよたけとやら申しました。
文麻呂  何っ! なよたけ!

(丘の上にはいつの間にやら、清原ノ秀臣が悄然として佇立している……
その豊かにたれた直衣の裾は激しくも風にはためいている。不穏な竹林のざわめき)

文麻呂  (丘の上の友の姿を認め)おい! 清原! どうした!
清原  (泣かんばかりの悲痛な声で)石ノ上! 駄目だ、僕は。……僕はなよたけを怒らせてしまった。
なよたけは怒って家の中に駆け込んでしまった……

(文麻呂は身も軽々と丘の上に駆け上り、清原ノ秀臣の手をしっかりと握り締める。
風にはためく二人の直衣の裾。……風の音。竹林の激しいざわめき)

64 :名前なし:2009/08/20(木) 01:01:58 ID:Flno3vM6
文麻呂  元気を出せ! 清原! 元気を出すんだ! なよたけと貴様の恋は死んでもこの俺が成就させるぞ! 親父の名誉にかけて俺は誓う!
清原  石ノ上、ありがとう。……だけど、僕はもう駄目だ。……なよたけは本当に怒ってしまったんだ。
文麻呂  何が駄目だ! おい、しっかりしろ! 勇気を出すんだ! そんなことでへなへな気が挫けるようでどうする。
      戦いはこれからだぞ。清原! 貴様の恋敵が分かった! 貴様の恋敵だ! 誰だと思う?
清原  恋敵?
文麻呂  そうさ、清原。……貴様の手からなよたけを奪い取ろうとしている憎むべき男が一人いるのだ。
清原  (その言葉にきっとなり、むしろ傲然と)それは誰だ!
文麻呂  大納言、大伴ノ御行だ。
清原  えっ!
文麻呂  (快心の微笑を以て)大伴の大納言様だよ。
清原  (全身の力、一時に消滅し、気絶する者の如く、文麻呂の胸によろよろと倒れ掛かる)
文麻呂  (支えながら、狼狽し)おい。清原! 清原! 清原! ……衛門っ!

(激しい強風の中に……)

---幕---

65 :名前なし:2009/08/20(木) 02:10:22 ID:Flno3vM6
第二幕

第一場

(幽麗なる孟宗竹林を象徴的に描いた上下幕の前で演ぜられる。石ノ上ノ文麻呂、清原ノ秀臣、右手より登場。
清原ノ秀臣は文麻呂の後に従って、何やらそわそわと、酷く落ち着きがない。言わば、気も虚ろである)

文麻呂  全く、こりゃすごい竹林だ。これじゃ、方角も何も皆目分かったもんじゃないね。
      大体、我々はこれで確かになよたけの家の方向へ進みつつあるのかい? 清原。本当に確かなんだな?
清原  ……確かなんだ。
文麻呂  確かにこの竹林なんだろうな?
清原  これなんだ……
文麻呂  (頼りなげに)で、何かい? 大分あるのかい、まだ?
清原  もうすぐなんだ。……あっちの方だ。
文麻呂  それなら、もういい加減そろそろ見えてきてもいい頃じゃないか?
清原  ……ん、……でも、なよたけの家は竹林の真ん中にあって、竹で出来ているんだ。……だから、すぐ傍まで行かないと見えないんだ。
文麻呂  ふーん? 保護色なんだね?
清原  ん、……そうなんだ。

(文麻呂は清原の煮えきらぬ態度を不愉快に感じる。励ますように……)

66 :名前なし:2009/08/20(木) 02:11:31 ID:Flno3vM6
文麻呂  どうだい、清原。それじゃこうしようじゃないか。つまり、なんだよ、
      ……大納言がやって来るまでにはまだ少しばかり間がありそうだから、
      暫く我々はここに腰を落ち着けて、待ち伏せしていようではないか? え? 
      ……時を見計らって、決行するのだ。我々の方はすっかり覚悟が出来ているんだから、
      たとえ万一ここでばったりと大納言にぶつかったとしてもなんら狼狽することはない。
      堂々と計画通りに我々の初志を貫徹するまでの話だ。なあ。清原。そうだろう!
清原  (自信なさそうに)うむ……
文麻呂  全く煮え切らないね、君と言う奴は。それだからみんなに言われるんだよ。当節の若い学生は何だかんだって……
      口先だけで屁理屈をこねるのが幾ら巧くたって、実行力のない人間はあるかなきかのかげろうだ。なあ。そうだろう?
清原  うむ……
文麻呂  僕は君に限ってそんな意気地のない男とは信じたくないんだ。
      君だけはそういう軟弱な知識階級の若様連中と同列に置きたくはないんだ。分かるだろう?
清原  うむ……
文麻呂  (苛々して)さあ、清原。座ろう、座ろう! 座って大納言を待ち伏せするんだ! (べったりと座る)座れよ!
清原  (しぶしぶと彼の隣に座る)

(長い、気まずい沈黙)

文麻呂  (沈滞した空気を振り払うように)ああ、何という静けさだろう。ねえ、清原。ほら。聞こえないか? 
      時々、あちこちから、かさかさ、かさかさって妙な音が、まるで神秘な息遣いのように聞こえて来るんだ……
清原  (あまり感興もなさそうに聞く)
文麻呂  (慎重に、耳を澄まし)ねえ、おい。あれは一体何だろう?
清原  (至極あっさりと)竹の皮が落ちてるんだ……

(間)

文麻呂  そうか……若竹がすくすくと成長していく音だったんだな? ひそやかな生成の儀式の微かな衣擦れの音だったんだな?
清原  (さりげなく)たけが囁いているんだ……

(間)

67 :名前なし:2009/08/20(木) 02:12:44 ID:Flno3vM6
文麻呂  (情けなさそうに清原を凝視し、ややあって)清原。君は変わっちまったね。つくづく僕はそう思うよ。本当に変わっちまった……
清原  (文麻呂にあまりまじまじと見詰められるので、なんだか恥ずかしそうにする)……そうかな?
文麻呂  うん。変わった。第一、言うことに飛躍がなくなった。弾力がなくなった。知性の閃きがなくなったよ。
      「竹が囁いているんだ……」情けないことを言うじゃないか。まるでもう君は萎れうらぶれている。
      剣刀身に佩き副ふる丈夫の面影は全くなくなってしまった。
清原  (急に心配そうに)石ノ上。……僕はね、心配なんだよ。僕たちのこの計画がかえってなよたけを怒らせてしまうんじゃないかと思って……
文麻呂  また! ……僕はもう、そんな意気地のないことを言うんだったら、君に構わずに自分だけで勝手にどんどん事を運んでしまうぜ。
      何度も言ったけど、これは確かにこの上もない天の配剤なんだ。君の目的と僕の目的が全く一致する……
      これは単なる偶然じゃないんだ。僕はそう確信している。これは天が我々に味方したんだ。そうは思わないかい?
清原  うむ……
文麻呂  (苛々して)さあ、元気を出そう、元気を! 天が与えてくれたこの機会を利用しなければ、
      君の恋も、僕の復讐も一生涯実現できないようなことにならないとも限らないんだぜ。
      さあ! 肚を落ち着けて待とう、待とう! 大納言を恋と名声から失脚させるには我々の知恵の他に、最大の勇気というものを必要とするんだ。
      何よりも先ず第一が肚だ。肚を落ち着けて、心静かに待とうじゃないか! 何だい、しっかりしろよ!

(いきなり両手で両膝を抱え込む)

清原  (文麻呂の真似をして、両膝を両手で抱え込む)

(長い、気まずい沈黙)

68 :名前なし:2009/08/20(木) 02:13:57 ID:Flno3vM6
文麻呂  (再び沈滞した空気を振り払うかのように)ああ、とにかくこれはすごい竹の木だな。
      それにしても、この素晴らしく伸びた幹はどうだ。ねえ、清原。こいつは確か孟宗竹という奴だよ。
      話によるとこの竹の苗は奈良朝の初期に唐の国から移植されたものらしいんだが、
      三百年足らずの間にどうだ、この東の国の一画にも、このように幽麗な叢林を形成してしまったのだ。
      まるでもうここはあの国の幽邃境だ。深遠な唐の国の空気がそのままに漂っているではないか。
      何という神秘な静寂だろう、僕は今、このような竹林の中で想を練ったというあの七人の賢者たちのことを思い浮かべている……(沈黙)

(一人で恍惚として)

      獨坐幽篁裏 彈琴復長嘯
      深林人不知 明月來相照

(独り言のように)

      竹里ノ館か、……知ってるだろう? 王維の詩だ。
清原  (一向に聞いていない。頭の中は心配だけ)
文麻呂  こんな素晴らしい神秘の境で、燦めく恋の桂冠を獲得しようという君は全く幸福だ。
      また、同時に同じ場所で父の仇敵を思いのままに辱めてやれるというこの僕も幸運だ。
      言わばここは我々が幸運の星にめぐりあうという秘められたる場所だ。
      天が我々に与えたまうた恵みの扉だ。扉は今や開け放たれねばならない。
清原  (突然すっくと立ち上がり)そうだ! 僕、いいことを考えた!
文麻呂  (呆れて彼を見上げ)何だい、また? どうしたんだ、清原?
清原  ねえ、石ノ上。いいことがあるんだよ。なよたけの家のすぐ傍にね、竹籠の納屋があるんだ。
     僕たちはこれからそっとそこへ行って、気付かれないようにその納屋の中へ隠れるんだ。
     そうして内から様子をうかがって、大納言様を待ち伏せするんだ。
     大納言様がいらっしゃってなよたけに向かい何かいけないことをなさろうとしたら、
     僕たちはすぐに飛び出して行って……やっつけちまうんだ。それがいいよ。ね。それがいいよ。
     さあ、石ノ上! (先に立って、左の方へどんどん行く)

69 :名前なし:2009/08/20(木) 02:14:52 ID:Flno3vM6
文麻呂  (呆気にとられたように聞いていたが、しぶしぶと立ち上がり)
      ……そりゃ、君がその方がいいと言うなら、それでもいいさ。ここの地理的な状況は君のほうがずっと詳しいんだし……
清原  (どんどん早足で行きながら)さあ、早く、早く! 早くしたまえ! 石ノ上! 早くしないともう大納言様が来てしまわれる……

(左手に消える)

文麻呂  (その後をしぶしぶと追いながら、ぶつぶつと)何も行かないとは言ってないよ。
      そりゃ僕にはここはどうも勝手がよく分からないんだし……君の言うことをどうのこうのと言ったって、何も別に……
      (突然、立ち止まり、左の方を睨むようにして、大声で怒鳴る)おい! 待て! 清原! 落ち着け!

---(溶暗)---

70 :名前なし:2009/08/20(木) 17:21:57 ID:4DRtYVps
第二場

竹取翁、讃岐ノ造麻呂が竹篭を編みながら唄う「竹取翁の唄」が次第に聞こえてくる。
なよたけの弾く和琴の音が美しくも妙にその唄の伴奏をしている。童たちの合唱が、時々それに交じる。

竹取翁の唄  竹山に 竹伐るや翁 
         なよや なよや 
         竹をやは削る 真竹やはけんづる 
         けんづるや 翁。 
         なよや なよや
童たちの合唱  なよや なよや なよや
竹取翁の唄  竹山に 竹取るや翁 
         なよや なよや 
         竹をやは磨く 真竹やはみんがく 
         みんがくや 翁。
         なよや なよや
童たちの合唱  なよや なよや なよや
竹取翁の唄  竹や竹 竹の山 
         その竹山に 竹籠をやは編まむ 
         なよ竹籠をやは編まむ さら さら
         さらさらに わがな 我名は立てじ
         唯竹を編む よろづよや 
         万世までにや 唯竹を編む 
         さら さら さら
童たちの合唱  なよや さら、なよや さら
          なよや さら さら さら。

(唄の途中から、上下幕が静かに上がる。幽麗なる孟宗竹に囲繞せられたる竹籠作り讃岐ノ造麻呂の家。
舞台右手には、その家の一部。土間と居間がある。全て竹で意匠せられている。
奥手は一面、無限と思われるほど、深邃なる孟宗竹林、その中を通って、左の方へ小道が続いている。
舞台一面、輝く緑の木漏れ日に満ち溢れている……家の土間には、造麻呂が座り込んで、「唄」を歌いながら青竹を籠に編んでいる。
その背後には六人の童たちが並んで立っている。なよたけの和琴の音は、右手の竹簾の方から聞こえてくるらしい……
「唄」が終わると、なよたけの弾いている美しい和琴の音だけが響き残る。
老爺はさらさらと竹を編んでいる。童たちも黙ってそれを見ている)

71 :名前なし:2009/08/20(木) 17:22:57 ID:4DRtYVps
造麻呂  (編む手を止めて、不審そうに)おや? 何じゃ? 裏の納屋の方で妙な音がしなかったかな?
童たち  (きょとんとしている)
造麻呂  なよたけ!

(なよたけの琴の音、止む)

造麻呂  ……お前、居間、裏の納屋の方で妙な音が聞こえなかったかい?
なよたけ  (声のみ)……いいえ。
造麻呂  何だか確かに聞こえたような気がしたんだが……
なよたけ  (声のみ)またりすの子がゆすらうめの実でも食べに来たんでしょう。
造麻呂  (半ば独白)……りすならいいんだが……
      此の頃は都の人間たちまでが、この辺りにうろうろし出したからな。
      (再び籠を編み始める)……物騒で仕方がない。

(沈黙)

なよたけ  (声のみ)雨彦! ……お前、ちょっと行って見てきてごらん!

(雨彦と呼ばれた少年は「ん」といって、一目散に裏の方へ駆けていく。
他の童たちは一様に彼を見送って、何か心配そうにしている。雨彦、暫くして、また一目散に駆け戻って来る)

雨彦  誰もいない。りすもいない。ちゃんと戸が閉まってる。
造麻呂  ふむ、わしの空耳だったのかな? どうも、年をとってしまったもんじゃ。

(造麻呂は再び一心に竹籠を編み始めた。またなよたけの琴がなり始める。同時に童たちは一様に退屈し始める)

72 :名前なし:2009/08/20(木) 17:24:21 ID:4DRtYVps
こがねまる  (つまらなそうに)……なよたけ、また外に出て遊ばない?
みのり  (少女)出ておいでよ、なよたけ!
けらを  なよたけ、お出でったら!
胡蝶  (少女)なよたけ! 今のうちじゃないと、またお天気が悪くなるわよ!
蝗麻呂  ほら! 来てごらん! お日様を邪魔する雲が一つもないや!
雨彦  なよたけ! 竹林はとても静かだよ! 今日も悪いことは何も起こりやしないよ!
けらを  おいでよ! おいでったら!
童たち  (一緒に)おいでよ! おいでしょ!
こがねまる  琴なんていつだって弾けるじゃないか!
みのり  そうよ、そうよ!

(なよたけ、一向に返事をしない)

けらを  (ひねくれて)おい、みんなも言えよ、なよたけはあんなあなだい!

(他の童たち、黙っている)

けらを  何だい。みんなも一緒に言えったら。(大声で)なよたけのあんなあな! あよたけのあんなあな!
造麻呂  うるさい子だね。

(竹廉が上がった。その向こうになよたけが立っている。田舎娘だが、天子のごとき清楚な美しい少女である)

雨彦  あ! なよたけだ!
童たち  (悦びに心震えて、思い思いに)なよたけ! なよたけ!
こがねまる  ね、行こう!
蝗麻呂  さあ、行こう!

(二、三の者は戸外に駆け出る)

なよたけ  (草履を履きながら)静かにしなければ嫌。うるさくする子はもう遊んであげない。……お父さん、また、みんなと一緒に遊びに行って来るわ。
造麻呂  (仕事を続けながら)あんまり遠くへ行ってはいけないよ。
      ……春になってからというものは、お前の尻をつけねらう色男が四人や五人じゃきかないんだから。全く物騒といったらありやしない。
なよたけ  すぐその辺。

(なよたけ、老爺の背後を通って、左手の小道へ出る。童たちは嬉しそうになよたけの周りを取り囲む)

73 :名前なし:2009/08/20(木) 17:26:31 ID:4DRtYVps
蝗麻呂  ねえ、どこへ行こうか、なよたけ!
こがねまる  また街道の見える所がいいや!
なよたけ  今日は遠いところは駄目よ。あんまり遠くへ行くと、みんなまた晩御飯を食べ損なってしまうわ。
けらを  ちぇっ! つまんねえの!
なよたけ  またお前はわがままを言う。……言うことを聞かないなら、帰ってしまうわよ。
童たち  (けらをを除き)いやだ! いやだ!
なよたけ  お前でしょ、けらを。先刻あたしのことをあんなあなって言ったのは?
胡蝶  けらをよ!
みのり  けらをよ!
けらを  (一人、ふてくされている)……おらだい。

(間)

なよたけ  駄目ねえ、お前は……お前のお家は一番都に近いから、町の子供たちが誘いに来ると、すぐ一緒に行ってしまって、一日中帰ってこない。
       昨日もお前また都へ下りて行って、悪い子供たちと遊んできたんでしょ?
けらを  悪い子じゃないやい!
なよたけ  悪い子よ! 都の子供はみんな悪い子よ! みんな悪いあんなあなに取り憑かれているのよ。
       あんな子供たちと一緒に遊ぶから、けらをはいつまでたっても本当にいい子になれないんだわ。
けらを  (なよたけを無視して)面白いぞ! みんなも来いや! 加茂川の橋の下で石合戦して遊ぶんだ! 勇ましいぞ! 
      おら敵の大将に石をぶつけて、泣かしちまったんだ。みんな、おらが一番強いって紙の兜をかぶしてくれた。おら、大将だ。一番強え大将だ!
こがねまる  おい、けらお。……おらもいれてくれるかい?
なよたけ  駄目よ! 都へなんか行っちゃ。けらをの言うことはみんな嘘よ。都へなんか行ったってちっとも面白くないわ。
       大将なんかになって何が面白いの? 都には悪い友達がたくさんいるのよ。みんな都へなんか行きたくないわね? けらをは一人でお行き!
けらを  ちえっ! なよたけは行ったことがないもんで、あんなことを言うんだ! 都は面白いぞ! 悪い子なんかいねえぞ!
なよたけ  さあ、みんなまた唄をうたって、遊びに行こう! みんなお唄い!

74 :名前なし:2009/08/20(木) 17:28:10 ID:4DRtYVps
けらを  何でえ。そんな狭苦しい竹薮の中で遊んだって、ちっとも面白くねえや! 
      都へ行けば、綺麗な御所車がいっぱい通ってるんだぞ! 偉い人はみんな車に乗って御殿へ行くんだ! 
      綺麗な着物を着て、みんながお辞儀するんだ! いいぞ! 綺麗だぞ!
なよたけ  お唄い!

(童たちは唄い始める。なよたけの後を取りまくようにして、左方へ歩いていく。けらをは、一人、ふてくされて後からついてくる。
舞台、徐々に移動。辺りは一面竹林になる。遠近に小鳥の声がし始める)

童たちの唄  なよ竹やぶに 春風は 
         さや さや 
         やよ春の微風 春の微風 
         そよ そよ 
         なよ竹の葉は さあや 
         さあや さや

         なよ竹やぶに 春の陽は
         ほか ほか
         やよ陽の光 陽の光
         ほこ ほこ
         なよ竹の葉に ほうか
         ほうか ほうか

こがねまる  (突然、地べたにしゃがみこみ)あ! 毛虫だ!
けらを  (駆け寄って)やっつけろ! やっつけろ!
こがねまる  (足で踏み潰す)こん畜生!
なよたけ  (険しい顔)こがねまる!
こがねまる  (びっくりして、顔を上げる)
なよたけ  お前はもう忘れてしまったの? どうして、そう罪のないものを殺そうとしたりするの? 
       毛虫がお前に何か悪いことでもしたの? 仕様のない子ねえ。それじゃ、今までに教えてあげたことがみんな台無しじゃないの。
けらを  潰れちゃった。
こがねまる  (後悔して)……もう死んじまった。

(みな、無言で毛虫の死骸を眺めている。暫くは粛然たる沈黙)

75 :名前なし:2009/08/20(木) 17:59:58 ID:hC9oRFaS
なよたけ  こがねまる! お前のしたことをよく考えてごらん。お前には毛虫の言葉が聞こえたの? 
       「あたしを殺してください」って毛虫がそう言ったの?
こがねまる  (うなだれたまま、首を横にふる)
なよたけ  (険しく)こがねまる! お前にも悪いあんなあなが取り憑いてしまったわ。

(みな、気味悪そうにこがねまるを眺める)

雨彦  けらをが都から連れて来たんだ!
胡蝶  (なよたけにすがりつき)なよたけ、……あたし、恐い!
みのり  (これもすがりつき)あたしも恐い!

(こがねまる、激しい泣きじゃっくりを始める)

けらを  おらじゃねえよ! おらじゃねえよ!
蝗麻呂  けらをのあんなあな!
雨彦  こがねまるのあんなあな!
なよたけ  お前たちは黙ってなさい! (近寄って、優しく)こがねまる。お前は唯、ちょっと忘れちゃったのかねえ? 
       うっかりしてて、自分の悪いことに気がつかなかったのかねえ? そうでしょう?
こがねまる  (うなずく)
なよたけ  じゃ、いい? こがねまる、毛虫は大きくなったら何になるんだったかしら?
こがねまる  (泣きじゃくりながら)……蝶々……
なよたけ  そうね。じゃ、こがねまるは蝶々が好きじゃないの?
こがねまる  (首を横にふる)好き……
なよたけ  じゃ、その蝶々をなぜ殺したの? 毛虫を殺すのは蝶々を殺すのと同じことでしょ? 
       ごらん! 可哀想に……今は毛むくじゃらで、あんまり可愛らしくないけど、
       もうすぐさなぎから美しいあげはになって、今度は広いお空をひらひら飛ぶことが出来たのに! 
       綺麗なあげはにもなれないでこんな毛むくじゃらのまま死んでしまった……
こがねまる  (おいおい泣く)

76 :名前なし:2009/08/20(木) 18:01:19 ID:hC9oRFaS
なよたけ  分かったでしょ? こがねまる……分かればいいの。毛虫を殺したのはこがねまるじゃなくて、悪いあんなあなだったのね? 
       ……こがねまるだってけらをだって、誰だって本当はみんないい子なのよ、とてもいい子なのよ。
       こんなにいい子なのに悪いことをするのは、知らぬ間にあんなあながお前たちに取り憑いてしまうからよ。
       さあ、もう泣くのはお止め! お前のその涙が立派な証拠だわ。自分の悪かったことに気付きさえすれば、もうそれでいいの! 
       死んだ毛虫さんもきっと許してくれるに違いないわ! さあ、こがねまる。泣くのはお止め! お前はもう悪い子じゃなくなったの!
けらを  (頭上を見上げ、突然、一種の畏怖にとらわれたように叫ぶ)あっ! 蝶々だ! 蝶々だ! あんなにたくさんあげはが飛んで来た!

(右手の方から、無数の蝶が、群れをなして飛んできたらしい。みな一斉に頭上を見上げる)

雨彦  あ! こがねまるが毛虫を殺したんで、怒ってやって来たんだ!
蝗麻呂  こがねまるを恨みにやって来たんだ!
けらを  (叫ぶ)おらじゃねえよ! おらじゃねえよ! 毛虫を殺したのは、おらじゃねえよ!
こがねまる  (助けを求めるように、泣き声で)おら、あんなあなに騙されたんだ。知らないうちにいつの間にか殺しちまったんだ。
         おら、毛虫が憎らしくともなんともなかったんだ。知らないうちにあんなあながおらの足にのりうつっちゃったんだ。
         おらがつぶしたんじゃないやい。あんなあながつぶしちゃったんだい。おら、何も知らないうちに……
けらを  行っちゃったよ。

(蝶の群、左の方に消えたらしい。みんな、左方を見上げてほっとしたように立っている。間)

胡蝶  (地面を見て)あらっ! みんな見てごらん! ほら毛虫さんが動き出したわ。
みのり  あ! 本当だ! 毛虫さんが生き返った……
こがねまる  (悦びに溢れて)なよたけ! 毛虫は死んじゃいないや! ほら! ひょこひょこ歩き出したよ! 何だ、こいつ死んだ真似してたんだな……

77 :名前なし:2009/08/20(木) 18:02:50 ID:hC9oRFaS
なよたけ  (嬉しそうに)そうじゃないわよ。お前が悪かったことに気付いて、本当のことをちゃんと白状したから、お天道様が生き返らせてくださったのよ。
       きっと、そうよ。お天道様はいつでもいい子の味方をしてくださるんだわ。
       悪いことをしても、ちゃんと白状して、自分で本当に悪かったと思えば、いつでも許して下さるのよ。
       ごらん! お天道様があんなにきらきら輝き始めた。お天道様はいい子のいるところだけしか輝かないの。
       悪い子が一人でもいると、ご機嫌が悪くなって、曇ってしまう……
       みんな、あんなあなに取り憑かれて、悪いことをしたら、すぐに白状して、心をいれかえるのよ。分かった? 
       そうすれば、お天道様はいつでもあたしたちから悪いあんなあなを追い払ってくださる。
       ……あんなあながいなくなってしまえば、世の中がどんなに幸せになるか分からないわ。
       そうすれば、もうあたしたちは、つまらないことでいちいちあやまったり、心をいれかえたり、こせこせ気を使ったりする必要はちっともなくなるのよ。
       ごらん! この数え切れない竹の木のどれにだって、あんなあなはちっともいないのよ! 
       いつまでもいつまでも緑色に輝いて、お天道様の仰る通りにじっと身を委せている。
       お天道様と同じ心を持って、幸せでいっぱいになっている。お前たちもあたしもみんなこの竹の林の中に生まれた。
       この竹の林の中で育った。あたしたちはきっと今にこの竹の林の中で、とても幸せになれるのよ。
       あんなあななんてもうどこにもいなくなって、どうしたらいいのか分からなくなるような幸せがやって来るのよ。

(さまざまな小鳥たちが思い出したように美しい声で囀り始めた。春の陽光は目覚めるばかりにその輝きを増し、
緑色の木漏れ日の輝きは一段と鮮やかになっていく。子供たちは何やらみな一様に目を輝かせて、太陽を仰ぐ)

78 :名前なし:2009/08/20(木) 18:04:02 ID:hC9oRFaS
なよたけ  ごらん! ほら。あのお天道様のいらっしゃる限りもなく広い広いお空は、あたしたちのあるこの竹林までずっと続いてきているのよ。
       あたしたちはみんなお天道様のものなのよ。あたしたちの周りにあるものもみんなお天道様のもの。
       何でもかんでもみんなお天道様が作ってくださったのよ。この数え切れない竹の木も、
       ……雨彦! (指差して)ほら、あっちの方でちゅくちゅく鳴いている鳥はあれは何?
雨彦  めじろ!

(めじろの鳴き声、一段と高く、ひとしきり)

なよたけ  蝗麻呂! (指差して)じゃ、向こうの方でちゅんちゅん鳴いているのは?
蝗麻呂  やまがら!

(やまがらの鳴き声、一段と高く、ひとしきり)

なよたけ  こがねまる! こっちの方で、ひよひよって鳴いているのは?
こがねまる  ひわ!

(ひわの鳴き声、一段と高く、ひとしきり)

なよたけ  けらを! 今度は、ほら、あっちの上の方で、ちろちろちろちろって鳴いているのは?
けらを  ほおじろだ。

(ほおじろの鳴き声、一段と高く、ひとしきり)

なよたけ  胡蝶! ほら、ほら! 向こうの方からぶーんぶーんってこっちへ飛んでくる小さなものは何?
胡蝶  あ! みつばち! みつば……
なよたけ  逃げなくたって大丈夫! こっちでおいたをしなければ蜜蜂は決して刺したりなんかしないわ。
       ほら、行ってしまった。蜜蜂さん! 綺麗なお花の咲いている所には悪いあんなあながたくさんいるからお気をつけ!
みのり  (突然、不可解そうに)なよたけ! なよたけ! あれは何! ほら! あれは何!

(空中を指差している)

79 :名前なし:2009/08/20(木) 18:05:16 ID:hC9oRFaS
なよたけ  どこ?
みのり  ほら! そこにほら! ……飛んでいる。
なよたけ  ……見えないわ。
みのり  (飛び上がって、空中から何かを掴む)
なよたけ  何を捕ったの、みのり?
みのり  (掌を広げて見せる)

(童たちも、みんな覗き込む)

雨彦  なんだ。たんぽぽの種だ。
なよたけ  まあ、新しいたんぽぽを咲かせるために、小さい種子がこんな所まで飛んできたのね。
みのり! 空へお飛ばし! お天道様が一番いい所へ連れて行ってくださるわ。
みのり  (空へ向かって吹き飛ばす)

(みんな、嬉しそうに、たんぽぽの種子の飛んでいく方を見上げる)

なよたけ  飛んで行け! 飛んで行け! 微風に乗って飛んで行け! 誰も知らない幸せな所へ飛んで行って、綺麗なお花をたくさん咲かせておくれ!

(童たち、その行方を見上げながら、誰からともなく「唄」をうたい始める)

童たちの唄  なよ竹やぶに 春風は 
         さや さや 
         やよ春の微風 春の微風 
         そよ そよ 
         なよ竹の葉は さあや 
         さあや さや

80 :名前なし:2009/08/20(木) 18:29:05 ID:hC9oRFaS
なよたけ  みんなごらん!  ほら! 竹の梢に、陽炎がゆらゆら揺れている……この竹の林は、お天道様のお恵みでいっぱいだわ。
       小鳥たちも、蝶々も、蜜蜂も、たんぽぽも、みんなお天道様の仰る通りに、本当に素直に生きているのよ。
       人間たちみたいに騙したり騙されたりすることがないの、嘘をつくってことがないの。
       間違ったことを言ったりしたりすることがないの。
       ああ、こんな限りもない広い天地の中にいて、どうして人間たちはみんなこせこせしたつまらないことばかりするんでしょうね! 
       自分では何も気がつかないで、困った間違いばかりやっている。油断をすると、すぐあんなあなに取り憑かれて、後になって言い訳ばかり言っている。
       本当にお天道様がごらんになったらどんなに可笑しいでしょう! どんなに悲しいでしょう! けらを! 正直にあたしに答えてごらん! 
       お前、ほら、いつだったか、おけらの足に糸をつけて、おもちゃの車を引っ張らせたことがあったわね?
けらを  うん。
なよたけ  あんなこと、誰がやらせたの?
けらを  あんなあなの奴だ。
なよたけ  そうね。けらをはあんなことをするはずはない。お天道様を拝める子があんなことをするはずがないわ。
       さあ、みんなも白状してごらん! あんなあなに取り憑かれて、どんな悪いことをしたか。
       思い出してすっかり白状してごらん! 悪いことは悪かったってちゃんと白状しないとお天道様は許してくださらないわよ。
       さあ、雨彦! お前から言ってごらん! お前はどんなことをしたっけ?
雨彦  (躊躇する)
なよたけ  さあ、正直に言ってごらん!
雨彦  ……僕、……青蛙の皮をむいて、赤蛙だよって言って、みんなに見せた……
なよたけ  恐ろしいこと! じゃ、みのり! お前はどんなことをした?
みのり  あたし、去年の冬、みの虫を丸裸にして、冷たい雪の上に捨てちゃったの。
なよたけ  無慈悲なこと! 蝗麻呂、お前は?
蝗麻呂  僕、蝗をたくさん取ってきて、片っ端からお醤油をつけて焼いて食べた。

81 :名前なし:2009/08/20(木) 18:30:46 ID:hC9oRFaS
なよたけ  まあ、むごたらしい! そんなことをするから、
       後の世の人たちが食べなくてもいいものまで食べるようになってしまったんだわ。じゃ、こがねまる! お前は?
こがねまる  (非常な躊躇)おら……おら……
なよたけ  いいから、言いなさい!
こがねまる  おら、いつだったか、お薬缶の中に黄金虫をいっぱい詰め込んで、お湯をかけて、
        焚き火で沸かして、「煎じ薬」だよって誤魔化して、胡蝶に飲ませちゃった。
胡蝶  (急に思い出して、火のついたようにおいおい泣き出す)
なよたけ  胡蝶! 泣かなくてもいいの! もうこがねまるはあんな悪いことは二度としないわね?
こがねまる  (素直に)うん、……しない。
なよたけ  胡蝶! こがねまるはもうしませんって!
胡蝶  (涙を拭き)……あたし……あたし,蝶々の羽で、……髪飾りを作ったの。(またおいおい泣き出す)
なよたけ  いいの。いいの。昔、悪いことをしたって、今ではもうお前の中にはあんなあなはなくなったんでしょ!
胡蝶  ん……いない!
なよたけ  みんなにももういないんでしょ?
童たち  (一緒に)ん、いない!
なよたけ  (嬉しそうに)さあ、それじゃ、もういいの! みんなの「心」は今とても透き通っている。
       心の底までお天道様の光が射し込んでいるわ。いつまでもこのままでいるのよ。もう二度とつまらないことはしないようにするのよ。
       悪いことばかりしている人は、死んでからお月様の所へも行かれないし、来る世も来る世も、
       小鳥や虫に生まれ変わって、いつまでたっても、悪いあんなあなに苦しめられるだけよ。
       そんなことって嫌でしょ? お前たちはみんな死んだらお月様の所へ行きたいでしょ?
童たち  (銘々に)うん、行きたい! 行きたい! 行きたい!
なよたけ  さあ、それじゃ、またみんな一生懸命にお天道様にお祈りしましょう! じゃ、いい? 
       みんないつもの通り、そこのところにずっと並んでちょうだい!

(童たちはそういう習慣があるらしく、竹林の方に向かって、一列に並ぶ。なよたけはその二、三歩前に立つ)

82 :名前なし:2009/08/20(木) 18:31:42 ID:hC9oRFaS
なよたけ  みんなきちんとして、心を綺麗に澄まして、もう余計なことを考えちゃ駄目よ。……けらを! お前何してるの?
けらを  ぶよが刺したんだ。

(足をぼりぼり掻いている)

なよたけ  お前はどうもあてにならないわね。けらを、お前にも本当にあんなあながいなくなったんでしょうね?
けらを  ん、いねえ……
なよたけ  もう都の子供たちと石ぶつけなんかして遊びたがっては駄目よ。
けらを  ん、遊ばねえ……
なよたけ  さあ、それじゃもうここにはあんなあなは一人もいなくなった! もう悪い子は一人もいなくなった! 
       みんな黙って、静かに、お天道様を拝んでごらん! そうして、みんな心の中で何度も何度も言ってごらん! 
       あたしたちはみんなお天道様の子です! あたしたちはみんなお天道様の子です! あたしたちはみんなお天道様の子です!

(小鳥たちの囀る声が、急にその数を増して行き、恰も「交響楽」のように交錯する。緑色の陽光が神秘的なまでに満ち溢れて行く。
突然、あっという間に、陽光が翳ってしまう。……小鳥の声もぴたっと止んでしまった)

なよたけ  あら? 変ね。どうしたのかしら?
雨彦  (耳を澄まして)あ! 遠くで竹林がざわざわ鳴り出したよ!
蝗麻呂  (左手を見やり)なよたけ! 都の悪い人がやってきた! ほら!

(みな、一斉に左の方を見る)

83 :名前なし:2009/08/20(木) 18:33:01 ID:hC9oRFaS
こがねまる  あっ! またあの人だ! なよたけをさらいにやって来た!
けらを  ひとさらいのあんなあなだ!
みのり  (恐がって)なよたけ! 早くお家へお帰りよ!
雨彦  ね! お家へ隠れて、黙って琴をお弾きよ!
胡蝶  なよたけ! さあ! 早く、早く!

(舞台、再びもとの通りに移動。なよたけ、家の土間の中へ駆け込む)

なよたけ  お父さん! またいつもの変な人がやってきたのよ。うまく追い返してちょうだい!

(造麻呂、黙って頷き、素知らぬ顔で竹籠を編み続ける。なよたけ、竹簾を下ろして、右手奥の部屋に消える)

けらを  (空を見上げ)悪い雲がやってきたぞ! お天道様のご機嫌が悪くなってきたぞ!
蝗麻呂  冷たい風が吹いてきた!
みのり  小鳥もみんなどこかへ行っちゃった!
胡蝶  あたしお家へ帰ろう!
雨彦  みんな、お家へ隠れて待っていよう!
こがねまる  おい! じゃ、みんな、また後でな!
童たち  (思い思いに)また後で! また後で! また後で!

(童たち、散り散りばらばらに消えてしまう。竹の林がにわかにざわざわと鳴り響き始めた。
辺りは急に曇って薄暗くなってしまった。なよたけの琴の音が、右手の方から聞こえ始める。
大伴ノ御行、粗末な狩猟の装束で、左手より登場。中年男。荘重な歩みと、
悲痛な表情を取り繕っているが、時として彼の眼差しは狡猾な輝きを露呈する。
暫くは外で躊躇しているが、思い切ったように土間の敷居の所に姿を現す)

御行  こんにちは……お爺さん。
造麻呂  (一寸会釈を返して、後は素知らぬ顔で、竹籠を編んでいる)

(間)

84 :名前なし:2009/08/20(木) 19:57:58 ID:MhXGNqs4
御行  先日の手紙は……あの人……読んでくださいましたか?
造麻呂  (相変わらず仕事を続けながら)さあ、どうですか、まあ、渡すには渡しておきましたがね。
      何せまだ字もろくに読めない本の田舎者の小娘でございまするで、大層綺麗な紙に書いてくださった、と言って、いやもう、とても喜びましてな。
      (大納言、嬉しげな表情)昨夜、あれの部屋に行って、何気なく見回したところ、お手紙は鶴に折られて、天上からぶら下がっておりましたじゃ。
御行  (きわめて情けなさそうな表情。しばし当惑)

(なよたけの弾く琴の音)

御行  (琴の音に気付き)……あの音は……あれは……あの人ですね?
造麻呂  へえ……

(琴の音。長い間)

御行  (もはや耐えかねたような詠嘆調にて)ああ、何という妙なる樂の音だ。これが、あの味気ない現世のことなのだろうか? 
     ……いいや、これはもう天上の調べだ。私にはあの人の白魚のようにか細い美しい手が目の当たりに見えるようだ。
     あの人の月のように澄み切った心が隈なく読めるようだ。
     ……あれこそは、あの人の清らかな魂がこの汚れ多い現世に、天の調べを伝えてくれるのです。
造麻呂  それ程でもござりませぬ。
御行  (深い溜息と共に)なよたけ……

(琴の音。間)

御行  (突然、つかつかと土間に入って来る。衝動的に)
     お爺さん! 私はもうこれ以上我慢が出来ません! 私は私の思った通りのことをします! 
     なよたけは私のものです! なよたけは私がもらいます! なよたけを私にください! 
     なよたけは私の妻です! なよたけは……
造麻呂  (きっぱりと)いけましねえ。

85 :名前なし:2009/08/20(木) 19:59:19 ID:MhXGNqs4
御行  いけない? (調子を変えて、今度は妙に哀れっぽく)ねえ、お爺さん。これはまあ、昔々の笑い話だと思って聞いてください。
     ……ある所に、心貧しい、哀れな男が一人いたのです。身はやむごとない家柄に生まれはいたしたものの、空しい孤独の男でした。
     侘しすぎました、あまりにも侘しすぎました。

(琴の音)

     下人の憧れる、華やかな詩歌管絃の宴も、彼にとっては何でしたろう? 移ろいやすい栄華の世界が彼にとっては何でしたろう? 
     花をかざして練り歩く大宮人の中に、ただ彼のみは空しくもまことの心を求め続けていたのです。美しい夢を追い続けていたのです。

     うつせみの世は
     花まがふみやびとに
     まことのこころ
     いかでもとめむ……

     苦しい旅路でした。耐え難くもすさぶ心を抑えながら、
     昨日は西、今日は東とさすらい求めていたのです。本当に苦しい、それは忍従そのものでした。

(琴の音)

     (次第に激して行く)それが、どうでしょう。ねえ、お爺さん、とうとう報いられたのです。
     今こそ、まことの心を持った女にようやくめぐり合うことが出来たのです。
     本当に長い苦労のしがいがあったというものです。その女こそ、彼が長い間、捜し求めて止まなかった理想の妻だったのです。
     それは、まるで白菊のように清らかな女でした。輝かしい姫君でした。彼は夢中になりました。
     吾と吾が心を失ってしまいました。ねえ、何の不思議がありましょうか? 
     その女を得られなかったら、それこそその男は生きていくことすら出来なかったのですよ? 
     その男は命をかけて愛を求めたのですよ?

(琴の音。造麻呂にはどうも話がぴんと来ないらしい)

御行  (極度に勿体つけて)ねえ、お爺さん……その男が一体誰であったかご存知ですか?
造麻呂  いんえ。
御行  (極めて厳然と)大納言、大伴ノ宿禰御行。

(琴の音、一段と高らかに)

86 :名前なし:2009/08/20(木) 20:00:36 ID:MhXGNqs4
造麻呂  は?
御行  大納言、大伴ノ宿禰御行……私です。
造麻呂  (はっとしたように、その忍びのいでたちをした御行の姿を打ち眺める)
御行  (何やら勝ち誇ったように)私なのです……

(琴の音)

造麻呂  (次第次第に平伏していく)……それは、それは……ちっとも存じ上げませんでした……
      何という勿体ないことでござりましょう。大納言様でいらっしゃいましたか? 
      このような人里離れた下人の賤が家にしげしげとお通いなさる御方が、
      よもや大納言様でいらっしゃろうとは、この爺め、夢にも考えてはおりませなんだ。
      ……どうぞ、これまでの失礼の数々は平にご容赦くださいませ。……ご容赦くださいませ。
御行  いや、何もそんなにかしこまらなくたってもいいんですよ、お爺さん。大納言だからって、何も取って食べるわけじゃあるまいし、
     ただ、私のなよたけに対する誠意がお爺さんにも通じてくれれば、こんな嬉しいことはありません。
造麻呂  なよたけは幸せ者でございます。左様な思いをかけてくださいますだけでもなよたけにとりましては、身に余る光栄でございます。
      大納言様と聞いて、なよたけもどんなに喜びますことでございましょう。
御行  お爺さん! なよたけを私に下さりますか?
造麻呂  (信じられぬかのように)なよたけを? あんなふつつかな田舎娘を本当に貰ってくださると仰るのですか?
御行  どうして、またそう私の言うことを信じないのです?
造麻呂  (躊躇しつつ)……大納言様……なよたけがどんなに賤しい娘でも、きっと可愛がってやってくださいますか?
御行  お爺さん、私を信じてください。
造麻呂  (思い切って)実を申し上げますれば、大納言様。……なよたけは手前の子供ではござりませぬ。実は捨て子だったのでござります。
御行  何? 捨て子?

87 :名前なし:2009/08/20(木) 20:02:10 ID:MhXGNqs4
造麻呂  へえ。実は、この裏の竹林の中に棄てられて、おぎゃあ、おぎゃあと泣いておりましたのを、
      手前、亡くなった婆さんと一緒に拾って参ったのが、あれまでに大きくなったのでござります。
      手前どもには子供が一人も恵まれませんでしたので、大喜びで幼女にいたし、
      雨が降ってはなよたけ、風が吹いてはなよたけ、やれなよたけ、これなよたけと、
      もう心配ばかりして育てておりましたが、いけましねえ、大納言様。
      物心がつきますと、あれの気持ちはわしらからどんどん離れて行ってしまいました。
      これまで手前どもの方からあれの素性については、唯の一度だって、一切?気にも出したことがござりませんのにねえ……
      『お父さん、あたしはあなたの子供ではないのね』などといつの間にやら感付いてしまいましてな。
      全く親の仕事の手伝いもいたしませぬし、天気さえよければ、一日中、ここの子供たちと一緒になって竹林の中を駆けずり回っておりますようなわけで。
      やれ『私はお天道様の子だ』と言ってみたり、やれ『私はお月様の子だ』と言ってみたりして、この親を困らせるのでございます。
      そうかと思いますると、生き物なれば、鳥獣や虫けらに至るまで無精にこう可愛がる癖がござりましてな、
      ある時などは、蝶々になるまで可愛がってやるのだと申して、自分の部屋に毛虫をたくさん集めて飼ってみたり、
      黄金虫や蟷螂くらいならまだしも、蛙や蜥蜴なんぞまで平気で部屋の中に這い回らせて喜んでおりますのでございますから、
      いやもうとんだ変わり者で、しつけも何もあったもんではござりませぬ。
      ……手前の方から恥をさらすようではございますが、大納言様、手前でさえも時々、
      あれはもしかすると何かの生まれ変わりではないかと疑ってみることがござりますのです……
御行  (少々変な気持ちになってくる)……いや、それは自然を愛しているのですよ。なよたけは自然の子なのですよ。

88 :名前なし:2009/08/20(木) 20:03:21 ID:MhXGNqs4
造麻呂  さようでござりましょうか? ……それにしても、まあ、大納言様のような立派な方に貰って頂いて、
      厳しくしつけて頂ければ、なよたけにとりましても、こんな嬉しいことはござりませぬ。
      この上もない幸せでござります。さあ、さあ、まあどうぞ。
      むさ苦しい所ではございますが、どうか一つお掛け下されまして。なよたけはただ今連れて参りますでござりますから。
      (居間に上って、粗末な脇息をすすめる)さあ、さあ、どうぞ一つ。
      (右手のなよたけの部屋の方へ引っ込みがてら)まあ、まあ、あのなよたけの奴め、田舎娘の癖に、
      暇さえあれば、まあ、簾のかげで古琴なんぞ弾いて、あれで気取ったつもりなのでござります。
御行  (居間の端に腰を掛けながら)あ、それから、お爺さん。これはなんですが、
     なよたけの素性も私の素性も、露顕の式でも済むまでは絶対に秘密にして、誰にも知らさぬようにお願いしますぞ。
造麻呂  (怪訝そうに)……へえ、まあ……
御行  いや、別にこれはどうというわけでもないのですが、ただあのように麗しいなよたけを暫くはみなのものに秘密にしておいて、
     三月の餅でも祝って、立派な奥の方になってから、公然と皆の者を羨ましがらせようという気持ちなのです。
     ……葵祭の日あたりにでも、お迎えの車をこちらに寄越せたら、と思っています。
造麻呂  へえ、なにぶんと宜しくお願い致しますでござります。
      ……どうも手前、田舎者でございまして、左様なことはとんと勝手が分からぬもので……
      (大仰に右手を指し)では、なよたけを呼んで参りまする……

(なよたけの琴の音、ぴたりと止む。同時に土間の敷居の所に、石ノ上ノ文麻呂と、清原ノ秀臣が凛然として立っている)

89 :名前なし:2009/08/20(木) 22:16:53 ID:MhXGNqs4
文麻呂  大納言殿! 忍びの恋路のお邪魔立てして申し訳ありませぬ!
御行  (愕然として立ち上がる)誰だ!
文麻呂  石ノ上ノ綾麻呂の息、石ノ上ノ文麻呂!
清原  (少々震え声で)……大学寮学生、清原ノ秀臣!
御行  (狼狽して)何しに来た!
文麻呂  (凛然と)道ならぬ不義の恋路に身をやつしておられる大納言を、お諌め申しに参りました!
御行  (興奮して、大喝する)生意気を言うな!

(途端に、右手のなよたけの部屋の方から、彼女のヒステリックな叫び声が聞こえてくる)

なよたけ  (声のみ)いやです! いやです! そんなこと、あたしいやです!
御行  (狼狽の極。暫くは全く惑乱状態。ややあって、大声で右手に叫ぶ)爺! 葵祭の日にまた参るぞ! 葵祭の日に迎えを寄越すぞ!

(大伴ノ御行、土間の外に立っている二人を突き飛ばさんばかりの勢いで、倉皇として、左方へ逃げ去る)

造麻呂  (右手奥からよろめくように出て来る)大納言様! 大納言様! ……おや、あんた方は一体誰だい?
清原  大学寮学生、清原ノ……
文麻呂  お爺さん! 落ち着いてください! 何もそう慌てることはありません! 僕たちはあなたの娘さんを助けにやって来たんです。
造麻呂  (上の空で草履をつっかけ、外に出る)おや! 大納言様がいらっしゃらぬ! 大納言様はどうなさったんです! 
      大納言様はどこへ行かれたのです! ああ、せっかくの娘の出世が台無しだ! 
      (叫ぶ)大納言様! 大納言様! 大納言……
清原  (全く逆上して)あ、あっちの方です……あっちの方へ行かれました。
文麻呂  お爺さん!

90 :名前なし:2009/08/20(木) 22:17:51 ID:MhXGNqs4
(造麻呂、人の言うことなど全く耳にも入らず、大納言の後を追って、よろめくように左方へ退場。
暫くは「大納言様! 大納言様! ……」と叫ぶ声。やがて、舞台は急に大風一過。
不気味なほど、寂然とする。文麻呂も清原も、まるで空けたように、呆然として、立ち尽くしている。
舞台は暫くそのまま。やがて、辺りには、再び次第次第に緑の木漏れ日がきらきらと輝き始める。
それに従って、思い出したようにまた小鳥が遠近で囀り始めた。
なよたけ、右手奥の部屋から、かすかにすすり泣きながら、静かに姿を現す。
草履を履いて、土間の外に出る。二人の青年が立っているのに気付き、瞬間、身じろぎをするが、つと逃げ去るように小道の方へ行く。
……二人に背を向けて、悲しげに泣きじゃくっている。文麻呂は始めて見るその美しい姿に恍惚としてしまう)

文麻呂  (静かに、背後からなよたけの方に近付き、優しく慰めるような声で)……なよたけ。……もうお泣きになることはありませんよ。
清原  (震え声)なよたけ……
なよたけ  (くるっと振り向き、語気強く)あなたたちは一体誰なの?
文麻呂  あなたの心からの味方です。
清原  ぼ、僕、清原ノ秀臣っていいます。
文麻呂  僕はその友人、石ノ上ノ文麻呂。

(小鳥たちは囀っている。木漏れ日は輝いている。なよたけは泣き止んだ。彼女の目はじっと文麻呂の姿に惹き寄せられている)

文麻呂  なよたけ。僕たちはあなたを大納言の手になぞ決して渡しはしません。
清原  決して渡しはしません……
文麻呂  大納言にはれっきとした奥の方がいるのです。
清原  いるのです……
文麻呂  あなたが大納言の所へなぞ行かれたら、それこそ大変な不幸ですよ。
清原  大変な不幸です……
文麻呂  あなたが汚れ多い都なぞ出る人ではありません。あなたは自然と共に生きるべき人だ。
あなたは、いわば竹の精だ。若竹の精霊だ。あなたは自然の子だ。自然そのものだ。
清原  そうです。そのものです……

(雨彦が戻ってきた。物珍しそうに傍に立って、二人の話を聞いている)

91 :名前なし:2009/08/20(木) 22:19:00 ID:MhXGNqs4
文麻呂  なよたけ。僕たちを信じてください。
清原  僕たちを信じてください。
文麻呂  なよたけ。あなたには危険が迫っている。僕たちを信頼して、僕たちの言う通りになってください。
清原  大納言様は、あなたを都へ連れて行こうとなさるのです。大変です……
文麻呂  葵祭の日です。もう半月もありません。葵祭の日には、大納言のお迎えの車が来て、あなたを都へ連れて行ってしまうのです。
      なよたけ。そのまま連れて行かれてしまったら、あなたの一生は滅茶苦茶です。
清原  そうです。滅茶苦茶なのです。

(けらをとみのりが戻ってきた。傍に立って、二人の話を聞いている)

文麻呂  あなたはご存じないのだ。都の人間たちがどんなに汚れ切っているか。
      上辺ばかりは華やかな文化に飾られ、優雅な装いに塗り隠されてはいるけれど、
      人間たちはみな私利私欲に迷っている。「素朴な」人間の心を喪失している。
      都の人間たちはみんな利己主義です。享楽主義です。自分の利益しか考えない。
      自分の享楽しか考えない。みんな自己本位の狭隘なる世界に立て籠もっています。
      都は虚偽に満ち溢れています。真の道徳は地を払ってしまった。
      自己の栄達のためには、どんな不道徳なことでもしかねません。
      他人の幸福のことなど、微塵も考えてくれやしません。
      あなたが都へ連れて行かれたら、それこそ不幸のどん底に突き落とされるのですよ。
      あなたは一生涯泣いて暮らさねばならなくなるのです。

(こがねまるが戻ってきた。二人の話を聞いている)

92 :名前なし:2009/08/20(木) 22:21:13 ID:MhXGNqs4
文麻呂  なよたけ。大納言は……絶対に真心をもっている人ではありません。決して、あなたの美しいこころねの分かる人ではありません。
      ただ、あなたの顔かたちの美しさに幻惑されて、あなたを騙そうとしているのです。
      あなたの心が分かる人は自然の心の分かる人です。自然の心とは愛です。恵みです。
      あなたの心を知りえる人は、この自然の心を愛し得る人だけです。
      自然の心を愛し得る人とは詩人です。詩人だけは本当に美しい自然の心を読むことができるのです。
      そして、なよたけ、あなたの美しい心も読むことが出来るのです。

(胡蝶と蝗麻呂も戻って来た。童たちはみんな二人の青年となよたけを囲むようにして、並んで聞いている)

文麻呂  なよたけ。僕たちを誤解してはいけません。僕たちはあなたのこころの友達なのです。僕たちにはあなたの美しいこころが分かるのです。
      貴方の息遣いの中に汚れのない自然を感じることが出来るのです。なよたけ、僕たち二人は詩人なのです。

(何やら急にまた小鳥たちの声が騒がしいほど、遠近にその数を増していく。竹の葉を通す陽光は再び鮮やかな緑にきらめき始めた)

清原  (最大の勇気を振って)なよたけ。……ほ、ほら! 聞いてごらんなさい! 
     小鳥までが僕たちの巡り合いを祝福してくれるではありませんか? 
     ……自然が僕たちの友情を謳歌してくれるのです! なよたけ! 
     ……あの美しい小鳥の唄を聴いてごらんなさい!

(途端に小鳥の囀る声、聞こえなくなってしまう。清原ノ秀臣、とりつくしまがなくなる)

93 :名前なし:2009/08/20(木) 23:33:02 ID:MhXGNqs4
文麻呂  なよたけ。ごらんなさい! 鮮やかな緑の竹の葉を通して、輝かしい僕らの太陽が恵みの光を投げかけているではありませんか! 
      あれこそは偽りのない神の祝福の啓示です。僕たちは祝福されているのです。
      なよたけ! ごらんなさい! あの輝かしい太陽の恵みを!

(途端に、輝く日射は薄暗く翳ってしまう。同時にまた小鳥たちが賑やかに囀り始める)

清原  なよたけ! ほ、ほら! ……小鳥たちだけは本当に僕たちの味方です! 
     あの小鳥たちの囀りと共に、僕たちの永遠の友情は生まれるのです! 
     ……(聞く)あのひときわ高い声で、ちちちちと鳴いている鳥は、
     ……あ、あれは、ほ、ほおじろなのでしょうか?

(途端に小鳥の囀りは止む。同時に再び木漏れ日が輝き始める)

文麻呂  ごらんなさい! 輝く光の扉は僕たちにこそ開かれているのです! 
      なよたけ! 聞いてください! 僕は即興の詩をあなたの美しい魂に捧げます。聞いてください。

(大げさな身振りで朗詠する)

      見よ、さやけくも世界はひらけ……
      天つ日は、今ふり注ぎ
      その郷は、何処の国か
      草も木も、恵みに溢れ……

(途端に再び日は翳ってしまう。小鳥が囀り始める)

94 :名前なし:2009/08/20(木) 23:34:03 ID:MhXGNqs4
清原  なよたけ。ぼ、僕もあなたに詩を捧げます。小鳥の詩です。聞いてください。

(どもりながら朗詠する)

     あしびきの 山辺に居れば 
     竹の葉の茂みに飛びくく 春の鳥 
     とこしへに 囀り鳴けよ 君が為……

(途端に小鳥の囀りは止む。陽が輝き始める。また日が翳り、小鳥が鳴き出す。また小鳥の鳴き声が止み、陽が輝き始める。
これが次第に激しく繰り返される。二人、狼狽して何をしたらいいか分からない)

文麻呂  (不安そうに空を見上げ)なんだか妙な天候になってきましたね……
なよたけ  (突然童たちに)みんな! 教えてちょうだい! あたしには分からなくなってしまった。この人たちは一体誰なの?
雨彦  (空を見上げ)なよたけ! あんなあなだ!
童たち  あんなあなだ! あんなあなだ!
文麻呂  (訝しげに)どういう意味なのです。そのあんなあなっていうのは?


---幕---

95 :名前なし:2009/08/21(金) 23:32:49 ID:AkI19Lxr
第三幕

第一場

都大路の一廓。とある辻広場。葵祭の日の午後。うららかな五月の祭日和である。
舞台の両端には美しい花の咲き乱れた葵の茂みと小柴垣がある。
そぞろ歩きの平安人たちが、或いは左から右へ、或いは右から左へと、会話をしながら往来する。
その他に、無言の通行人、行商人も多く大勢往来する。誰も彼もが華やかに着飾り、
美しい花のついた葵の鬘をかけて、衣冠には葵の蔓をつけている。遠くで、神樂の笛が響いている。
街は人々のざわめきに満ち溢れている。

男1  (右より)ええ、そこを偶然この私が通りかかったというわけなのですよ。
男2  ほう。それはまたこの上もなく運がよろしゅうございましたねえ。
男1  ええ。もう、何と言いますか、辺りは夕靄に大変かすんで、花が風情あり気に散り乱れている。
    言うに言われぬ華やかな夕方でした。私も実はなぜかしら心がうきうきしていましたもんで、
    あの女がすーっと簾を巻き上げて、こちらの方をちらちらと見られたときの、
    その顔かたちの美しさといったら……それこそもう……(二人は左へ退場)

(頭の上に花籠をのせた花売りの乙女二人、左より右へ)

乙女1  花はいらんしょか? 花はいらんしょか?
乙女2  葵の花はいらんしょか?
乙女1  葵の蔓はいらんしょか?

(入れ代わりに右より登場した若い男。中央に立ち止まり、右方を振り向いて、思案する。
突然、衝動的に、頭の葵の蔓をむしりとり、ぽいと投げ捨てるや、足早にもと来た右方へ逆戻り)

96 :名前なし:2009/08/21(金) 23:34:01 ID:AkI19Lxr
女1  (右より、憂鬱顔で)ただ、妙に頭が痛むのです。
男3  御修法をやってお貰いなさい。北山の何とかいうお寺にとても賢い行者さんがいるそうです。
    ただ、この人は評判は非常にいいけど、(指で輪を作り)こっちの方を大分高くとるらしいのでね。
    ……それだけがどうも。
女1  でも、それは、病気には代えられませんわ。
男3  とにかく、それは死んだ行平の物の怪ですよ。確かにそうです。……全くしつこいったらありゃしない……

(左へ退場)

女2  (左より)大体、男って横暴すぎると思うわ。そんなことって本当にあるのでしょうか?
女3  でも、私たち女は昔からそういう運命なんですもの。仕方がないと思うわ。
    『宿世の言うこと、引く力遁れわびぬることなり』って、誰だったか忘れたけど、仰っているじゃありませんか? 
    どれもこれもみんな「さるべき契り」なのだと思って諦めてしまえば別に悲しいこともないわ。
女2  まあ、そういうことを言っているから、男たちがつけ上がるんだわ。駄目よ、そんなことを言ってちゃ。
    あたしは断然反対だわ。あんたのようにそう物事を消極適にばかり考えていたら、いつまでたっても私たち女は浮かぶ瀬がないじゃないの。

(右へ退場)

男4  (左より)『何を此の新發地奴が!』といきなりこう来るんです。お話になりやしません。怒る気にもなりませんよ。
男5  まあまあ、そこの所をじっと我慢して、黙って待っていさえすれば、……そりゃ……あなた、
    なでしこの君にしたってやがてはあなたのこころが分かるようになるでしょうし、あの男だって、まさかそういつまでも……
男4  ま、私もそう思っていればこそ、別に事を荒立てないで、こうして黙っているんですがね。
男5  その方が勝ちですよ。負けるは戦ですよ……

(右へ退場)

97 :名前なし:2009/08/21(金) 23:35:42 ID:AkI19Lxr
学生1  (本を手に、暗誦しながら、右より登場)

      如此則捨衆人而從君子 
      君子博学而多聞矣 然其傅不能無不失也。
      君子之説……

      ああ。せっかくの葵祭だってのに、こんなろくでもない試験勉強なんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある……
学生2  欧陽修なんて出やしないよ。
学生1  うるさいな。君は君で勝手に山をかければいいじゃないか。
学生2  (見栄を切る)「春秋論」なんて、第一、あんなの易し過ぎる。
学生1  あれ? じゃ、どこが出るって言うんだい?
学生2  柳宗元さ。
学生1  え?
学生2  柳宗元の「封建論」さ。これが絶対山だよ。
学生1  おい。そんなのあったかい? どれだ、どれだ。
学生2  (自分の本をめくってみせる)これさ。(読む)

      大地果無初乎吾不得而知之也 
      生人果有初乎吾不得而知之也 
      然則敦爲近曰有爲近……

学生1  難しそうだな、これは。
学生2  難しいね。やっていかなかったら、まず、零点だな。
学生1  (当惑して、自分の本をぺらぺらめくる)弱ったな。柳宗元はちっともやってないんだ。
学生2  (慰めるように)第一、橘先生がいけないんだよ。いくらなんでも葵祭の翌日に試験をするなんて。あんまり非常識すぎるよ。
学生1  (絶望的にぺたんと本を閉じ、左へ歩きながら)ああ。せっかく、楽しみにしていたのに。
     今年の葵祭はおじゃんだ。家へ帰って、また暗誦だ、暗誦だ。……お社のお神樂も諦めた。
学生2  僕は行くよ……

(左へ退場)

98 :名前なし:2009/08/21(金) 23:37:19 ID:AkI19Lxr
女4  (右より)そういう噂なんですって。
女5  まあ、大納言様が?
女4  もっぱらよ。
女5  でも、まあ、奥の方のお可愛そうなこと!
女4  それに、今度のお相手は、何でも、竹籠作りのお爺さんとかの娘で、それもまだ十七、八のとんだ賤しい田舎娘なんですって!
女5  まあ、呆れ果てた! ねえ、誰からお聞きになったの?
女4  ……さる御方からね。
女5  ねえ、誰なのよ。
女4  さるやむごとない御方。……ふふ。それは秘密。
女5  まあ、憎らしい。

(左へ退場)

男6  (左より。ひどく教訓的に)一番大切なのは心です。心ばせです。「心こそ心をはかる心なれ心の仇は心なりけり」です。分かりますか?
青年  (気弱そうである)はあ……
男6  その次に大切なのは「ざえ」です。「ざえ」かしこく衆にすぐれていなければ、問題になりません。
    「なほ才をもととしてこそ、大和魂の世に用ひらるるかたも強う侍らめ」です。分かりますか?
青年  はあ……

(右へ退場)

男7  (左より。恐る恐る探りを入れるようにして)で、あなたの方は何とかご返事があったのでしょうか? 
    いや、実を言えば、私も以前に一度歌を送って、ちょっとほのめかしてみたことがあるにはあるんですが……
    なんだか妙な具合になってしまいましてねえ。そんなわけで私の方はなんということもなくそれっきりになってしまったようなわけなんです。
男8  さあ、返事が来たかどうでしたかな? 何しろ、別にそう気にもかけていないものですから。
男7  あの三鈴という女はあのようになかなか美しい女ではあるのですが、
    あれでどうしてどうして、決して風になびかぬ木の下草だというもっぱらの噂なのですよ。
男8  (心の動揺を抑え、半ば独白)そういう女なのですか? ああ、そうだったのですか……

(右へ退場)

99 :名前なし:2009/08/21(金) 23:38:36 ID:AkI19Lxr
女6  (右より。君が悪いという風に)また二、三日前に「ふさう雲」が西の空に現れたのですって。
    せっかくのお祭だというのに。本当に嫌なことを聞かされますわ。
女7  ああ、いや。それでも、中務省の陰陽寮から出たお話だとすれば、きっとまた何か悪いことが起こるに違いないわ。
    物忌を怠れば、皐月という月には決まって禍が現れるんですもの。全く、うかうかとお祭騒ぎもしていられませんわ。
女8  あれも確か去年の葬儀の時だったじゃございません? ほら、あの大原野の社の斎女になられるはずの、
    何とかいわれたお年若な娘御が、画の日中に突然、神隠しにあったじゃありませんか?
女7  そう、そう。私もよく憶えていますわ。
女8  今年も、この分だと、また誰かが今日あたり、神隠しにあうのではないかしら? おお、恐い。

(左へ退場)

女5  (左より)それが、あなた、驚くじゃありませんか。今度の御相手はまだほんの十七、八のとんだ賤しい田舎娘なんですって!
女9  まあ!
女10  なんだ、そんなお噂なら、もうとうの昔に知っているわ。では、その大納言の恋路を妨げる若いお方が一人いらっしゃるってことはご存知?
女9  あら! 恋敵? ねえ、教えて。それはいったい、誰?
女10  ふふ……(言わない)
女5  そうもったいぶらないで、おっしゃい。
女9  ねえ。おっしゃいよ。
女10  ……これは秘密よ。誰にも喋っては駄目よ。

(三人、顔を寄せ、右へ退場)

100 :名前なし:2009/08/22(土) 00:27:34 ID:JCcuRyln
男9  (右より)何かといっては、物忌み物忌みと口先ばかりやかましく言っているようだが、
    こういうものは、元来、いくら口うるさく言ってみたところで、それに心が伴わなければ何もならない。
    まあ、我々のつけているこの葵の蔓や葵にしてもだ、近頃ではまるで形式的になってしまって、
    みんな、何のことはない、祭の飾りの一種だ位にしか考えていないようではないか。
    それでは何もならない。元来、この葵という花は、必ず太陽の方に向かって咲く、いわば陽の花だ。
    それだからこそして、悪い病や怨霊を払う不思議な力があるのだ。
    それをみんなわきまえないで、唯もう、当たり前の習慣だくらいの気持ちでくっつけているから、
    その弱みに付け込んで、禍が降りかかってくるのだ。
    だから、やれ、西の空に「ふさう雲」が現れたといってはうろたえ、「ほこ星」が光り始めたといっては、恐ろしがる。
    それでは、この世に生きる者として、まことに不甲斐のない話ではないか。
    いわば我々陰陽の道に携わる者は、そういう迷える魂を、現の正道に引き戻してやろうというわけなのだ。
男10  (突然、立ち止まって耳を澄まし)先生! あの声は、あれは一体何でございましょう?

(右手奥の方から、大勢の行者たちの魂ごいの行の呼ばい声が不気味に聞こえてくる。
たくさんの鈴の音が、ちゃりんちゃりんとそれに調子を合わせて、何やら幻妙な響を遠くから伝えてくる。段々明瞭に聞こえてくる)

     吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
     吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
     吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
     吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ

男9  おう。あれは魂ごいの驗者どもが、どこぞの山へ、山籠りの行に出かけていくのだ。
    誰やら神隠しにでもあった人々のあくがれ迷う魂を尋ねて、山へ呼ばいに行く所なのだ。

(左手から右手へ、都の小童が二、三人「驗者だ! 驗者だ! 山籠りの驗者がたくさん行くぞ!」などと呼びながら、駆けて行く。
左手から右手へ急ぎ足で見物に行く人たちが段々多くなる)

101 :名前なし:2009/08/22(土) 00:28:59 ID:JCcuRyln
男10  ああ、そういえば、大原野の巫女になるはずだったという娘が、去年の賀茂の祭の日に突然神隠しにあってからというものは、
     あっちに一人、こっちに一人と都の童児どもが、五人も六人も行方分からずになって、
     それっきり一向に帰って来ないということを聞いています。あれは大方、それの神呼ばいなのでしょう。
男9  うむ。今年も、物忌を怠って、誰ぞまた神隠しにかからなければいいがな。現に西の空の雲気は確かに禍の兆しをあらわしているのだ。

(人々ががやがやと集って来て、そこら辺に立ち呆けて、右手奥の方を眺めている。驗者たちの呼ばい声、鈴の音は次第次第に熱ばんでくる調子)

    吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
    吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ

男10  あの大原野の巫女の嬢子については、誰も詳らかに顔さえ見たことがないというのに、まあ、縁起のよくない噂話がいろいろとつきまとっていましたようで、
     何でも、その家は宇佐の神人の亡び残りだったそうでございます。
     その嬢子の親御で何とかいう老人が未だ生きていた時分は、もう人の顔さえ見れば、
     愚にもつかぬ夢物語をまことしやかにふりまいていたというので、世間からはまるで物狂い扱いにされておりました。
     其人の物語を終いまで聞いたものは立ちどころに神隠しにかかってしまうという噂もあって、
     都の人たちは顔さえ見るのも恐ろしがっていたようでした。
男8  (男10の話につり込まれて、質問する)あの、神隠しの子供たちは、その後どこぞで見つかりましたのですか?
男10  いいえ。あのまま、一向に行方分からずなんだそうです。
女1  恐ろしいことでございますわね、今日も、また何か縁起の悪い啓示が現れたと言っていますから、十分に気をつけないと、いつどんなことが起こるかも分かりませんわ。
女8  本当にねえ、せっかくの賀茂の祭だというのに、お社にも詣でないうちから、まあまあ、気味の悪い声を聞くこと。

    吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
    吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ

102 :名前なし:2009/08/22(土) 00:30:37 ID:JCcuRyln
女2  何だかあの声は段々とこの世のものとも思われぬ調子になっていくではありませんか。
    あの調子ではきっともうすっかり神懸かっているのですよ。
男6  (大層感心した様子で)さよう、いや、あの気配では、本当にもう心から神になりきっておりますな。
    身も心もすっかり神が乗り移っている頃なのでしょう。
    あのまま山へ入って行って魂ごいをすると、隠れた人たちの魂が、まだあのように応えかえすのだそうです。
男8  (気味悪そうに)一体、どこの山へ行くのでしょうね?
男6  さあ、なんでも衣笠山あたりへ行って三日間ほど山籠りをするのだと言っていましたが……
女2  あら。中御門の方へ曲がって行きますわ。皆さん、ご一緒に後をつけて行ってみませんこと? (女3を誘う)ねえ、行ってみましょうよ。
女3  行ってみようかしら。

(数人の男女、右手奥へ退場。驗者たちの呼ばい声、鈴の音は段々と遠のいて行く)

男9  (残っている人たちに呼びかけるように)
    本当に、皆さん、お祭騒ぎに油断をして、物忌を怠らないように注意しないと、大変な目にあいますよ。殊にあなた方お若いご婦人たちは……
女5  粗、あたしたちは大丈夫ですわ。みんなこうして、一人残らず、ちゃんと葵の蔓をつけておりますもの。(仲間の女に同意を求める)ねえ?
男9  (笑って)いや、冗談です。冗談ですよ……

(誰も気がつかぬ間に、左端に、石ノ上ノ文麻呂が現れた。揉烏帽子を被り、如何にもみすぼらしい下人の装束で、立っている。
葵の物忌は、彼だけはつけていない。遠のいていく。驗者たちの呼ばい声の方に、何やら吸い寄せられるような眼差しを向けて、立っている)

    吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
    吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ

(次第に遠のく、灰色の上下幕が静かに下がる)

103 :名前なし:2009/08/22(土) 14:24:25 ID:LFfiwIMK
第二場

(行者たちの魂ごいの呼ばい声・鈴の音は遠く消え去り、取り残されたように神樂の笛の音が微かにしている。
左手より清原ノ秀臣と小野ノ連、話し合いながら登場。中央まで来ると、立ち止まって、立ち話を始める)

小野  む。それは僕もそう思った。石ノ上の奴、まるでもう、何というか、それこそ物の怪にでも取り憑かれてしまったようなありさまだ。
清原  それだから、僕は困るんだよ。一人で張り切って、大納言様の噂をああしてこそこそ都中に触れ回ってさ、
     あれで自分ではうまくいっているものと思ってるらしいけど、僕は、僕は何だか少し恥ずかしくなってきたよ。
小野  恥ずかしい? おい、清原。恥ずかしいというのはどういうわけだい? 情けないことを言うじゃないか? 
     そりゃ僕はこの計画には局外者だし、親友の誼を以て、陰ながら君たち二人を援助してきただけだが、
     いくらなんでも恥ずかしいとは何だね? それで君、何かね、石ノ上に対して申し訳が立つとでも思うのか?
清原  (自虐的に)僕はもう嫌になったんだ! もう僕は、そんな大それた計画からは手を引きたくなったんだ! 
     ねえ、そうだろうじゃないか、小野。こんなことをしてたら、今に僕たちはどんな目にあうと思う? 
     例えばさ、僕たちが石ノ上と一緒になってこんなことをしてるなんてことが大納言様のお怒りに触れてみたまえ。
     僕たちまでが石ノ上の同じように大学寮を追い出されてしまうかもしれないんだぜ。
小野  (じっと清原の顔を凝視し)清原……貴様、恋が醒めたな?
清原  恋は石ノ上の心に乗り移ってしまった。恋の炎は今では石ノ上の心の中に燃えさかっている。
     僕の恋は白々と醒め切ってしまった。……小野。僕は白状する。僕は、僕はなよたけが好きじゃなくなったんだ! (顔を伏せる)

(間)

104 :名前なし:2009/08/22(土) 14:25:43 ID:LFfiwIMK
小野  (妙に調子を変えて)清原。君があの激しい恋の酩酊から醒めたからって、別に俺が君に対して何を言うことが出来よう? 
     賢すぎて、此處現実の園に戻り来たれば、何事もみなはかなき一瞬の夢だ。
     俺は実は今まで心の中で君を軽蔑していたが、今度は石ノ上を軽蔑しよう。
     俺は恋などという愚劣なものは全く信用しないからな。俺は大体、「夢想家」という奴は軽蔑するんだ。
     併し、清原。俺には分からん。君は親友との盟約を裏切ってまでも、この計画から逃げ出したいって言うのか?
清原  (段々上ずってくる)だから僕はなよたけを彼に譲ると言ってるんだ。石ノ上は今ではなよたけに夢中なんだ。
     僕には分かる。なよたけも僕は嫌いだけど、彼だけは好きらしいんだ。
     それに、第一、今度のことはもともと彼が独りで勝手に決めてやり出したことなのさ。
     大納言様を失脚させようという彼の利己主義がやり始めたことなんだ。
     僕は、あの頃はなよたけが好きだったから、誘われるままに引きずられて一緒にやりだしたけれど、だけど……、
     彼は今では僕の恋までも横取りしてしまったんだ。
     あいつは僕には黙って毎日夕方になるとなよたけとこっそり逢引をしてるんだ。なよたけは彼のものなんだ!

105 :名前なし:2009/08/22(土) 14:27:11 ID:LFfiwIMK
小野  (鋭く)清原。なかなかうまい理屈を言うじゃないか? そりゃ、君が逃げ出したからって、
     後ろ指を指す者は世の中に俺に石ノ上の二人しかいないからな。だけど、俺は断言するぞ。
     貴様のはそりゃ弱音だ。そんな理屈は貴様の弱音にすぎん。まあ、考えてもみろ。利己主義なのは寧ろ貴様の方だ。
     自分の都合のいい時だけは生死を共にするって言うような顔をして、自分に都合が悪くなってくると、偉そうな言い訳を並べ立て、このざまだ。
     なあ、清原。そりゃ、俺たちはまだ青二才の学生さ。誰だって、自信なんか持っちゃいない。
     というよりは、寧ろこの激しい世間の風当たりが息苦しくって仕様がないのだ。俺だってそうさ。石ノ上だってそうさ。
     だがね、清原。そんな育児のない弱腰な態度で、俺たちは黙って世間の風当たりを避けてばかりいていいものだろうかね? 
     そりゃ、若い俺たちのやることだ。失敗はあるだろう。併し、失敗なんてものは物の数ではないよ。問題は実行するということだ。
     俺たちは敢然と実行する資格だけは持っているんだからな。あらゆる可能性を試してみる資格だけは持っているんだからな。そうじゃないかな、清原?
清原  (ふてくされて聞いている)
小野  俺はもちろん、何度も言ったように、この計画には局外者だ。まあ気が楽だといえば楽だが、
     とにかく、俺は君の態度だけは、黙って見過ごすわけにはいかないね。親友の一人として俺は忠告しているんだぞ。
     そりゃ、俺たちのやることが何から何まで絶対的に正しいとは言わないさ。言わないけれどもだな、問題は自分たちで何かを始めるってことだ。
     俺はそれが一番大切なことだと思うんだ。今のそこらの若い学生たちみたいに、無気力で、自意識過剰で、
     あんな逃避的な立場ばかりとっていたら、力ある文化の目は新鮮な若葉をも齎さず、
     来るべき新時代の雄渾な精神の輝かしい象徴たりえずして、遂には遊惰の長雨に腐れ果ててしまうのだ。
     なあ、そうではないか? まあ、今度は俺が局外者だから、あまりこんなことは言いたくないが、
     とにかく、なんだよ、貴様のは、それは単純な弱気だ。卑怯な尻込みだ。俺はそう思う……
清原  ……

106 :名前なし:2009/08/22(土) 14:28:17 ID:LFfiwIMK
小野  ただ、俺はそう思うんだ。

(間)

清原  (妙にしんみりとなって)……小野。僕は実は、今、自分の無分別な行動を、冷静に反省してみてるんだ。
     ねえ、小野。君はこういう「和歌」を知ってるかい? 
     「嘆きわび 身をば捨つとも 亡き影に 浮名流さむ ことをこそ思へ……」
小野  何だ、紫式部か?
清原  うん。僕はとても同感なんだ。何だか、この気持ち、とても清いものに思うんだ。
     「嘆きわび 身をば捨つとも 亡き影に 浮名流さむ ことをこそ思へ……」
     僕は、此の頃、この和歌の意味がつくづく分かってきたような気がするよ。
小野  何だかしんみりしてしまったね。それがどうしたというんだい?

107 :名前なし:2009/08/22(土) 14:29:23 ID:LFfiwIMK
清原  (勢いを盛り返して)……小野。僕は君にだけは分かってもらいたいんだ。君のとこの家は代々大学寮の重職にある文章博士だ。
     僕の言いたいことは分かってくれると思う。君だってやがてはお父さんの後を継いで文章博士になる身だ。
     君は「家名」ということを考えてみたことはないのかい? 僕の家の名誉ってことを考えてるんだ。
     別に自慢するわけじゃないけど、僕の父上だってれっきとした三位の官人だ。
     そりゃ、今僕が止めてしまったら、石ノ上はがっかりするだろうけど、僕はそれ以上にこんなことをしていたら世間の人がどう思うかということを考えてるんだ。
     僕たちのやったことが後の世までにも謗を受けるようなことになったら、僕たちだけの恥じゃ済まされないんだぜ。
     家の恥なんだ! 父上の恥なんだ! 石ノ上は、貴様のように世間の思惑ばかり気にしていたら何も出来やしないぞって、よく言うけど……
     それにしても彼のやることは少し乱暴だ。正気の沙汰じゃない。彼は何をするにしても、慎重な判断なしにやり始めてしまう。
     まるでもう馬車馬だ! 彼は完全に気が触れているんだ! 僕は気違いと一緒にこんなことをするのは真っ平ごめんだ! お断りだ!
小野  気違い! おい、おい、清原、いくらなんでもそりゃ少し酷すぎるじゃないか?

108 :名前なし:2009/08/22(土) 16:49:12 ID:LFfiwIMK
清原  僕だってこんなことは言いたくないさ。言いたくないけど、だけど、本当なんだから仕方がないよ。
     彼は気が狂ってしまったんだ。君は、第一、そういう噂を耳にしたことはないのかい? 大学寮なんかでもみんなそう言っているぜ。
     僕は、御修法をやるお医者さんにも聞いてみたんだ。もう、ああいう風に病気が進行してしまったらお仕舞いだそうだ。
     いくらお祓いをしてみたところで、決して物の怪は退散しないんだそうだ。
小野  清原! (真剣な顔)貴様、本当にあの男の発狂を信じてるのか?
清原  ……
小野  え! 清原! 貴様はそんな噂を本当に信じているのか!
清原  信じてる。そりゃ僕だって初めはそんなこと信じられなかったさ。
     だけど、いろんなことを総合して考えてみると、まあ彼には気の毒だけど……、僕もそう断定せざるをえないんだ。
     第一、あんな格好をして都中をほっつき歩いていることからして。訝しいとは思わないか? 
     いくら人目を避ける変装だからといったって、あれは少々極端だ。彼は確かに気が変になってしまったんだよ。
     あの勉強家の秀才が、勉強もそっちのけで、あんな妙な格好をして、
     都中を一日中ほっつき回ってさ、口に出すことといったら、なよたけと大納言のことばかりだ。
     そうかと思うと、まるでうわごとみたいにわけの分からないことばかり言っている。
     小野、君も知ってるだろ? 彼はこの頃、人の顔さえ見れば、あんなあなとか、かんなあなとか妙なことばかり言って、
     やたらに人にくってかかるけど、あれは一体何のことだか、君に分かるのかい?
小野  いや、あれは俺も実は分からんのだ。うーむ……

(間)

109 :名前なし:2009/08/22(土) 16:51:18 ID:LFfiwIMK
清原  御修法の雲斎先生もそう言ってらした。気違いになると分けの分からないことを言って、人には分かってもらったような気になるんだそうだ。
     僕は、うるさいから、彼の言うことは一々「そうだ、そうだ」って相槌を打ってはいるけど、
     実際此の頃の彼の言っていることはさっぱりわけが分からないんだ。第一筋道が立っていないよ。
     まるで、雲を掴むように漠然としている。そうかと思うと、突然、大声を張り上げて、
     「貴様はあんなあなだ!」って怒鳴りつけるんだ。あれはどうしたって狂人の衝動って奴さ。
     辺りに何人いようがお構いなしなんだ。全く僕は穴があったら入りたくなるような目に何度あったか分かりやしない。
     理性というものを完全に喪失してしまってるんだ。あの精密な論理の秩序は、跡形もなく破滅してしまった!
小野  (深刻に)……うーむ、併し、考えられぬことだな。あれほど明快な頭脳の持ち主がそんな簡単に理性を失ってしまうもんだろうかね? 
     俺はやっぱりあいつが発狂しているとは思いたくないね。
     或いは俺たちのような凡人には考えも及ばないような深奥なる境地に到達してしまったのかもしれんぞ。いや、そうかもしれんのだ。
清原  そんなことはないよ。僕も初めはそうかなとも思ってみた。
     だけど、いろいろと彼の精神状態を冷静に判断してみると、どうしたって彼は健全な精神を喪失しちまっているんだ。
     例えば、この間、僕は思い切って奴に「君の言うそのあんなあなっていうのは一体何のことだい?」って聞いてみた。
     すると、どうだい? 彼は恐ろしい勢いで「貴様にはまだ分からんのか!」って怒鳴りつけるんだ。
     そうかと思うと、やれおけらがどうの毛虫がどうのと、全くとんちんかんな返答をする。而も論旨は支離滅裂なのさ。もうまるで意味が分からないんだ。
小野  併し、それだけのことで彼を狂人扱いにしてしまうのは早計だ。そいつは少し残酷だよ。

110 :名前なし:2009/08/22(土) 16:52:36 ID:LFfiwIMK
清原  まだまだ思い当たることはたくさんあるさ。第一にあの目だ。あの目の異様な輝き具合はどうだ! 
     雲斎先生もそう言ってらしたが、狂人になると先ず第一に目が異様に輝いているんだそうだ。
     精神を集中することが出来なくなるから、眼光が焦点を失って、何処ともつかぬ方向へ、不気味な輝きを発散するのだそうだ。
     小野、彼に逢ったら、先ず目を見てごらん! 僕は彼の目を見ていると、気味が悪くなってくるんだ。
     じっと一点を凝視するってことがないんだ。虚無の彼方にぎらぎらの放散しているんだ。
     定かならぬ浮雲の如く天の原に浮遊しているんだ。天雲の行きのまにまに、ただ飄々と漂っている……
小野  (深刻に)……うーむ。

111 :名前なし:2009/08/22(土) 16:54:37 ID:LFfiwIMK
清原  そしてその次に確実な症状は幻覚という奴だよ。雲斎先生もそう言ってらしたが、
     この症状が現れてくるようになったら、もう救い道はないんだそうだ。
     つまり、普通人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえてくるというのだ。
     幻影とか幻聴とかいう奴さ、小野! 僕は全く疑う余地はないと思うんだ! 
     石ノ上ノ文麻呂は時々この怪しげな幻覚に悩まされているんだぜ! 
     昨日も昨日で、矢庭に僕を捕まえて、こんなことを言うんだ! 
     『清原! 見ろ! 貴様にはこの鮮やかな宇宙の変革が分からんのか! 
     俺たちを取り巻いている七色の光彩の中から、無限に投射する白色光の世界が浮かび上がってくるのだ! 
     日輪が俺たちに語っているあの言葉が貴様には聞こえないのか! ああ、貴様は凡人だ! 世の中の人間はみんな馬鹿だ!』 こうなのさ。
     それも例の調子でやるんなら話は分かるが、こんなことを君、血走った眼をして、大真面目で言うんだぜ。
     そうかと思うと今度は急に穏和になって、まるで目の前になよたけが現れたかのように、話し出すんだ。
     『ああ、なよたけ! お前だけなんだ! 真実の魂を持っているのはお前だけなんだ! 
     僕はお前のおかげで、初めて生まれ変わったような気がする! お前はまるで天の使いだ!』
     僕はそれを見て、何だか全身がぞっとして、総毛立ってきたよ。あれは恋などという生易しいものではない。
     あれはもはや狂気だ! 恐るべき精神の錯乱だ! そうかと思うと、また虚空の彼方に目をやって……
小野  (突然、右手を見)あ、やってきた! ……しっ。
清原  (右手を見、急に狼狽し始める)小野、僕は失敬する! 頼む! 彼にそう言ってくれ! 
     彼は何をしでかすか分かりゃしない! あんな奴と行動を共にするのは真っ平お断りだ! 
     僕はもう今日限りこんな大それたことは本当に止めた! 僕は彼とは、もう手を切った!

(左方へ逃げ込み、退場)

112 :名前なし:2009/08/22(土) 16:55:55 ID:LFfiwIMK
小野  おい! 待て、待て! 清原! 待てと言うのに! ……行ってしまった……

(石ノ上ノ文麻呂が右手に現れた。先ほどの粗末な下人の装束で、
何やら抑えがたい血気が体にみなぎっている様子である。舞台の右方に立ち、遠くから小野ノ連をきっと凝視する)

文麻呂  おう。小野ノ連ではないか!
小野  俺だ!
文麻呂  何だ。君も来てくれたのか? 小野! 愈々待ちに待った今日のこの日だ!
小野  おめでとう!
文麻呂  用意万端は既に整った!
小野  成功を祈るよ!
文麻呂  とうとう、ここまで漕ぎつけたよ! 後は清原がやってくるのを待つだけだ……
小野  それはよかった! まあ、そんな所に立っていないで、こっちへ来いよ。
文麻呂  うむ。

(文麻呂、中央にやってくる。小野ノ連、詮索するように文麻呂の目つき、挙動をじろじろ眺めている。
文麻呂は得体の知れぬ興奮に、その目は異様に輝き、天空に向かって浮遊しているかのようだ)

113 :名前なし:2009/08/22(土) 19:07:06 ID:LFfiwIMK
小野  なかなか大したいでたちではないか?
文麻呂  (両手を広げて)これか? あははは。虚飾を剥ぎ取ったのだ。本然の姿に戻ったのだ。
      剣刀身に佩き副ふる丈夫のいでたちとはこれだ! あははは。どうだ!
小野  (気味悪そうに)大したものだよ。ところで君はこれから何をしようというのだ?
文麻呂  何だって!
小野  いやつまり、具体的に言って、どういう風にことを運ぶつもりか、と聞いているんだ。
文麻呂  分かりきっているじゃないか! なよたけは車にのせられて、間もなくここへやって来るんだ! 
      俺と清原はここで待ち伏せをして、大納言の魔手から彼女を救い出すという段取りさ。
      具体的も糞もあるもんか! 問題は、なよたけを大納言の手から救い出せばそれでいいんだ。
小野  それがいけないんだよ。
文麻呂  何だ?
小野  それがいけないと言うのだよ! 君は何をやるんでも、慎重な計画を立てずに、衝動的にやってしまう。
     何のことはない、向こう見ずの馬車車だ。盲滅法という奴だ。それでは必ずことを仕損じるよ。物事は先ずはっきりと筋道を立ててから……
文麻呂  余計なお世話だ! 貴様なぞには分かるものか! 俺はただ、天の呼び声に応えて、正しいと確信する道を進むだけさ! 
      なよたけを救い出すのは、俺が天から受けた命令だ! 道を開いてくれるのは天だ! 天は正しきものに味方するんだ!

114 :名前なし:2009/08/22(土) 19:08:29 ID:LFfiwIMK
小野  まあまあ、何もそう大声を立てなくてもいいではないか! もう少し冷静になってくれ。
     もう少し現実的に物を考えてみてくれんか? 例えばだ、なあ石ノ上、天の命令はいいが、
     君の行動が社会にどういう影響を及ぼすか、ということを考えてみたことはないか? 
     或いはまた他人の目にどう映るか、ということを考えてみたことはないか? 
     君のやろうとしてることは、考えようによっては実に大変な一大事なんだぜ。
     俺に言わせれば君一人のために平安の都全体が鳴動するかもしれぬほどの大事を孕んでいる。
     それほどの一大事が、今、刻々と近付いて来つつある。何だか俺にはそんな気さえしてきた。
     いいかい? 石ノ上。俺は何も今更、君の行動を阻止しようとか、妨害しようとか、そんな気持ちは微塵もないんだぜ。
     これは親友としての俺の最後の忠告だ。いいかい? 慎重に反省して、ことを運んでくれよ。
     千載に恥をさらすような真似は絶対にしてくれるなよ。うっかりすると、君の一生は滅茶苦茶になってしまうからな。
     やり損なったら最後、君はどんな目にあうか分からんのだ。全く、危険きわまる仕事なのだ。
文麻呂  あははは。
小野  何が可笑しいのだ?
文麻呂  いや、別に可笑しいわけではないが、貴様もやはり哀れむべき凡人の仲間の一人であったか、と思ってね。
      御多分に漏れず、きさまもあんなあなに操られている組だ……
小野  (愈々不気味そうに石ノ上の眼差しを詮索して)石ノ上! どういうことなんだ、一体、君の言うその「あんなあな」というのは?
文麻呂  君はまだ分からんのか? 教えてやろう。そいつは、頼みもしないのに、俺たちを唆して、おけらの足に糸をつけ、玩具の車を引っ張らせる奴さ。
      帆立貝の中に俺たちを閉じ込めて、宇宙の真底を見せてくれない奴さ。まあ、俺たちの過去を振り返ってもみろ! 
      何というこせこせした下らぬ風俗だ! 何という汚らわしい些細な熱狂に時を忘れていたことだ! 
      俺たちはおけらの足に糸をつけて、玩具の車を引っ張らせているに過ぎないのだ! 
      何だ? 何でそう俺の顔をしげしげと見つめるのだ!

115 :名前なし:2009/08/22(土) 19:09:34 ID:LFfiwIMK
小野  石ノ上。君は少し疲れているようだ。疲労のために心が乱れているようだ。
     何かこう特別に具合が悪いというような所はないのか? 例えば、頭が痛むとか、夜眠れないとか?
文麻呂  眠れないのではない。眠らないのだ。なよたけのことを思うと、夜なぞ安閑と眠っておられんからな。
小野  いや、それがいけないんだよ。そういう不摂生をやるから、君は正常な心の均衡を失ってしまうのだ。
石ノ上、それではこういうようなことはないか? 例えば、普段見たこともないようなものが見えてくるとか、聞いたこともないようなものが聞こえてくるとか。
文麻呂  (自信を以て)あるね!

(間)

小野  あるのか?
文麻呂  ある!
小野  (恐る恐る)例えば、それはどんな風に?
文麻呂  俺はどこにいたって、なよたけに会いたくなれば、思いのままに俺の目の前に彼女を現すことが出来る。
      俺の魂がなよたけを呼べば、彼女はいつでも微笑みながら、俺の前に現れるのだ。
      なよたけの唄が聞きたくなれば、俺はいつでもはっきりと聞くことが出来る……
小野  はっきりとか?
文麻呂  はっきりとだ! 例えば、俺は今、ここでこうして眼をつむる。
      (眼をつむって)はっきり聞こえてくるのだ。なよたけと童たちの歌うあの春の唄だ。
      (沈黙。眼をつむったまま異様な恍惚感)ほら。聞こえないのか? 貴様には聞こえないのか?
小野  (呆然として)俺には聞こえない……
文麻呂  それじゃ、あの無数の小鳥の声はどうだ? あれも聞こえないのか!
小野  (文麻呂の異様な態度に不気味な恐怖を感じ始める)俺には聞こえない……
文麻呂  それでは、あの竹の葉がさやさやと春風にそよぐ音は聞こえないのか? 俺にはそれまで手に取るように聞こえてくるのだ。

(遠くの方から、魂ごいの行者たちの呼ばい声が鈴の音と共に段々聞こえてくる)

116 :名前なし:2009/08/22(土) 19:10:58 ID:LFfiwIMK
小野  (その越えにはっとして耳を澄まし、何やら激しい恐怖感に襲われ、
     文麻呂が眼をつむっている隙に、抜き足差し足で左方にこそこそ逃げていこうとする)

(行者たちの声、鈴の音、段々近く)

文麻呂  (夢から醒めた如く虚ろに目を開き、うっとりと)ああ、なよたけはこの世の奇跡だ! 月の世界から送られてきた清らかな魂の使者だ! 
      俺はなよたけがこの世に生きているということを思うだけで、この上もない生きがいを感じるんだ。
      清原という奴は実に幸せな奴だよ。なよたけはあんな奴には勿体ないくらいだ。それでも大納言の手に渡るよりはよっぽどましだ。
      清原にしたって、貴様にしたって、とにかく、生死を誓った俺の無二の親友なんだからな……

(左の方へ抜き足差し足で逃げていく小野ノ連に気がつき)

      おいっ! どこへ行くんだ!
小野  (ぎくりとして立ち止まる)
文麻呂  どこへ行くつもりなのだ!
小野  (意を決したように、悲壮な顔)石ノ上! 俺は失敬する! 君を見捨てるのは忍びないが、俺は気違いと行動を共にするのは真っ平ごめんだ! 
     君がなよたけの唄と聞いているのは、あれは山籠りに行く行者どもの呼ばい声だぞ! 君が小鳥の声と聞いているのはあれは鈴の音だ! 
     君は気が狂っているんだ! 恋のために気が狂っているんだ! 君とはもう今日限り絶交だ! 清原だって君とは手を切ったぞ! 
     都中の人たちはみんな君のことを気違いだと言っているんだ! 君なんかと付き合っていったら、俺たちはどんな目に遭わされるか分かりやしない! 
     とんだ「人笑へ」だ! 俺たちまで気違い扱いにされちまうからな! 俺たちの将来まで滅茶苦茶にされちまうからな!
文麻呂  (悲痛な声をしぼって)小野! 何を言うんだ! 待ってくれ! 小野!
小野  石ノ上! 俺は失敬する! さよなら! (逃げるように左方へ消える)

(行者たちの呼ばい声、鈴の音が不気味に聞こえる。中央に呆然自失した如く、文麻呂は一人取り残される)

117 :名前なし:2009/08/22(土) 21:17:14 ID:LFfiwIMK
文麻呂  (うわごとの如き独白)……俺が「恋」をしてる? 「恋」のために気が狂っている? 俺の気が狂っている?

(行者たちの呼ばい声、鈴の音。それに重なって男女の嘲り笑いが聞こえてくる。
続いて、「気違い、気違い」という私語、囁き声が幻聴の如く、文麻呂の不穏な頭を乱し始める。
文麻呂、両手を頭にやって、心の乱れを鎮めようとする。行者の呼ばい声、鈴の音。再び、男女の嘲り笑い。
文麻呂、頭を両手で押さえたまま、がっくりとひざまずく。
やがて、呼ばい声も鈴の音も次第に遠く消えて行き、舞台裏から「合唱」が低く聞こえてくる)

合唱  術なくも 苦しくあれば 
     術なくも 苦しくあれば 
     よしなく物を思ふかな。
     白雲の たなびく里の 
     なよたけの ささめく里の 天雲の 
     下なる人は 汝のみかも 天雲の 
     下なる人は 汝のみかも 人はみな 
     君に恋ふらむ 恋路なれば 
     われもまた、日に日に益る 
     行方問ふ心は同じ 恋路なれば……

118 :名前なし:2009/08/22(土) 21:18:35 ID:LFfiwIMK
(合唱につれて、背後の灰色の上下幕はさまざまな色彩の光が、異様な幻想的なイメージとなって交錯し、
やがて一面に鮮やかな緑が占領していく。小鳥の声が、あちこちから聞こえ始める。
そして、どこからともなく、童たちの唄う「なよたけの唄」が美しく響いてくる)

    なよ竹やぶに 春風は 
    さや さや 
    やよ春の微風 春の微風 
    そよ そよ 
    なよ竹の葉は さあや 
    さあや さや 
    なよ竹やぶに 山郷は 
    るら るら 
    やよ春のとり 春のとり 
    るろ るろ 
    なよ竹の葉に るうら 
    るうら るら

(様々な小鳥たちの鳴き声が、次第にその数をましていき、竹の葉のさざめきと共に、
美しい緑に包まれたなよたけの里を文麻呂の心に呼び醒ましていく)

文麻呂  そうだ。世間の者から見棄てられてしまったって、俺にはなよたけがついている。
      清原や小野に裏切られてしまったって、俺にはなよたけがついている。なよたけ! 
      お前だけは俺を見棄てはしないだろうね! なよたけ! お前は僕のものだ! 
      お前だけは僕のものだ! なよたけ! なよたけ!

(同時に、多数の男女の哄笑が爆発する。上下幕が静かに上がる)

119 :名前なし:2009/08/23(日) 03:38:36 ID:h0JgkQR2
第三場 (辻広場)

跪いている文麻呂を前にして、平安人たちが男女群れをなして取り巻いている。嘲笑、私語。
気違い、気違いなどと囁き合っている。文麻呂の背後には、正装した大納言大伴ノ御行。
舞台中央には、華麗な御所車が一台止まっている。美麗な装飾を施した竹簾がかかっていて内部は見えない。

御行  そういうわけで、皆さん、間もなく皆さんの前に連れ出してお目にかけますが、
     あの御所車の中にいらっしゃるお姫様も、やっぱり多少この辺が
     (と頭に手をやって)どうも、妙ちくりんなのです。

(また哄笑が爆発する。一通り哄笑が終わると、一同は改まって、大納言に慇懃なお辞儀をする。それが済むと、再び私語、囁き)

御行  分かりましたかな? そういうわけで……こちらにいらっしゃるこのお若い汝夫の君と、あちらにいらっしゃるそのお姫様を、
     一つ、皆さんの前で会わせてみたらどうか、とまあこう考えてみたわけなのですよ。

(また哄笑が爆発する。それから、一同改まって大納言に慇懃なお辞儀)

男4  大納言様。それは本当に面白いお考えでございます。
女6  本当に面白い思いつきでございますわ。
御行  でしょう? いや、これは私が、この年に一度の葵祭の吉日を選んで、
     皆さんを喜ばせてあげようと思って、一月も前から考えていたことなのですよ。
     それを、あなた、誰か知らんが、まあ大変な誤解をなさったもんですよ。
     まるで、この物狂い娘が、人もあろうにこの私の所にお輿入りをするのかのように言いふらしたのですからね。
     いや、もう、おかげでこの大納言、とんだ迷惑をしましたよ。しかも私にはれっきとした奥の方がいるんですよ? 
     まあ、噂をなさるのも時には愛嬌があっていいものですが、いくらなんでも、そんな、あなた、
     根も葉もない噂を都中にふれ回されたら、どんなお人よしの大納言だって、あなた、怒りますよ。
文麻呂  (悪夢から我に返ったように)嘘だ! そんなことはみんな嘘だ!
女10  あら! この人何か言ったわ!
男2  大納言様! いくらか正気づいてきたようでございますよ。

120 :名前なし:2009/08/23(日) 03:39:53 ID:h0JgkQR2
(男女たち、再びがやがやと私語をしながら、文麻呂の様子を好奇的に眺め始める)

御行  おや、文麻呂殿。少しは気分がよくなってきましたかな? 
     さあ、それでは、この機会を見計らって、なよたけ姫の「婿取り」の式をあげることに致しましょうかな。
     どうも、花婿の方が揉烏帽子にこの格好ではあまりぱっとしませんが、さあ、文麻呂殿、お立ちなさい。
     あなたの恋に焦がれたなよたけが待っているのですよ。(文麻呂を助け起こす)
文麻呂  (狐につままれたようにして大納言に手をとられて、立ち上がる)

(男女の群衆は、得たりとばかり、中央に道を開く。大納言に手を引かれて、中央億、御所車の方へ歩いていく石ノ上ノ文麻呂。
きらびやかな御所車はまるで「祭壇」のように神秘を孕んで立っている。
両側の群集は何か素晴らしい見世物を期待するかのように静まり返って、この儀式を見物している)

御行  (御所車の前まで文麻呂を連れて行って)この中にあなたの思い焦がれたなよたけの君がいるのです。
     文麻呂殿。なよたけはあなたのものです。なよたけは初めからあなたのものだったのですよ。
文麻呂  (茫然として、御所車の前に佇立したまま、動かない)
御行  どうしたのです。え? 文麻呂殿。嬉しくはないのですか? それとも私の言うことを信じないのですか?
文麻呂  ……
御行  (意地悪そうに笑って)さて、それでは大納言の信用が丸潰れになってしまう。
     早速なよたけの君にお引き合わせすることに致しましょうかな? 錦丸! では、早速竹簾の紐を引いてください。
侍臣  かしこまりました。

(御所車の竹簾がするすると上がった。その向こうになよたけが立っている。
燦めくばかりの美しい衣装を身にまとった、生まれ変わったように美しいなよたけだけが立っている。
片手には青々とした竹笹の杖を持っている。文麻呂は言葉も出ず、
信じられぬかのように美しいなよたけの姿を仰ぐ。男女の群集、私語でざわめき始める)

121 :名前なし:2009/08/23(日) 03:42:26 ID:h0JgkQR2
御行  さあ、なよたけ。あなたの婿君のいらっしゃる所に着いたのですぞ。さあ、下りなさい。
     (彼女の手をとって、車から下ろそうとする。なよたけは言うがままになる。彼女の手にした竹の杖を見て)
     おや、おや、大変なものを家から持って来たんですね。(男女の笑い声)
     まあまあ、それは持っていなさい。持っていた方があなたには似合います。(男女の笑い声)
文麻呂  なよたけ!
御行  さあこちらのこの汚い格好をしたのが、あなたの婿君です。

(男女たち、腹を抱えて笑う)

なよたけ  (やっと文麻呂に気付いて)……文麻呂! (文麻呂の胸にすがりつくと、急に気が緩んで、大声をあげて、泣き出す)

(男女の哄笑、再び爆笑。突然、物凄い電光と同時に、天地の揺らぐような雷鳴。辺りはみるみるうちに暗くなった。激しい豪雨が降り出した。
男女の群集、恐怖の声をあげて、消え失せた。二人の外には、大納言だけが仰天したような顔をして、残る)

御行  (空を見上げ、歯の根も合わぬ震え声)ああ、こ、これは大変な天気になってきた! 
     あ、あなた方も、さ、早く! 何をそう呑気に抱き合ったりなど、しているのです! こ、これはひどい雨だ! さ、さ、あなた方も早く!

(再び、前よりももっと激しい電光と、続いて雷鳴。大納言は叫び声を上げて消え失せる。
二人は何の物音も感じないかのごとく、にわか雨の中に、寄り添って立っている。
もう一度最も激しい電光。雷鳴なし。やがて……
激しい雲脚が次第次第に薄らいでいく。辺りが段々明るくなってきた。
長い間、身動きせず、無言のまま寄り添って、二人は立っている。
再び太陽が雲間から、輝き出た! 雨に濡れて、辺りは金色に輝く如く……見よ! 
大きな虹があらわれた! きらきらと輝く御所車の上の方、斜めに天空へかかっている。
なよたけは文麻呂の胸に埋めていた顔を上げる。なよたけの涙も止まった。
輝かしい、この上もなく輝かしいなよたけの微笑)

文麻呂  なよたけ!
なよたけ  文麻呂!

(文麻呂はなよたけの胸をかたく抱きしめた)

122 :名前なし:2009/08/23(日) 03:43:48 ID:h0JgkQR2
なよたけ  (訝しげに)文麻呂! なぜなの? なぜ、あたしをそんなにきつく抱きしめるの?
文麻呂  お前が好きだからだよ! 死ぬほど好きだからだよ! もっともっと、潰れるほど強くお前を抱きしめてやりたいんだよ!
なよたけ  待って! (抱擁から脱れる)ねえ、文麻呂! 聞こえない? 
       童たちがあたしを呼んでるんだわ! あたしを見失った童たちが呼んでるんだわ!

(行者たちの呼ばい声が幻妙な鈴の音と共に聞こえてきた。右手奥の方から……)

       吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ
       吐菩加美 ほっ 依身多女 ほっ

文麻呂  (耳を澄まし)そうだ! 童たちの声だ! お前は帰らなくちゃいけない。
      あの竹林の中に帰らなくちゃいけない。童たちがお前を呼んでいる! なよたけ! 
      僕は夕方までに、都の家を引き払って、お前の所へ行こう。もう二度と再び都になんか出てくるもんか! 
      お前と一緒にあの竹林の中で一生暮らすんだ! ねえ、なよたけ! 
      もうお前と僕とは一生離れることは出来ないんだよ! そうだろう!
なよたけ  (嬉しそうに頷く)
文麻呂  (遠く右手奥を指し示し)さあ、お行き! あの童たちの声が道しるべだ! 
      あの声の聞こえる方へどんどん行けばいいんだ! 夕日の沈む頃、僕もお前の所へ飛んでいくよ! (なよたけの手を離す)

(行者の呼ばい声、突然、聞こえなくなる。文麻呂、右手奥へ走り去ろうとするなよたけを呼び止めて)

123 :名前なし:2009/08/23(日) 03:45:06 ID:h0JgkQR2
文麻呂  (怪訝そうに)なよたけ!
なよたけ  (立ち止まり)何?
文麻呂  僕には聞こえなくなってしまった。何も聞こえなくなってしまった。お前にはまだ聞こえるの?
なよたけ  何が?
文麻呂  あの童たちの呼んでいる声……
なよたけ  (耳を澄まし)聞こえるわ! 聞こえるわ! とてもよく聞こえるわ!

(開放された小鳥のように、なよたけ、右手奥へ消える。文麻呂、何やら掴みがたい不安にとらわれたような面持ちで、彼女の去った方向を見送っている。
突然、虹が消えた。不意に、左手奥の方から、何やら不吉な幻聴の如く、童たちの声が聞こえる)

       だまされた だまされた
       あんなあなにだまされた
       なよたけは大納言の手先だぞ。

(文麻呂は、はっとした面持で、怪訝そうに左手の声の方に振り返る)


---幕---

124 :名前なし:2009/08/23(日) 14:26:27 ID:pde6zQf9
第四幕

第一場

開幕前、「合唱」が低く聞こえてくる。

合唱  白雲の たなびく里の 
     なよ竹の ささめく里の 天雲の 
     下なる人は 汝のみかも 天雲の 
     下なる人は 汝のみかも 人はみな 
     君に恋ふらむ 恋路なれば…… 
     われもまた 日に日に益る、
     行方問ふ心は同じ、恋路なれば…… 
     契り仮なる一つ世に 
     踏み分け行くは 恋のみち 
     踏み分け行くは、恋のみち……

(静かに幕が上がる---竹模様に縁取られた額縁舞台。額縁舞台には緑色の薄紗が幾重にも垂れ下がっている。
その奥の方から、竹を伐る斧の音が忘我の時を刻む如く、響いている。前舞台、左手より旅姿の石ノ上ノ文麻呂が現れる。
暫くは、耳を澄ませて立ち止まっているが、斧の音に吸い寄せられるかのように、額縁舞台の方へ歩み寄っていく。
音もなく緑色の薄紗が次々に繰り上がっていく。場面は深遠なる竹林の奥。
辺りは一面の孟宗竹が無限に林立し、夕日が竹の緑に反映して、異様に美しい神秘境をかもし出している。
辺りの空気は淀んだように寂然としている。中央に小さな空地があり、竹取翁が、後方に座って、無心に竹を伐る斧を振っている。
文麻呂は、暫くは夢でも見ているかのように、翁の後姿を眺めている)

文麻呂  お爺さん!
竹取翁  (斧を振るう手を止めて、訝しげに、後ろ向きのまま耳を澄ます)
文麻呂  お爺さん!  ここです。ここですよ、お爺さん!
竹取翁  (そっと振り返って)誰かな? こんな山奥に……

(竹取翁は姿も声も全く第二幕と同じ讃岐ノ造麻呂であるが、翁の「面」をつけている。話し振りは非常にゆっくりと穏やかに)

125 :名前なし:2009/08/23(日) 14:27:58 ID:pde6zQf9
文麻呂  僕です。僕ですよ。文麻呂です……
竹取翁  (合点がいかぬという風に、文麻呂をしげしげと眺め)おう、旅のお方じゃな? 
       今時分、またどちらへ? 都え上ろうとされるのか、それとも……
文麻呂  僕は都を捨てました! お爺さん! 僕は都を捨てて、なよたけの所へやって来たんです! 
      もう僕は二度と再び都なんか帰りはしません。この竹林の中で一生暮らすんです。
      なよたけと一緒に一生暮らすんです。お爺さん! 許してくださるでしょう! 
      僕はもう自由です。僕は都の人たちからは見捨てられてしまった。親しい友達までもが僕を裏切ってしまった。
      だけど、僕にはなよたけがついているんです。僕はなよたけが好きです。死ぬほど好きです。
      なよたけも僕を愛してくれます。お爺さん! なよたけを僕に下さるでしょうね!
竹取翁  何を言っておられるのかな? わしにはどうもあなたの仰ることがよく飲みこめんのじゃが……
文麻呂  お爺さん! もう、これ以上僕を苦しめないでください。僕は道に迷ってしまって、随分探したんですよ。
      どこまで行っても、お爺さんの家は見えてこないんです。どっちを向いても、辺りは一面竹の林だけなんです。
      まるで、僕はみんなが申し合わせて僕を騙しているんじゃないかと思ってしまった。
      この竹の林までもが、何だか僕を目の敵にして苦しめているような……
竹取翁  貴方は一体誰じゃな?
文麻呂  ?
竹取翁  貴方は一体誰じゃな?
文麻呂  (何やら不可解な神秘を秘めた翁の姿にぎょっとして、その顔をまじまじと凝視する)

(深い沈黙---不吉な幻聴の如く、童たちの声が聞こえた)

      だまされた だまされた
      あんなあなにだまされた
      なよたけは大納言の手先だぞ。

文麻呂  (言い知れぬ不安にとらわれたようで)……貴方は、……貴方はなよたけのお父さんではないのですか? 
      あの竹籠造りの讃岐ノ造麻呂ではないのですか?
竹取翁  讃岐ノ造麻呂ですじゃ。わしは讃岐ノ造麻呂ですじゃ。

(間)

126 :名前なし:2009/08/23(日) 14:29:27 ID:pde6zQf9
文麻呂  それじゃ、貴方もあの大納言の手先なんですね? お爺さん、あなたもみなと一緒になって僕を騙そうとしているんですね? 
      なよたけはどこに行ったんです! なよたけはここには帰って来なかったんですか! 
      お爺さん! せめて、それだけでもいいから教えてください! なよたけは一体どこにいるんです!
竹取翁  なよたけ?
文麻呂  なよたけです。あなたの美しい娘です。あなたの美しいなよたけです。
竹取翁  (独白)わしの美しい娘……わしのなよたけ……
      (不意にその面を上げると、しげしげと文麻呂を眺め、異様な熱情で)
      おう、ご存知なのか? 貴方はご存知なのか? わしの夢をご存知なのか? 
      貴方はあのなよたけのかぐや姫の話を聞きたいと仰るのじゃな? 
      あの昔からの言い伝えを信じてくださると言うのじゃな?
文麻呂  言い伝え?
竹取翁  この竹の里の言い伝えですじゃ。わしだけが知っているあのなよたけのかぐや姫の語り伝えですじゃ。わしの夢ですじゃ……

合唱  何時の世の昔語りや、……
     何時の世の昔語りや、…… 
     竹取の翁ありけり。
     竹取の翁ありけり。

(竹取翁、静かに身を起こして、立ち上がる。白銀に輝く手斧を片手に、静かに文麻呂の方へ歩み寄ってくる)

     何時の世の昔語りや、……
     何時の世の昔語りや、…… 
     竹取の翁ありけり。
     竹取の翁ありけり。

     竹や竹 竹林に
     なよ竹を取る なりはひに
     なよ竹を編む なりはひに
     さらさら我名は立てじ、よろづよや
     万世までにや 竹を編む。
     これはしも 常春の
     これはしも 常春の 伝えの里に
     さやけき緑 絶ゆるなし
     なよ若竹の 伝えの里に
     さやけき緑 絶ゆるなし……

127 :名前なし:2009/08/23(日) 14:31:05 ID:pde6zQf9
竹取翁  (文麻呂の近くに来て)わしはもう世の中にあの話を信じてくれる人は一人もおらぬと思っておった。
      なよたけのかぐや姫はこのまま誰にも知られずに、無明の闇の中に消え失せていくものと諦めておった。
      お若い方、それでは貴方はこの竹の里にあのなよたけが本当にいるとお思いなのだな? 
      あのなよたけのかぐや姫の語り伝えを本当に信じて下されるというのじゃな?
文麻呂  信じる? お爺さん! 何を仰るのです! 僕はこの目でなよたけに逢いました! 
      この胸でなよたけを抱きました! 命をかけて、なよたけを愛したのです!

(間)

竹取翁  おう……それでは貴方だったのじゃな? なよたけの愛の琴糸をふるわせるまことの心を持った若者はあなただったのじゃな? 
      そういえば、なよたけは近頃、ついとわしの目の前に姿を現さぬようになってしもうた。
      まるで、遠い昔の思い出かなんぞのようにあれの姿はいつとはなしにわしの心から段々と薄れていきましたのじゃ。
      どこやらに、わしの代わりになよたけを愛し始めた人が確かにいると思っていた。
      それが貴方だったのじゃ。お若い方、それが貴方だったのじゃ。わしは長いこと捜し求めておった。
      わしに代わって、あの美しい夢を後の世々まで伝えてくださる人を長いこと捜し求めておったのじゃ。
      なよたけの話を語り継ぐ人は貴方なのじゃ。わしの夢を永久の後までも語り伝えてくだされ。
      なよたけはわしの夢じゃ。かぐやはわしの夢じゃ……

(童たちの声)

      だまされた だまされた
      あんなあなにだまされた
      なよたけは大納言の手先だぞ。

128 :名前なし:2009/08/23(日) 14:32:39 ID:pde6zQf9
文麻呂  お爺さん! 貴方はなよたけを夢だと仰るのですか? それではこの僕が夢をみていると仰るのですか?
竹取翁  かぐや姫を愛し始める。と、その時から人は夢を見始めるのじゃ。わしだって、この両の目で何度あれの美しい姿を見たか知れませぬ。
      この両の腕で何度あれの可愛らしい体を抱いたか分かりませぬ。だが、夢じゃ、お若い方、なよたけのかぐやは愛するものの夢なのじゃ。
      あの竹の林の中を飛び回っているあの美しい姿。唄を唄っているあれの可愛い声。
      あれは今でも時々このわしの目にわしの耳にはっきりと蘇って来はする。
      だが、あれはわしにはもうまるで遠い昔のような気が致しますのじゃ。
      (翁は無限に遠くの世界を思い浮かべる心)おう、あれはいつのことじゃったろう? 
      あなたはあれがどこから生まれ出たかご存知かな? あれは本光る若竹の筒の中から生まれ出たのじゃ。
      わしにはもうはっきりとは思い出せない。まるで、何千年も遠く過ぎ去った昔のような気もする。
      時には、あれは時分とはまるで縁もゆかりもないはるかな遠つ世の語り伝えだったような気さえ致しますのじゃ。

合唱  げにうつし世は 夢ならむ
     げにうつし世は 夢ならむ
     何事もみな 思ひ出の
     伝えは遠き 竹の里の
     何時の名残をとどめてや
     何時の名残をとどめてや
     これやこの 遙けくも古りにし伝え
     跡や残るらむ 跡や残るらむ
     聞えは朽ちぬ世語りの
     なよ竹山に翁ありけり
     なよ竹山に翁ありけり

竹取翁  聞いて下されますか? お若い方。なよたけのかぐやの世語りを聞いて下されますか? わしの娘の生い立ちを聞いて下されますか?
文麻呂  聞きます、お爺さん。なよたけの話なら、僕は喜んで聞きます。

(童たちの声、微かに遠く……)

      だまされた だまされた
      あんなあなにだまされた
      なよたけは大納言の手先だぞ。

129 :名前なし:2009/08/23(日) 16:05:05 ID:pde6zQf9
竹取翁  (静かに語り始める)今は昔、竹取の翁という者が居りましたのじゃ。
      もとより、人目も稀な竹山の隠れ里に住む、しがない世捨て人、野山にまじりて、
      竹を取りながら、それで竹籠なんぞを編んでは、細々とその日その日の生計に当てておりましたのじゃ。
      その名は、讃岐ノ造麻呂と申した。ところがある日のこと、そうして竹を取っていると、その竹の中に本光る竹が一本あるのに気がついたのじゃ。
      不思議に思って、近付いてみると、その筒の中が光っておりますのじゃ。さらによく見ると、その中に小さな娘が一人立っておりましたのじゃ。
      それがあのなよたけのかぐやじゃった。わしはどんなにか待ち焦がれておったことじゃろう。
      なよたけのかぐや姫はとうとうこのわしに授けられたのですじゃ。

(童たちの声、微かに遠く……)

      だまされた だまされた
      あんなあなにだまされた
      なよ竹は大納言の手先だぞ。

文麻呂  お爺さん!
竹取翁  終いまでお聞き下され。わしの話を黙って終いまでお聞きなされ。なよたけのかぐやがこうして生まれたのですじゃ。
      長いこと待ちあぐんでいたわしの夢が正夢となって現れたのですじゃ。お若い方。わしは信じておった。
      本当にあのなよたけがわしと一緒に居ると信じておった。わしはまるで宝物を扱うように、大事に大事に可愛がり育てましたのじゃ。
      そのうちに、あの娘の容貌の清らかに美しくなっていくこと、それはもう言うに言われぬほどで、
      そのために家の中は暗い所もなく、いつの日も光り輝いているようだった。
      わしが何か病で気分が悪く、胸が苦しいような時でも、あの子が目の前に現れると、自ずとその苦しさが止むのじゃ。
      また、何か無性に腹の立つ時でも、あの子が現れればやんわりと心が静まってしまうのじゃ。
      なよたけのかぐやはこのわしのたった一つの生きがいじゃった。そうこうするうちにあれは目の覚めるように綺麗な娘になっていった。

130 :名前なし:2009/08/23(日) 16:06:29 ID:pde6zQf9
      世の中の男どもは、あれの美しさに惹きつけられて我も我もとこのわしのところに言い寄ってきては、
      しつこくあれを所望したが、誰も彼もみな一時の浮気心であれを我が物にしようとする色好みの愚者ばかりなのじゃ。
      あれの生い立ちを話して聞かせても、一人として信じる者はおりませなんだ。
      わしの話を本気にせぬばかりか、終いには、みな、寄ってたかってこのわしを物狂い扱いにして、見向きもせんようになってしまった。
      わしは己が力で己が現そ身を捨てていったのじゃ。お分かりかな? なよたけを夢と言うなれば、このわしも夢なのじゃ。
      今では、わしはこうしてこの竹の里で、わし自身が夢になってしまったような気がする。
      現の影はみな遠い昔の夢のようにわしの心から薄れて行ったのじゃ。物皆がわしの心から次第に失われていく。
      わしがあれほど愛しんでおったなよたけのかぐやまでが、わしの心から段々離れて行くのじゃ。
      わしはあれを無明の中に失ってしまいたくはない。お若い方、現そ身の人なれば、わしに代わってかぐやを信じてくだされ。
      後の世々までもわしの夢を伝えてくだされ。あれはもはやわしには遠く過ぎ去った前世の夢なのじゃ。
      わしに代わってあの美しい夢を見て下され。あれはわしらには分からぬ天の声まで耳ざとく聞き分ける娘じゃ。
      あれが雨が降る、と言えば立ちどころに雨が降ってくる。風が吹くといえば、立ちどころに風が吹いてくる。
      あれは天女なのじゃ。月の都からこの世に送られてきた天女なのじゃ。なよたけを愛するとなればこのわしの話を信じてくださらねばなりませぬぞ。
      あれを人の世の女として愛してはなりませぬぞ。あれはいつの日にか月の都に帰らねばなりませぬのじゃ。
      人の世のなべてのものに望みを失った時、天人たちはあれを月の都に呼び戻すのじゃ。
      それは、望月の輝かしい美しい夜じゃ。天人たちは、空を飛ぶ月の車に乗ってこの現し世に舞い下って来るのじゃ。
      天の羽衣を持ってこの現し世に舞い下って来るのじゃ。
文麻呂  お爺さん!

131 :名前なし:2009/08/23(日) 16:07:43 ID:pde6zQf9
合唱  げにうつし世は 夢ならむ
     げにうつし世は 夢ならむ
     何事もみな 思ひ出の
     伝へは遠き 竹の里の
     何時の名残をとどめてや
     何時の名残をとどめてや
     これやこの 遙けくも古りにし伝え
     跡や残るらむ 跡や残らむ
     聞えは朽ちぬ世語りの
     なよ竹山に翁ありけり
     なよ竹山の翁ありけり

竹取翁  (合唱にかぶせて)おう、今日もまた夕日が西の方に沈んで行く。(静かに西の方を仰ぎ)ごらんなされ。
      今日もまた夕日が西の方に沈んで行くのじゃ。いつものように暗い夜がやってくる。
      わしはいつか知らず深い眠りの中にいる。そして、いつかしらずわしはまたさやかな陽の光の下に目覚めているのじゃ。
      この夢とも現とも知れぬ限りない時の間は一体いつまで続くというのじゃろうか? 
      これは、見果てなき常世の夢じゃ。そうじゃ、わしは見果てなき常世の夢に生きている。
      お若い方、貴方にはこのわしの姿が見えるのかな? わしがここにこうして立っている姿が貴方には本当に見えるのかな? 
      あの世語りの竹取翁はこの竹の林の中に生きておりますのじゃ。讃岐ノ造麻呂はこの通りここにこうして生きておりますのじゃ。

(翁は文麻呂から数歩離れたところに、まるで石像のように立ったままじっと動かない。
日没前の異様な輝きを竹の緑に反射させて、夕日が西の方に沈んでいった。
文麻呂はなにやら不可解な神秘に取り憑かれたように、言葉もなく翁の姿を凝視している。
辺りは次第に暗くなっていく……翁の姿は、残像のように、夕闇の中に取り残されている。
山鴿が遠近で、急に申し合わせたように鳴き始めた)

132 :名前なし:2009/08/23(日) 16:09:21 ID:pde6zQf9
竹取翁  おう、山鴿が鳴き始めた。わしにはもうあれの唄う可愛らしい唄声も聞えなくなってしまった。
      わしはまるでつい昨日のことのように覚えている。あの子は山鴿が鳴き始める頃になると決まって唄を唄いだしたものじゃ。
      山の童どもと一緒になって、可愛い声を出して唄を唄いだしたものじゃ。わしにはもうそれさえ聞えなくなってしもうた。
      あれはもう二度とわしの前には姿を現してはこぬような気がする。あれにはもうこのわしが必要ではなくなったのじゃ。
      なよたけのかぐやは竹取翁を見離して行きまする。このわしを見捨てて、あなたのものになるのじゃ。
      あれにはもうこの竹の里は要らぬものになってしもうた。ごらんなされ。なよたけを失ったこの伝えの里は段々と荒れすさんで生きまする。
      おう、風じゃ。滅びの風が吹き始めた。この伝えの里はわしと共に滅びて行きますのじゃ。
      お願いいたしますぞ。わしに代わってなよたけの言い伝えを信じてくだされ。わしに代わってなよたけを夢見てくだされ。

(竹の葉に不気味な音を立てて、強い風が吹き始めた。竹の落葉が激しい渦を巻いて、
二人の足元に乱れ散り始める。風の音に混じって、不安げな山鴿の声)

竹取翁  (哀願するように)お若い方、お願い致しますぞ。わしの話を信じて下さいますな? 
      わしはすっかり話してしもうたのじゃ。わしの夢を伝えて下さるのは貴方じゃ。
      貴方をおいて他にはないのじゃ。永久の後までもなよたけの夢を伝えてくだされ。
      おう、なにやらわしは身も心も軽々としてきた。わしは愈々無明の闇の中に姿を消す時が来たらしいのじゃ。
文麻呂  お爺さん! 何を仰るのです!
竹取翁  信じて下さりますな? お若い方、なよたけは天女じゃ。信じて下さりますな?
文麻呂  お爺さん! なよたけは……
竹取翁  なよたけは天女じゃ! 本光る若竹の筒の中から生まれた天女じゃ! お若い方! 信じて下さりますな?

(激しい風の音。その中から幻聴のように童たちの声がする)

133 :名前なし:2009/08/23(日) 16:12:07 ID:pde6zQf9
童たちの声  信じるの! 文麻呂! そんなこと……
竹取翁  なよたけは月の都から送られてきた天女じゃ! 人の世の女として愛してはなりませぬぞ! 
      なよたけは夢じゃ! 現そ身の女として愛してはなりませぬぞ! お若い方、信じてくださいましょうな?
童たちの声  信じるの! 信じるの! 文麻呂! 信じるの! そんなこと……
竹取翁  信じると一言言って下され! わしは無明の闇の中に消えていくのじゃ! 
      わしはなよたけの夢が永久に生きるのを確かめてから消えて生きたい。お若い方、信じると一言言って下され!

(突然、竹林の間から雨彦の姿が幻影の如く浮かび上がった)

雨彦  文麻呂! なよたけはお前を騙した! あの子は大納言の手先だぞ! (消える)

(続いて、今度は別の所から胡蝶の姿が浮かび上がった)

胡蝶  文麻呂! なよたけは都にいるの! 綺麗な着物を着て都にいるの! (消える)

(続いて、けらをの姿が浮かび上がった)

けらを  文麻呂! なよたけはあんなあなだ! 文麻呂はあんなあなに騙された! (消える)
竹取翁  (段々と声が弱まっていく)信じて下さらぬと言うのか? 貴方はわしの話を信じて下さらぬと言うのか?

(こがねまる、みのり、蝗丸の姿が一時に浮かび上がった)

三人  (一緒に)だまされた だまされた
           あんなあなにだまされた
           なよたけは大納言の手先だぞ。

竹取翁  (次第に力萎える如く)信じて下さらぬと言うのじゃな? 
      お若い方、貴方はわしの話を信じて下さらぬと言うのじゃな? 
      一言でいいから信じると言って下され。一言、信じると……

(翁の言葉が途切れる。すると、翁の姿は濃い青色の光に照らされ始めた。白銀の斧がその手に異様に光っている)

134 :名前なし:2009/08/23(日) 17:10:59 ID:pde6zQf9
なよたけの声  (突然、左手より風の音に混じって聞えた)文麻呂! 文麻呂! 信じては駄目よ! 誰の言葉も信じては駄目よ!
文麻呂  (はっと我に返ったように)なよたけ! どこにいるんだ! 教えておくれ! なよたけ! お前はどこにいるんだ!
竹取翁  なよたけは信じる者を失った。なよたけの夢は現し世から来て行くのじゃ。竹取ノ翁もなよたけのかぐやも無明の闇に消えていくのじゃ。
文麻呂  お爺さん! 貴方には聞えないのですか? あのなよたけの声が貴方には聞こえないのですか?

(風の音激しく)

なよたけの声  文麻呂! 竹の林を出て! 竹の林を出て! 果てしもない夜空の下にあたしは立っている! 
          お星様が残る隈なく見える所にあたしは立っている! 文麻呂! 早く竹の林を出て! 竹の林を出て!
文麻呂  お爺さん! なよたけが僕を呼んでいる! 僕にはあの女の声がはっきり聞こえるのです! 
      なよたけは夢ではありません! なよたけはこの竹林の外で僕を待っている。
      竹の里の伝説は滅んでも、なよたけの姿は決して滅びはしません。
      なよたけはこの竹の里を捨てて、今こそ僕のものになるのです! 今こそ僕の妻になるのです!
竹取翁  なよたけは月の都に呼び戻されるのじゃ。人の世のなべてのものに望みを失った時、あれの魂は月の都に呼び戻されるのじゃ。
      わしの夢はこのまま永久に消え去っていく。語り継ぐ者とてないこの里の言い伝えはこのまま永久に消え去っていくのじゃ。
なよたけの声  文麻呂! 文麻呂!
文麻呂  お爺さん! 僕は行きます! 僕は行かなければならない!

(文麻呂、左手の方へ去ろうとする。激しく乱れ飛ぶ竹の枯葉。不気味な風の音。
青色に照らされていた翁の姿は次第に力萎えるものの如く夜の闇の中に消え失せていく)

135 :名前なし:2009/08/23(日) 17:12:39 ID:pde6zQf9
竹取翁  (絶え入る如く)貴方は一体誰なのじゃ? わしの夢を奪い取ろうとしている貴方の名前は何と言うのじゃ? 
      この竹の里からいわれ古き遠世の伝えを持ち去ろうとしている貴方は一体なんと仰るお方なのじゃ?
なよたけの声  文麻呂! 文麻呂!
文麻呂  (翁を振り返って)僕の名はなよたけが呼んでいる! お爺さん! 僕の名はなよたけが呼んでいる!

(文麻呂、左方へ消える。翁の姿は青い残像を残して、徐々に闇の中に消えて行った……
風の音も、闇の中に吸い込まれるように消えていった。闇の静寂。
どこからともなく、斧の音が響き始めた。それは不気味なほど、はっきりした響きを以て、無明の時を刻み始めた)

合唱  (極く低く)無常の風に 春の陽の 
           常世の緑 吹き消えて 
           今ははや 何処の方か…… 
           常世の緑 吹き消えて 
           翁が影は消せにけり 
           夜の深淵に 跡絶えて 
           翁が影は失せにけり 

(斧の音)

           あとに唯、
           ひびかふは 時の音の 
           ひびかふは 時の音の 
           無明に刻む 斧の音……

(唯、白銀の)

           無明に刻む 斧の音 

(斧の音)

童たちの声  (遠き挽歌の如く)……さようなら! 文麻呂!

           ひびかふは 時の音の
           ひびかふは 時の音の
           無限に刻む 斧の音……

童たちの声  (消え入るように、遠く微かに……)さようなら! 文麻呂! さようなら! 文麻呂!

(緑色の薄紗が幾重にも垂れ下がっていく。溶暗)

136 :名前なし:2009/08/23(日) 22:01:01 ID:pde6zQf9
第二場

寺々の鐘の音。

合唱  夕暮の 鐘の常無きひびき音に
     夕暮の 鐘の常無きひびき音に
     今ははや、……
     何処の方か 春の陽の
     常世の緑 消え失せて
     伝への里は 滅べども
     なよ竹のささめく里は 消ゆれども
     天雲の下なる人は 汝のみかも
     天雲の下なる人は 汝のみかも
     人はみな 君に恋ふらむ 恋路なれば。
     われもまた 日に日に益る
     行方問ふ心は同じ 恋路なれば。
     契り仮なる一つ世に
     踏み分け行くは 恋のみち
     踏み分け行くは 恋のみち……

なよたけの声  (舞台奥より)文麻呂! 文麻呂!

(薄紗の幕が再び次々に繰り上がっていく。場面は、竹林を出たばかりの所で、小高い丘陵の一端の感じ。
遠い丘陵が幾つか連なっているのが夜空に遙かに黒く浮かんで見える。
天空には燦然と、星星がきらめいて、深遠なる宇宙の絵図が果てしもなく広がっている。
中央に、なよたけが前幕と同じ華麗な衣裳を身にまとって、冴え渡った星空を背景にして、立っている。
片手にはしっかりと竹の小枝を握ったまま、何か差し迫る目に見えない大きな力に弱々しく抗している様子である。
その顔は「面」のように作られ、奇妙に清らかな「死相」を感じさせる。
天空の彼方から吹き来る風が、衣裳の袂や、手にした竹の枝葉を微かに揺らしている)

文麻呂の声  (右手より)なよたけ! なよたけ! なよたけ!
なよたけ  文麻呂! ここ! あたしはここよ!

137 :名前なし:2009/08/23(日) 22:02:33 ID:pde6zQf9
(文麻呂、舞台右手、竹林の外れの所に姿を現す)

文麻呂  (信じられぬかのように、言葉もなく暫く茫然となよたけの姿を打ち眺めて立っている)
なよたけ  文麻呂! 文麻呂! あたしよ! なよたけよ!
文麻呂  なよたけ! お前は本当にそこにいるの? 果てしもない星の夜空に身をさらして……
      信じられない。お前は僕を騙そうとするんじゃないだろうね? 
      近付こうとするとすぐ消えてしまうあの忌々しい幻影ではないんだろうね?
なよたけ  本当よ! 文麻呂! 本当にあたしはここにいるの! あたしはこうして立っている。
       あんたの目の前にいるの! いつまで見たっていいわ! あたしはいつまでも消えやしない……

(二人、暫く互いに遠くから相見る)

文麻呂  (限りない喜びが溢れてくる)ああ、夢じゃないんだ。僕は誰の言葉も信じなかった。
      唯、お前だけを信じていた。お前の声だけを信じていた。
なよたけ  文麻呂、どうしたの? 涙なんか……
文麻呂  なよたけ、お前はそんな所から僕の涙が見えるの? (彼女の傍に走り寄り)
      なよたけ! 僕は随分苦しい目に遭った。お前を探して、竹の林の中をあてどもなくさまよい歩いていたんだ。
      どこまで行ってもお前の家は見えてこなかった。どっちを向いても一面の竹の林だけなんだ! 
      僕は夢を見ていた。不吉な夢にうなされていた。いつかしらず、夜が来て、どこからともな句お前の声が聞こえてきた。
      僕を呼んでいるお前の声が聞こえてきた。ああ、あれから、一体何処をどう歩いてきたのだろう?
      僕は唯、お前の声だけを信じていた。お前の呼び声だけを信じていた。だけど、もういいんだ。
      何もかも。お前は僕の前にいる! 夢じゃないんだ! (自分の旅姿を見せる)
      なよたけ! ごらん! 僕は都を捨てた。僕は二度と都へは帰らないんだ。

138 :名前なし:2009/08/23(日) 22:04:36 ID:pde6zQf9
なよたけ  文麻呂! あたしも! あたしも竹の林を捨てたの! お父さんを捨てたの! 
       童たちも捨てたの! 竹とあたしの間には、もう何もない。あたしはたった一人。あたしにはもう帰る所もないわ。
       あんただけなの。あたしを幸せにしてくれる人は世の中に、文麻呂、あんた一人しかいないのよ!
文麻呂  なよたけ! お前は信じてくれるだろう? お前の清らかな魂を信じているのは世の中に僕一人だけだってこと。
      お前のためならばこそ僕は喜んで都を捨てた。光栄も捨てた。償いも捨てた。僕は世捨て人だ。僕はたった一人だ。
      僕は世間の者たちからは気違いとして葬られた。都では、唯一人の正しい者をこう呼んでいる。
      真実の愛を求める者をこう呼んでいる。なよたけ! どうして僕にお前を手離すことが出来たろう! 
      世間の者からなんと言われたって、僕は唯、お前を愛さずにはいられなかったんだ!
なよたけ  文麻呂! でも、もういいの! もういいんだわ! 何もかももういいんだわ! (彼女の目に露が光っている)
文麻呂  なよたけ。お前も泣いているね? (彼女の肩に両手をかけて)もう何も心配することはないんだ。
      僕はこうしてお前の所にやって来た。これからは何もかもみな望み通りに行くんだ。
      僕たちはもう一生離れることなんかないんだよ。いつまでもいつまでも二人は決して離れることなんかないんだよ。
      ごらん! なよたけ! 僕たちはこんなに素晴らしい大空の下にいるんだ。
      僕たちは忘れていた、長い間、この広々とした限りない星空を仰ぐのを忘れていた。

(二人は肩を寄せ合ったまま、深遠なる星の夜空を仰ぎ見る)

文麻呂  僕たちは自由だ。なよたけ! もう、僕たちの幸福を邪魔するものは何一つありはしないんだよ。
なよたけ  文麻呂! あたしをしっかり抱いて! 文麻呂! あたしをもっとしっかり抱いてちょうだい!
文麻呂  どうしたの? なよたけ……
なよたけ  文麻呂! あたしたちはしっかり抱き合っていないと、この大空の中に滑り落ちてしまうわ。
       いつまでもいつまでも限りなく遠い大空の果てまで落ちていってしまうような気がするの。

139 :名前なし:2009/08/23(日) 22:07:16 ID:pde6zQf9
文麻呂  (彼女を胸の中に抱き寄せて)何を言っているんだ、お前は。
なよたけ  (抱かれたまま)あたし、急にそんな気がしたの。ねえ、文麻呂、あたしたちはきっと小さな星なんだわ。
       あの空にいっぱい輝いている数知れぬ星と同じような……そうよ! あたしたちはきっと小さな星なんだわ。
文麻呂  なよたけ! 幸いの星だ。僕たちは大空の中にたった一つの幸いの星だ。
なよたけ  こんなことって、あたし、今までちっとも考えたことないの。だけど、きっとそうだわ。
       あの数知れないたくさんの星と一緒にあたしたちの星も、この広々とした大空をあてどもなくめぐりめぐっているんだわ。
       そして、とても綺麗な星に違いないわ。きっと、一番美しくきらきら輝いているんだわ。ねえ。文麻呂。そんな気がしない? 
       あたしたちはいつの間にか大空の真っ只中に出てしまったの。もう、何もすることは出来ないんだわ。
       いつまでもいつまでも離れないようにしっかり抱き合っているだけ。文麻呂! 文麻呂! あたしをしっかり抱いてちょうだい!
文麻呂  抱いている。こんなに強くお前を抱いている。
なよたけ  ああ、嬉しいわ。この広い大空の中で、あたしたちはたった二人だけなのね。たった二人だけ。
       あたしたちだけが生きている。あたしたちだけが本当に生きている。こうしている時だけが、本当に命ということなのね。
       あたしたちの背後には何もない。あたしたちの前には何もない。ただ、この幸せな時だけが全てなんだわ。
       ねえ、文麻呂! どうすればいいの! この幸せな時間がいつまでもいつまでも果てしなく続くようにするには、どうすればいいの!

140 :名前なし:2009/08/23(日) 22:08:29 ID:pde6zQf9
文麻呂  生きていくんだ。お互いの愛を信じ合いながら、強く生きていくんだ。なよたけ! 
      僕たちはまず、家を作ろう。同じ屋根の下で僕たちは一緒に暮らすんだ。
      どこか人里離れた静かな山の中に、綺麗な家を一軒建てよう。軒には品のいい半蔀を釣るんだ。
      家の周りには檜垣をめぐらしてもいい。それから、こざっぱりした中庭を作ろう。
      切懸のような板囲いで仕切って、そいつには青々した蔓草を這わせるんだ。
      中庭には、あちこちに夕顔の花がいっぱい咲く……ねえ、なよたけ! 僕は夕顔がとても好きなんだ!
なよたけ  文麻呂……そうすれば、あたしたちは幸せになれるの? 今よりも、もっともっと幸せになれるって言うの?
文麻呂  なれるとも! きっとなれるとも! もう大空と僕たちの間をさえぎるものは何もないんだ。
      天の恵みに満ち溢れたこの上もない幸福な生活なんだ。
なよたけ  文麻呂。あたしたちにはもう何も起こらないんだわ。もう、これから先、あたしたちには何も起こらないんだわ。
文麻呂  僕もそう思う。もう、僕たちの幸福の邪魔をするようなことは、何も起こらないんだ。
なよたけ  そうじゃないの、文麻呂。あたしは、もうこれで何もかもが一度にみんな起こってしまったんじゃないかと思うの。
       何だかそんな気がするの。こんな幸福が一時にあたしを訪れて来るなんて! 
       あたし、何だかまるで、一生の幸福がいっぺんに来てしまったような気がするの。
       ねえ、文麻呂。あたしがこの世に生まれてきたのは、唯、あんたを愛するためだけだったんだわ。
文麻呂  僕だってそうだ。なよたけ! 僕だってお前を愛するためにこの現し世に生まれてきたんだ。
      お前は僕の命だ! たった一つのかけがえのない僕の命だ!
なよたけ  (何やら不安に襲われたように)ねえ、文麻呂! あたしの一生はもしかしたらこのまま終わってしまうのじゃないかしら? 
       あたし、先刻から変な胸騒ぎがするの。何か分からない不吉な胸騒ぎがするの。
       文麻呂! あたしはもうこの世に生きるつとめをすっかり果たしてしまったんじゃないかしら!

141 :名前なし:2009/08/23(日) 22:49:16 ID:pde6zQf9
文麻呂  何を言っているんだ! そんなことがあるもんか! 僕たちが愛し合うのはこれからなんだ! 
      お前は清らかな若竹の中に太陽に導かれながら、すくすくと育ってきた。
      人の世の汚れも知らずに、清浄な命を生きてきた。お前はもう竹の里から離れたって立派にひとりだちができるんだよ、なよたけ! 
      お前はこれからは僕と一緒に強く生きていくんだ。僕たちの行く手をさえぎるものはもう何もありはしない。
      この大空のように果てしない愛の世界があるだけなんだ。僕たちはこれからもっと愛し合っていくんだ。
      この上もない愛の幸せを僕たちだけの力で作り上げていくんだ……
なよたけ  (切ない疑惑を以て)文麻呂! あたしたちにこれ以上愛し合うことなんて出来るの? 
       今よりももっともっと愛し合うことなんて出来るの? あたしには考えられないわ。
       これ以上の愛の幸せがあるなんて、あたしにはとても考えられないわ。
文麻呂  なよたけ! お前は何も知らないんだ。僕たちが本当に愛し合うのはこれからなんだぜ。
      人間はもっともっと激しく愛し合うことが出来るんだ。もっともっと幸福になることが出来るんだ。
なよたけ  あたしには信じられない。文麻呂、あたしには、そんなこと、とても信じられないわ。
文麻呂  なよたけ、そうだ、僕たちはこれからすぐに旅に出よう! 黙って僕についておいで! 僕たちは旅に出るんだ!
なよたけ  旅? どこへ行くの、文麻呂?
文麻呂  東の国だ。そこにはこの上もない僕たちの幸福が待っている。
なよたけ  遠い国?
文麻呂  (遠く思いを致す心)……遙かな旅路だ。だけどね、なよたけ、そこには僕たちの新しい故郷が待っている。
      そこには懐かしいお父上が僕たちの来るのを待っていて下さるんだよ。
なよたけ  文麻呂……あんたのお父様?
文麻呂  うん、そしてお前の優しいお父様だ。お父上はきっとお前を慶んで迎えてくださるに違いない。
      きっとお前をこの上もなく可愛がって下さるよ。

142 :名前なし:2009/08/23(日) 22:50:50 ID:pde6zQf9
なよたけ  でも、文麻呂。あたしの顔を見て。あたしにそんな遠い所まで旅をする元気があるかしら? 
       ああ、あたしはなぜだか段々段々身も心も疲れ切っていくわ。
       どうしてかしら? 何だかこうして立っていることさえ耐えられないほど苦しいの。
文麻呂  (不吉な予感を打ち消すように)なよたけ! 何でもないんだ! しっかりおし! お前は唯疲れているんだよ。
      ねえ、なよたけ。それじゃ、お前がまた元気な身体になるまでどこかで待っていてもいい。
      ここからそんなに遠くない瓜生の山里に、衛門という僕の忠実な爺やが瓜を作りながら暮らしているんだ。
      僕たちはこれからそこに行こう! 暫くその家に厄介になって、お前がすっかり元気になってから改めて東国に旅立つことにしよう! 
      ね? いいだろう! さあ、なよたけ! とにかく、この丘を下りよう! 
      (促すように、舞台奥を指し)あんな広々とした天地が僕たちを呼んでるんだ!
なよたけ  待って、文麻呂! あたしは駄目! あたしはやっぱり駄目なんだわ! あたしはこの竹の林の外へ出てはいけなかったんだわ!
文麻呂  (ぎょっとしたようになよたけの蒼白な顔をのぞきこむ)
なよたけ  (空けていくように)文麻呂……誰かがあたしを呼んでるの。
       声のない言葉で、何かほの白い寒気のするようなものがあたしを呼んでいるの。
       文麻呂! あたしには何かしら逃れられない前の世からの契りがあったんだわ。
       それが今、蘇って来るの。目に見えない雲のように、遠い前の世の物思いが段々蘇って来るの。
       あたしは、いつの頃か、この竹の林の中に生まれた。世の中のことは何も知らずにこの竹の林の中で幸せに育ってきた。
       あたしはきっと竹の中でしか幸せになれなかったんだわ。竹の中でしか生きていけない人間だったんだわ。
       この竹の林を見捨ててしまえばあたしは何だかもう生きていくことさえ出来ないような気がするの。
文麻呂  (激しく)なよたけ! 信じてはいけないよ! 僕以外の誰の言葉も信じてはいけないよ!

143 :名前なし:2009/08/23(日) 22:52:29 ID:pde6zQf9
なよたけ  (段々と独白風になっていく)あたし、初めてあんたに逢った時から、二人だけの幸福を夢見ていたわ。
       それは青々とした竹の林に囲まれて、あんたと一生楽しく暮らすことなの。
       ああ、だけど、もう駄目。遅すぎたわ。あたしは、もう、この竹の林を見捨ててしまった。
       お天道様の仰ることに背いて、いったん都へ出てしまったあたしはきっと罰を受けなければならないんだわ。
       黙ってここでじっと苦しみに耐えて行かなければならないんだわ。
       文麻呂! あたしにもどうしてかは分からない。だけどもうあたしの幸福はこれっきりで終わってしまうような気がするの。
       あたしはどこにも行ってはいけないんだわ。ここで黙って一人で待っていなければならないんだわ。
文麻呂  なよたけ! 何を待っているんだ! しっかりおし! 何を待っているって言うんだ! そんなことがあるもんか! そんなことが……
なよたけ  (急に激しく咎めるような調子になり)
       文麻呂! あんたはあたしがあんな車にのせられて都へ連れて行かれるのをどうして止めてくれなかったの? 
       どうしてあたしが好きになった時、すぐにでも都を捨てて、あたしのところに飛んで来てくれなかったの? 
       ああ、そうすれば、あたしたちはそのままずっと幸せに暮らせたかもしれないのに!
文麻呂  (次第に懺悔するものの如く)なよたけ……許しておくれ。僕は自分の心に偽っていたんだ。
      不純な虚栄に心を奪われていたんだ。僕の心は濁っていた。僕にはお前のその清らかな透き通った心が恐ろしかったんだ。
      お前にはじめて会ったときから、僕はお前が好きで好きでたまらなかったのに、今日になるまで自分の本心を隠していた。
      僕にはあんなあなが取り憑いていたんだ。(次第に慟哭するものの如く)
      なよたけ! 許しておくれ! 僕が悪かったんだ! なよたけ! 許しておくれ!

144 :名前なし:2009/08/23(日) 22:53:46 ID:pde6zQf9
なよたけ  (何かその目は次第に神々しい光に輝き始める)いいのよ。いいのよ。ああ、あたしって何て悪い子なんでしょう。
       こんなことを言って、またあんたの心を苦しめようとするのね。いいのよ。いいのよ。あんたはいい人なんだわ。あんたはいい人なんだわ。
文麻呂  なよたけ! (激しく抱きすくめる)今日からだって僕たちは決して遅くはないんだよ! 
      心の正しい僕たち二人をお天道様が許してくださらないなんて、どうしてそんなことが考えられよう! 
      何もかも今日からなんだ! 僕たちの新しい生活は今日から始まるんだ! さあ、元気を出して、一緒に行こう!
なよたけ  文麻呂! 本当にそう思う! 本当にそう思う! (切なげに文麻呂の胸にすがりつき)
       ああ、文麻呂! あたしを捨てちゃ嫌! あたしを捨てちゃ嫌!
文麻呂  何を言うんだ! お前を捨てるなんて……
なよたけ  (突然、激しい不安に襲われた如く、表情は硬直した)文麻呂! あたしをしっかり守って! 
       あたしをしっかり守って! あたしをお月様のところへなんか行かしては嫌よ!
文麻呂  (凝然として)お月様?
なよたけ  (心は次第に天界の彼方に放たれていく)文麻呂! ほら! お月様からあたしを迎えに来るんだわ! 
       お月様からお迎えの人たちが雲に乗って下りて来るんだわ! 遠くの方から、あの人たちの話し声が聞えてくるわ! 
      ほら! 文麻呂! 聞えるでしょ! 聞えるでしょ! あれは空を飛ぶ月の車の音なの!
文麻呂  (呆然と)僕には聞えない……
なよたけ  ほら! あの天の頂の辺りが段々明るくなってきたわ! 
       あれは、月の国の使いが雲にのってあたしを迎えにやって来るの! 
       文麻呂! 文麻呂! あたしをあの人たちの手に渡しては嫌よ! あたしを離しては嫌よ!
文麻呂  なよたけ、僕には何も見えない……

145 :名前なし:2009/08/24(月) 00:38:55 ID:IP5l28Gw
なよたけ  ああ、あたしは死にたくないの! あんたと一緒にいつまでもいつまでも生きていたいの! あたしをしっかり抑えてて! あたしをしっかり抑えてて! 
       あたしがあの人たちの手に渡されてしまったら、もう何もかもみんなお終いなのよ! 
       あの人たちは天の羽衣を持って来るの! あたしに着せようと思って天の羽衣を持って来るの! 
       それを着せられてしまったら、あたしはもう、あんたのことも、何もかも、この世のことはみんな忘れてしまわなければならないだわ! 
       いくら思い出そうとしたって、もう駄目なんだわ! あたしは記憶を失ってしまうの! あたしはこの世の人ではなくなってしまうの!
文麻呂  なよたけ! お前は何を言っているんだ! お月様からお迎えが来るなんて、そんなことがあるもんか! 
      みんな、心の迷いなんだ。お前は疲れているんだよ。疲れのために心が乱れているんだよ。
      さあ、草の上に腰を下ろして、暫く身体をお休め。お前は暫く、じっと静かにしていなくてはいけない……
      (いたわるように彼女を抱えて、連れて行こうとする)
なよたけ  ああ、文麻呂! 文麻呂! (発作的に衣裳の襟に手をやって、苦しそうに)
       この重苦しい着物を脱がして! この着物がいけないんだわ! 苦しい……
       息が詰まりそう。苦しい……文麻呂! 脱がして! 脱がして! 
       (気を失ったように、よろよろと彼の胸に倒れ掛かる。片手から竹の枝がはらりと地面に落ちる)
文麻呂  なよたけ! どうしたの! しっかりおし! なよたけ! 
      (彼女を抱きかかえたまま、前面に連れてきて、丘の傾斜面にそっと横たえる。突然、驚愕の色)
      なよたけ! 死んじゃいけない! しっかりおし! しっかりおし! 
      (衣裳の襟を押し開いてやろうとする)なよたけ! なよたけ! 僕が分かるかい! え! 僕の声が聞こえるかい!

146 :名前なし:2009/08/24(月) 00:39:48 ID:IP5l28Gw
なよたけ  (微かに頷き、落とした竹の杖の方に弱々しく手を差し伸べて)……竹! ……文麻呂! 竹! 竹!

(文麻呂、その差し伸べられた手の行方に竹の枝が落ちているのに気がつく。
はっとして、急いで駆け寄り、それを手に、再び戻って来る。なよたけはもうぐんなりとしている)

文麻呂  さ、しっかりとお掴み! しっかりとお掴み! お前の命よりも大切な……(なよたけは死んでいる)なよたけ!

(文麻呂は呆然として、なよたけの死顔を凝視する。背後の天空にいつの間にやら大きな満月が浮かび上がった。
白色光の神秘な光芒があたりに輝き始めた。そして、どこからともなく、「雅樂」のような不思議な樂音が微かに聞えてくる。
やがて、文麻呂は魂を失ったものの如く、茫然として立ち上がる。
彼の手から、なよたけの美しい衣裳の上に竹の枝がはらりと落ちかかった。「合唱」が低く低く、聞こえてくる)

147 :名前なし:2009/08/24(月) 00:40:51 ID:IP5l28Gw
合唱  斯くばかり 憂けく辛けく なよ竹の
     斯くばかり 憂けく辛けく なよ竹の
     花も常無き 現そ身や
     珠の緒の惜しき盛りに 立つ霧の
     失せぬるごとく 消ぬるごとく
     おとめごは いま みまかりぬ
     おとめごは いま みまかりぬ

(なよたけは、いまや忘れられたものの如く、文麻呂の姿のみ神秘な白色光の光芒に包まれていく。
文麻呂は、魔に憑かれたように、天空の彼方を打ち眺める。月は白銀に輝く棚雲の上、異様にさえ渡って行く)

     現し世の 旅にまどひて
     甲斐なくも 散るべきものを
     何時の世の契りなりけむ。
     今は唯、彼の岸の光に充ちて
     我は尚、君に恋ふらむ
     みまかりし 君は恋ふらむ 恋路なれば
     今は唯、彼の岸の 光に充ちて
     我は尚、君に恋ふらむ
     みまかりし 君は恋ふらむ 恋路なれば

(不思議な樂音、高調し、白色光の光芒は辺りに異様に満ち溢れて……)


静かに幕---

148 :名前なし:2009/08/25(火) 23:09:45 ID:o7aZDVys
第五幕

東国のある丘陵地帯にある石ノ上ノ綾麻呂の任地。約二ヵ月後の七月初旬。
幕が上がると、場面は緑の丘陵が遠々と広がっている。例えば相模ノ国のある風景。舞台左手は小高い丘。
右手にかけて、なだらかな傾斜が続いている。丘の頂上には、雑木の丸太で作った粗末な掛台が一つ。
石ノ上ノ綾麻呂がその上に腰を掛けて、前方右手の方を遠く放心したように眺めている。
雨雲が晴れる前の、何やら落ち着かぬ雲行きである。丘の向こう側より、瓜生ノ衛門があらわれ、舞台右手に立つ。


衛門  旦那様。お一人で何をしていらっしゃるのです。
綾麻呂  おう。衛門か? む、待っているのだ。長いこと。うっとうしく蔽いかぶさっていたこの梅雨雲が今日こそは晴れるのではないかと思ってな……
衛門  晴れそうでございますか?
綾麻呂  晴れそうだ。昨日から雨も止んでしまったし、この分ではもう梅雨は終わりだ。もうすぐ晴れるのではないかと思う。(雲行きを見ている)

(間)

衛門  (丘の上に上がって行きながら)それにしても、駿河の国にあるという山が、ここからそんなにはっきりと見えるものでしょうか?
綾麻呂  見えるとも! 晴れた日なら、百里も離れた所からでも見えるだろう。
      いや、もう、何と言うか、実に見事なのだ。実に高いのだ。実に美しいのだ。

(間)

149 :名前なし:2009/08/25(火) 23:11:24 ID:o7aZDVys
衛門  (指さして)あの辺でございますか?
綾麻呂  (前方右を指し)いや、あの辺だ。
衛門  なんでも話に聞くと、摺鉢を伏せたような山だそうではありませんか?
綾麻呂  情けないことを言う奴だな。摺鉢とは情けないことを言う奴だ。そんなのは凡人の言い草だ。せいぜい、下手糞な絵でも見た奴が考え出した形容だろう。
      実物を見れば、それこそものも言えなくなってしまうのだ。何というかな? 何とも言いようがない。
      『天雲のそきへのきはみ……』とでも詠み出さなければ、とても後が続かない。
衛門  今時分でも頂上には雪が積もっているのだそうですね?
綾麻呂  積もっている。わしがここへ赴任してきた時は半分から上は純白の雪に蔽われていた。
      この長雨で、いくらか溶けてしまったかも知れんが、ま、いずれ雲が晴れてみれば分かる。
      玲瓏というか崇厳というか、とにかく、あれは日の本の秋玲島の魂の象徴だ。わしはもう文麻呂の奴に早く見せてやりたくてな。
衛門  手前だって早く見とうござります。
衛門  いや、何も別にお前には見せないというわけではない。唯、あの不甲斐ない息子が一時も早く迷いの夢から覚めてくれれば、と思っているのだ。
     あの崇厳な不盡ヶ嶺の姿を見れば、少しは気持ちが落ち着いてくれるだろう。全く、彼は不甲斐ない男になってしまったものだ。
衛門  まあ、旦那様。そっとしておいておやりなさいまし。お若い方の気持ちは私どもには分かりませぬ。

150 :名前なし:2009/08/25(火) 23:12:28 ID:o7aZDVys
綾麻呂  衛門。お前は文麻呂のことになると何だか妙に偉そうに肩を持つようだが、
      あれのことについて何かもっと他にわしに隠しているようなことはないのか? 
      ただ、親しい友達と仲違いをしたくらいであんなになってしまうとはとても考えられんのだよ。
      あれは以前はもっと陽気な奴じゃった。口泡を飛ばしてわしなどとも盛んに議論をしたりしたものだ。
      それが、どういうわけか、あんな無口の偏屈者になってわしの所にやって来よった。
      お前は、何神経衰弱です、などと簡単に片付けるが、わしはそんな生易しいものではないと思う。
      わしはどうも心配でならんのだよ。あのままでは、到底、この東の国の厳しい生活には耐えて行けん、
      先が思いやられる。あれでは本当に困るのだ。
衛門  旦那様。ご心配なさいますな。まあ、しばらくの間、あのままそっとしておいておやりなさいまし。
     あの方の過去については決してご詮索なさいますな。たとえ何か過ちがございましても、
     若い時代の過ちは許してあげなければいけませぬ。若い頃には人間は誰にも必ず一つや二つの過ちはあるものではございませぬかな? 
     手前にもございました。旦那様にもそういう過ちがなかったとは仰いますまい?

(間)

綾麻呂  (はたと思い当たり)女子か?
衛門  ……
綾麻呂  衛門! 女子のことを言っているのだな?
衛門  ……
綾麻呂  そうなのだな? え? 衛門?
衛門  言い当てられました。

(間)

151 :名前なし:2009/08/25(火) 23:14:01 ID:o7aZDVys
綾麻呂  む。そうだったのか……
衛門  旦那様。しかし、さようなことで文麻呂様を決して非難なされてはいけませぬぞ。
     手前ども老人は、得てして自分たちの過去の過ちを棚に上げて、
     すぐむきになって若い人たちを非難する悪い癖がございます。あれは悪い癖でございます……
綾麻呂  どんな女子なのだ? え? 衛門。それはどんな女子なのだ?
衛門  ……
綾麻呂  言ってくれ。わしは決してあれを非難しようなどと思ってはおらん。ただ、父親としてそれを知っていた方がいいと思うのだ。
衛門  ……それでは、旦那様。手前、存じているだけのことは申し上げますが、
     文麻呂様はご自分でも固く口を噤んでおられますので、詳しいことは手前とても皆目存じ上げませぬ。
     とにかく、これは旦那様の胸のうちにだけそっと畳んで置いて下さりますようにお願い致しますぞ。
     (声を低めて、静かに語り出す)実は、文麻呂様の心を惑わしたのは、年若な賤しい田舎娘なのでございます。
     讃岐ノ造麻呂という竹籠作りの爺の娘で、これが大変な器量よしで評判でございました。
     手前、その造麻呂という爺とは、一寸知り合っておりました関係上、その娘にも何度か逢ったことがございますが、
     文麻呂様が夢中になるのも尤もなほど、身分に似合わず、素直で、なかなか見所のある娘でございます。
     ところが、その娘に、だんな様、人もあろうにあの大伴ノ大納言様が目をつけましてな、例の手管で物にしようとなさっているのが分かったのでございます。
     さあ、文麻呂様がそれを聞いて、黙ってはおられません。大納言様の道ならぬ色恋沙汰を世間に振りまいて、
     これを機会に思い切り懲らしめてやろうと、そう決心なさったのでございます。
     手前は実はちょうど、家内と一緒になるつもりでおりましたもので、それから間もなく瓜生の山へ帰ってしまいました。

152 :名前なし:2009/08/25(火) 23:14:52 ID:o7aZDVys
      そういうわけで、その後のことは少しも存じませんでしたが、そうこうする内に、
      今度は文麻呂様ご自身がすっかりその娘の恋の虜になってしまわれたらしいのです。
      激しい「恋」に気も狂わんかりになられたとか、これは人から聞いた噂でございました。
      手前、そういう噂をさる所から、耳にしたもので、何だか酷く心配になり、早速都へ舞い戻って、あの姉小路のお宅へ伺ってみたのです。
      ところが、どうでしょう! いらっしゃいません! お家は空っぽです! 
      さあ、驚きまして、手前、その晩は夜通しあっちへ行ったりこっちへ行ったりして文麻呂様をお探し申しました。
      暫く、あれはもう東の白む暁方頃でございましたろうか……
      旦那様、手前、文麻呂様があの鹿ケ谷にあるお母上の御墓所の近くに、
      死んだようになって倒れていらっしゃるのを見つけたのでございます。
      すっかり旅姿に身を整えられて、気を失っていらっしゃいました。
綾麻呂  どうしたというのだろう?

153 :名前なし:2009/08/25(火) 23:45:31 ID:o7aZDVys
衛門  どうしたというのでございましょうか、手前にも皆目分からないのでございます。
     それでも、手前が解放しております内にやっとお気がつきになりましたが、
     もうまるで、魂がなくなったように、空けた顔つきをなされて、ぽかんと手前の顔を眺めていらっしゃいました。
     暫くは、そのまま、何だかわけが分からないご様子でしたが、そのうちに何を思い出されたか、
     急にぽろぽろ涙をこぼされて、『衛門! お父様の所へ行こう! 一緒に東国へ行こう!』と、
     うわごとのようにこう仰って、手前の腕にすがりつくのでございます。
     手前も、初めは何だか狐につままれたような気持ちでございましたが、
     とりあえず、手前の家で暫く解放申し上げるのがよかろうと、思いまして、
     早速それから瓜生の山の家にお連れ申したわけで、すっかり元通りになられましたのですが、
     どうしたものでしょう、あの方は以前とは打って変わってあのような無口な恐い方になってしまわれました。
     手前どもが何かお伺い申しましても、さっぱりお答えにならず、
     一日中部屋の中に引き籠って何やら物思いに耽ったり、一生懸命書き物をなさったりしていらっしゃるご様子でございました。
     どうしてああもさっぱりと都の生活に愛想を尽かしておしまいになったのかは手前などが詮索しても仕方がございませんが……
     手前にはどうしても解せぬことが一つあるのでございます。
綾麻呂  何だ?

154 :名前なし:2009/08/25(火) 23:47:33 ID:o7aZDVys
衛門  と言いますのは、つまり、なんです。文麻呂様のような負けず嫌いのお方が、その様に夢中になられた造麻呂の娘を、
     大納言様なぞのために、どうしてそう易々と諦めてしまう気になったのだろうということなのでございます。
     いや、手前の存じておりますところでは、その娘はまあ竹籠作りの娘ではございますが、
     旦那様がごらんになったとしても決して首を横にお振りになるような悪い娘でもございませんし、
     こう言ってはなんですが、文麻呂様の奥の方になられたとしてもちっとも恥ずかしくない娘でございます。
     手前も、まあ、そのことをあまりずけずけとはっきりお伺いするのもどうかと思いましたので、
     こちらへ発つ前に一度だけ、遠回しにほのめかしてみたことがございました。
     東国へお発ちになる心がお決まりになったのならば、一つ思い切って、その娘さんをご一緒に連れていらっしゃってはいかがです。
     あの娘が大納言様の囲い者にされてしまっても構わないのですか? 
     衛門、悪いことは申しませぬからぜひそうなさいませ。なんでしたら、手前からあの娘によくそのことを言い聞かせて差し上げます。
     お父様だってきっと喜んでくださいますでしょう、とこうお訪ね申してみたのです。
綾麻呂  うむ。
衛門  そう申しますと、文麻呂様は淋しそうな笑い顔をなさって
     『衛門、あの人はもう遠いところに行ってしまったのだよ』などと、
     妙に気のないご返事をなさいます。で、今度は手前の家内までが膝をのり出しまして
     『文麻呂様がお嫌と申すなら致し方がございませんが、
     どんなに遠いところに行ったっていいではありませんか。私どもがお供を致しますから、ご一緒に探しに参りましょう』
     と、もう一度お誘い申してみたのですが、一向乗り気のご様子もなく、却って
     『馬鹿だなあ、お前たちは。あの人はもうこの見苦しい世の中から姿を消してしまったんだよ。それを今更探しに行ったって、何になる?』
     などと仰って、もうすっかりお諦めになっているご様子です。とりつくしまがございません。
綾麻呂  うむ。で、なにかね、その後、その娘はどうしているのか、お前も知らないのか?

155 :名前なし:2009/08/25(火) 23:48:32 ID:o7aZDVys
衛門  さあ、手前、その後は、造麻呂にも逢う機会がございませんでしたが、
     実はこちらに発つ前に一寸伝え聞いた話では、何でも、やはり町の小路あたりで大納言様の囲い者になっているらしく、
     まあ、きらびやかな唐織の着物でも着せられて、華やかな生活を致しているのでございましょう。
     とにかく、あの造麻呂という爺は見かけに依らず、大変な胴欲者ですから、娘の幸福などとても考えてやるような男ではないのです。
綾麻呂  む。

(間)

衛門  (沁々と)併し、旦那様、恋というものは大変なものでございますな……
綾麻呂  ……
衛門  手前、文麻呂様のお心中をお察ししますと、不憫で不憫でなりませぬ。
綾麻呂  ……
衛門  恋のために余程苦しまれたものらしゅうございます。気も狂わんばかりの真剣な恋をなさったに違いございません。
     そういう恋は得てして不幸な結果に終わるものでございます。手前、どうもこうも、あの大伴ノ大納言様が憎らしくてなりませぬ。
     全く、いい年をして、若い者にさっぱりと恋を譲ってやればいいものを、
     弱みに付け込んであのように純真な文麻呂様を散々笑いものにしたのかも知れませぬ。
     文麻呂様はきっと都にいたたまれなくなって、東国へ発とうと思い立たれたのでございましょう。
     もうあれ以上、恥を忍んで都にとどまることが出来なくなったのでございましょう。

(間)

156 :名前なし:2009/08/25(火) 23:50:11 ID:o7aZDVys
綾麻呂  (静かに)む、そういうことだったのか。いや併し、それは、その方が文麻呂にとっては却ってよかったのかもしれん。
      衛門……恋に破れたものはな、時として思いもかけぬ立派な、男らしいことをやるもんだよ。
      わしの息子は、そんなことくらいでへなへなと参ってしまうような奴ではない。
      女子一人くらいのために世の中から落伍してしまうような意気地なしをわしは生んだ覚えはないのだ。
衛門  そうでございますとも、旦那様!
綾麻呂  ところで、衛門。奴は今日もまた朝っぱらからずっと部屋に籠もりっきりなのか?
衛門  そうらしゅうございます。
綾麻呂  仕様のない奴だな。まだあの下らぬ歌詠み根性から抜け切れないと見える、歌を作るのもいいが、
      ああして一日中飯も食わずに部屋の中にくすぶっていたって、いい歌が出来るはずもない。
      あれも長いこと都の中で育ったせいか、どうもあの軟弱な都の悪風に染まってしまって、豪放な所が欠けていて困る。
      あれだけは厳しく躾けて直さなければどうにもならんな。都の奴らと来たら、全く軽佻浮薄だ。
      あのような惰弱な逸楽に時を忘れて、外ならぬ己が所業で、このやまとの国の尊厳を傷つけ損ねていることに気がつかぬのじゃ。
      衛門! いまや、東国を初め、地方の秩序は乱れに乱れているのだぞ! 
      都の連中が「あなめでたや、この世のめでたきことには」などとうそぶいて、栄華に耽っている間に、地方の政治は名状しがたいまでに紊乱してしまった! 
      悪辣な国司どもは官権を濫用して、不正を働き、私服を肥やして、人民を酷使している。
      今こそ、長い間忘れられていた正義の魂が取り戻されねばならぬ時なのだ! 
      まあ、幸い、ここ、相模の国だけは未だ平穏無事だとはいうものの……
      それでも、決して安心してはおられんのだ。足柄の箱根の山の中には数え切れぬほどの不逞の賊どもが蟠居しているのだそうだ。
      いつ我々に対して刃向かってくるか分かったものではない。平和な国土を我が物顔に跳梁する憎むべき賊どもが巣食っているのだ!

(急に、雨雲が晴れ渡って、太陽が燦々と輝き始めた)

157 :名前なし:2009/08/25(火) 23:53:32 ID:o7aZDVys
衛門  おう! 旦那様! あれは不盡山ではございませんか! あれは不盡山ではございませんか! (前方右手を指差している)
綾麻呂  うむ! そうだ! あれが不盡の山だ! あれが不盡の山だよ! 
      (空を仰いで)おお、それにしても何という不思議だ! 
      つい今しがたまで、あのように鬱陶しく立ちこめていた雨雲が、いつの間にやら、まるで嘘のように跡形もなく晴れ渡ってしまったではないか! 
      それに、どうだ! 衛門! 今日の不盡は見たこともない神々しさだぞ! 
      こんな荘厳な不盡を見るのはわしも初めてだ! 見ろ! あの白銀に燦めく頂の美しさを! おう! 後光だ! あれはまるで神の後光だ!

(いつの間にか、文麻呂が向こう側から丘の中腹に姿を現して、輝かしい瞳でじっと不盡山を見つめながら、立っている。
丘の上の二人は気がつかない。舞台右手奥の方にも遠い連山が見える)

綾麻呂  衛門! 長い旅路を遙々ここまでやって来た甲斐があったろう? ん?
衛門  (恍惚として見ている)はい。
綾麻呂  都の奴らがいくら偉そうに喚き立てた所で、この素晴らしい不盡ヶ嶺の偉容を仰いだものは一人もおらんのだ。
      どうだ! あの天の果てまで届くばかりの噴煙を見ろ! なあ、衛門。あの山の頂は日本中で一番天に近いのだぞ。
      それから、あの雪だ。あれは、千古の昔から消えたことのない不滅の雪だ。これからも永久に消えることのない不滅の雪だ。

158 :名前なし:2009/08/26(水) 00:15:20 ID:PlDvXJOA
衛門  (吾に返って)旦那様! 手前、これから一寸婆さんの所に知らせにいってやろうと存じます。
     実は、手前ども、今朝は暗いうちから起きて、あちらの雑木林の裏手に瓜畑を作っておったのでございます。
     今日は天気もよくなりましたし、一つ、婆さんと一緒に不盡山を眺めながら、売りの種を蒔いてやろうと思っています。
     瓜生の里から遙々持って参りましたあの少しばかりの瓜の種が、不盡山のご加護に依って、
     この東国の地にうまく実を結んでくれますれば、手前はもう何一つ思い残すこともなく、喜んで死ねるのでございますがな。
綾麻呂  む。やってみなさい。それは、早速やってみなさい。
衛門  (剽軽に改まって)旦那様! 後の世の人たちが、もしこの東国の地でたらふく瓜を食うことができるとしたら、
     それは他ならぬこの瓜生ノ衛門のおかげでござりますぞ!
綾麻呂  (笑って)うむ、そうとも、衛門。それはそうだ。

(衛門、笑いながら、丘を駆け下りていくと、文麻呂が立っているので、びっくりしたように)

衛門  おや! 文麻呂様! 旦那様! 文麻呂様が来ていらっしゃいますよ!
綾麻呂  (丘の上から)おう、文麻呂か! 何だ、お前も来ていたのか?
文麻呂  ええ。
綾麻呂  どうだ! 見えるか! あの素晴らしい不盡の山が見えるか!
文麻呂  ええ。先刻から見ていたんです。
綾麻呂  うむ、それはちょうどよかった。今し方、雲が晴れたばかりの所なのだ。
      見ろ! 今日の不盡は、まるで後光がさしているような神々しさだぞ!

(間)

159 :名前なし:2009/08/26(水) 00:16:25 ID:PlDvXJOA
文麻呂  (不盡を眺めながら、静かに)僕が夢に画いていた通りでした。長いこと夢に画いていた通りでした。
      お父さん、僕はたった今「物語」を一つ書き上げてきたんです。それは未だ見ぬ不盡の煙が天雲の彼方へたちのぼる場面で終わったのです。
      不盡は、今朝からもう僕の頭の中にはっきりこの通りの姿で浮かび上がっていました。
      この通りの姿で僕の中に生き始めていました。(瞳を輝かせて)この通りでした。
衛門  文麻呂様! あなたは今日はまるで人が変わったように晴れ晴れした顔つきをなさっていらっしゃいます。
文麻呂  衛門、それはきっと僕の心の隅々まで晴れ渡った証拠なのだよ。僕がまた新しい僕自身を取り戻した証拠なのだよ。
      僕はこの日のために全てに耐えてきた。とうとう恵まれた日がやって来たのだよ。新しい僕の命が蘇ってきたのだよ。
綾麻呂  文麻呂! お前、一寸、ここへ上がって来んかな? お父さんは今日はお前と暫く話がしたいんじゃ。
文麻呂  ええ。

(文麻呂、無言で丘の上に上がって行く)

衛門  (文麻呂の言葉に触れて、何やら理由の分からぬ爽朗の気が身内に溢れてきた)旦那様! それでは、手前は失敬致して……
綾麻呂  ああ、行っておいで! まあ、一つ精を出して、立派な瓜畑を作ってくれるのだな!
衛門  (剽軽に)かしこまりましてございます!

(衛門、右手奥に退場。綾麻呂は笑いながらその後姿を見送っている)

綾麻呂  なあ、文麻呂。衛門の奴はこの東路の果てに来てまでも、瓜を作るつもりなのだそうじゃ。
      この東国が瓜でいっぱいになるまで増やしてみせますぞと。いやもう大した意気込みなのだ。
      面白い奴だよ。この歳になっては家内を貰っても子供の出来る見込みがないから、
      その代わりに瓜を嫌になるほど育ててみせるつもりじゃと、そうわしに言っておった。
文麻呂  (これも明るい微笑で、丘の上から衛門の後姿を見送っている)

(間)

160 :名前なし:2009/08/26(水) 00:17:31 ID:PlDvXJOA
綾麻呂  文麻呂。まあ、ここへ、一つ、座らんか?
文麻呂  ええ。

(二人、並んで掛台に腰を下ろす。父は何やら気まずい)

綾麻呂  どうだ? 相模の国は気に入ったか?
文麻呂  ええ。
綾麻呂  お父さんはな、お前がここへやって来たことを、とても喜んでいる。
文麻呂  そうですか。
綾麻呂  お父さんだって、実を言えば、お前をたった一人都に残しておきたくはなかったのだ。
文麻呂  ……
綾麻呂  お前がどうして都を離れる気になったか、そんなことはわしは決して詮索する気持ちはない。
      だが、一旦、この東国に来た以上はもう絶対に都の生活なぞに未練を感じるようなことがあってはいけないよ。
      この東国は厳しい試練の土地だ。都の人間たちのようなあんな惰弱な気持ちではとても生きてはいけないのだ。
文麻呂  ……
綾麻呂  お前にも追々分かってくるだろうと思うが、ここでは人間はのらりくらりと遊び暮らしていくわけにはいかない。
      飯を食おうと思えば、畑へ出て血の汗を流して米を作らねばならないし、激しい雨風とも戦わねばならない。
      或いは、憎むべき不逞の賊どもが何時如何なる場合に我々に刃向かってくるかも分からないのだ。
文麻呂  ……
綾麻呂  お前はこれからこの厳しい生活に耐える強い人間にならなければいけないんだぞ。
文麻呂  (黙って頷く)

(間)

161 :名前なし:2009/08/26(水) 00:19:14 ID:PlDvXJOA
綾麻呂  (しんみりと)わしは前からお前は本当に可哀想な奴だと思っていた。
      幼いうちから、お母さんにも死に別れて、わしのような無骨な父親の手一つに育てられてきた。
      併し、もうお前は立派に一人前の男のはずだ。わしが何時死んでも立派に一人で生き抜いていける一人前の男になっていると思っている。
      わしはな、文麻呂。人間の運命という奴は、実に不思議なものだと思うのだよ。
      わしが都からここへ左遷されると聞いた時には、まるで島流しにでもされるような気になっていて、
      随分心細い嫌な思いをしたものだが、どうだ、ここへ来てみると、もうあんな不愉快な都へなんぞ二度と足を踏み入れる気がしなくなってしまった。
      ここへ来て、わしはまるで死に場所を得たような気持ちがするよ。
      こうして、遙かな東国へ来てみると、あんなごみごみした、愚劣な人間たちの寄り集まっている狭苦しい都の中で、
      なんでまあ、あのように浅ましく名声なぞというものにこせこせ執着していたのだろうとおもってなあ。
      まるで、夢のような気がするよ。やれ、位が一つ上がったといっては鬼の首を取ったように大騒ぎをして喜んでみたり、
      やれ、大伴ノ大納言は一生の敵だなんぞと向きになって憎んだりしていたあの頃の自分がまるで嘘のように馬鹿馬鹿しく思われてくるのだよ。
      本当にわしはもう一生あんな馬鹿げた所へは帰りたくなくなった。
      この広大無辺の大自然の中に溶け込んでいると、何だかもう、このままわしは何時死んでもいいような気がする。
      今では、あの崇厳な不盡の山を目の当たりに眺めながら死ぬということがこのわしの理想なのだよ。
      わしは、此の頃つくづくそういうことを考えるようになった。全くの人間という奴は可笑しなものさ。
      文麻呂! 此の頃わしはな、都の奴らのことなどを思い出すと、腹を抱えて大声で笑い出したくなるのだ。
文麻呂  (静かに)お父さん、あれはみんな前の世の夢なのですね。僕には何だかそんな気がします。
      もう自分には何の縁もなくなった遠い前世の夢が、悔もなく、ただ遙かな思い出のように蘇ってくるのです。

(間)

162 :名前なし:2009/08/26(水) 00:20:21 ID:PlDvXJOA
綾麻呂  まあ、お互いに都のことなどもう一切考えぬことにしようではないか。こんな広々とした自然の懐に抱かれているんだ。
      お前ももっとのびのびした気持ちにならなければいけない。
      歌や物語を作るのもいいが、お前のように一日中狭苦しい部屋の中に閉じこもっていたって、
      決していいものは出来ないと思うな。第一、あれでは身体に障るよ。わしはそれが一番心配なのだよ。
      ああ、そうそう! 文麻呂! お前、覚えているだろう? 
      わしがこっちへ赴任する日に、お前がわしに記念にくれた小さな歌の本があったね?
文麻呂  万葉集ですか?
綾麻呂  うむ。あれはいい本だな。あれはお父さんも感心した。どの歌もどの歌もみんな偽りのない魂がこもっている。
      歌詠み根性がないから、読む者の心を打つのだ。心の底から詠い切っているから、こっちの心のそこにも響いてくるのだ。
      歌を作るならああでなくてはお父さんはいけないと思う。文麻呂! あの中でな、お父さんの大好きな歌が一つあるのだ。
文麻呂  何という歌です?

163 :名前なし:2009/08/26(水) 00:58:27 ID:PlDvXJOA
綾麻呂  (遠く不盡を望みながら、朗々と朗誦し始める)

      天地の 分かれし時め 神さびて 
      高く尊き 駿河なる 布土の高嶺を 
      天の原ふり放け見れば 渡る日の 
      影も隠ろひ 照る月の 光も見えず 
      白雲も い行き憚り 時じくぞ 
      雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 
      不盡の高嶺は……

文麻呂  (不盡を仰ぎながら)あの時代には国中の人たちが美しい調和の中に生きていたのですね。
      お父さん! 僕は幸せです。(うっとりして)万葉を生んだ国土。美しい国土。
      僕はこの国に生まれたことを心の底から幸せに思っています。

(右手、遠くの方から、瓜生ノ衛門夫婦の歌う「瓜作りの唄」が聞こえてくる)

      笹山の 山坂越えて
      山城の 瓜生の里に
      我は 瓜作る 瓜作り
      ナヨヤ ライシナヤ サイシナヤ
      我は 瓜作る 瓜作り 瓜作り ハレ。

綾麻呂  文麻呂! ほら、聞いてみろ! 衛門がお内儀さんと一緒に唄をうたうとる。

164 :名前なし:2009/08/26(水) 00:59:12 ID:PlDvXJOA
(空は紺碧に晴れ渡っている。どこかで山蝉が鳴き始めた)

綾麻呂  夏だ! どこかで山蝉がやって来たのだ。衛門も、お前も、みんながまたこうして揃った。
      (沁々とした感懐で)ああ、これでお前のお母さんさえ生きていらっしゃったら、本当に申し分ないのだがな。

(間)

文麻呂  お父さん。僕は今日は何だか死んだお母様の顔までがはっきりと思い出せるような気持ちがします。
      ねえ、お父さん。お母様はとても美しい方だったのでしょう?
綾麻呂  (独白のように)まるで天女のような女だった……

(文麻呂は、何かはっとしたように父親の横顔を眺め入る。山蝉の声。再び、衛門夫婦の歌う「瓜作りの唄」が続く)


---幕---

165 :名前はいらない:2009/12/09(水) 17:44:30 ID:A/698Lrc
なにか言葉が出るとでも
泣いて言葉が出るとでも
ゴシックの形の大きさで
小学さんすう1年生で
月火水木金金土
ああああ1、2 1、2 あああああ

わわ
似よっているならば
とけるよ、全部のことが
あなたの言葉を宇宙にとるならば
生物は絶滅に近づくよ
わからないにんじんのたべかた

隣で寝てる半月のさわりがちょうどいいよね
眠れない時間だけ安心ふえるよ
なくなったサラダパイ夢はぜったいみないよ
新しいことだらけ生きる自信はないよね

166 :名前はいらない:2009/12/09(水) 17:55:29 ID:A/698Lrc
手でふさぐブラックホール
インディアンの確固たる審判
東京ドーム2個分の愛
そうめんのパレード
犬から落ちる太陽
私の地球
差別

21歳
ストロー
激オチ君スーパー
トローチなめ太郎さん
株式会社資本主義
プロテインのメタファー
鳥の鳴き声から作る名前
自殺願望のない人の想像
青いファイルに私の生首
机の上の眼鏡から視線がちらり
犬の名前はジョン
猫の名前はジョニー
私の音はグシャリ
オーボエが鳴いている
山の向こうで赤ん坊が黙っている
怖ろしい住民たち
まさか

167 :名前はいらない:2010/01/15(金) 03:32:07 ID:+CoijQq5
生きている輝きって意味がわからないけど
感じている自分がいることについて
日差しのように手を出したことを
祝福するような朝みたいに、見ていることがある

別れがどうも釈然としないけど
優越感による嗚咽がたまらないね
消えろよ僕ら、一つの愛によって
脳みそが繋がっていくようだと教えられたよ

早く遺しておくことがある
画面から出てくる虫の話によれば
どうにも迷子になったようだよ
足あとがひっそりとやんだよ、消えたんだ

暗い闇の中で口は開いている
言葉をなくしている
つゆがはっている

ただ生きるって意味の果てに
見えない世界が踊ってる
何も見えないのに、何も見えないのに
一体どうやって?一体どうやって?
生きているんだ、わからない

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