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ワタシは貴方のなにになりたいの?

1 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:29:47 ID:p5Lks0B1


貴方を見ていたら好きになりそう
もうおさえきれない。
スキ!スキ!
だーっいすき!

2 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:34:12 ID:oAh/0t89
ピカソ乙

3 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:34:22 ID:JY1Al2lu
>>1
ピカソ乙

4 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:34:30 ID:ke0TIwq9
ピカソ乙

5 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:34:50 ID:cUsmFUz8
>>1
ピカソ乙

6 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:34:56 ID:EekQJ/PM
>>1
ピカソ乙

7 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:35:25 ID:9pAn5tQp
>>1
ピカソ乙

8 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:35:36 ID:UZU9BqCu
ピカソ乙

9 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:36:04 ID:UCnV+SoG
>>1
ピカソ乙

10 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:37:22 ID:p5Lks0B1
>>2~>>8
ピカソって褒め言葉だよねぇ?
ありがとう(*゚ε゚*)ちゅー

11 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:39:57 ID:adAywFOG
ピ、ピカソ好き…

12 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:41:16 ID:p5Lks0B1
>>9
あなたもありがとうねぇ(*^ω^*)

片思いで胸がチクチクするんだ。。。
どうしたらいい><?

13 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:41:20 ID:wB7BwkQE
ピカソ素敵やん

14 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:41:29 ID:8AE19qrB
>>1
メガロピカソ!!!!!!!!!

15 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:41:53 ID:KfSYE9CP
>>1はピカソみたいになれるよ

16 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:42:19 ID:adAywFOG
濡れてもピカソ

17 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:42:30 ID:HDZQpP2F
普通の詩も書けないのに
ピカソなんて生意気だ

18 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:42:31 ID:EekQJ/PM
>>1
ピッピカソ

19 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:43:12 ID:1TK9O+rS
>>1
見事なピカソ。
ぬれた

20 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:43:38 ID:qPXa04sY
ピカピカチュウ

21 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:44:01 ID:3V1rbFZU
>>1
あなたを見てるとどうしようもなくなってしまう。
好きって気持ち・・・とめられないから。
だってあなたが大好きだから。

22 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:44:19 ID:oAh/0t89
彼氏のピカソをしゃぶっちゃえ

23 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:44:27 ID:0YLPcjev


ピカソを見ていたら好きになりそう
もうおさえきれない。
スキ!スキ!
だーっいすき!


24 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:44:33 ID:0PJiFjER
>>1
好きです
ピカソあって下さい

25 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:45:08 ID:p5Lks0B1
みんなピカソピカソ言ってないで、私の質問に答えてよ!


26 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:46:01 ID:HDZQpP2F
mixiに書き込め

27 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:46:51 ID:p5Lks0B1
mixiって紹介がいるんでしょ?
私そういう友達いないよ・・

28 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:47:17 ID:9pAn5tQp
どうしようもない気持ちは
ピカソの作品を見ろって事だ。
本当だぞ?ピカソの描く絵にはそういう効力があることで有名なんだ

それでもダメなら・・・・




ピカソだな・・・

29 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:48:04 ID:1TK9O+rS
>>1
>貴方を見ていたら好きになりそう
 ⇒恋の予感であってまだ好きではない
なのに、次の行では
>スキ!スキ!だーっいすき!
と書かれている。

一体どのくらいすきなのかわからん。


30 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:48:28 ID:p5Lks0B1
じゃあピカソの絵見せてよ!
私見たこと無い(`ー∀ー´)

31 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:49:35 ID:1Ypr4q2q
いいセンスだ

32 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:50:19 ID:0YLPcjev
>>30 
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1206167562

33 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:50:42 ID:v+8F0LP0
>>1
君の詩のおかげで俺の心はピカピカソさ

34 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:50:55 ID:3V1rbFZU
>>1
質問答。
ぼくはきみのピカソ。
きみはぼくのピカソ、さ

ttp://www.vipper.org/vip773610.jpg
ほら、な

35 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:51:19 ID:ke0TIwq9
>>1
ttp://www.vipper.org/vip773570.jpg

36 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:53:00 ID:p5Lks0B1
34は嘘だよねぇ?
35はやっぱり上手いねぇ(`・∀・´)
でも感じるところは無いなぁ・・・

陰毛見てアソコが感じるくらい・・・

37 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:54:14 ID:9pAn5tQp
そのどうしようもない気持ちは相手に伝えたのかピカソ?

38 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:55:08 ID:p5Lks0B1
37
う うん・・・
伝えたいけど怖いんだ・・・

39 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:55:56 ID:HDZQpP2F
ピカソちんぽデカすぎ

40 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:57:20 ID:oAh/0t89
お前は俺のセフレになればいい

41 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:57:54 ID:9pAn5tQp
そんな感情をここで発散させたところで
なにも解決はしないピカソ!

それとも今この「キュン・・・」な状況をたのしんでるだけなのかピカソ?

42 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:58:37 ID:p5Lks0B1
セフレかぁ・・・


43 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:59:19 ID:p5Lks0B1
>>41
じゃあどうしたらいいのよ!

44 :名前はいらない:2008/03/22(土) 16:59:30 ID:8AE19qrB
>>42


45 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:00:07 ID:3V1rbFZU
>>1
ふざけろよ。伝えもしねぇで何が好きだよ。

一回くらい自爆してからまだ好きなら言えよ。

ピカソって本当にいいよね。

46 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:00:35 ID:p5Lks0B1
>>45
自爆?
私は傷つくのが嫌なの・・・

47 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:00:37 ID:ke0TIwq9
mixiは恋人同士ではやらないほうがいいよ
情報が筒抜けだからね。mixiなんか使わずとも自分の気持ちを電話やメールなりで
相手に伝えれば必ず気持ちは伝わるピカソ

48 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:01:33 ID:p5Lks0B1
>>47
電話番号しらない(´;∀;`)

49 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:02:51 ID:p5Lks0B1
おっぱいっぱい

50 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:03:06 ID:0YLPcjev
なに、時間が解決してくれるさ。


51 :名前はいらない:2008/03/22(土) 17:03:12 ID:p5Lks0B1
VIPVIVIVVPVPVPくおりてゅい!

52 :名前はいらない:2008/03/22(土) 18:37:46 ID:p5Lks0B1
      ,,,ell'll,,  l ゙゚̄lト .,l゙゙゙┷y
   ,ww゙li、  ゙゙wxタ  .lwil″ .,ll゙wwx,            _,,,         ,y,,,,,,,
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     .l,,,,,,,,,,,、 .,,,,,,,,,,、 .,,,,,,,,,,,』         ,,ll° 、 .゙゙l,,      .l  l    .,,l゙゜ .,,l゙
    l━━'''┛  ━''┛  ━━━ョ         ,,l゙′ ,,l゙゙lq  .゙゙l,,     l  』  ,,ll゙゜ .,,ll°
  ,,,,,,,lgggggg,a  .iggg,a  .igggggggl,,,,,,    ,,ll゙゜ .,,l゙゜ .゙lq  .゙゙l,,    l  l|,,illl゙'  ,,,l゙'
  』                      l  .,,lヤ  .,,l゙'   .'゙l,,  ゙ll,   』  .″  ,,,ll゙°
  '゙,,,,,,,,,湖lllサ .'l,'''''''''''',ll" ゙l砲ll,,,,,,,,,,'″ .゙l,, ,,lヤ      .゙lq .,,lケ  .'゙l,,、 .,,,,illl゙°
  .゙l″   ._,,,,w*″  ゙゙'lle,,,_   `゙ll    ゙゙ll゙゜        '゙ll゙`    .゙゙l゙゙″
   .lw*━'゙゙″        ゙゙゙゙'━*rl″

53 :名前はいらない:2008/03/22(土) 21:10:10 ID:qTj/+uk0
      \ │ /
       / ̄\
     ─( ゚ ∀ ゚ )─
       \_/
      / │ \
    ○○○   ○○○
   ○,,・ω・○  ○・ω・,,○
    ○○○   ○○○ o
 o〜(,_uuノ    とuu_,)ノ

     FREE TIBET

54 :名前はいらない:2008/03/24(月) 11:48:15 ID:b88au4+m
あき

55 :名前はいらない:2008/03/24(月) 12:12:01 ID:tSYaA9Z7
澤田あほ

56 :名前はいらない:2008/03/24(月) 21:15:51 ID:tSYaA9Z7
顔がピカソじゃもう魅力ないだろ
我が儘放題だし

57 :名前はいらない:2008/11/16(日) 15:48:48 ID:torOeTHi
>>51
できるよ。
以上。
はい、次。

58 :名前はいらない:2009/02/14(土) 01:30:26 ID:zOU2HDHH
チョコちょうだい

59 :名前なし:2009/08/10(月) 01:16:55 ID:v+h+KPQN
第一幕

(ロスメルスホルムの、ゆったりして古風だが気持ちのよい居間。右手壁の前に暖炉があり、樺の枝や野花で飾ってある。
後方にドア。舞台奥は玄関ホールへ通じる開きドア、左手壁に窓、その前に草花を生けた花瓶がある。暖炉の側にテーブル、ソファ、肘掛け椅子がある。
回りの壁にかかっている代々の肖像画は、牧師、軍人、官吏等の制服姿。窓は開いている。
玄関ホールへのドアと玄関の扉も開いている。外の庭に通じる子路に大きな古い木々が見える。夏の夕暮れ。太陽は低い)

(レベッカ・ヴェストは窓近くの肘掛け椅子に座り、白い毛糸のショールを編んでいるが、ほとんど編み終わっている。
彼女は時折、花の間から探るように外をのぞく。ややあって、マダム・ヘルセットが右手から入ってくる)

60 :名前なし:2009/08/10(月) 01:17:45 ID:v+h+KPQN
ヘルセット  そろそろ夕飯の支度をしてよろしいですか、奥様?
レベッカ  ええ、どうぞ。牧師様も、もう戻るでしょう。
ヘルセット  そこは風が強すぎません?
レベッカ  少しね。閉めてくださる?

(マダム・ヘルセットは玄関ホールへのドアを閉め、それから窓の所へ行く)

ヘルセット  (閉めようとして外を見る)あら、あそこにいらっしゃるのは、牧師様では?
レベッカ  (急いで)どこ? (立ち上がる)そうよ。(カーテンに隠れて)さがって。見つからないように。
ヘルセット  (退いて)あれまた---また水車小屋の方へ。
レベッカ  一昨日もよ。(カーテンと窓の日よけの間からのぞく)でも、どうしてかしら---
ヘルセット  丸木橋をお渡りになる?
レベッカ  それよ、見たいのは。(少しして)いいえ。回り道した。今日もぐるっと回った。(窓から離れる)遠回り。
ヘルセット  本当に。やっぱり、あの橋をお渡りになるのは、辛いのですよ。あそこで、あんなことがあって---
レベッカ  (編み物を置く)このロスメルスホルムでは、いつまでも死んだ人が忘れられないのね。
ヘルセット  死んだ者の方が、ロスメルスホルムを忘れられないんだと、思いますよ。
レベッカ  (彼女を見る)死んだ者の方?
ヘルセット  はい、それとも、死んだ者は、後の者から、さっぱりと身を引くことが出来ないらしいと言いますか。
レベッカ  どうしてそう思うの?
ヘルセット  だって、そうでなければ、あんな白い馬が現れたりしないでしょう。
レベッカ  それそれ、その白い馬というのは、本当は何なの、ヘルセットさん?
ヘルセット  まあ、馬鹿げたことですよ。信じたりはなさいませんでしょう。
レベッカ  じゃあ、あなたは信じているの?

61 :名前なし:2009/08/10(月) 01:18:51 ID:v+h+KPQN
ヘルセット  (窓に近づき)まあ、お嬢様に笑われたくはありませんからね(外を見る)おや---また水車小屋の道を、牧師様が---
レベッカ  (外を見て)あそこ? (窓に近寄る)あれは校長先生よ!
ヘルセット  本当にそう。
レベッカ  まあ、嬉しい! ごらんなさい、きっとここにいらっしゃるのよ。
ヘルセット  先生は真っ直ぐに丸木橋へ。実の妹さまでしたのに。さあ、夕飯の支度をしましょう。

(彼女は右手に入る。レベッカはしばし窓辺にたたずんで、それから微笑を浮かべ、うなずきながら外へ挨拶を送る。あたりは暗くなり始める)

レベッカ  (右手へ行きドア越しに)ねえ、ヘルセットさん、夕飯に何か見繕ってね? 先生のお好きなもの、分かってるでしょう。
ヘルセット  (外で)承知しました、お嬢様。
レベッカ  (玄関ホールへのドアを開き)そうらやっと! 本当によくいらしてくださいました、校長先生!
クロル校長  (玄関ホールで杖を置く)ありがとう。お邪魔じゃないだろうかね!
レベッカ  あなたが? 酷い方!
クロル  (中へ入る)相変わらず優しいね。(辺りを見て)ロスメルは上の書斎?
レベッカ  いいえ、散歩に。いつもより少し眺めですけど、でも、もうお帰りでしょう。(ソファを指して)どうぞ掛けてらして。
クロル  (帽子を脱ぐ)どうもありがとう。(座って辺りを見回す)いやあ、古い部屋が綺麗に飾られている。いたる所に花を置いて。
レベッカ  新鮮な花に囲まれているのが、ロスメルの好みなので。
クロル  あなただって。
レベッカ  ええ。いい香りでしょう? 以前には、この楽しみがありませんでしたから。
クロル  (重く頷く)かわいそうなペアーテ、香りに我慢できなかった。
レベッカ  色にも。狂ったようになられて---
クロル  覚えている。(より軽い調子で)ところで、ここの様子はどうですか?
レベッカ  何もかも静かで、落ち着いて、毎日が同じ。先生のお宅は? 奥様は?
クロル  いや、ヴェストさん、うちのことはよしにしよう。どこの家にも、何かと不都合はあるものでね。特にこういう時代ともなれば。
レベッカ  (ややあって、ソファの側の肘掛け椅子に座る)どうして、学校がお休みの間、一度もいらしてくださらなかったの?

62 :名前なし:2009/08/10(月) 01:20:32 ID:v+h+KPQN
クロル  まあ、あまり邪魔をしてはいけないと思って。
レベッカ  まあ、いらしてくださらないので、私たち、とても寂しく思っていましたのに---
クロル  それに、旅行もあったものだから---
レベッカ  ええ、二、三週間でしょ。政治集会にご出席だったんですって?
クロル  (頷く)全く、こんな歳になって政治弁士になるとはね。驚いただろう、ええ?
レベッカ  (微笑んで)先生はいつだって、少々弁士じみていましたよ。
クロル  いやまあ、趣味ならね。しかしこれからは、いささか本気にならなくちゃ。例の過激派の新聞は何か読んでいるかね?
レベッカ  まあ、読んでいないとは---
クロル  ヴェストさん、あなたが読んでいたって、どうということはない。あなたは無関係だ---
レベッカ  ええ、そう思います。時勢に遅れないように、いろいろ知らなくちゃ---
クロル  まあ、いずれにせよ、女性のあなたにも争いに参加しろとは言わないよ。全く、今のありさまは内乱ってとこだ。
      しかし、知っているだろう、奴ら<人民>の側に立つ連中が、得々として私を非難しているのを。どんな酷い言葉で人身攻撃をやっているか。
レベッカ  でも、先生の方も、思いっきりやってらっしゃるでしょ。
クロル  そりゃあそうだ。今や血を味わった。私はおめおめ敵に背中を見せるような男じゃない。思い知らせてやる。
      (やめて)いやいや、今晩は嫌な話はやめましょう。
レベッカ  そうよ。やめましょう、クロル先生。
クロル  それより、どう、ロスメルスホルムで上手くやっているかね、一人になって? 可哀想なベアーテのあとを?
レベッカ  おかげさまで。そりゃ、あの方のあとに、ぽっかり空洞が出来ましたけど、何かにつけ、寂しくて、哀しくて---当然ですわね。でもそれ以外は---
クロル  あなたはここに? つまりずっと?
レベッカ  いえ、先生、まだ何も考えてません。今では馴れて、自分の家のような気がしますし、私まで。
クロル  うん、あなたは当然だ。
レベッカ  それに、私が何かお役に立つなら、そうロスメルさんがお考えになるなら、ええ、それでしたらもちろん、ここにいます。
クロル  (感心して彼女を見る)いや、偉いものだ! 女性の身で、青春の全てを人のために捧げようというんだから。

63 :名前なし:2009/08/10(月) 01:21:37 ID:v+h+KPQN
レベッカ  それ以上の生き甲斐があります?
クロル  中風病みの義理のお父さん、厄介ないつ終わるともない看護を---
レベッカ  ヴェスト博士は、フィンマルクではちっとも厄介じゃなかったんです。あの人が駄目になったのは、海の旅が酷かったせい。
       でも、ここに来てから、ええ、亡くなるまでの二、三人は、確かにつらい思いをしました。
クロル  そのあとの方が、もっとつらかったんじゃないかね。
レベッカ  いいえ、どうしてそんなこと! 私、ベアーテがとても好きでした。お可愛そうに、あの方は、誰か優しく世話してあげるものが必要だったんです。
クロル  ありがとう。あれのことをそんな風に思ってくれて。
レベッカ  (少し近づき)先生、そんなに気持ちよくおっしゃってくださるんですから、優しいお言葉に厭味は含まれていないと思っていいんでしょうね。
クロル  厭味? どういう意味だね?
レベッカ  だって、私のようなよそ者が、ロスメルスホルムを好き勝手に切り回している。苦々しくお思いになっても当然でしょう。
クロル  何でまた!
レベッカ  でも、そうはお思いにならない。(彼の手をとる)感謝します、先生! とても。
クロル  しかし、何でまた、そんなことを?
レベッカ  少し心配だったの。あまりいらしてくれないから。
クロル  それは思い違いだよ、ヴェストさん。それに、この家では昔から少しも変わっていない。
      ベアーテが死ぬ前の数年間、あの惨めな、あなたにずっとこの家の管理は任されていた……全部あなた一人に。
レベッカ  それは奥様の代理として。
クロル  それだって。ねえ、ヴェストさん、正直言って私には、反対する気持ちはこれっぽっちもない、もしあなたが---いや、これは言うべきじゃないかな。
レベッカ  何ですか?
クロル  もしあなたが、その空いた席につくことになっても---
レベッカ  私は望み通りの席についています。
クロル  仕事の上ではね。しかし---
レベッカ  (真面目にさえぎり)冗談はよしてください、先生。そんなことを平気で口にするなんて。
クロル  そりゃ、善良なるヨハネス・ロスメルは結婚なんかこりごりだと思ってるだろうが、でも---
レベッカ  馬鹿なことをおっしゃらないで。

64 :名前なし:2009/08/10(月) 01:55:02 ID:v+h+KPQN
クロル  それでも---ねえ、ヴェストさん、失礼でなければ、あなたは今お幾つ?
レベッカ  恥ずかしいんですけど、もう二十九。今年三十になります。
クロル  なるほど。で、ロスメルは? 待てよ、私より五つ年下だから、ちょうど四十三か。似合いだね。
レベッカ  (立ち上がる)ええ、ええ、本当によく似合う。お食事なさっていくでしょう。
クロル  ありがとう、構わなければ。ロスメルに話があるので---いや、ヴェストさん---あなたに変な心配をさせないためにも、
      これからは出来るだけ来ますよ、昔通り。
レベッカ  ええ、どうぞ。(彼の手をとる)感謝します。先生はやっぱり、お優しい方ね。
クロル  (やや、もぐもぐと)そうかね。家ではそんな風に言われたことは一度もないが。

(ヨハネス・ロスメルが右手のドアから入ってくる)

レベッカ  ロスメルさん、誰がいらしてると思う?
ロスメル  ヘルセットさんから聞いたよ。

(クロルは立ち上がっている)

ロスメル  (穏やかに、低く。彼の手を握って)よく来てくれた、クロル。
       (両手を彼の肩にのせ、目を見つめる)久しぶりだ! いつかまた僕たちの仲は元通りになると思っていた。
クロル  だけど君、君まで何か溝が出来たなんて、そんな馬鹿げた妄想を持っていたんじゃないだろう?
レベッカ  (ロスメルに)そう、ただの妄想だったんですって。よかった!
ロスメル  本当か、クロル? じゃ、どうして僕たちから遠ざかっていたんだ?
クロル  (真面目に、低く)不幸な昔を思い出させたくなかったんだよ---あれのことを---水車小屋の滝で死んだ。
ロスメル  なんて優しい。君はいつでも思いやりの深い男だった。でも、遠慮は全然いらなかったよ。まあ、掛けよう。
       (彼らはソファに座る)いやね、ベアーテのことを思い出すのは、ちっとも苦痛じゃない。
       僕らは毎日ベアーテのことを話している。今もまだ家にいるような気がしているんだ。
クロル  そうなのか?
レベッカ  (ランプをつける)ええ、本当にそう。

65 :名前なし:2009/08/10(月) 01:57:13 ID:v+h+KPQN
ロスメル  そうだよ。二人とも、ベアーテのことはとても好きだった。
       それにレベッ---ヴェストさんも僕も、病人のためにはできるだけのことをしたと思っている。何の悔いもない。
       だからベアーテのことを考えても優しい気持ちになるだけなんだ。
クロル  なんていい人だ、君たちは! 毎日でも来るよ。
レベッカ  (肘掛け椅子に座る)そのお約束、守れますかしらね。
ロスメル  ねえ、クロル---僕たちの仲が悪くなるなんてことは、絶対にないと思っていたよ。君はかけがえのない助言者だった、学生時代からずっと。
クロル  うん、それは俺にとっても嬉しかった。今も何か---?
ロスメル  洗いざらい話したいと思うことが山ほどあるんだ。腹蔵なく話したいことが。
レベッカ  そうよ、ロスメルさん。いいことよ---お友達として---
クロル  むしろ俺のほうだよ、君に話をしたいのは。俺は今、政治に足を突っ込んでね、知ってるだろうが。
ロスメル  そうだってね。で、どうなんだ?
クロル  どうしようもないよ、君。気がすすまなくても、やむを得ない。もう手をこまねいて傍観しているわけにはいかないんだよ。
      情けないことに、こう過激派が力を持ってくると---引っ込んでいるわけにはいかない。
      それで町の仲間を結集させた。もう、引っ込んでいるわけにはいかないんだ、君!
レベッカ  (かすかに微笑を浮かべて)でも、実際のところ、少し手遅れなんじゃありません?
クロル  もちろん、もっと早く流れを止めていたら、それに越したことはなかった。
      だけど、こんな風になるなんて誰が予想したかね? 俺は駄目だった。
      (立ち上がり、部屋を歩き回る)そう、今は目が開いた。反乱の風潮が学校にまで浸透してきたんだからね。
ロスメル  学校って、君の学校じゃないだろう?
クロル  そうだよ、俺の学校だ。どうだ! 上級のクラスで一部の男子生徒が半年以上も前から密かに組織を作っていたんだ。モルテンスゴールの新聞をとっていたんだ!
レベッカ  あの、『灯台の光』。

66 :名前なし:2009/08/10(月) 01:58:32 ID:v+h+KPQN
クロル  そう。将来、官吏にはぴったりの教科書だ。しかし何より情けないのは、
      陰謀を企んでいた連中が、クラスでもトップクラスの生徒で、加わっていないのは、出来の悪い奴ばかり。
レベッカ  そんなに気に障ること、それが?
クロル  障るなんてものじゃない! 一生の仕事がめちゃくちゃにされるのを目の当たりにしているんだ。
      (声を低め)しかし、それはまだ、なんとでも我慢できる。だけどね、もっと酷いことがあるんだ。
      (辺りを見回す)誰も立ち聞きしてはいないだろうね?
レベッカ  大丈夫。
クロル  実は、この反乱騒ぎが、俺の家の中にまで入って来ていたんだ。静かな俺の家にだ。家庭の平和がひっくり返された。
ロスメル  (立ち上がる)ええ! 君の家に?
レベッカ  (校長に近寄り)でも、先生、どうしたんです?
クロル  考えられるかね。自分の子供、その---ラウリッツなんだ、学校の陰謀の親玉は。それにヒルダは、『灯台の光』を隠す赤い鞄を作っていた。
ロスメル  まさかね。君の家で---
クロル  こんなこと夢にも思わないだろう。俺の家、秩序と服従が支配していた、家族全員一つとなって行動していた俺の家で---
レベッカ  奥様は何て?
クロル  いや、それが全くわけが分からない。あいつは結婚以来ずっと、事の大小を問わず俺の意見に従ってきた。
      それなのに、あいつまでが子供たちの肩を持とうとするんだ。こうなった責任は俺にあると言う。俺が厳格すぎたって。
      まるで規律なんかどうでもいいといった調子だ。まあ、そんなわけで、今、家では少し波風が立っている。
      なるべく、口にしないようにしているがね。こんなこと、そっとしておくに限るから。
      (部屋を行き来する)全く、全く。

(手を後ろに組み、窓の側に立って外を見る)

レベッカ  (ロスメルに近寄り、校長に気付かれずに急に低く言う)話なさいよ!
ロスメル  (同じく)今晩はやめよう。
レベッカ  (同じく)いいえ、今晩よ。

(彼女はランプのところへ行き、手入れする)

67 :名前なし:2009/08/10(月) 02:00:04 ID:v+h+KPQN
クロル  (部屋の中へ入って)ああ、ロスメル、分かっただろう。時代の風潮は、家庭や職場にまで影を落としかけている。
      この馬鹿げた、破壊的かつ頽廃的な風潮に対して、できるかぎり全ての武器をとって戦うべきじゃないのかね? 
      そうだ、俺はやるよ、ペンと口の両方を使って戦うよ。
ロスメル  そうやって、何かを正すことができると思っているのか?
クロル  とにかく、そうするのが市民の義務だと思う。国を憂うもの、立派な社会を求めるもの全ての義務だ。
      ねえ、君---今晩ここへ来たのも、実はそのためなんだよ。
ロスメル  どういうこと? 僕に何か?
クロル  昔の親友を助けてくれ。一緒に出来るだけのことをしてくれ。
レベッカ  でも先生、ロスメルさんはそういうこと、お好きじゃないの、ご存知でしょう。
クロル  好き嫌いの問題じゃないんだ。君は時勢に構うことなく、ここで骨董品に埋もれている。
      いやいや---家柄を軽く見ているわけじゃない。しかし、もうそんな時代じゃないんだ、残念ながら。
      一体、この国の状態はどうだ? 早い話、あらゆる考えが転倒している。この混乱を一掃するのは並大抵の苦労じゃないだろう。
ロスメル  僕もそう思う。だけど、そういう仕事には、僕は全然向いていない。
レベッカ  それに、ロスメルさんは世の中を見る目が、以前より開けてきたようですし。
クロル  (驚いて)開けてきた?
レベッカ  ええ、と言うより、もっと自由で偏見にとらわれないと言いますか。
クロル  どういうことだ、ロスメル---君はまさか、たまたま扇動者どもが一時的な勝ちを占めたからって、気が変るほど弱い人間じゃあるまいね?
ロスメル  分かってるだろう、僕が政治に無知なことは。でも、このごろの人間はかなり主体的な考え方をするようになってきたと僕には思えるがね。
クロル  ああ、それを単純に、いいことだと考えている! 大変な間違いだ。
      ちょっと調べてみればいい、過激派に横行している考えがどんなものか。『灯台の光』が宣伝しているありがたい教えと、ちっとも違いはしない。
レベッカ  ええ、モルテンスゴールは、このあたりで大した勢力を持ってますわね。

68 :名前なし:2009/08/10(月) 02:01:25 ID:v+h+KPQN
クロル  そうだ、あんな汚い過去の持ち主がね。道徳に反した行為で教職を追われた人間だよ! そんな輩が民衆の指導者面をしている! 
      しかも成功しているんだ! 大変な、成功だよ! やつは今、新聞の拡張を担っている。
      確かな筋から聞いたところでは、有能な協力者を探しているということだ。
レベッカ  あなたやお仲間が、何の対策も講じないのは不思議ですね。
クロル  それだよ、今やろうとしているのは。今日我々は『郷土新聞』を買い取った。金銭上のことは問題ない。
      しかし---(ロスメルの方に屈み込み)そう、いよいよ本題に入るがね、
      編集者なんだよ---ジャーナリスティックな面での指導者のことなんだ、心配なのは、分かるだろう。
      ねえ、ロスメル、君は社会のために、自分がこの仕事を引き受けるべきだという気持ちにはならないかね?
ロスメル  (ほとんど仰天して)僕が!
レベッカ  まあ、本気でそんなことを!
クロル  君が集会恐怖症だってことは知っている。あれにつきものの混乱を嫌悪していることは。しかし編集者という後ろの仕事なら---より正確には---
ロスメル  いや、いや、君、そんなこと、僕に押し付けないでくれ。
クロル  俺が自分でやりたいのは山々なんだ。でも、どうしても駄目なんだよ。
      一人では手に負えないほどの仕事を受け持っている。ところが君は今、勤めがない、我々も出来るだけ協力するよ。
ロスメル  僕には出来ないよ。向いてないよ。クロル。
クロル  向いてない? 君はお父さんから牧師になれと言われた時も、そう言った。
ロスメル  僕は正しかったんだ。だから牧師の職を辞めた。
クロル  まあ、牧師をやったくらいにつとめてくれれば、編集長も十分だ。
ロスメル  クロル---断言する。僕には出来ない。
クロル  じゃ、とにかく、名前だけでも貸してくれ。
ロスメル  名前?

69 :名前なし:2009/08/10(月) 17:37:17 ID:lfpuxw6J
クロル  うん。ヨハネス・ロスメルという名前だけでも新聞の格が上がる。我々はみんな政治屋に見られてるから。
      俺なんか狂信者呼ばわりされてるらしい。だから我々の名前では、迷ってる民衆の中で多くの読者を獲得するのはとても無理だ。
      ところが、君はいつも政治から身を引いていた。穏健にして公正、頭の切れのよさ、清廉潔白な人となり、みんなよく知っている。
      かつて牧師だったという評価と尊敬、その上、この地方では押しも押されぬ家柄が物を言う!
ロスメル  家柄か……
クロル  (肖像画を指し)ロスメルホルム代々の家長は---牧師、軍人、高級官吏、
      みんな立派な人たちだ---この土地随一の名家と目されて二百年近い、
      (彼の肩に手を置く)ロスメル---君は、君自身と一族に対して、今日まで社会が善しとしてきたものを守る責任を持っているんだよ。
      (振り返り)ねえ、どう思います、ヴェストさん?
レベッカ  (かすかな笑いを浮かべ)まあ、先生---私には、なんともおかしなことに。
クロル  ええっ! おかしい?
レベッカ  だって、実を言いますと---
ロスメル  (あわてて)いや、いや、いけない! 今はまずいよ!
クロル  (二人を交互に眺め)一体、君たち(やめる)ふん!

(マダム・ヘルセットが右手ドアに現れる)

ヘルセット  勝手口に、男の方が。ご主人様にお目にかかりたいとか。
ロスメル  (ほっとして)ああ、そう、お通ししてくれ。
ヘルセット  ここにでございますか?
ロスメル  そうだよ。
ヘルセット  でも、ここへお通しするような様子の方じゃございませんが。
レベッカ  どんな様子なの、ヘルセットさん?
ヘルセット  まあ、あまりいいとは。
ロスメル  名前は?
ヘルセット  はい、ヘックマンとか、なんとか。
ロスメル  知らないね。
ヘルセット  それから、ウルリックとも。
ロスメル  (驚いて)ウルリック・ヘットマン! そうかい?
ヘルセット  そうそう、ヘットマンでございます。
クロル  その名前は、俺も聞いたことがある---

70 :名前なし:2009/08/10(月) 17:38:20 ID:lfpuxw6J
レベッカ  それは、あの人のペンネームでしょう、あの風変わりな---
ロスメル  (クロルに)ウルリック・ブレンデルだよ、君。
クロル  あの、放蕩息子のウルリック・ブレンデル。なるほど。
レベッカ   じゃあ、まだ生きていたのね。
ロスメル  旅回りの一座にいると思ってた。
クロル  最近の情報では、浮浪者収容所とか。
ロスメル  ヘルセットさん、どうぞ、ここに。
ヘルセット  はい、はい。

(彼女は去る)

クロル  あの男をここに通すつもりか?
ロスメル  知ってるだろう、彼は昔僕の家庭教師だったんだ。
クロル  うん。ここに出入して、君の頭に革命思想を植え付けた。それでお父さんが鞭で追っ払ったんだ。
ロスメル  (やや苦々しげに)親父は家の中でも軍人だったから。
クロル  地下に眠るお父さんに、それを感謝しなくちゃ、ロスメル。そうら。

(マダム・ヘルセットは、ウルリック・ブレンデルのために右手のドアを開け、後ろからドアを閉めて去る。
彼はハンサムで、痩せているが、動きの鋭そうな人物。髪は髭は白い。
身なりは浮浪人一般の格好、着古した上衣にみすぼらしい靴。ワイシャツは見えない。
古ぼけた黒の手袋をして、汚い帽子を小脇に抱え手にステッキを持っている)

ブレンデル  (初め迷うが、それから真っ直ぐに校長の所へ来て手を差し出す)今晩は、ヨハネス!
クロル  失礼---
ブレンデル  また俺に会うとは思ってもいなかったんだろう? しかもこの嫌な部屋で?
クロル  失礼---(指差す)向こうが---
ブレンデル  (振り向く)もちろんだ。こっちだ、ヨハネス、---俺の可愛い生徒!
ロスメル  (手を出し)先生。

71 :名前なし:2009/08/10(月) 17:39:25 ID:lfpuxw6J
ブレンデル  まあ、いろんなことはあったが、やっぱり、ちょっとでも顔を見ずにロスメルスホルムを通り過ぎるわけにはいかなかった。
ロスメル  本当によくいらしてくださった。歓迎します。
ブレンデル  ああ、この魅力的なご婦人は? (お辞儀をする)牧師夫人、もちろん。
ロスメル  ミス・ヴェスト。
ブレンデル  ご親戚、多分。それからこちらは存じ上げないが? 同僚とお見受けした。
ロスメル  クロル校長先生。
ブレンデル  クロル? クロル? 待てよ、大学では分科だった?
クロル  もちろん。
ブレンデル  いやあ、青天の霹靂だ。君を知ってるよ。
クロル  失礼---
ブレンデル  君は確か---
クロル  失礼---
ブレンデル  俺を弁論部から追い出した道徳推進派の一人じゃなかったかね?
クロル  かも知れない。しかしそれ以上の面識があるとは言わないでいただきたい。
ブレンデル  まあまあ! ご随意に、博士先生。同じことだ。ウルリック・ブレンデルに変わりはない。
レベッカ  町にいらっしゃるおつもり、ブレンデルさん?
ブレンデル  図星です、奥方。定期的に、生きるための突撃ってやつをやらないとなまってしまう。好き好んでじゃないんだが、しかし必要に迫られればね……
ロスメル  ブレンデル先生、何かできることがあったら、何でもお役に---
ブレンデル  はっ、なんたる申し出だ! 君はわしらの絆をふやけたものにしたいのか? とんでもない、ヨハネス、とんでもないよ!
ロスメル  でも、町へ出てどうなさるおつもりですか? 簡単にはいきませんよ。
ブレンデル  心配無用。骰子は投げられた。こうやってまかり出たのは、大遠征の途上だからだ。
         これまでの行軍を全部あわせたよりも大掛かりな遠征だ。
         (クロルに)教授先生におうかがいしますが、ここだけの話、ご立派な町のどこかに、広くて綺麗で、格のある集会所はございませんかね?
クロル  一番広いのは労働組合のホールです。
ブレンデル  で、助教授先生は、その組合に、それ相当の影響力をお持ちでしょうね?
クロル  何の関係もありません。
レベッカ  (ブレンデルに)ペーデル・モルテンスゴールにお頼みになれば。

72 :名前なし:2009/08/10(月) 17:40:41 ID:lfpuxw6J
ブレンデル  マダム。そいつはどこのどういう馬鹿者ですか?
ロスメル  馬鹿者とは、どうして?
ブレンデル  名前だけでも、無知な平民だってことは分かるじゃないか?
クロル  これは思いがけない。
ブレンデル  しかし、他に仕方がなければ、自我は抑えねばならん。俺のように人生の転換期に立っている時には。よし決めた。その男と交渉するか、直談判だ。
ロスメル  転換期に立っているって、本気なんですか?
ブレンデル  いいか、君、ウルリック・ブレンデルは己の立つ所、常に本気で立っている。
        そうだ、俺は今、新しい人間に生まれ変わろうとしている。今日までの隠遁生活から抜け出せる。
ロスメル  どうやってですか?
ブレンデル  この手でしっかりと人生をつかみ取る。前進、上昇、吹き荒ぶ大動乱の時代だ、
         俺たちが生きているのは。今こそ、自由解放の祭壇に、己の全てを捧げる。
クロル  あなたも?
ブレンデル  (皆に)満場の諸君、俺の書いたものを少しはご存知かな?
レベッカ  私はかなり読んでます。養父が持ってましたから。
ブレンデル  お美しい奥さん、とんだ暇つぶしでしたね。あんなものは、屑、ええ、そうなんですよ。
レベッカ  そう?
ブレンデル  あなたが読まれたものはね。私の一番深遠な本はまだ誰も知りません。男も女も、私以外には。
レベッカ  どうして?
ブレンデル  どうしてって、まだ書かれてはいないからですよ。
ロスメル  おやおや、ブレンデル先生---
ブレンデル  いいか、ヨハネス。だいたい俺は贅沢主義者なんだ。美食家。生涯そうだ。
        俺は一人で食べるのが好きでね。それだと二倍にも楽しめる。十倍にもだ。
        いいか、金色の夢が訪れ、俺の心を包むとき、新しい、目のくらむような深遠な思想が生まれ出て、
        その羽ばたきにあおられる時、その時俺はそれを詩に、幻に、絵に作り上げる。おおよその輪郭だ、分かるだろう。
ロスメル  ええ、ええ。

73 :名前なし:2009/08/10(月) 17:43:26 ID:lfpuxw6J
ブレンデル  ああ、これまで、何という快楽を味わってきたことか! 創造の瞬間の神秘的な陶酔、おおよその輪郭だがね。
         賞賛、感謝、賛辞、月桂冠、それら全てを、震える喜びに満ちて手一杯に受け取ってきた。
         心は、この密かな行為の中で歓喜に溢れた。ああ、かくも、目のくらむくらい偉大な!
クロル  ふん---
ロスメル  で、全然お書きになっていないんですか?
ブレンデル  一行も。猥雑な文筆業というものには、いつも吐き気を催している。なぜ自分の理想を汚さなくてはならんのだ? 
         純粋のまま、自分一人で楽しむことができるというのに。だがそれも今は貢物として捧げよう。
         実際、娘を男の手に委ねる母親のような気持ちだ。それでも、俺はそれを貢物に差し出そう。
         自由解放の祭壇に捧げる生贄として。見事に仕組まれた連続講演という形で、国中に!
レベッカ  (生き生きして)ご立派よ、ブレンデル先生! あなたは、ご自分の一番大切なものをお与えになるのね。
ロスメル  たった一つの。
レベッカ  (意味ありげにロスメルを見て)誰に出来るかしら? 誰にその勇気があるかしら?
ロスメル  (見返して)分かりやしないよ。
ブレンデル  聴衆は感動する。俺の胸は高鳴り、意思はいよいよ強固となる。そして俺は行動へとまい進する。
         ところで、一つ(校長に)お聞きしたいんですがね、教頭先生、この町に禁酒同盟はありますか? 完全禁酒の。無論あるんでしょうね。
クロル  あります。私が会長です。
ブレンデル  これは、お顔を拝見しただけで分かることでした! では、お宅にうかがって、一週間だけ会員になるわけにはいきませんか?
クロル  失礼ですが、一週間単位の会員は受け付けておりません。
ブレンデル  願ってもない、教諭先生。ウルリック・ブレンデルは、そんな会に足を突っ込んだりしたことは一度だってありはしない。
         (振り返り)しかしこれ以上ここにはいられない、思い出の多いこの家には。
         町へ行って、手ごろな宿を探さなくちゃ。こじんまりしたホテルくらいあるだろうからね。
レベッカ  何か温かいものでもお飲みになってらっしゃいませんか?

74 :名前なし:2009/08/10(月) 22:14:57 ID:FPaGHinB
ブレンデル  温かいものって、どんな、奥さん?
レベッカ  お茶か、それとも---
ブレンデル  寛大なる女主人に感謝いたします。しかし個人的なおもてなしに甘えたくはない。
        (手を振って)じゃ元気で、諸君! (ドアの所で振り返り)
        そうだ、ヨハネス、ロスメル先生、昔のよしみに免じて、かつての家庭教師を助けてくれないかね?
ロスメル  喜んで。
ブレンデル  結構。じゃ、一日か二日でいいい、アイロンのかかったワイシャツを一つ貸してくれないか。
ロスメル  それだけ!
ブレンデル  ごらんの通り、徒歩旅行でね、荷物は後で送られてくるんだ。
ロスメル  ええ、ええ。でも他に何か?
ブレンデル  うん、そうだ、着古した夏物でもあったら借りたいんだが。
ロスメル  お安い御用です。
ブレンデル  それから、もし、服に合った、まあまあのブーツがあれば---
ロスメル  承知しました。ご住所が分かり次第お送りします。
ブレンデル  とんでもない、そんな面倒なこと! 自分で持って行くよ。
ロスメル  いいでしょう。それじゃ二階へいらしてください。
レベッカ  私がします。ヘルセットさんと見つくろいましょう。
ブレンデル  ご立派なご婦人に、そんなことは、絶対!
レベッカ  馬鹿な! いらしてください、ブレンデル先生。

(彼女は右手に入る)

ロスメル  (彼を止めて)先生、他には何も、要るものはありませんか?
ブレンデル  ないと思うがね。あっ、そうだ、間抜けめ、考えなかった! ヨハネス、もしや君、少しばかり、持ち合わせてないかね。
ロスメル  どれ、見てみましょう。(財布を見る)札が二枚あります。
ブレンデル  うん、うん、同じことだ。それで結構。町では、両替くらいいつでもできる。
         いや、どうもありがとう。覚えておいてくれよ、札二枚。
         お休み! 可愛い生徒! お休みなさい、ご立派な方!

(彼は右手へ去る。ロスメルは彼に別れをし、ドアを閉める)

75 :名前なし:2009/08/10(月) 22:16:21 ID:FPaGHinB
クロル  いやはや、あれがウルリック・ブレンデルかね。昔は世界に名を馳せる男になると思われていた。
ロスメル  (静かに)少なくとも、彼には自分の信念にしたがって生きる勇気がある。生易しいことじゃない。
クロル  ええ? あんな生き方が! おいおい、あの男はまたもや君の頭を混乱させそうだな。
ロスメル  大丈夫だよ、君、今の僕は、ちゃんと自分というものが分かっているよ。
クロル  そう願いたいね、ロスメル。君は外の印象に簡単に左右されるから。
ロスメル  座ろう。話したいことがあるんだ。
クロル  いいよ。

(彼らはソファに座る)

ロスメル  (ややあって)ここは、静かで、気持ちがいいだろう?
クロル  うん、いい気持ちだ---平和だ。君は自分の家を持っている。俺は失った。
ロスメル  そんなことないよ、傷はいずれ治る。
クロル  いや、いや、駄目だ。傷跡はいつまでも残る。決して元には戻らない。
ロスメル  ねえ、クロル、僕たち二人は本当に長い間、親しく付き合ってきた。二人の中にひびが入るなんてことは、考えられないだろう?
クロル  二人の間を裂くようなことがこの世にあるとは思えない。なんだってそんなことを言うんだ?
ロスメル  君は、考え方の一致ということを、重大だと考えているらしいから。
クロル  まあね。しかし俺たちの間では、考え方の相違はないだろう。少なくとも基本的な所では。
ロスメル  (ゆっくりと)いや、今はある。
クロル  (飛び上がろうとする)なんだって!
ロスメル  (彼を抑える)いや、座ってくれ。お願いだ、クロル。
クロル  何を言ってるんだ? さっぱり分からない。はっきり言ってくれ!
ロスメル  僕の心に、新しい春が訪れてきた。新しい青春の思想が。だから僕が今立っている所は---
クロル  何だ---どうだと言うんだ?
ロスメル  君の子供たちがいるところ。
クロル  君が? 馬鹿な! どこだって、ええ?
ロスメル  ラウリッツやヒルダと同じ所だよ。
クロル  (頭をたれる)裏切り者、裏切り者ヨハネス・ロスメル。
ロスメル  僕は喜ぶべきだ---心から幸せを感じるべきだ、君が裏切り者と呼ぶ、そのことに。だが、つらいよ、君の酷い悲しみを思うと。

76 :名前なし:2009/08/10(月) 22:18:16 ID:FPaGHinB
クロル  ロスメル---ロスメル! この傷は忘れないよ。(重々しく彼を見る)
      ああ、君までが、この国を腐敗させ滅亡させる運動に手を貸そうというのか。
ロスメル  自由解放の運動だよ、僕が支持するのは。
クロル  そう、そう呼んでるよ、あの指導者連中やその虜になっている奴らはね。
      しかし、今、社会の隅々までを毒しているあの運動から、どんな開放が期待できるというんだ。
ロスメル  僕は何も、そんな運動に加わろうというんじゃない。どちらの側にも加担しない。
       僕はあらゆる立場の人々を集めたい。出来るだけ多く。
       僕が心から、命の限り、全力を尽くしたいと思っているのは、ただ一つのこと---この国に真の民主主義を築くことだ。
クロル  じゃあ君は、我々の民主主義は不十分だというんだな! 俺に言わせれば、我々は十把一からげに泥の中に引きずり込まれている。
     そこで生きて行けるのは、愚劣な平民だけだ。
ロスメル  だからこそ、民主主義の真の目的を求めるんだ。
クロル  どんな目的だね?
ロスメル  この国の全ての人を高貴な人間にすること。
クロル  全て---
ロスメル  ま、出来るだけ多くのね、とにかく。
クロル  方法は?
ロスメル  精神を開放し、心を浄化する。
クロル  そんなこと夢だよ、ロスメル。君が開放する、浄化する?
ロスメル  いや、君---僕はただ、目を覚ましてやるだけだ。行うのは---君ら自身だ。
クロル  で、彼らにはそれができると思うのか?
ロスメル  うん。
クロル  自分の力で?
ロスメル  そう、まさに自分の力でね。他に方法はない。
クロル  (立ち上がる)それが牧師の言い草か?
ロスメル  僕はもう牧師じゃない。
クロル  しかし、昔からの信仰は?
ロスメル  それも、もうない。
クロル  ないって!
ロスメル  (立ち上がる)棄てた! 棄てざるを得なかった、クロル。
クロル  (興奮を抑えて)そうか、なるほど、なるほど、当然、そう来るわけだ。だから教会の仕事からも手を引いた?

77 :名前なし:2009/08/10(月) 22:19:52 ID:FPaGHinB
ロスメル  そう。自分がはっきり分かったから---単なる一時の迷いではなく、
       もう決して変わらないし、変わりたくもないとはっきり自覚したから。だから手を引いた。
クロル  そんなに前から迷っていたのか。俺たち仲間は、ちっとも気付かなかった。
      ロスメル、ロスメル、そんな事実を、よく隠しておけたものだ!
ロスメル  僕個人の問題だから。君たちに要らぬ心配はかけたくなかった。
       僕は、これまで通り、ここで静かに、楽しく、幸せに暮らしていけると思った。今まで読めなかった書物を読み、自分を深めたいと思った。
       目の前に開けたこの大いなる真実と自由の世界で、充実した生活を送りたいと考えていた。
クロル  裏切り者。一言一言がそれを証明している。しかし、それならなぜ、この秘密の裏切りを告白したんだ? しかも今、なぜだ?
ロスメル  君のせいだよ、クロル。
クロル  俺のせい!
ロスメル  君がやっている酷いやり方を聞いた時、情け容赦ない演説のことを聞いた時、
       反対者に対する憎しみに満ちた攻撃、嘲笑、誹謗、毒舌、クロル、君がそんな人間になるなんて! 
       僕は自分の義務を自覚した。こんな争いの中で人の心は曲がっていく。今ほど、心の平和と喜びと和解が必要な時はない。
       だから進んで、自分の立場を告白したんだ。僕も、自分の力を試そうと思う。
       君も、君の立場からでいい、これに手を貸してくれないか?
クロル  俺は絶対に、社会を破壊する奴らと手を組んだりはしない。
ロスメル  互いに、どうしても戦わざるを得ないのなら、少なくとも、正当な武器を持って戦おう。
クロル  俺は、根本的に考えの違う奴を認めはしない。情け容赦もしない。
ロスメル  僕に対してでも?
クロル  絆を断ったのは君の方だ、ロスメル。
ロスメル  こんなことで断つというのか!
クロル  こんなこと! これまで君を支えてきた仲間と、全てのつながりを絶つんだぞ。覚悟はいいだろうね。

(レベッカ・ヴェストが右手から現れ、ドアを広く開く)

78 :名前なし:2009/08/10(月) 23:37:14 ID:FPaGHinB
レベッカ  あの方、大いなる犠牲の宴に向かって行かれた。私たちも、お食事に参りましょう。さあ、どうぞ、クロル先生。
クロル  (帽子を取る)お休み、ヴェストさん。ここにいても仕方がないんでね。
レベッカ  (緊張して)どうしたの? (ドアを閉め、近付く)話したの?
ロスメル  話した。
クロル  このまま君を手放したりはしないよ、ロスメル。必ずまた、君を取り戻す。
ロスメル  決して戻らない。
クロル  見ていよう。君は一人でいられる人間じゃない。
ロスメル  僕はまだ、完全に一人ってわけじゃない。二人で分かち合っている。この孤独を。
クロル  ああ! (疑いが湧く)それも、ベアーテの言った通り!
ロスメル  ベアーテ?
クロル  (考えを払って)いや、いや、悪かった、許してくれ。
ロスメル  何を?
クロル  何でもない。馬鹿なこと! 許してくれ。さようなら!

(彼は玄関ホールのドアへ行く)

ロスメル  (後に従い)クロル! 僕たちの仲がこれでおしまいになるわけにはいかないよ。明日君の家に訊ねていくから。
クロル  (玄関ホールを振り返り)君にうちの敷居はまたがせない!

(彼はステッキを取って去る)
(ロスメルは、しばし、開いたドアの所に立っている。それからドアを閉め、テーブルへ戻る)

ロスメル  大丈夫だ、レベッカ。僕たちはやり抜こう。二人で、固い友情に結ばれて、君と僕と。
レベッカ  先生が、馬鹿なことっておっしゃったのはどういう意味かしら?
ロスメル  気にしなくていいよ。彼だって自分の言ったことを信じちゃいない。でも明日、彼に会ってくる。お休み!
レベッカ  今晩も、こんな早く上に? こんなことがあったのに?
ロスメル  いつもと変らない。済んでしまってほっとしている。ほら、僕は、落ち着いたもんだ、レベッカ。君も心配しないで、お休み!
レベッカ  お休みなさい、あなた。よくお休みになってね。

(ロスメルは玄関ホールへのドアを通って去る、階段を上がっていく音が聞こえる)
(レベッカはストーブの所の呼鈴を引く)
(ややあって、マダム・ヘルセットが右手から入ってくる)

79 :名前なし:2009/08/10(月) 23:38:09 ID:FPaGHinB
レベッカ  食事は片付けていいわよ、ヘルセットさん。牧師さまは召し上がらないし、校長先生はお帰りになったの。
ヘルセット  お帰りになった? どうかされたんでございますか?
レベッカ  (編み物を取り上げ)酷い嵐が来るかもしれないからって。
ヘルセット  変ですね、今晩は雲一つないお天気ですよ。
レベッカ  先生、白い馬に出くわさなきゃいいけど。今に、そんな幽霊話を耳にするんじゃないかしら。
ヘルセット  神様! とんでもないことを。
レベッカ  まあ、まあ、まあ---
ヘルセット  (ゆっくり)お嬢様は、もうじき誰かが亡くなるとお思いなんですか?
レベッカ  いいえ、そんなこと。でも世の中にはいろんな白い馬がいるでしょう、ヘルセットさん。じゃ、お休み。私も部屋にさがるわ。
ヘルセット  お休みなさいませ、お嬢様。

(レベッカは編み物を持って右手へ去る)

ヘルセット  (ランプを消し、頭を振って、一人つぶやく)いや、はや、あのヴェストさんときたら、時々、とんでもないことをおっしゃる。

80 :名前なし:2009/08/11(火) 18:03:51 ID:TGe4TRqt
第二幕

(ヨハネス・ロスメルの書斎。右手壁に入り口のドア。舞台奥に開き戸口があり、かかっているカーテンは開かれている。
戸口は寝室に通じる。右手に窓が一つ、その前方に書き机があって、書物や書類が積んである。
壁に本棚やカップ・ボード。質素な調度品。左手前方にテーブルつきの古風なソファ)

(ヨハネス・ロスメルが部屋儀で机に向かい、背の高い椅子に座っている。パンフレット類のページを切ってめくり、あちこちを見ている)

(左手ドアにノックの音)

81 :名前なし:2009/08/11(火) 18:05:05 ID:TGe4TRqt
ロスメル  (振り向かず)どうぞ。

(レベッカ・ヴェストがの朝着のまま入って来る)

レベッカ  おはよう。
ロスメル  (ページをめくって)おはよう。何か用?
レベッカ  よくお休みになれたかと思って。
ロスメル  よく寝た。夢一つ見ない。(振り返り)君は?
レベッカ  ええ、ありがとう。明け方になってね---
ロスメル  こんなに晴々した気持ちは久しぶりだ。話してしまって、本当によかったよ。
レベッカ  遅すぎたくらいよ、ロスメル。
ロスメル  どうしてあんなに臆病だったんだろう。自分でも不思議な気がする。
レベッカ  いいえ、臆病じゃ---
ロスメル  いや、そうだよ、突き詰めてみれば、どこか臆病だったんだ。
レベッカ  それじゃ、なおのこと偉いわ、はっきり片をつけて---(彼に並んで机の椅子に座る)
       実はお話しなくちゃならないことが---お怒りにならないでね。
ロスメル  怒る? どうして、そんな?
レベッカ  ちょっと差し出がましいことだったかもしれないけど---
ロスメル  まあ、言ってごらん。
レベッカ  夕べ、あのウルリック・ブレンデルが出て行く時、モルテンスゴール宛に一筆書いてあげたの。
ロスメル  (やや、いぶかって)レベッカ---なんて書いたんだ?
レベッカ  この人の面倒を、ちょっと見てもらえたら、あなたがありがたく思うって。
ロスメル  そんなこと、要らぬ世話だったよ、君。ブレンデルを傷つけるだけだ。
       それに、僕はモルテンスゴールとはなるべく関わりを持ちたくない。昔、いがみ合ったことがあるのを知っているだろう。
レベッカ  でも、仲直りをしたほうがいいと思わない?
ロスメル  僕が? モルテンスゴールと? どうして?
レベッカ  だってあなた、今はもう、それほど安全とは言えないんでしょう---お友達とあんな風になってしまって。
ロスメル  (彼女を眺め、頭を振る)君は、クロルたちが仕返しをしてくると本気で思ってるのか?
レベッカ  かっとなったら、あなた---分からないわ。校長先生の激しい口ぶりからして---
ロスメル  なんだい、彼のことはよく分かってるじゃないか。クロルはあくまでも紳士だよ。午後にでも町へ行って話してくる。大丈夫、うまくいくよ。

82 :名前なし:2009/08/11(火) 18:06:14 ID:TGe4TRqt
(マダム・ヘルセットが左手ドアに現れる)

レベッカ  (立ち上がる)なあに、ヘルセットさん?
ヘルセット  クロル先生がいらっしゃいました。
ロスメル  (立ち上がる)クロルが!
レベッカ  先生が! まさか!
ヘルセット  二階で、牧師さまとお話したいと。
ロスメル  (レベッカに)ほらね! もちろん、いいよ。(ドアの所へ行き、階段の下へ叫ぶ)上がってくれ、君! 本当によく来てくれた!

(ロスメルはドアを開けて待っている。マダムヘルセットは去る。
レベッカは奥の開き戸口のカーテンを閉め、部屋を片付ける。クロル校長は帽子を手に、入って来る)

ロスメル  (静かに感激して)あれっきりじゃないと、分かっていた---
クロル  俺は今日、一切のことを、昨日と全然違った目で見ている。
ロスメル  そうだろう? 落ち着いて考えてみれば---
クロル  誤解しないでくれ。(テーブルの上に帽子を置く)君と二人だけで話をしたい。
ロスメル  ヴェストさんがいたって?
レベッカ  いいえ、ロスメルさん、私、参ります。
クロル  (彼女を眺め回し)これは失礼しました、朝早くから。まだお召しかえもなさらないうちに。
レベッカ  (驚く)なんです? 家の中ですもの、朝着のままじゃいけませんの?
クロル  これは、これは! それがロスメルスホルムのしきたりだとは、知らなかったもので。
ロスメル  クロル、君まで人が変わったみたいだ!
レベッカ  失礼いたします、校長先生。

(彼女は左手へ去る)

クロル  失敬する---

(彼はソファに座る)

ロスメル  うん、座って、ゆっくりと話そう。

(彼は校長にすぐ面した椅子に座る)

クロル  夕べは一睡もしなかった。床の中で朝まで考えていた。
ロスメル  で、どうなんだ?
クロル  長くなるがね、ロスメル、最初にちょっと、ウルリック・ブレンデルについて話しておきたい。
ロスメル  君の所へ来たのか?

83 :名前なし:2009/08/11(火) 18:07:46 ID:TGe4TRqt
クロル  やつが腰を落ち着けたのは下品な飲み屋、下品きわまりない連中の溜まり場だ。
      やつは、金のありったけ飲んだ。それから、周りの連中をゲス呼ばわりしたものだから、
      そりゃあ、その通りには違いないが、袋叩きにあって、どぶへ放り込まれた。
ロスメル  相変わらず悪い癖だ。
クロル  上衣も質に入れた。ところがそれを受け出してやったものがいるそうだ。誰だと思う?
ロスメル  君か?
クロル  違う。ご立派なモルテンスゴール氏だ。
ロスメル  なるほど。
クロル  聞くところでは、ブレンデル氏が最初に訪ねたのは、あの馬鹿者の平民だったらしい。
ロスメル  彼は運がよかった---
クロル  まったくね。(テーブル越しに、ロスメルに身を乗り出し)しかしだ、ここに一つ問題がある。
      友達のよしみで、友達だったよしみで、君に打ち明けるのが義務だと思うんだが。
ロスメル  なんだ、いったい?
クロル  いいか、この家じゃ、君の知らないところで、いろんなことが行われてる。
ロスメル  何でまた、そんなこと? 君がいうのは、レベッカ---ヴェストさんのことか?
クロル  そうだ。ま、彼女の身になれば、分からないこともない。もう長いこと家の切りもりしてきたんだから。しかし、だからといって---
ロスメル  クロル、誤解だ。彼女と僕は---何事につけ、包み隠しはしないことにしている。
クロル  じゃあ、『灯台の光』の編集長に手紙を書いたことも君に話したか?
ロスメル  ああ、ブレンデルに持たせた短い手紙だろう。
クロル  じゃ知っているのか。それで、彼女があのゴロ新聞の編集長と関係を持つことを認めているのか。
      奴は毎週のように俺を笑いものにしている。俺の教育や演説を種にしてね。
ロスメル  それは彼女、考えなかったんだろう、きっと。それに、彼女には当然、行動の自由はある、僕同様に。
クロル  そう? それが新しい思想のたまものってわけだ。じゃあ、君の立場と、ベストさんも同じなんだな?
ロスメル  そうだよ。僕ら二人は共に歩んできた、誠実な友として。
クロル  (彼を見つめ、ゆっくり頭を振る)ああ、盲目の欺かれた男!
ロスメル  僕が? なぜそんな風に言うんだ?

84 :名前なし:2009/08/11(火) 18:09:19 ID:TGe4TRqt
クロル  俺は---最悪の事態は考えたくないからね。いや、いや。話してしまおう。
      君は俺の友情を大事に思ってるんだろ、ロスメル? 俺の尊敬も? 違うか?
ロスメル  答えるまでもない。
クロル  うん。しかし、これには答えてもらいたい。君からの明確な返答が聞きたい。君、一種の尋問をしていいか?
ロスメル  尋問?
クロル  そう。思い出すのは苦痛かもしれないが、聞かなくちゃならん。
      いいか、君の裏切り、まあ、君に言わせれば開放だ、それはいろんなことに関係してくる。
      それを、君自身のためにも釈明してもらいたい。
ロスメル  何でも聞いてくれ。隠すことは何もない。
クロル  じゃあ聞くがね---君は正直な所、ベアーテがあそこで命を絶った一番の理由はなんだと思う?
ロスメル  何か疑問があるかね? もっと正確に言えば、不幸な気の違った病人だ、理由なんか分かるかね?
クロル  君はベアーテが本当に、気が違っていたと思うか? 医者は、はっきりしたことは分からないと言っていた。
ロスメル  医者だって、僕みたいに毎日毎晩、一緒にいれば疑ったりは出来ないよ。
クロル  俺もあの時は疑っていなかった。
ロスメル  そう、残念ながら、疑問の余地はなかった。君にも話したね、彼女の自制できない激しい性的欲求のこと。
       それにこたえるように僕に強要する。ああ、ぞっとする! それに最後の二、三年は、理由もなく自分を責めていた。
クロル  そう、一生子供が持てないと分かってから。
ロスメル  いいかい、自分のせいでもないことに、あんなに責めたてて! あれが正気だったと言えるか?
クロル  ふん、あのころ、新しい結婚観について書いた本がこの家になかったか?
ロスメル  ヴェストさんが、そういうのを貸してくれた憶えがある。彼女はヴェスト博士の蔵書を貰ってたから。
       だけど、クロル、まさか、僕たちが病人にそんなものを見せたなんて思ってるんじゃないだろうね? 
       僕たちのせいじゃない、絶対に。保証するよ。あれの気が狂ったのは病的な神経のせいだ。

85 :名前なし:2009/08/11(火) 23:01:28 ID:TGe4TRqt
クロル  ともかく、これだけははっきり言える。可哀想に、ベアーテが苦しんだ挙句に命を絶ったのは、
      君が幸せに暮らしていけるよう---自由な---君の望みどおりの暮らしをしていけるようにと思ってなんだ。
ロスメル  (椅子から半ば立ち上がって)どういう意味だ、それは?
クロル  落ち着いて聞いてくれ、ロスメル。今だから言えるんだがね、
      妹は死ぬ前に二度ばかり、俺の所へ来て、自分の不安や絶望を打ち明けていたんだ。
ロスメル  今言ったようなこと?
クロル  最初に来た時は、君が裏切りかけていると言った。先祖代々の信仰を棄てかけていると。
ロスメル  (激しく)そんな馬鹿な、クロル! 絶対にあり得ない! 君の思い違いだ。
クロル  どうして?
ロスメル  だって、ベアーテが生きている間は、僕は迷っていて、心の中で闘っていたんだから。それも一人で誰にも言わず、レベッカにだって---
クロル  レベッカ?
ロスメル  ああ---ヴェストさんのことだ。簡単だからレベッカと呼んでいる。
クロル  分かってた。
ロスメル  だからベアーテがどうしてそんなことを考えたか、理解できない。それに彼女はなぜ僕に話さなかったんだ。一言も口にしなかったよ。
クロル  可哀想に---あれは俺から話してくれと、くれぐれも頼んでいった。
ロスメル  だったら、なぜ話さなかったんだ?
クロル  あの頃は、一も二もなく、あいつは気が違っていたと決め付けていたからね。君のような男に向かってあんなことを! 
      二度目に来たのは、一ヵ月後だったか。やや落ち着いて見えた。
      ところが去り際に、妹はこう言ったんだよ。やがてロスメルスホルムに白い馬が現れるってね。
ロスメル  ああ、ああ、白い馬---しょっちゅう口にしていた。

86 :名前なし:2009/08/11(火) 23:02:42 ID:TGe4TRqt
クロル  で、俺がそんな不吉な考えを捨てさせようとしたら、あれはこう言ったんだ。
      あたしの命はもう長くありません、だって、ヨハネスはすぐにレベッカと結婚しなくちゃなりませんから。
ロスメル  (ほとんど言葉もなく)何を言う! 僕が結婚!
クロル  それが木曜日の午後。土曜日の晩、妹は丸木橋から滝へ身を投げた。
ロスメル  それなのに君は、一言も言ってくれなかった!
クロル  死ぬ、死ぬっていうのは、あいつの口癖じゃなかったかね。
ロスメル  それはそうだが、やっぱり、一言、言っておいてくれるべきだった!
クロル  俺もそう考えたよ。しかしもう遅かった。
ロスメル  でも、どうしてその後だって? どうして黙っていたんだ?
クロル  わざわざ君が苦しむようなことを言って何になる? 何もかも根拠のない妄想だと思っていたからね。夕べまでは。
ロスメル  今は?
クロル  君が信仰を棄てかけていると言ったベアーテは、はっきりと見抜いていたわけじゃないか?
ロスメル  (空を見つめ)分からない。全く理解できない。
クロル  分かろうが分かるまいが、事実なんだ。で、君に尋ねるがね、ロスメル、
      妹のもう一つの非難は、どれくらい当たっているんだ? 最後のやつは。
ロスメル  非難? あれは非難だったのか?
クロル  妹がどういう言葉を使ったか。気にとめなかったのか? この世を去るといったんだ、どうしてだ? ええ?
ロスメル  僕がレベッカと結婚できるように---
クロル  正確にはそうじゃなかった。ベアーテはこういう言い方をした。
      あたしの命はもう長くありません、だって、ヨハネスはすぐにレベッカと結婚しなくちゃなりませんから。
ロスメル  (しばし彼を見つめ、それから立ち上がる)やっと分かった、クロル、君という男が。
クロル  で、返答は?
ロスメル  (静かに、抑えて)そういう下劣な問いに? 答えはたった一つ、ドアを指すだけだ。
クロル  (立ち上がる)結構。

87 :名前なし:2009/08/11(火) 23:04:26 ID:TGe4TRqt
ロスメル  (彼の前に立って)クロル、もう一年余り、ベアーテがいなくなってこの方、
       レベッカ・ヴェストと僕はこのロスメルスホルムに二人で住んできた。
       その間ずっと君は、ベアーテが僕らを非難していたことを知っていた。
       だけど、僕とレベッカが一緒にいることで、君が気を悪くしているとは、一度も感じたことはなかった。
クロル  俺も夕べまでは、これが信仰を棄てた男と開放された女の共同生活だとは知らなかったからね。
ロスメル  ああ! 君は、信仰を棄てて自由になった人間には、純潔の思想なぞあり得ないと思っているんだな? 
       道徳心は誰にだって、自然の本能として備わっているんだ!
クロル  俺は、教会の教えに根を下ろしていない道徳心を、そう高くは買っていない。
ロスメル  レベッカと僕のこともそう思っているのか? 僕らの関係も?
クロル  君らのせいで考え方が変るなんてことはない。大した隔たりはないんだ、自由思想と---ふん。
ロスメル  なんだ?
クロル  自由恋愛、聞くから言ったまでだ。
ロスメル  (ゆっくり)恥ずかしくもなく、よく言えたものだ! 若い頃からよく知っている仲だというのに。
クロル  それだからだよ。君は周りの人間から簡単に影響を受けることを知っているからだ。
      それにあの君のレベッカ---いや、あのヴェストさん---彼女にはいろいろ分からない所がある。
      いいか、ロスメル、俺は君を諦めない。君も---手遅れにならないうちに、自分を救いたまえ。
ロスメル  自分を救う? どうやって?

(マダム・ヘルセットが左手ドアから顔をのぞかせる)

ロスメル  なんだ?
ヘルセット  ヴェストさんに、ちょっと下へ。
ロスメル  上にはいないよ。
ヘルセット  いらっしゃらない。(見回す)変でございますわね。

(彼女は去る)

88 :名前なし:2009/08/11(火) 23:07:01 ID:TGe4TRqt
ロスメル  さっき君は……
クロル  いいかい。ベアーテが生きている時に、ここでどんなことが密かに行われていたか---
      その後でも、どんなことが続いていたか---俺は詮索しない。
      確かに君の結婚生活は酷く不幸だった。ある意味では無理もない---
ロスメル  ああ、君は全然僕のことを理解していない---
クロル  終いまで聞いてくれ。俺が言いたいのはこうだ---もしどうしてもヴェストさんと共同生活を続けたいなら、
      君は、その転向---彼女にそそのかされて信仰を棄てたことを、絶対に公にしてはいけない。いいから、終いまで言わせてくれ! 
      そうしなくちゃならないのなら、どんな考えも信仰も、好きなようにすればいい、何だって構わない。
      しかし自分の考えは自分だけにしまっておけ。あくまで個人の問題だ。何も国中に向かって叫ぶ必要はちっともない。
ロスメル  僕にはどうしても必要なんだ、現在の間違ったあいまいな生活から抜け出すことが。
クロル  ロスメル、君にはロスメル家の伝統を守る義務がある! それを忘れるな! 
      ロスメルスホルムは思い出せる限りずっと、道徳と秩序を守る砦だった。
      社会のすぐれた人々が受け継いできた全てのものに尊敬と恭順の年を守り続けてきた。みながロスメルスホルムを模範と仰いできたんだ。
      もし今、君がこのロスメル家の伝統を放り投げたという噂が広まったら、致命的な混乱をまねくだろう。
ロスメル  クロル---僕はそう見ない。ロスメル家が長い時代を通して作り出してきた闇と抑圧に、
       小さな光と喜びを生み出すことこそ、僕の本当の義務だと思っている。
クロル  (険しく彼を見て)なるほど、ここで家系が絶えるという男には、格好の仕事だ。
      放っておけよ、ロスメル。その仕事は君には向いてないよ。君は静かな学究として生きていく人間なんだ。
ロスメル  そうかもしれない。しかし僕も今は、人生の戦いの中に身を置きたいと思う。
クロル  その戦いがどういうものか、分かっているのか? 友人全てを相手にした死ぬか生きるかの戦いなんだぞ。
ロスメル  (静かに)みんながみんな、君のような狂信者とは限らない。

89 :名前なし:2009/08/11(火) 23:08:18 ID:TGe4TRqt
クロル  君はナイーヴだよ、ロスメル。世間を知らなさすぎる。どんなすごい嵐に襲われるか、分かってはいないんだ。

(マダム・ヘルセットが左手ドアから顔を出す)

ヘルセット  お嬢様がお聞きして来いと---
ロスメル  何だね?
ヘルセット  牧師さまにちょっとお目にかかりたいという方が下に---
ロスメル  昨晩の人か?
ヘルセット  いいえ、あのモルテンスゴールです。
ロスメル  モルテンスゴール!
クロル  ははあ! もうそこまで行っているのか!
ロスメル  僕に何の用だ? どうして追い返さない?
ヘルセット  お嬢様がお二階へ通してよいか、うかがってこいと---
ロスメル  客があると言ってくれ---
クロル  (マダム・ヘルセットに)お通ししていいよ。

(マダム・ヘルセットは去る)

クロル  (帽子を取る)俺はひとまず退散しよう。しかし、決戦はこれからだ。
ロスメル  信じてくれ、クロル---僕はモルテンスゴールとは何の関係もない。
クロル  もう君を信じない。今後は一切、いかなる点でも君を信じない。いよいよ、真剣勝負だ。こっちも手加減はしないからな。
ロスメル  ああ、クロル---なんて、なんて、君は堕落してしまったんだ!
クロル  俺が? 君にそんなことを言える資格があるのか! ベアーテを忘れるな!
ロスメル  またそれを言う!
クロル  いや。あの滝が秘める謎を、君は良心に照らして解いてみるがいい。良心が、まだ残っているなら。

(ペーデル・モルテンスゴールが左手ドアからゆっくり静かに入ってくる。赤毛と髭の薄い小柄な痩せた男)

90 :名前なし:2009/08/12(水) 00:14:18 ID:oQvfQbrS
クロル  (憎悪の目つきで)そうら、『灯台の光』だ---ロスメルスホルムに光を灯してもらおうか。
      (上衣のボタンをかける)そうすれば、私も航路を迷わずにすむわけだ。
モルテンスゴール  (穏やかに)『灯台の光』は、校長先生の家路を照らすよう、絶えず光を灯しておきましょう。
クロル  かねがね、ご好意のほどは存じております。
      まあ、<汝、隣人に対して、偽りの証言をするなかれ>は、十戒の一つですからな---
モルテンスゴール  校長先生から、十戒のご講義を受ける必要はありません。
クロル  <汝、姦淫するなかれ>も?
ロスメル  クロル!
モルテンスゴール  それが必要とあらば、牧師さんが最適でしょうね。
クロル  (軽蔑の念を抑えて)牧師さん? そう、その点については、間違いなくロスメル牧師が最適だ。首尾よいご相談を、お二方!

(彼はドアをばたんと閉めて去る)

ロスメル  (ドアの方を見つめていて、独り言)まあ、仕方のないことだ。(振り向く)なんですか、モルテンスゴールさん、ここにいらした御用は?
モルテンスゴール  実は、ヴェストさんをお訪ねしたんです。昨日いただいたご親切な手紙のお礼に。
ロスメル  手紙のことは知っています。で、お会いになったんですか?
モルテンスゴール  ええ、ちょっとばかり。(かすかな微笑)それで、このロスメルスホルムでは、考え方が一、二、変ってきたかとお聞きしましたが。
ロスメル  私の考え方は、多くの点で変りました。いや、ほとんど全てと言ってもいい。
モルテンスゴール  ヴェストさんもそんなことを。それで、そのことについて、少しお話してみたらと言われまして。
ロスメル  何についてですか、モルテンスゴールさん?
モルテンスゴール  お考えが変られたことを、『灯台の光』で発表してもよろしいですか---あなたが、進歩的な自由思想の陣営を支持されるということを?
ロスメル  構いません。こちらからお願いしたいくらいです。
モルテンスゴール  では、明日の朝刊に載せさせていただきます。これは重大ニュースですよ、
             ロスメルスホルムのロスメル牧師が、この方面でも光を求めて戦うおつもりだというのは。
ロスメル  おっしゃる意味がよく分かりませんが。

91 :名前なし:2009/08/12(水) 00:16:04 ID:oQvfQbrS
モルテンスゴール  つまり、我々が真摯なキリスト教徒の同志を獲得するたびに、わが党の道徳的な基盤が強固になるということです。
ロスメル  (やや驚いて)じゃ、知らないんですか? ヴェストさんから聞きませんでしたか?
モルテンスゴール  何を? あの方は急ぎの用がおありとかで、後は先生ご自身からうかがうようにと---
ロスメル  じゃあ、言いましょう。私は、徹頭徹尾、自由な人間になりました。教会の教えとは、もう関係ありません。今後、ああいうものとは無縁です。
モルテンスゴール  (驚愕して彼を見る)これは、また---天地がひっくりかえっても、こんな! 牧師さんご自身の口から!
ロスメル  そうです。今の私は、あなたが長年とってこられた立場と同じです。それも明日の『灯台の光』で公表してくださって結構です。
モルテンスゴール  それも? いや、いや、失礼ですが、牧師さん---それには触れない方がいいと思います。
ロスメル  触れない?
モルテンスゴール  今の所は、ですがね。
ロスメル  よく分かりませんが---
モルテンスゴール  まだいろんな事情がお分かりになっていない。
             でも、今、自由思想の陣営に加わって---その---ヴェストさんが言われるように---
             実際の運動にも参加なさろうと言うからには、この運動のために出来るだけの力を貸したいとお考えでしょう。
ロスメル  心からそう願っています。
モルテンスゴール  だったら、はっきり申し上げますが、あなたが教会を棄てたということを公然と口にされますと、
             あなたは最初からもうご自身の手足を縛ってしまうことになります。
ロスメル  そうでしょうか?

92 :名前なし:2009/08/12(水) 00:17:47 ID:oQvfQbrS
モルテンスゴール  ええ、そうなれば、この辺りでのあなたの力は、ほとんどなくなってしまうことうけあいです。
             それに牧師さん、自由思想家はもう十分なんですよ。多すぎると言ってもいい。
             わが党が必要としているのは、キリスト教的要素です---つまり誰もが尊敬せざるを得ないもの、
             それなんです、我々に一番欠けているのは。したがって、一般大衆に関係のないことは、
             黙っておられる方が懸命だと思います。これが私の意見です。
ロスメル  そうですか。じゃあ、私の転向を公にするなら、私と関わりを持ちたくないと言われるんですね?
モルテンスゴール  (頭を振る)躊躇せざるを得ませんね、牧師さん。
             最近私は、教会の教義に反するものは一切しないというのを鉄則にしているんです。
ロスメル  あなたは最近、教会へ復帰したわけですか?
モルテンスゴール  それは今、関係ないでしょう。
ロスメル  なるほど、そうですか。あなたという人が分かった。
モルテンスゴール  牧師さん---忘れないでください。私は---他のものと違って---完全な行動の自由を持っていないんです。
ロスメル  何に縛られているんですか?
モルテンスゴール  私が札付きだということにです。
ロスメル  ああ---そう。
モルテンスゴール  札付きです、牧師さん。あなたが忘れるとはね。私を札付きにしたのは、第一にあなただったんですから。
ロスメル  今の私なら、あなたの咎をもっと穏やかに扱ったでしょうが。
モルテンスゴール  そうでしょう。でも遅すぎます。あなたにつけられた汚名は決して消えません。
             死ぬまでついてまわります。いや、これがどういうものか、分からないでしょう。
             しかし今度はおそらくあなたも、この刺すような痛みを、肌で感じることになるでしょう。
ロスメル  私が?

93 :名前なし:2009/08/12(水) 00:19:04 ID:oQvfQbrS
モルテンスゴール  クロル校長の一派が、あなたの裏切りに慈悲をたれるなんてお考えじゃないでしょうね? 
             『郷土新聞』はかなり残酷にやるという噂です。あなたも札付きにされかねません。
ロスメル  私は個人的な問題で非難を受けることは何もありません、モルテンスゴールさん。自分の行状に恥ずべき点は何もありません。
モルテンスゴール  (かすかな微笑)大した言い方ですね、牧師さん。
ロスメル  そうかもしれません。しかし、そう言い切る自信があります。
モルテンスゴール  かつて私の行状を詮索された時のように、事細かに自分の行状を調べられてもですか?
ロスメル  変な言い方ですね。何か、はっきりしたことでもあるんですか?
モルテンスゴール  ええ、一つ、はっきりした事実があります。たった一つですが。
             でもそれだって、悪意に満ちた反対陣営の奴らに嗅ぎ付けられれば、命取りになりかねませんよ。
ロスメル  何です、教えてください。
モルテンスゴール  ご自分でお気付きになりませんか?
ロスメル  全然。
モルテンスゴール  そうですか、では申しましょう。私は、このロスメルスホルムで書かれた一通のおかしな手紙を所有しています。
ロスメル  ヴェストさんの手紙でしょう? あれがそんなにおかしなものですか?
モルテンスゴール  いいえ、あれはちっとも。しかし私は、前にも一度、別の手紙を受け取っているんです。
ロスメル  それもヴェストさん?
モルテンスゴール  いいえ。
ロスメル  それじゃ誰? 誰からです?
モルテンスゴール  亡くなられた奥様から。
ロスメル  家内から! 私の家内があなたに?
モルテンスゴール  ええ、私にです。
ロスメル  いつのことです?
モルテンスゴール  お亡くなりになる少し前。もう一年半ばかり前になりますか。その手紙なんです、おかしいと言ったのは。
ロスメル  家内はあの頃気が変になっていたのはご存知でしょう。
モルテンスゴール  ええ、そう思われていたことは知っています。でも、その手紙からは、
             そんな形跡はうかがえませんでした。手紙がおかしいというのは別のことなんです。
ロスメル  一体家内は何を言いたかったんです?

94 :名前なし:2009/08/12(水) 00:22:59 ID:oQvfQbrS
モルテンスゴール  手紙は家にありますが---奥様は、初めに、自分は今大変な恐怖の中で暮らしていると書いておられました。
             それというのも、この辺には悪い人がたくさんいて、ただあなたを傷つけることばかり考えていると。
ロスメル  私を!
モルテンスゴール  そうおっしゃっていました。でも、それからなんです、おかしいのは。全部お話しましょうか、牧師さん?
ロスメル  もちろん! 何もかも。
モルテンスゴール  奥様は私に、寛大であってほしいと哀願されているのです。
             私を教師の職から追放したのはロスメルだと知っているが、決して復讐はしないでくれと、そうお頼みになっているんです。
ロスメル  あなたが復讐するなんて、どうして考えたんだろう?
モルテンスゴール  お手紙にはこう書かれてありました。ロスメルスホルムで何か罪深いことがあると言う噂を耳にしても、決して信用しないでくれ。
             それは、あなたを陥れるために、よくない連中が流している噂にすぎないからと。
ロスメル  そんなことが手紙に!
モルテンスゴール  いつか、よろしい時にお読みになってみてください。
ロスメル  それにしても分からない! よくない噂って、どんなことを考えていたんだろう?
モルテンスゴール  一つは、牧師さんが長年の信仰を棄てられたという噂。
             奥様は、それをはっきり否定なさっていました---あの時は。それから---ふん---
ロスメル  それから?
モルテンスゴール  それから、こう書いておられました。いくらか文意が乱れているんですが---
             ロスメルスホルムで何か罪深い関係が存在するというような事実は、自分は知らない。
             自分は、不当な仕打ちを受けたことは一度もない。もしそんな噂が流れても、どうか『灯台の光』に載せたりはしないでほしい、と。
ロスメル  誰かの名前は?
モルテンスゴール  ありません。
ロスメル  手紙を届けたのは誰です?
モルテンスゴール  それは言わないことになっています。ある晩、暗くなってから届けられました。
ロスメル  よくお調べになれば、家内が正気じゃないことはすぐ分かったでしょう。

95 :名前なし:2009/08/12(水) 00:55:23 ID:oQvfQbrS
モルテンスゴール  調べました、牧師さん。しかし私はそういう印象を受けませんでした。
ロスメル  そうですか? しかし、どうして今になって、そのおかしな手紙のことを打ち明けるんです?
モルテンスゴール  あなたに、出来るだけ慎重になさってくださいと言いたいからです。
ロスメル  私生活において?
モルテンスゴール  そうです。今後あなたはもう、無条件で非難を免れるというわけにはいかないんですから。
ロスメル  この家に何か隠すべきことがあると思い込んでいらっしゃるんですね。
モルテンスゴール  自己を解放した人間が、意のままに生きて悪いことはない。私はそう思います。ただ、繰り返し申しますが、今度は慎重になさってください。
             もし、世間の道徳に反するような噂が立つと、自由解放運動全体が傷つくようになりますから。失礼します、牧師さん。
ロスメル  さようなら。
モルテンスゴール  これからまっすぐ印刷所へ行って『灯台の光』に重大ニュースを組み入れます。
ロスメル  残らず入れてください。
モルテンスゴール  善良な民衆が知るべきことは残らず組み入れます。

(彼は挨拶して去る。彼が階段を降りている時、ロスメルはドアの所に立っている。玄関の扉が閉まる音)

ロスメル  (ドアの所で、低く呼ぶ)レベッカ! レ---ふん。(高く)ヘルセットさん、ヴェストさんは下ですか?
ヘルセット  (下の玄関ホールで)いいえ、ここにはいらっしゃいません。

(奥のカーテンが横に引かれて、レベッカが戸口に現れる)

96 :名前なし:2009/08/12(水) 00:56:45 ID:oQvfQbrS
レベッカ  ロスメル!
ロスメル  (振り向く)なんだ! 寝室にいたのか! 何をしていたんだ、レベッカ?
レベッカ  (近付く)私、聞いていたの。
ロスメル  そんな、レベッカ、どうして!
レベッカ  そう。あんな嫌な言い方をされたから---朝衣のことで---
ロスメル  じゃ、クロルがいた時からずっと?
レベッカ  ええ。あの人の腹の中にあることを知りたかったの。
ロスメル  僕から聞けるじゃないか。
レベッカ  全部ってわけにはいかないでしょう。それに、あの人の言葉通りじゃないし。
ロスメル  じゃ、すっかり聞いていたのか?
レベッカ  大体ね。モルテンスゴールが来た時、ちょっと下に降りたけど。
ロスメル  それから、また上に---
レベッカ  怒らないで、あなた。
ロスメル  自分でいいと思うことは何をしたっていい。君は当然自由だ。それで、どう思う、レベッカ? 今ほど、君が頼りに思えることはないよ。
レベッカ  あなたも私も、いつかはこうなると覚悟していたじゃありませんか。
ロスメル  いや、いや---こんなことまでは。
レベッカ  こんなことまで?
ロスメル  遅かれ早かれ、僕らの美しい友情関係が誤解と疑いにさらされるとは思っていた。
       しかしクロルがね。彼があんなことを言うとは思いもしなかった。
       でも、他の卑しい連中は、そうだよ、君---これを何とか隠しておこうと言ったのは当然だっただろう。これは危険な秘密だよ。
レベッカ  人の言い草なんか気にすることないわよ。私たち後ろめたいことは何もないんですから。
ロスメル  後ろめたい? そう、僕もそう思っていた---今日までは。でも、今は---レベッカ---
レベッカ  今は?
ロスメル  ベアーテのあの非難の言葉をどう考えたらいい?
レベッカ  (突然激しく)ベアーテのことはやめて! 考えないで! 死んだ人のこと、あなた忘れかけていたのに。
ロスメル  あんな話を聞いたら、嫌でもまた息を吹き返してきたよ。
レベッカ  いいえ、駄目、ロスメル! 駄目よ!
ロスメル  そうだよ、君。これはとことん、突き詰めてみなくちゃならない。どうして彼女は、あんな誤解をしたのか。

97 :名前なし:2009/08/12(水) 00:58:19 ID:oQvfQbrS
レベッカ  気が違ってたのよ。それまで疑い出したんじゃないでしょうね。
ロスメル  それなんだ、もうそれほど確信がもてなくなった。それに、気が違っていたとしたら---
レベッカ  だとしたら? どうなの?
ロスメル  心を狂わせた原因はどこにあったんだろう?
レベッカ  そんなこと、くよくよ考えてどうなるの?
ロスメル  どうしようもないよ、レベッカ。この刺すような疑いは、棄てようとしても棄てられない。
レベッカ  でも、よくないわよ。一つのことばかり考えていては。
ロスメル  (落ち着きなく、思いに沈んで歩き回る)きっと僕の顔に出ていたんだ。君がここに来てから、楽しそうになった僕の様子に気付いていたんだ。
レベッカ  だからって!
ロスメル  ねえ、分かっていたんだよ、僕ら二人が、同じ本を読んで、いろんな新しい問題について話し合っていたのを。
       しかし、どうしてだ! 僕は気付かれないように細心の注意を払っていたのに。
       思い出してみても、僕は何事につけ、僕らのことから彼女をはずしていた。そうじゃないか、レベッカ?
レベッカ  その通りよ。
ロスメル  君だって。それなのに! 恐ろしいことだ! 彼女はこの家で、病的な愛情を抱いて、
       何も言わず、僕たちをじっと見つめていた。何もかも知りながら、何もかも誤解していた。
レベッカ  (自分の手を握り締め)ああ、ロスメルスホルムに来なければよかった。
ロスメル  黙って苦しんでいたんだ! 狂った心で、僕らのことにありもしない酷い妄想を抱いていた。君にもそんなことは一言も口にしなかった?
レベッカ  (びくっとして)私に! 何か言われたら、一日でもここにいられると思う?
ロスメル  いや、いや、そうだろう。彼女にはどんなに苦しい戦いだったか。たった一人で戦っていたんだ、レベッカ。
       絶望の中で、一人ぼっちで、そして遂に勝利した、あの恐ろしい、非難の行為、水車小屋の滝で。

(机の側の椅子に身を投げ、肘をついて手で顔を覆う)

98 :名前なし:2009/08/12(水) 00:59:46 ID:oQvfQbrS
レベッカ  (後ろからゆっくり近付き)ねえ、ロスメル。
       もしベアーテを呼び戻す力があなたにあったら---あなたの手に---ロスメルスホルムに---そしたらあなた、そうしたい?
ロスメル  自分でも、なにをしたいか、したくないか、分からなくなってしまった。心にあるのは、この、取り返しのつかないことだけ。
レベッカ  今こそ、新しく生きるはずだったでしょう、ロスメル。
       もう始めていたじゃない。あなたは完全に自由で---喜びに溢れ、心もはずんでいたじゃない---
ロスメル  そうだよ---その通りだ。そこへ、この心を押しつぶす重みが---
レベッカ  (背後から椅子の背に手を置いて)楽しかったわね、私たち、夕暮れに下の居間に座って、これからの新しい生活の夢を語り合った。
       あなたは現実の生活に飛び込もうと言った---今日の生きている人生---そう言ったわね。
       自由解放の使徒として、家から家を巡り歩き、人々の心を高めて高貴な人間を作り出す---その輪がどんどん広がって。高貴な人間。
ロスメル  喜びに溢れた、高貴な人間。
レベッカ  そう---喜びに溢れた。
ロスメル  喜びが心を高貴にするんだからね、レベッカ。
レベッカ  哀しみは? 大いなる哀しみは駄目?
ロスメル  もちろん---それを克服するならね。完全に克服するなら。
レベッカ  それこそ、あなたの務めよ。
ロスメル  (重々しく頭を振る)僕には駄目だ---完全に克服は出来ない。疑いがつきまとう。一つの疑いが。
       僕はもう永遠に失ってしまったのだ。それこそが人生をあんなに美しいものにしていたのに。
レベッカ  (椅子の背越しに、ゆっくり)それは何なの、ロスメル?
ロスメル  (彼女を見上げ)静かな、喜びに溢れた、罪のない心。
レベッカ  (一歩退いて)ええ、罪のない心。

(短い間)

99 :名前なし:2009/08/12(水) 01:00:55 ID:oQvfQbrS
ロスメル  (机に肘をついて頭を支え、空を見つめる)こんな風に彼女は物事を結び付けていったんだ。きちんと筋道を立てて。
       まず僕の信仰に疑いをもつ。あのころどうしてそんなことが考えられていたんだろう。
       でも、とにかく疑いをもった。それが確信に変わる。それからは---無論、どんな事だって簡単に信じられる
       (身を起こし、髪を掻き毟る)ああ、この妄想! 駄目だ、離れない。ここにある。どうしようもない。
       こうやってとり憑いてきては、死んだものを思い出させる。
レベッカ  ロスメルスホルムの白い馬のように。
ロスメル  そうだ。闇の中を疾風のように駆け抜ける。静寂の中を。
レベッカ  その、馬鹿げた迷いのために、今始めようとしていた新しい生活を捨てようというの。
ロスメル  そうだ、つらい、つらいよ、レベッカ。しかしどうしようもない。僕はどうやってこれを克服すればいい!
レベッカ  (椅子の背後で)新しい結びつきをもつのよ。
ロスメル  (驚いて見上げる)新しい結びつき!
レベッカ  そう、外の世界との新しい結びつき。生きること、働くこと、行動すること。こんな所で、解けもしない謎をこね回していないで。
ロスメル  (立ち上がる)新しい結びつき? (部屋を歩いて、ドアの所で止まり、戻って来る)あることを思いついた。君も同じことを思っていないか、レベッカ?
レベッカ  (息遣いが高まり)なあに---言って?
ロスメル  これから後、僕らの関係はどうなるだろう?
レベッカ  私たちの友情は変わらないわ、どんなことがあっても。
ロスメル  そうじゃないんだ。僕ら二人を最初から近づけて---固く心を結び合わせたのは---男女の間にも、清らかな共同生活は可能だという信念だった---
レベッカ  ええ、それで?
ロスメル  そういう関係---僕らのような---それは、静かで幸せな落ち着いた生活の中でこそ、育っていくものじゃないだろうか?
レベッカ  それで!
ロスメル  ところが今、僕の前に広がろうとしているのは、闘争や混乱に満ちた生活。僕は生きたいんだよ、レベッカ! 
       嫌な可能性には負けたくない。自分の生き方を他人に決められたくはない、それが生きているものだろうと---そうでなかろうと。

100 :名前なし:2009/08/12(水) 03:32:27 ID:oQvfQbrS
レベッカ  ええ、ええ、そうよ! 完全な自由な人間になるのよ、ロスメル!
ロスメル  でも、僕の考えが分かる? どうやったら、この嫌な思い出から開放されるか分かる---惨めな過去の全てから?
レベッカ  それで!
ロスメル  それに対抗できる新しい、生きた現実を築くことだ。
レベッカ  (椅子の背を求めて)生きた? それは、何?
ロスメル  (近付く)レベッカ---もし今、僕が結婚を申し込んだら---僕の二番目の妻になってくれる?
レベッカ  (一瞬、言葉もなく、歓喜の声)あなたの妻に! あなたの! 私が!
ロスメル  よし。やってみようよ。僕ら二人は一つになる。もうここには、死んだものが残した空洞はなくなるんだ。
レベッカ  私が---ベアーテの場所に!
ロスメル  そうすれば彼女は記憶から消える。あとかたもなく、永久に。
レベッカ  (ゆっくり、震えて)そう思う、ロスメル?
ロスメル  そうだ! 決まっている! 死人を背負って生きていくのはごめんだ。それを棄てるのを助けてくれ、レベッカ。
       全ての思い出を抹殺する、自由の中で、喜びの中で、情熱の中で。君は僕のただ一人の妻になる。
レベッカ  (気持ちを抑えて)二度と言わないで。私は決してあなたの妻にはなりません。
ロスメル  何だって! 決して! 僕を愛せないと言うのか? 僕らの友情には、既に愛情の芽生えがあったんじゃないのか!
レベッカ  (恐怖に包まれたように耳を抑え)言わないで、ロスメル! そんなことを口にしないで!
ロスメル  (彼女の腕を掴む)なぜだ! 僕らの関係には、だんだん膨らんでいくものがある。君だってそう感じていただろう、顔で分かるよ、レベッカ。違うか?
レベッカ  (再び、しっかりと落ち着いて)いい? はっきり言います。もしこれを、繰り返しおっしゃったら、私はロスメルスホルムを出て行きます。
ロスメル  出て行く! 君が! そんなことできない。ありえないよ。
レベッカ  私があなたの妻になることの方が、もっとありえないの。この世にある限り、私はあなたの妻になることは出来ません。
ロスメル  (驚いて彼女を見る)<できない>。妙な言い方をしたね。どうしてできないんだ?

101 :名前なし:2009/08/12(水) 03:33:35 ID:oQvfQbrS
レベッカ  (彼の両手を取り)お願いですから---あなたと私の両方のために---理由は聞かないで。(離す)ねえ、ロスメル。

(彼女は左手ドアの方へ行く)

ロスメル  これからは、この問いにつきまとわれる---どうして?
レベッカ  (振り返り彼を見る)そうしたら、お終いだからよ。
ロスメル  僕らの仲が?
レベッカ  ええ。
ロスメル  僕らの仲は絶対に終わらない。君は絶対にロスメルスホルムから出て行きはしない。
レベッカ  (ドアの取っ手に手をかけ)出て行かないでしょう。でも、あなたがまた訪ねたら---やはりお終いになります。
ロスメル  やはり? なぜ?
レベッカ  そうしたら、私はベアーテと同じ道をとりますから。分かったでしょう、ロスメル。
ロスメル  レベッカ!
レベッカ  (ドアのところで、ゆっくり頷く)分かったでしょう。

(彼女は去る)

ロスメル  (放心したように閉められたドアを見つめ、一人つぶやく)これは---どういうことだ?

102 :名前はいらない:2009/08/12(水) 03:36:25 ID:SuySCKsA
てす

103 :名前なし:2009/08/12(水) 17:53:11 ID:wcHk9cjI
第三幕

(ロスメルスホルムの居間。窓も玄関ホールへのドアも開け放たれている。外は朝の太陽)
(レベッカ・ヴェストは第一幕と同じ服装で窓の所に立ち、花に水をやって手入れしている。
編みかけのショールは肘掛け椅子の上にある。マダム・ヘルセットは羽毛ブラシで、あたりの家具を掃除している)

104 :名前なし:2009/08/12(水) 17:54:40 ID:wcHk9cjI
レベッカ  (しばしの沈黙の後)変ね、牧師さん、今日はこんなに遅くまで上にいらっしゃるなんて。
ヘルセット  よくあることですよ。もうじき降りていらっしゃるでしょう。
レベッカ  今朝はお会いした?
ヘルセット  ほんのちょっと。コーヒーを上へお持ちしましたら、寝室で着替えをなさってました。
レベッカ  昨日は少し気分が悪かったみたいだから、それで私---
ヘルセット  そんなご様子でしたね。お義兄様と、何かあったんじゃございませんか。
レベッカ  どんなこと?
ヘルセット  よくは分かりませんが、あのモルテンスゴールが、お二人の仲を裂いたとか。
レベッカ  ありえるわね。あなた、ペーデル・モルテンスゴールを知ってるの?
ヘルセット  とんでもありません。どうしてそんな? あんな男を!
レベッカ  そんな風にいうのは、あんなゴロ新聞を出しているから?
ヘルセット  それだけじゃありませんよ。お嬢様もご存知でしょう。あの男は亭主に逃げられた女と子供を作ったんですよ。
レベッカ  ええ、聞いたことがあるわ。私が来るずっと前にね。
ヘルセット  本当に、あの男もまだとても若くて、女の方が分別をもつべきだったんです。結婚するつもりでしたけどね、あの男は。
        でも、許されなかったんですよ。それで、酷い目に会って。
        でもその後は出世したものですよ、モルテンスゴールも。今では、あの男の後に従うものが大勢おります。
レベッカ  貧しい人たちはみんな、何かあると、一番にあの人の所へ行くようね。
ヘルセット  貧しいものだけじゃございませんよ。
レベッカ  (ちらっと彼女の方を見て)そう?
ヘルセット  (ソファのところで、忙しげに埃を払って)まさかと思うような方までもが。
レベッカ  (花を直しながら)あなたの勝手な想像でしょう。だって分かるはずがないもの。
ヘルセット  分かるはずがないって? ところがあるんですよ。実を言いますとね、私一度、モルテンスゴールに手紙を届けたことがあるんです。
レベッカ  (振り返る)まあ、あなたが!
ヘルセット  はい。しかもそれは、このロスメルスホルムで書かれたものなんです。
レベッカ  本当なの、ヘルセットさん?

105 :名前なし:2009/08/12(水) 17:56:00 ID:wcHk9cjI
ヘルセット  嘘じゃありません。綺麗な紙に書かれて、紅い蝋の封印が---
レベッカ  で、あなたが届けるように頼まれた? 誰が書いたか、おおよその見当はつくわね。
ヘルセット  そうですか?
レベッカ  きっと、可哀想な奥様が病気の時に---
ヘルセット  お嬢様ですよ、それを口にされたのは。私じゃありません。
レベッカ  でも、手紙にはなんと書いてあったの? ああ、そうね、あなたには分からないわね。
ヘルセット  ところが、分かるってこともありますよ。
レベッカ  奥様から聞いたの?
ヘルセット  いいえ、奥様からは何も。でも、モルテンスゴールが手紙を読んでから、根掘り葉掘り聞くものですから、大体の見当は。
レベッカ  どんなこと? ねえ、優しいヘルセットさん、教えてくださらない?
ヘルセット  いいえ、お嬢様。これだけは、どんなことがあっても。
レベッカ  ねえ、私ならいいじゃないの。お友達でしょう。
ヘルセット  神様に誓って駄目でございます、お嬢様。ただ、これだけは言えます。
        みんなで、あの気の毒なご病気の奥様に、何かよくないことを吹き込んでいたらしいと。
レベッカ  みんなって、誰のこと?
ヘルセット  悪い人たちですよ、お嬢様。意地の悪い人たち。
レベッカ  意地の悪い?
ヘルセット  はい、もう一度申しますけど、意地の悪い人たちです。
レベッカ  誰か、心当たりがあるの?
ヘルセット  心当たりなんて。いいえ、うっかり口には出来ません。町には、ある奥様がいらして---ふん。
レベッカ  クロル先生の奥様ね、あなたが言うのは。
ヘルセット  あの方もその一人です。私にはいつも、つっけんどんで。あなただって、決してよくは思われておりませんよ。
レベッカ  モルテンスゴールに手紙を書いたとき、奥様は正気だったと思う?
ヘルセット  人間の心なんて、おかしなものですからね。奥様の心がはっきり狂っていたとは、私は思いません。
レベッカ  でも、一生子供が出来ないと分かった時、あの方の取り乱しようったらなかったでしょう。あの時よ、頭がおかしくなったのは。
ヘルセット  ええ、大変なショックで、お気の毒に。

106 :名前なし:2009/08/12(水) 17:57:06 ID:wcHk9cjI
レベッカ  (編み物をとり、窓側の椅子に座る)でも、考えると、牧師さんにはよかったと思わない、ヘルセットさん?
ヘルセット  何がですか?
レベッカ  子供がいなかったこと。
ヘルセット  さあ、どう申せばいいか。
レベッカ  そうよ、よかったのよ。牧師さんは、赤ん坊の泣き声に我慢できる方じゃないもの。
ヘルセット  ロスメルスホルムでは、赤ん坊が泣くことはありませんよ、お嬢様。
レベッカ  (彼女を見る)泣かない?
ヘルセット  はい。このお屋敷で赤ん坊が泣いたことは、これまで人の記憶にないんです。
レベッカ  変ね、それは。
ヘルセット  変でございましょう? 血筋なんですよ。それにもう一つ変なことが。赤ん坊は大きくなっても、決して笑いません、死ぬまでずっと。
レベッカ  不思議なことがあるものね---
ヘルセット  お嬢様は、牧師さまが笑われたのを、一度でも、見たり聞いたりしたことがございますか?
レベッカ  いいえ---そう言えば、その通りだわ。でもこの辺の人は、大体笑うってことがあまりないんじゃない?
ヘルセット  そうです。それはロスメルスホルムから始まったと言います。一種の伝染病みたいと言いますか。
レベッカ  ずいぶん賢いことを言うのね、ヘルセットさん。
ヘルセット  からかわないでください---(聞く)しっ---牧師さまが降りていらっしゃいますよ。あの方、掃除を見るのがお嫌いですから。

(彼女は右手ドアから去る)
(ヨハネス・ロスメルが、杖と帽子を手に、玄関ホールから入ってくる)

107 :名前なし:2009/08/12(水) 19:44:11 ID:wcHk9cjI
ロスメル  おはよう、レベッカ。
レベッカ  おはよう、あなた。(編み物をしながら、ややあって)お出かけ?
ロスメル  うん。
レベッカ  いいお天気ね。
ロスメル  今朝は君、二階に来なかったね。
レベッカ  ええ、今日は。
ロスメル  これからは、もう来ないつもり?
レベッカ  さあ、どうでしょう。
ロスメル  何か来てるかい?
レベッカ  『郷土新聞』が来てますわ。
ロスメル  『郷土新聞』!
レベッカ  テーブルの上に。
ロスメル  (帽子と杖を置いて)何か出てる?
レベッカ  ええ。
ロスメル  それなのに、持って来てくれなかった---
レベッカ  どうせ、すぐ読めるでしょう。
ロスメル  まあね。(新聞をとって、テーブルの側に立ったまま読む)何だ! 
       <節操なき変節漢どもには、いくら警戒してもしすぎることはない>、
       (彼女の方を見て)僕のことを変節漢だって、レベッカ。
レベッカ  名前はないでしょ。
ロスメル  同じことだ。(先を読む)<善事をひそかに裏切るもの><ユダ的性格、時よく利ありと見れば、厚顔無恥にも、たちまち背信を公にする>
       <恭しき名誉ある祖先への誹謗><一時の権力を占めたものからの報酬を目当てとして>。
       (新聞をテーブルの上に置く)これが、僕のことか。長い間付き合ってきた連中が。自分でも信じていないことを。
       一言だって、真実じゃないとわかっているくせに---それでも書くんだ。
レベッカ  まだありますよ。
ロスメル  (再び新聞をとり)<未熟な判断力の言い訳><悪徳の影響は---おそらく、今は公に論じるを憚るような領域まで広がらんか>
       (彼女を見る)何だい、これは?
レベッカ  私のこと。
ロスメル  (新聞を置いて)レベッカ---これは卑劣漢のすることだ。
レベッカ  ええ、この人たち、もうモルテンスゴールのやり方をとやかく言えないわね。
ロスメル  (部屋を歩く)これは何とかしなくちゃ。このままでは、人間の中にあるいいものが全て駄目になってしまう。
       放っておくことは出来ない! この醜い世の中に一筋の光を点ずることが出来たら、ああ、どんなに---どんなに嬉しいだろう!

108 :名前なし:2009/08/12(水) 19:45:30 ID:wcHk9cjI
レベッカ  (立ち上がる)そうでしょう? それこそ、あなたが命をかけてもいい素晴らしい仕事よ!
ロスメル  人の目を覚まして自分を悟らせる。自らを後悔し恥じ入るようにさせる。互いに親しくなって、我慢強く---愛情深くね、レベッカ。
レベッカ  やってみるのよ、ロスメル。あなたならできる。
ロスメル  そうなるはずだ。そうなれば、人生はどんなに素晴らしいか。憎しみに満ちた戦いはなくなる。友人同士の競争だけだ。
       誰の目も同じ目標を見つめ、全ての意思、全ての心が前へ前へ---上へ、上へ---自分にぴったりの道を進んでいく。
       幸せはみんなのために、みんなによって作られる。(外の風景を眺め、びくっとして、重々しく言う)ああ! 僕では駄目だ。
レベッカ  駄目? あなたでは駄目?
ロスメル  僕自身がそうなれない。
レベッカ  ロスメル、そんな迷いにとりつかれないで。
ロスメル  幸せ---ねえ、レベッカ---幸せとは、何よりも先ず、罪のない心から生まれる、静かで喜びに溢れた、落ち着いた気持ちのことだ。
レベッカ  (空を見つめ)ええ、この罪---
ロスメル  君には関係がない。でも、僕には---
レベッカ  あなたこそ、少しも!
ロスメル  (窓を指し)水車小屋の滝。
レベッカ  ああ、ロスメル!

(マダム・ヘルセットが右手ドアから顔を出す)

ヘルセット  お嬢様!
レベッカ  あとで、あとでね。
ヘルセット  ちょっとだけ、お嬢様。

(レベッカはドアの方へ行く。マダム・ヘルセットが何か話す。しばし囁き声で会話。マダム・ヘルセットは頷いて去る)

109 :名前なし:2009/08/12(水) 19:47:23 ID:wcHk9cjI
ロスメル  (落ち着きなく)何か僕に?
レベッカ  いいえ、ちょっとお勝手のこと。さあ、あなた、新鮮な外の空気を吸いに行くんでしょう。ゆっくり、遠くまでね。
ロスメル  (帽子を取る)ああ、一緒に行こう。
レベッカ  私は駄目。一人でいらして。でもそのふさぎの虫は追い払ってね、きっとよ。
ロスメル  これを追い払うことは、どうしても出来ない---そう思う。
レベッカ  そんな馬鹿げたことに、とらわれているなんて---
ロスメル  残念ながら---そう馬鹿げたことじゃない。僕は一晩中考えてみた。ベアーテはやはり間違っていなかったのかもしれない。
レベッカ  何が?
ロスメル  僕が君を愛していると思ったことだよ、レベッカ。
レベッカ  間違ってなかった!
ロスメル  (帽子をテーブルに置き)僕はあれこれ思い返してみた---僕らはずっと、自分を欺いてたんじゃないだろうか---二人の関係を友情だなんて言って。
レベッカ  じゃあ、あれは何だと?
ロスメル  愛情。そう、そう思う。まだベアーテが生きていたときから、僕は君のことしか頭になかった。求めていたのは君だけだった。
       君と一緒の時だけ、僕は、静かで喜びに溢れた落ち着いた幸せを感じていた。
       考えてみれば、ね、レベッカ---僕ら二人の共同生活は、甘い、秘密めかした子供同士の愛のように始まったんだ。
       何の要求もせず、夢も描かず。そんな風に感じてはいなかったか、君も?
レベッカ  (自分と戦いながら)何て言えばいいのか、私には分からない。
ロスメル  そして、二人の、二人だけのものだった親密な生活を、僕らは友情だと思った。
       ね、君---僕らの関係は、心と心の結婚だったんだ。おそらく初めからずっと。
       だから、僕は罪を犯していたんだよ。そんな権利はなかったのに、ベアーテがいる以上。
レベッカ  人は幸せに生きる権利はないの? ねえ、ロスメル?
ロスメル  彼女は愛の目で、僕らの関係を眺めていた。自分の愛情で判断していたんだ。当然だ。ベアーテはあれ以外に判断のしようがなかった。
レベッカ  でも、ベアーテが妄想を抱いたからって、なぜあなたが自分を責めなきゃならないの!

110 :名前なし:2009/08/12(水) 19:48:24 ID:wcHk9cjI
ロスメル  僕への愛情---彼女なりの---その愛情から水車小屋の滝へ歩いて行った。
       その事実は消えないよ、レベッカ。それを忘れることは決して出来ない。
レベッカ  あなたの生涯をかけた、偉大な美しい使命のことだけを考えるのよ!
ロスメル  (頭を振る)それは実現しない。僕は駄目だ。もう今となっては。
レベッカ  どうしてあなたは駄目?
ロスメル  罪に始まることが、成功するはずがない。
レベッカ  (厳しく)ああ、その疑い、恐れ、ためらい、みんな血筋なのよ。
       この辺では、死んだものは白い馬になって戻ってくるというわね。これがそうなのよ。
ロスメル  そうかもしれない。でも、それから逃れられないとしたら、どうすればいい? 
       そうだよ、レベッカ、そうなんだよ。前進して勝利を勝ち取れるのは---喜びに溢れた罪のない人間だけなんだ。
レベッカ  喜びが、そんなにかけがえのないものなの、ロスメル?
ロスメル  喜び? そう---それなんだ。
レベッカ  一度も失ったことがないのに、あなたは?
ロスメル  それでも。僕は何より喜びを求める。
レベッカ  さ、散歩に行って、あなた。遠くまで---ゆっくりね。いい? はい、お帽子。それからステッキ。
ロスメル  (両方をとり)ありがとう。君も行かない?
レベッカ  いいえ、今は駄目。
ロスメル  そうか。いずれにしても、君はもう、僕と一緒だ。

(彼は玄関ホールのドアから出て行く。ややあって、レベッカは開いたドアの陰で外をのぞく。それから右手のドアへ行く)

レベッカ  (ドアを開け、低い声で)さあ、ヘルセットさん。お通ししていいわよ。

(彼女は窓の方へ行く)
(しばらくして、クロル校長が右手ドアから入ってくる。彼は黙ったまま挨拶。帽子は手に持っている)

111 :名前なし:2009/08/12(水) 21:55:14 ID:wcHk9cjI
クロル  出かけた?
レベッカ  ええ。
クロル  いつも遠くまで?
レベッカ  ええ。でも今日は、ちょっと分かりません。お会いしたくないのなら---
クロル  ええ、ええ、あなたと話を。二人きりで。
レベッカ  それじゃ、時間を無駄にしないで。お掛けください、先生。

(彼女は窓側の肘掛け椅子に座る。クロル校長は、側の椅子に腰を下ろす)

クロル  ヴェストさん---あなたには、とても分からないだろう。ヨハネス・ロスメルの変わり様に---私がどんなに心を痛めているか。
レベッカ  私たちは覚悟してました、こんなことになるって---はじめのうちは。
クロル  はじめのうちだけ?
レベッカ  ロスメルは、早晩、あなたが同意してくださると固く信じてましたから。
クロル  私が!
レベッカ  あなたも、お仲間も。
クロル  ね、分かるでしょう! 彼の判断はまるきり子供なんだ。人間や現実のことになると。
レベッカ  それに---今はあの方、あらゆる点で自分を開放することが義務だと思ってらっしゃいますから---
クロル  まさにそれなんだよ、私が信じないのは。
レベッカ  じゃ、何を信じると?
クロル  後ろにいて、全てを操っているのがあなただということ、これは信じますよ。
レベッカ  先生の奥様ね、そうおっしゃったのは。
クロル  誰が言おうと構わない。しかし疑いが湧いてくるのは事実---大変強い疑いがね---あなたがここに来てからの態度を全て考え合わせてみると。
レベッカ  (彼を見る)以前は、先生は、私に大変強い信頼の念を持ってくださっていると思ってました。とても暖かいと言っていいくらいの。
クロル  (低く)誰だって虜にしてしまう---あなたがそうする気になれば。
レベッカ  そうする気になれば!

112 :名前なし:2009/08/12(水) 21:56:55 ID:wcHk9cjI
クロル  そう、あなたはそうした。あの手練手管の中に、特別な感情があったと考えるほど、私ももう馬鹿じゃない。
      あなたはこのロスメルスホルムに足場を築きたかっただけだ。
      しっかりと根を下ろした足場、それを私が助けるはずだった。今は、よく分かる。
レベッカ  すっかりお忘れになったのね、ベアーテが私に来てくれと頼んだのですよ。
クロル  そう、彼女を虜にしたからね。あれが友情かね、あなたに対して抱いていた彼女の感情は? 
      いやいや、偶像視していた、崇拝していた。その結果---何と言えばいい? 一種の絶望的な恋心。そう、そう言ってもいい。
レベッカ  お忘れにならないで、あのころの妹さんの状態を。
       私に関する限り、どの点でも、度を越えた振る舞いをしたと言われる筋合いはありません。
クロル  そう、その通り。だからあなたは危険なんだ、征服された相手には。
      やすやすと計算どおり狙ったものを手に入れる。あなたは冷たい心の持ち主だからね。
レベッカ  冷たい? 確信がおあり?
クロル  今はね。そうでなきゃ、こんなに長い間、一つの目的に向かって迷うことなく進むなんて事が出来るわけがない。
      そう---あなたは望みを達成した。ロスメルも、他のものも、何もかも手に入れた。
      そのためには、彼を不幸にすることも、あえて辞さなかった。
レベッカ  違います。私じゃありません。あの人を不幸にしたのは、あなたご自身よ。
クロル  私が!
レベッカ  ベアーテの恐ろしい最後は、あの人に責任があるなんておっしゃったから。
クロル  それが、心に深く刺さった?
レベッカ  当然でしょう。あんな繊細な心には---
クロル  いわゆる自己を解放した人間は、そんな迷いを乗り越える術を心得ているんだと思ったがね。
      ところが大違い! いやそうだろうね。ああやって見下ろしている人たちの末裔だ。
      この一族に連綿と伝わってきた伝統を、そう簡単にロスメルは棄てられるはずがない。
レベッカ  (思いに沈んで下を見つめる)ヨハネス・ロスメルには、この家の血が深く根をはっている、本当に。

113 :名前なし:2009/08/12(水) 21:58:09 ID:wcHk9cjI
クロル  彼に対する思いやりがあるなら、まずそのことを考えるべきだった。
      しかし、まあ、あなたに考えろというのは無理だろうね。あなたの環境には、天と地の開きがあるんだから。
レベッカ  私の環境って?
クロル  生まれた時の環境。誕生の---ヴェストさん。
レベッカ  それは当然でしょう---私は貧しい家の生まれですから---でも、だからといって---
クロル  私が言ってるのは、貧乏か金持ちかなんてことじゃない。道徳的な環境ですよ。
レベッカ  何の環境?
クロル  いわゆる出生のこと。
レベッカ  何ですって!
クロル  それが、あなたの行動をうまく説明する。
レベッカ  どういうこと? はっきり言ってください!
クロル  知ってるもんだと思っていたが。そうでなきゃ、ヴェスト博士の養女になったというのは変でしょう---
レベッカ  (立ち上がる)ああ、そう! 分かりました。
クロル  あなたはヴェストの名前を継いだ。お母さんの名前はガンヴィクだったが。
レベッカ  (部屋を歩き回る)父の名がガンヴィクでした、先生。
クロル  あなたのお母さんは職業柄、よく地区医者のヴェスト博士と付き合いがあった。
レベッカ  おっしゃる通り。
クロル  で、彼は---お母さんがなくなられるとすぐに、あなたを引き取った。博士は、あなたにずいぶんつらく当たっていたね。
      それでもあなたは博士から離れなかった。一銭の遺産もこないことを承知で。
      まあ、本は一箱貰ったか。あなたはずっと辛抱していた。最後まで博士の面倒をみていた。
レベッカ  (テーブルの側で、軽蔑の眼差しで彼を見る)私がそうしたのは---生まれに関して、
       何か不道徳な---道に反したことがあったからって、そうおっしゃりたいのね!
クロル  あなたが彼につくしたのは、娘としての自然な本能だったんでしょう。
      他のことも全て、あなたの生まれに由来することだと思ってますね。

114 :名前なし:2009/08/12(水) 21:59:34 ID:wcHk9cjI
レベッカ  (激しく)そんなの嘘よ、でたらめ言ってるのよ! 証明できるわ! 
       ヴェスト博士は、私が生まれた時、まだフィンマルクに来ていなかった。
クロル  失礼、ヴェストさん。博士はその前の年に来ていますよ。調べてみた。
レベッカ  間違いよ! 絶対に間違い!
クロル  昨日あなたは、二十九歳だと言われた。今年三十になると。
レベッカ  そうかしら?
クロル  ええ、そう言われた。で、逆算すると---
レベッカ  待って! 合うはずないわ。白状しますけど、実は私、齢を一つ隠しているんです。
クロル  (疑わしそうに微笑み)本当に? それは初耳だ。どうして?
レベッカ  二十五になった時、私---未婚の女にしては---齢をとりすぎていると思って---一つ誤魔化すことにしたんです。
クロル  あなたが? 解放された自由な女性が。結婚適齢期なんて、そんな偏見にとらわれているんですか?
レベッカ  馬鹿げてるわね---滑稽ね。でも人間って、どうしても断ち切れない何かにとりつかれているのよ。私たちみんな。
クロル  そうかもしれない。しかし、計算はやはり合うようだね。
      だって、ヴェスト博士は、赴任する前の年にも、ほんのちょっとだけ、フィンマルクに立ち寄っている。
レベッカ  (爆発する)でたらめよ!
クロル  でたらめ?
レベッカ  そんなことは、母は一言も言ってなかった。
クロル  そうですか?
レベッカ  一度も。それにヴェスト博士も。一言だって。
クロル  きっとお二人にも、齢を一つ誤魔化さなくちゃならないわけがあったんでしょう。あなたと同じにね。それも多分、血筋かな。
レベッカ  (歩き回り、手を握り締め)ありえない! 誤魔化そうったって駄目よ。絶対に嘘! ありえるはずがない! 絶対に!
クロル  (立ち上がる)だけどまた、どうしてそんなに興奮するんです? 驚いてしまう! どういうことなのか!
レベッカ  何でもありません。何でも。
クロル  じゃ、どうしてなんです。この問題に興奮されるのは。可能性を言っただけなのに。
レベッカ  (落ち着きを取り戻す)当たり前でしょ、クロル先生。私、私生児呼ばわりされたくありませんもの。

115 :名前なし:2009/08/12(水) 22:01:44 ID:wcHk9cjI
クロル  なるほど。まあ、そういうことにしておきましょうか。今はね。しかし、あなたもやっぱり一種の偏見を持っているわけだ---その点では。
レベッカ  ええ、持っています。
クロル  つまり、あなたが解放と呼んでいるものも、大体はそんなものだ。あなたは新しい思想や考えについて山ほど学んでいる。
      いろんな研究にも通じている---これまで確実で不変の真理だと思われていたことを覆してしまうような研究もね。
      しかしみんな、単なる知識にすぎない。あなたの血肉にはなっていない。
レベッカ  (思いに沈み)おっしゃる通りかもしれない。
クロル  そうだよ、よく見てみれば。あなたでさえそうなんだから、ヨハネス・ロスメルは推して知るべしだ。
      全く気違い沙汰、身の破滅だ、公然と背信行為を告白するなんて! 
      いいかね、あの気の弱い男が、仲間から追放され、追い回される! 
      社会の最良の人間たちから総攻撃されるんだ。そんなことが、あの男に耐えられると思うかね。
レベッカ  耐えなければなりません。今更引き返そうったって遅すぎます。
クロル  いや大丈夫。遅すぎはしない。今ならまだもみ消せる、まあ、少なくとも、
      ちょっとした嘆かわしい一時的気の迷いだったと言い訳することも出来る。
      しかし、一つだけ、どうしてもきちんとしておかなければならない問題がある。
レベッカ  何ですの?
クロル  彼に関係を合法的なものにするように説得しなければ、ヴェストさん。
レベッカ  私との関係?
クロル  そう。それを承知させなくちゃ。
レベッカ  どうしてもそのお考えから抜けられませんのね。私たちの関係が、合法化すべきものだという?
クロル  この問題に深入りする気はない。しかし、一般のいわゆる偏見が一番簡単に破られるのは、その---ふん。
レベッカ  男女の関係?
クロル  そう、はっきり言って、そう思う。
レベッカ  (部屋を歩き、窓から外を見る)本当に、おっしゃるとおりだったらと思いますわ、クロル先生。
クロル  どういう意味? おかしな言い方をしたが。
レベッカ  何でもありません! もうやめましょう。あら、お帰りだわ。
クロル  もう! じゃ、私は失礼を。

116 :名前なし:2009/08/12(水) 23:13:50 ID:wcHk9cjI
レベッカ  (彼に近づき)いいえ、いらしてください。お聞かせしたいことがありますから。
クロル  またにしましょう。彼と顔を合わせるのは拙いから。
レベッカ  お願い---どうか、いらして。ね、後で後悔なさらないように。最後のお願いですから。
クロル  (不思議そうに彼女を見、帽子を置く)まあ、そんなに言われるのなら。

(しばし静寂。ヨハネス・ロスメルが玄関ホールから入ってくる)

ロスメル  (クロルを見て、ドアの所で止まる)何だ! 君が来てる!
レベッカ  先生はね、あなたにお会いしたくないっておっしゃったの、ロスメル。
クロル  (思わず)ロスメル!
レベッカ  ええ、先生、ロスメルと私は---名前で呼び合ってます、二人の関係から、自然にそうなったんです。
クロル  私に聞かせたいというのは、このこと?
レベッカ  それと---他にもまだ。
ロスメル  (近付く)今日のお訪ねは、何のためだ?
クロル  もう一度だけ、君を引きとめる努力をしようと思ってね。
ロスメル  (新聞を指し)あんなことをした後で?
クロル  俺が書いたんじゃない。
ロスメル  君は、少しでも、あれを止めようとしたのか?
クロル  そうするのは、俺たちの運動のためになることじゃない。それに、そんな力は俺にはないよ。
レベッカ  (新聞を切れ切れに裂いて、丸めると、ストーブに投げ入れる)
       ほら、これでもう目に入らない。だから、気にすることもないでしょ。二度とこんなことは起こらないでしょうから。
クロル  そう願いたいがね。
レベッカ  さあ、いらして。掛けましょう、三人とも。私、何もかもお話します。
ロスメル  (無意識に掛けて)どうしたんだ、レベッカ! 変に落ち着き払って。
レベッカ  決心したから。(座る)お座りください、あなたも、先生。

(クロル校長はソファに掛ける)

ロスメル  決心って、何を決心したんだ?
レベッカ  あなたが生きるために必要なものを、もう一度返してあげる。あなたの喜びに溢れた罪のない心を。
ロスメル  どういうことだ、それは!
レベッカ  私の話を聞くだけでいいんです。
ロスメル  それで!

117 :名前なし:2009/08/12(水) 23:15:54 ID:wcHk9cjI
レベッカ  私はフィンマルクからここに来た時---ヴェスト博士と一緒に---自分には、大きな新しい世界が開けていると感じました。
       博士からはいろんなことを教わりました。その頃の私が人生について知っていたことはみんな、博士に教わったことなんです。
       (心の中で戦って、ほとんど聞こえないくらいに)それで---
クロル  それで?
ロスメル  レベッカ---そんなことは、僕はとっくに知っているよ。
レベッカ  (気を取り直し)ええ、ええ、そうね。よくご存知ね。
クロル  (じっと彼女を見つめ)私はいない方が---
レベッカ  いいえ、いらしてください、先生。(ロスメルに)ねえ、こうなの。
       私は、今始まろうとしている新しい時代の中で、あらゆる新しい思想を身につけたいと思った。
       クロル先生はいつか、ウルリック・ブレンデルが若い頃のあなたにかなりの影響を与えたとおっしゃったけど、
       私はそれを聞いて、その後を継ぐことができるはずだと思ったの。
ロスメル  君がここへ来たことには、隠された意図があったのか!
レベッカ  私たちは、自由の中を、共に手を取り合って進んで行く。前へ前へと、そう願っていたんです。
       でも、あなたが自由になることを妨げる、あの、どうすることも出来ない壁があった---
ロスメル  どんな壁だ?
レベッカ  あなたは明るい太陽のもとで自由に伸びていくことが出来なかった。
       あの夫婦生活の暗さの中で、あなたはただ挫折していくばかりだった。
ロスメル  これまで君は、僕の結婚生活をそんな風に言ったことは一度もなかった。
レベッカ  ええ、言えなかったの。あなたにはショックでしょうから。
クロル  (ロスメルに頷き)どうだね?
レベッカ  (続けて)でも私には、あなたを救う道が分かっていた。たった一つ。それを実行したんです。
ロスメル  実行って、どういう?
クロル  つまり、それは!

118 :名前なし:2009/08/12(水) 23:17:32 ID:wcHk9cjI
レベッカ  そうなの、ロスメル---(立ち上がる)座ってらして。あなたも、先生。今は、全てを言います。
       あれは、あなたじゃない、ロスメル、あなたに罪はないの。私なんです、誘ったのは---ベアーテを迷いの道へ誘い出したのは---
ロスメル  (飛び上がる)レベッカ!
クロル  (ソファから立ち)迷いの道!
レベッカ  その道は---水車小屋の滝に通じていました。これでお分かりでしょう。
ロスメル  (茫然として)分からない。この人は何を言っているんだ? 僕にはちっとも分からない!
クロル  なるほど、分かりかけてきた。
ロスメル  しかし、君は何をしたっていうんだ? 彼女に何を話したんだ? 何もない、全然ないじゃないか!
レベッカ  あなたが、古い偏見から抜け出ようと努めていることを、あの方は知ったんです。
ロスメル  しかし、あの頃はまだ---
レベッカ  やがてそうなると、私には分かっていました。
クロル  (ロスメルに頷く)どう!
ロスメル  それで? 他には? 全部話してくれ。
レベッカ  それから少したって---私はロスメルスホルムから発たせてほしいとお願いしたんです。
ロスメル  どうして発つなんて---あの頃に?
レベッカ  発ちたかったんじゃありません。ここにいたかったんです、本心は。
       でも、出て行くのがみんなのために一番いいと言ったんです---手遅れにならないうちに。
       私はあの方にほのめかしました---私がこれ以上ここにいると、もしかすると---もしかすると---どうなるか分からない。
ロスメル  君はそんなことを言ったのか。
レベッカ  ええ、ロスメル。
ロスメル  それが、君の言う、たった一つの道だったのか。
レベッカ  (途切れ声で)そうです。
ロスメル  (ややあって)告白はそれで全部か、レベッカ?
レベッカ  ええ。
クロル  全部じゃない。
レベッカ  (恐怖の面持ちで見る)他に何があります?

119 :名前なし:2009/08/12(水) 23:19:04 ID:wcHk9cjI
クロル  あなたは最後に、ベアーテにこう言っただろう。あなたが出来るだけ早くここを出て行くことは---一番いいだけじゃなく、
      必要なことだと---あなたとロスメルのために、どうしても必要なんだと。どうだね?
レベッカ  (ゆっくりと、低く)そんなことも、言ったかもしれません。
ロスメル  (窓の側の肘掛け椅子に崩れ落ちる)そんな嘘を、可哀想に、あの病人は信じ込んでしまった! すっかり信じ込んで! 
       (レベッカを見る)なのに彼女は、僕に話そうとはしなかった。一言も口にしなかった! 
       ああ、レベッカ---君を見れば分かる---君が言うなといったんだな!
レベッカ  あの人は、子供の埋めない身体だから、あなたの妻になっている権利はないと思い込んだんです。
       自分の座をあけるのがあなたへの義務だと。
ロスメル  君は---その妄想を黙って見ているだけだった。
レベッカ  ええ。
クロル  むしろ、煽り立てたんだろう! ええ? 違うか!
レベッカ  あの人には、そうとられたかもしれません。
ロスメル  そうだ---彼女は何につけ、君の言うままだった。それで自分の座を譲った。
       (飛び上がる)一体、どうしてそんな恐ろしい騙しごとを続けられたんだ!
レベッカ  私、二つの命のどちらかを選ばなければならないと思ったの、ロスメル。
ロスメル  (厳しく、決め付けるように)あなたに、そんなことを選ぶ権利はない!
レベッカ  (厳しく)でもあなたたちは、私が冷静に、狡猾に事を運んだと思っているの! あの頃の私は、今の私とは違うのよ。
       人間には二つの違った種類の意思がある。そう思う! 私はベアーテを除きたかった、なんとしても。
       でもそのくせ、そんなことになるとはこれっぽっちも思ってなかった。
       誘惑にかられて一歩踏み出すたびに、心の中で恐怖の叫びをあげていたの。
       やめるんだ! これ以上踏み出しちゃいけない! でもやめられなかった。
       もう少しだけ、そういう誘惑に負けて、唯の一歩だけだと、いつも、もう一歩だけ、もう一歩だけ---そして、こうなった。
       こんなことは、そういう具合にして起きるものなんです。

(短い沈黙)

120 :名前なし:2009/08/13(木) 00:12:25 ID:roKh/tLO
ロスメル  (レベッカに)これから、どうするつもりだ、君は?
レベッカ  なるようになるでしょう。大したことじゃありません。
クロル  後悔の言葉一つない。何も感じてないのか?
レベッカ  (冷たくあしらって)失礼ですが、クロル先生、これは誰にも関係ありません。私自身で解決します。
クロル  (ロスメルに)君はこの女と一つ屋根の下に住んでいたんだ---親しい仲として。
      (肖像画を見渡し)ああ、ご先祖が見たら、何と言うか!
ロスメル  町に行くのか?
クロル  (帽子をとり)うん、さっさと失礼する。
ロスメル  (同様に帽子をとり)僕も一緒に行くよ。
クロル  そうか! いや、きっと戻ってくると思っていたよ。
ロスメル  さあ行こう、クロル! 行こう!

(二人は、レベッカを振り返りもせず、玄関ホールを通って出て行く)
(しばらくして、レベッカはそっと窓の所に寄り、花の間から外をのぞく)

レベッカ  (一人でつぶやく)今日も丸木橋は渡らない。ぐるっと遠回り。決して滝の方へは行こうとしない。決して。
       (窓を離れる)ええ、ええ!

(彼女は呼び鈴のひもを引く)
(ややあって、マダム・ヘルセットが右手から入って来る)

121 :名前なし:2009/08/13(木) 00:13:22 ID:roKh/tLO
ヘルセット  ご用でしょうか、お嬢様?
レベッカ  ヘルセットさん、すみませんが、屋根裏から私の旅行鞄を持って来てくださらない?
ヘルセット  旅行鞄?
レベッカ  ええ、アザラシ皮の茶色い鞄、知ってるわね?
ヘルセット  はい。でも、いったい---お嬢様は旅行にお出かけになるんですか?
レベッカ  そうよ---旅行するのよ、ヘルセットさん。
ヘルセット  そんなすぐに!
レベッカ  支度が出来たらすぐにね。
ヘルセット  まあ、こんなことって! でも、すぐにお戻りなんでしょうね。
レベッカ  もう二度と戻ってこないつもり。
ヘルセット  二度と! それじゃ、ヴェストさんがいらっしゃらなくて、ロスメルスホルムはどうなるんでございますか? 牧師さまも、やっと落ち着かれましたのに。
レベッカ  でもね、私今日、恐くなったのよ、ヘルセットさん。
ヘルセット  恐いって! まあ、どうしてですか?
レベッカ  白い馬をちらっと見かけたような気がするの。
ヘルセット  白い馬を! 真っ昼間に!
レベッカ  昼でも夜でも現れる---ロスメルスホルムの白い馬は。(やめて)そう、旅行鞄をお願いね、ヘルセットさん。
ヘルセット  はいはい。旅行鞄。

(二人は右手へ去る)

122 :名前なし:2009/08/13(木) 23:48:25 ID:roKh/tLO
第四幕

(ロスメルスホルムの居間。夕方遅く。覆いのついたランプがテーブルの上で燃えている)
(レベッカ・ヴェストは、テーブルの上に立ち、細々したものを鞄につめている。
彼女のコート、帽子、編んだ白い毛のショールがソファの背に於いてある)
(マダム・ヘルセットが右手から入って来る)

123 :名前なし:2009/08/13(木) 23:49:20 ID:roKh/tLO
ヘルセット  (低く話す。落ち着きなく見える)お荷物は全部運びました。勝手口の方においてあります。
レベッカ  ありがとう。馬車は呼んでくれた?
ヘルセット  はい。馭者が何時にまわせばいいかと聞いておりますが。
レベッカ  十一時ごろでいいわよ。
ヘルセット  (ややためらって)でも牧師さまは? それまでにお帰りになりませんでしたら?
レベッカ  やっぱり発つわ。もし会えなかったら、あとで手紙を書くって伝えてちょうだい。長い手紙をってね。
ヘルセット  それは、それでもよろしいでしょうけど---その、お書きになるのでも。
        でも、お気の毒に---もう一度、お話してみる方がいいんじゃございませんか。
レベッカ  そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。
ヘルセット  本当に---こんなことになるなんて---思ってもみませんでした!
レベッカ  じゃ、どう思っていたの、ヘルセットさん?
ヘルセット  牧師さまは、もっと誠実な方だと思っておりました。
レベッカ  誠実?
ヘルセット  そうですよ。
レベッカ  ねえ、それはどういう意味?
ヘルセット  本当のことです、お嬢様。牧師さまがこんな風に知らぬ顔をなさるなんて、酷いことですよ。
レベッカ  (彼女を見る)ねえ、ヘルセットさん、正直に言ってちょうだい---あなた、私が発つのはなぜだと思っているの?
ヘルセット  そりゃあ、それしか道がないからでございましょう。ええ、ええ! でもやっぱり、牧師さまがよくありませんよ。
        モルテンスゴールの場合は仕方がありませんでした。女の亭主が生きていたんですから。
        二人がいくら結婚したとしても、駄目でした。でも牧師さまの場合は---ふん。
レベッカ  (薄い微笑)私と牧師さんのことを、そんな風に思っていたのね。
ヘルセット  とんでもありません。そのう---今日までは。
レベッカ  で、今日は?
ヘルセット  まあ---牧師様のことで、新聞の酷い記事を見ましたから---
レベッカ  ああ、そう!
ヘルセット  モルテンスゴールの宗教に鞍替えするような人は、何だってやりかねません。私はそう思っております。
レベッカ  ええ、そうね。でも、私は? 私のことは、どう?

124 :名前なし:2009/08/13(木) 23:50:17 ID:roKh/tLO
ヘルセット  そんな、お嬢様---あなたのことを、とやかく申すつもりはございませんよ。
        独り身の女が身を守るのは容易じゃありませんから。私たちはみんな、弱い人間ですよ、お嬢様。
レベッカ  本当ね、ヘルセットさん。みんな弱い人間ね。何か聞こえる?
ヘルセット  (低く)ああ、神様---間に合われたようですよ。
レベッカ  (驚いて)じゃ、やっぱり! (きっぱりと)まあ、いいわ。

(ヨハネス・ロスメルが玄関ホールから入って来る)

ロスメル  (旅行の用意を見て、レベッカを振り返り尋ねる)これはどういうことだ?
レベッカ  私、ここを出ます。
ロスメル  今すぐに?
レベッカ  ええ。(ヘルセットに)じゃ、十一時にね。
ヘルセット  承知しました、お嬢様。

(彼女は右手に去る)

ロスメル  (しばしの間のあと)どこへ行くんだ、レベッカ?
レベッカ  船で北の方へ。
ロスメル  北へ? 北で何をする!
レベッカ  あそこは、私の生まれ故郷よ。
ロスメル  しかし、あんなところで、何もすることはないじゃないか。
レベッカ  ここだって、何もないでしょ。
ロスメル  で、どうしようと?
レベッカ  分かりません。ただ、後始末をつけたいだけ。
ロスメル  後始末?
レベッカ  ロスメルスホルムは、私を押しつぶしてしまった。
ロスメル  (気をとめて)そう思うのか?
レベッカ  粉々に砕いてしまった。ここに来た当時、私の心は溌剌として勇気に溢れてた。
       それが今は、縁もゆかりもない掟に縛られてしまって---もう何もする勇気もない。
ロスメル  どいしてだ? 掟って、何の掟だ?
レベッカ  ねえ、その話はもうよしましょう。クロル先生とのことはどうなりました?
ロスメル  和解した。
レベッカ  そう。やっぱり、そうしたのね。

125 :名前なし:2009/08/13(木) 23:51:30 ID:roKh/tLO
ロスメル  クロルは昔の仲間をみんな集めてくれた。僕ははっきり悟った、
       人間の心を清める仕事は---僕には全然向いていないって。
       それに、そんなことはどうせできっこないことだ---僕は縁を切った。
レベッカ  ええ---それが一番いいのかもしれない。
ロスメル  今は、そう言うのか? 今になってそう考えるのか?
レベッカ  そういう考えになってきたの。この二、三日の間に。
ロスメル  嘘だ、レベッカ。
レベッカ  嘘!
ロスメル  そう、嘘だ。君は僕を信じたことなんかなかったんだ。僕にそんな仕事を成功させる力があるとは、ちっとも思っていなかった。
レベッカ  二人一緒なら、やれると信じていたのよ。
ロスメル  違う。君は、自分の一生のうちで何か偉大なことの出来る人間だと思っていた。
       僕をそれに利用できると思っていたんだ。君の目的に役立つと。君が信じていたのはそれだ。
レベッカ  いいえ、ロスメル---
ロスメル  (重々しくソファに座り)放っておいてくれ! 僕はやっと、底の底まで見えてきた。僕は君が手にはめる手袋みたいなものだったんだ。
レベッカ  ねえ、聞いて、ロスメル。はっきりさせなくちゃ。これが最後よ。
       (ソファの側の椅子に座る)私、このことは残らず手紙に書いて送ろうかと思ったんだけど---北に戻ったら。でも、今話した方がいいわね。
ロスメル  まだ告白することがあるのか?
レベッカ  大事なことが残っている。
ロスメル  どんな?
レベッカ  あなたには考えられないようなこと。それを聞いたら、全ての明暗がはっきりするでしょう。
ロスメル  (頭を振って)何のことだか。
レベッカ  私は、ロスメルスホルムに入り込むために、いろいろな手を尽くした、それは事実。
       ここで、自分の幸せを掴みたいと思っていたから。なんとしてでも---分かるでしょう。
ロスメル  で、望み通りになったわけだ。

126 :名前なし:2009/08/13(木) 23:52:59 ID:roKh/tLO
レベッカ  何だって手に入れることができると思っていた---あの頃は。
       私には、何のためらいも、何の障害もこだわりもなかった。
       でも、それから、だんだんと、あの、私を押しつぶしてしまったことが起こってきた---私の心を、恐怖の底に突き落としたことが。
ロスメル  何が起こったって? はっきり言ってくれ。
レベッカ  私を襲ってきたの---あの激しい、抑えることの出来ない欲望が---ああ、ロスメル!
ロスメル  欲望? 君が! 何だって!
レベッカ  あなたへの欲望。
ロスメル  (飛び上がらんとする)何だって!
レベッカ  (彼を抑え)座ってらして。まだあるんです。
ロスメル  君は僕を---そんな風に---愛していたと言うのか!
レベッカ  愛だと思ってた---あの頃は。これが愛だと。でも違っていた。あれは、激しい、抑えることの出来ない欲望だったって。
ロスメル  (なかなか言葉が出ず)レベッカ---本当に、君---自分のことなのか、今話しているのは!
レベッカ  ええ、どう、ロスメル!
ロスメル  それが---それが君を---君の言う実行にかり立てたのか?
レベッカ  それは海の嵐のように襲ってきた。北国の冬の嵐のように。
       いったん襲われたら、もうお終い、どこまでも押し流されてしまう、ずっとずっと遠くまで。逆らうことは出来ないの。
ロスメル  それが、哀れなベアーテを水車小屋の滝まで押し流した。
レベッカ  あの時、ベアーテと私は、最後の救命具を奪い合っていたんです。
ロスメル  ロスメルスホルムでは、もちろん、君にかなうものはいなかった。ベアーテと僕が束になってかかっても駄目だ。
レベッカ  私には、あなたの事がよく分かっていた---あなたは肉体的にも精神的にも自由にならなければ、どんな道も開かれてこないということが。
ロスメル  しかし僕には君が分からない、レベッカ。君自身が---全ての行動が、僕には謎だ。
       今僕は自由だよ---肉体的にも精神的にも。君は目指した目的に、手を伸ばせば届く。それなのに!
レベッカ  私、今ほど目的から遠ざかっていることはないのよ。
ロスメル  だけど---昨日僕が妻になってくれるかと聞いた時---君は恐怖に包まれたみたいに、絶対に駄目だと叫んだ。

127 :名前なし:2009/08/14(金) 02:03:03 ID:rojKFSTC
レベッカ  絶望の叫びだったの。
ロスメル  なぜ?
レベッカ  なぜって、ロスメルスホルムは、私の力を奪ってしまった。
       ここで私は、心の勇気を摘み取られて、押しつぶされてしまったの! 
       私には、どんなことでもする勇気があったのに、それは過去のことになってしまった。行動する力がなくなってしまったのよ。
ロスメル  どうしてそうなったんだ。
レベッカ  あなたと一緒に住んでいたから。
ロスメル  だけど、どうして?
レベッカ  あなたと二人きりになった時---あなたが、本当のあなたになった時---
ロスメル  うん。
レベッカ  ベアーテがいる間は、本当のあなたじゃなかったでしょう。
ロスメル  残念ながら---そうだった。
レベッカ  でも、あなたと一緒に生活するようになって---落ち着いた---孤独の中で---そしてあなたが、
       思っていること、感じていることを何でも、そのままの美しい形で話してくださるようになった時、私には大きな変化が起こっていたの。
       少しずつ---もちろん---ほとんど気付かないくらいに---でも、お終いには、はっきりした力で、私の心の底までを変えてしまったの。
ロスメル  どういうことだ、レベッカ?
レベッカ  あの---醜い官能の欲望が、次第次第に遠ざかっていった。荒々しい嵐が静まると、私の心には休息が訪れてきたんです。
       ちょうど、故郷で、真夜中の太陽を浴びて、鳥の住む岩山に立った時のような、そんな安らぎが、私を包んできた。
ロスメル  もっと、みんな話してくれ。
レベッカ  もう何もないわ。ただ、その時なの、私の中に愛情が湧いてきたのは。広くて、献身的な愛情。あるがままの二人の共同生活に満足する心。
ロスメル  それに少しでも気がついていたら!
レベッカ  これでいいのよ。昨日---あなたが妻になってくれとおっしゃった時---私は嬉しさで息がつまって---
ロスメル  そうだろう、レベッカ! 僕もそうじゃないかと---
レベッカ  一瞬、我を忘れて。昔の溌剌とした心が飛び出してきた。でも、それ以上の力はなかったの。長続きするような力は。
ロスメル  どうしてそうなったんだ?

128 :名前なし:2009/08/14(金) 02:04:17 ID:rojKFSTC
レベッカ  ロスメル家の人生観、それとも、あなたの人生観とにかく---それが私の心に伝染したのよ。
ロスメル  伝染?
レベッカ  そして、病気にした。それまで関わりのなかった掟で縛ってしまった。あなたに---あなたとの共同生活に---私の心は浄化されたんです---
ロスメル  それが本当なら!
レベッカ  嘘じゃない。ロスメルスホルムの人生観には浄化する力がある。でも---(頭を振る)でも---でも---
ロスメル  でも? 何だ?
レベッカ  ---それは幸せを殺す。
ロスメル  そう思うのか、レベッカ?
レベッカ  ええ、私には、少なくとも。
ロスメル  そんなにはっきりしているのか? 僕がもう一度尋ねたらどう? どうしてもと言ったら?
レベッカ  あなた---それは二度とそれは言わないで! できないことなの! ええ、話してしまうわね、ロスメル。私にはある---過去があるの。
ロスメル  まだ話していないこと?
レベッカ  ええ。全然別のこと。
ロスメル  (かすかな微笑)不思議じゃないか、レベッカ? 何かそんなことが、時々僕の頭をかすめていた。
レベッカ  そうなの! それでも? やっぱり?
ロスメル  そんなこと信じなかった。ただ弄んでいただけだ、考えを。
レベッカ  話せとおっしゃれば、話してもいいのよ。
ロスメル  (さえぎって)いや、いや! 聞きたくない。どんなことだろうと---忘れてしまった。
レベッカ  でも、私は忘れられない。
ロスメル  ああ、レベッカ!
レベッカ  ああ、たまらない、今、幸せな生活が目に開けているというのに、自分の過去にさえぎられるなんて。
ロスメル  君の過去は死んでいるよ、レベッカ。そんなもの、とりついてはいない。今の君とは何の関係もないよ。
レベッカ  いいえ、あなた、それは口先だけのこと。罪のない心は? どうして取り戻せばいいの?
ロスメル  (重々しく)ああ、罪のない心。
レベッカ  そう、罪のない心。幸せも喜びも底にある。堂々と喜びに溢れた高貴な人間の心の中に、あなたが植えつけようとしているのはその考えでしょう。
ロスメル  それを言わないでくれ。はかない夢だ。ほんの思いつき。もう信じてはいないんだ。人間の心は外から浄められたりはしない。
レベッカ  (低く)静かな愛情によっても?

129 :名前なし:2009/08/14(金) 02:05:34 ID:rojKFSTC
ロスメル  (考え深く)ああ、それは大切なものだ。この世で一番貴いものかもしれない。そうだったら。
       (落ち着かなく)しかし、どうして僕に分かる? 本当にはどうなのか?
レベッカ  私を信じないの、ロスメル?
ロスメル  どうして君が信じられる? あんなにたくさんのことを企んでいたくせに! 
       今新しくこんなことを言い出して。何か企んでいるなら、はっきり言ってくれ。
       手に入れたいことがあれば、僕は出来るだけのことをする。
レベッカ  (手をくねらせ)それなの、その疑いなのよ! ああ、ロスメル---ロスメル!
ロスメル  恐ろしい。でも、僕にはどうしようもない。この疑いから逃れられない。
       君が僕に心からの愛情を抱いているとは、どうしても思えない。
レベッカ  でも、心の奥の奥では納得するものがあるんじゃないの。私にある変化が起こった。それはあなたのせいなんだと。あなただけの!
ロスメル  僕に他人を変える力があるなんて、もう信じられない。
       僕はどんなことにも、自分が信じられなくなってしまった。自分も、君も、信じられない。
レベッカ  (暗い眼差しで彼を見つめる)じゃ、あなた、どうやって生きていくつもり?
ロスメル  分からない。考えられない。自分が生きていけるとも思わない。
       この世に、命をかけるに足るものがあるとは考えられないんだ。
レベッカ  命---それは新しい命を産み出していく。それにすがって行きましょう、あなた。いずれはそれを後にするんだから。
ロスメル  (落ち着かなく飛び上がる)じゃ、僕に信じる力をかえしてくれ! 君を信じる力を、レベッカ! 
       君の愛情を信じることが出来るように! 証拠を! 証拠を見せてくれ!
レベッカ  証拠? 証拠なんて、どうやって!
ロスメル  どうしてもだ! (部屋を歩く)僕はこの荒れ果てた---恐ろしい空洞に我慢できない---この---

(玄関ホールのドアに強いノックの音)

レベッカ  (びくっとして椅子から立つ)あっ、何でしょう?

130 :名前なし:2009/08/14(金) 02:06:30 ID:rojKFSTC
(ドアが開けられ、ウルリック・ブレンデルが入って来る。彼はワイシャツを着て、黒い上衣をつけている。
ズボンをたくし入れた立派なブーツ。それ以外は第一幕と同じ容姿。落胆の様子)

ロスメル  あなたですか、ブレンデル先生!
ブレンデル  ヨハネス---お別れだ---さようなら!
ロスメル  こんなに遅く、どこへいらっしゃるんですか?
ブレンデル  丘を下る。
ロスメル  どうして?
ブレンデル  家に帰るんだ。わしは、また、あの大いなる虚無が恋しくなったんだ。
ロスメル  何があったんですか、ブレンデル先生!
ブレンデル  わしが変わったのに気付いたかね? いや、そうだろう。この間来た時は、堂々として、ポケットも膨らんでいたからね。
ロスメル  ええ? よく分かりませんが---
ブレンデル  だが、今晩のわしは、ごらんの通り、玉座から追われ、焼けた城跡にたたずむ王様ってざまだ。
ロスメル  何か僕に出来ることがあれば---
ブレンデル  君はまだ、子供のような心を持っているな、ヨハネス。わしは、ちょっとお借りしたいものがある。
ロスメル  ええ、喜んで。
ブレンデル  理想を分けてくれんかね、一つでも、二つでも。
ロスメル  何ですって?
ブレンデル  使い古しの理想ってやつ。貸してくれると助かるんだがね。わしは、空っぽなんだ。
レベッカ  講演は出来なかったんですか?
ブレンデル  はい、お美しい方。何ということでしょうね! 私は有り余るほどのものを吐き出そうとした、
         まさにその時、案とも苦痛きわまりない発見をしたんですよ。つまり、私は破産したんです。
レベッカ  でも、まだお書きになってないご本は?

131 :名前なし:2009/08/14(金) 02:07:56 ID:rojKFSTC
ブレンデル  二十五年間、私はこれを守ってきました。金庫の前に陣取る守銭奴って風情でね。
         とこが、昨日、いざ金庫をあけて宝を取り出そうとしたら---空っぽなんですよ。
         時間の牙に噛み砕かれて。粉々になっていた。完全なる無。何もない。
ロスメル  本当ですか?
ブレンデル  疑いの余地なしだよ、君、大統領が保証してくれたからね。
ロスメル  大統領?
ブレンデル  いや、まあ---大将閣下かな、お望みなら。
ロスメル  一体、誰のことです?
ブレンデル  ペーデル・モルテンスゴールだ、無論。
ロスメル  そう!
ブレンデル  (秘密めかして)しっ、しっ、しっ! ペーデル・モルテンスゴールは未来の大ボスだ。
         あんな偉い男を見たことがない。ペーデル・モルテンスゴールは、全能なんだ。やりたいことは何だって出来る。
ロスメル  まさか!
ブレンデル  そうとも! なぜって、ペーデル・モルテンスゴールは、できること以上を望んだりしないからね。
         ペーデル・モルテンスゴールには、理想なしで生きていく才能がある。
         それなんだよ---分かるか---それが、行動と勝利の最大の秘訣。それが、この世の智恵のエッセンス。それまで!
ロスメル  (低く)なるほど---あなたは、来た時より貧しくなって去るんですね。
ブレンデル  昔の家庭教師の二の舞になるなよ。わしが君の頭に詰め込んだことは全部棄てろ。
         砂の上に城を築くんじゃない---周りを見て吟味するんだ、甘く彩る魅力的なご婦人の上に生活を築く前にな。
レベッカ  それは、私のことですか?
ブレンデル  はい、美しい人魚さま。
レベッカ  どうして私の上に築いてはいけませんの?
ブレンデル  (一歩踏み出し)私の昔の生徒は、今、人生の大事業をやり遂げようとしていると聞いたもので。
レベッカ  それで?
ブレンデル  勝利は約束されている。しかし---いいですか---絶対不可欠の条件が一つある。

132 :名前なし:2009/08/15(土) 00:04:31 ID:NQPtaWDm
レベッカ  どんな?
ブレンデル  (彼女の手首を優しくとって)彼を愛する女性が、喜んで、台所へ行き、
         綺麗な薔薇色の指を包丁で切り落とす---ここから、ちょうどこの真ん中の関節から。
         それから、やはり、その愛する女性が---喜んで---こよなく美しい左の耳を切り落とす。

(彼女を離し、ロスメルに振り返る)

         さようなら、勝利をな、ヨハネス。
ロスメル  もういらっしゃるんですか、こんなに暗いのに?
ブレンデル  暗い夜が一番いい。ごきげんよう。

(彼は去る)
(しばし沈黙が部屋を支配)

レベッカ  (重々しく息をして)ああ、なんて息苦しいんでしょう!

(彼女は窓に座り、開けて、そこに佇む)

ロスメル  (ストーブの側の肘掛け椅子に座る)どうも仕方ないよ、レベッカ。君は発つ以外ないようだ。
レベッカ  ええ、他に道はないわね。
ロスメル  最後の時間を無駄にしないでおこう。ここに来て一緒に座らないか。
レベッカ  (近付き、ソファに腰掛ける)何か私に、ロスメル?
ロスメル  まずいっておく。君はこれからの生活を心配する必要はない。
レベッカ  (微笑む)ふうん、これからの生活。
ロスメル  いろいろ考えておいた。ずっと前にね。どんなことになっても、君のことは保証されている。
レベッカ  そんなことまで、あなた。
ロスメル  知っていただろう。
レベッカ  そんなことを考えたのも、もうずいぶん昔の話ね。
ロスメル  そう---僕らの仲は決して変わらないと君は言っていたからね。
レベッカ  そう信じてた。
ロスメル  僕もそうだ。でも、僕がいなくなったら---
レベッカ  ロスメル---あなたは私より長生きするわよ。
ロスメル  この惨めな命くらい、僕にだってなんとでもできる。
レベッカ  何を言うの! あなた、まさか!
ロスメル  おかしいか? こんな惨めな敗北を味わったんだ! 
       人生の大事業を成し遂げるはずだったのに、逃げ出してしまった、戦いが始まりもしないうちから!
レベッカ  もう一度戦うのよ、ロスメル! やってみるのよ---きっとやれる。何百、何千人の人々の心を浄化するの。やってみるのよ!

133 :名前なし:2009/08/15(土) 00:05:47 ID:NQPtaWDm
ロスメル  ああ、レベッカ---僕はもう、自分の仕事を信じられない。
レベッカ  でも、効き目はあったのよ。とにかく、一人の人間があなたによって浄化されたのよ。私がその証拠。
ロスメル  ああ---君を信じられればね。
レベッカ  (手をくねらせ)ロスメル---どうしたら、信じられるようになるの? その方法がある?
ロスメル  (恐怖に包まれて、驚く)やめてくれ、レベッカ! それ以上言わないで! もう一言も!
レベッカ  いいえ、言います。あなたには、その疑いを取り除く方法が分かっているの? 私には全然思いつかない。
ロスメル  その方が君のためだ---僕ら二人のためだ。
レベッカ  いいえ---私、このままでは耐えられない。
       もし、あなたの目に私の真実を証明する方法があるのなら、どうぞ言ってちょうだい。
       私にはそれを要求する権利があるでしょう。
ロスメル  (あたかも、意思に反して、思わず強いられたように)
       じゃ、いいか。君は大きな愛情を抱いていたと言う。君の心は僕によって浄化されたと。本当にそうなのか? 
       君の言うことは間違っていないのか? それをためしてみようか?
レベッカ  いいわよ。
ロスメル  いつがいい?
レベッカ  いつでも、早い方がいい。
ロスメル  じゃあ見せてくれ、レベッカ---君が---僕のために---今夜---(やめる)ああ、いや、いや、いや!
レベッカ  さあ、ロスメル! 言って! 見せてあげるから---
ロスメル  君には勇気があるか---自分から進んで---嬉々として、
       ウルリック・ブレンデルが言ったように---僕のために今夜---喜んで---同じ道を行く---ベアーテと同じ道を?
レベッカ  (ゆっくりソファから立ち、ほとんど言葉もなく)ロスメル!
ロスメル  そう---君がいなくなっても---この疑いは永久に晴れない。毎日、毎日、同じ疑いに苛まれる。
       ああ、僕には君の姿がまざまざと思い浮かぶ。丸木橋の上に立つ君、真ん中に。
       欄干から身を乗り出す! 凄まじい滝に吸い込まれるように、君はくらくらする! 
       駄目だ。君はやめる。君には出来ない---彼女に出来たことが。

134 :名前なし:2009/08/15(土) 00:07:59 ID:NQPtaWDm
レベッカ  でも、私にその勇気があったら? 喜んでそうする気が。そうしたらどうなの?
ロスメル  そうしたら、僕は君を信じるだろう。再び僕の仕事を信じるだろう。
       僕には人の心を浄化する力がある。人には浄化される能力があると信じるだろう。
レベッカ  (ゆっくりとショールをとって頭にかぶり、落ち着いた態度で言う)あなたに、信じる力を取り戻してあげます。
ロスメル  君に---その勇気と心があるのか、レベッカ?
レベッカ  明日になれば、分かるでしょう---それとも、私を水から引き上げた時。
ロスメル  (額に手を置き)ここに恐ろしい誘惑が!
レベッカ  私、あそこに必要以上に長く寝ていたくありませんから。私を探させてくださいね。
ロスメル  (飛び上がる)こんなことみんな---狂気の沙汰だ。発ってもいいし、ここにいてもいい。どっちでもいい!
レベッカ  口先だけよ、ロスメル。臆病や逃げ口上はやめましょう! どうして今更、私の言葉を信じられるの?
ロスメル  しかし僕は君の敗北は見たくない!
レベッカ  敗北はしない。
ロスメル  するよ。君にベアーテと同じ道を行く勇気はない。
レベッカ  信じられないの?
ロスメル  駄目だ。君はベアーテとは違う。君は歪んだ人生観にとりつかれてはいない。
レベッカ  でも、私はロスメルスホルムの人生観にとりつかれたのよ---今は。犯した罪はあがなわなければならない---
ロスメル  (じっと彼女を見つめ)それが今、考えていることなのか?
レベッカ  ええ。
ロスメル  (決心して)よし。僕は僕らの解放された人生観にとりつかれている。
       レベッカ、僕らを裁くものは誰もいない。僕らは自分で審判を下そう。
レベッカ  (誤解して)そうよ、そうよ。私が行けば、あなたの中の最もすぐれたものが救われる。
ロスメル  僕の中にはもう何一つ救うものはない。
レベッカ  あるわよ。でも私は---これからは海に住むトロルのようなもの。あなたの漕ぐ舟にとりついて邪魔するだけ。
       私は放り出される、それもこの世にとどまって、曲がった人生にしがみついているだけ。
       過去の奪われた幸せにいつまでも未練を残して。こんな騙しごとはいやよ、ロスメル。

135 :名前なし:2009/08/15(土) 00:09:11 ID:NQPtaWDm
ロスメル  君が行くのなら、僕も一緒に行く。
レベッカ  (ほとんど分からないくらいの微笑で彼を見、低く言う)ええ、いらっしゃい、あなた---そして証人になって---
ロスメル  君と一緒に行くと言ってるんだ。
レベッカ  丸木橋にね。あれには一度も、足を向けようとしなかった。
ロスメル  気付いていたのか?
レベッカ  (重々しく、打ちひしがれ)ええ---私の愛情が絶望的だったのは、そのため。
ロスメル  レベッカ---今僕は、この手を君の頭の上に置く。(そうする)そして君を、僕を真実の妻と認める。
レベッカ  (彼の両手を握り、胸に頭をうずめる)ありがとう、ロスメル。(彼を離す)さあ、行きます、喜んで。
ロスメル  夫と妻は一緒に。
レベッカ  丸木橋までね、ロスメル。
ロスメル  橋の上までも。君の行く所はどこまでもついて行く。今の僕はそれができる。
レベッカ  確信があるの---これがあなたにとって最上の道だと?
ロスメル  これが唯一の道だとね。
レベッカ  もし、自分で自分を騙しているんだったら? これが幻にすぎないんだったら? ロスメルスホルムの白い馬の一つなのだとしたら?
ロスメル  そうかもしれない。それから逃れることは出来ないんだ---このロスメルスホルムに住むものは。
レベッカ  じゃ、残って、ロスメル!
ロスメル  夫は妻に従う、妻が夫に従うように。
レベッカ  これだけは教えて。あなたが私に従うの? それとも私があなたに従うの?
ロスメル  本当のことは、決して分からない。
レベッカ  でも、私は知りたい。
ロスメル  僕ら二人がお互いに従うんだよ、レベッカ。僕は君に、君は僕に。
レベッカ  きっとそうなのね。
ロスメル  だって今僕ら二人は一つなんだから。
レベッカ  ええ、今私たちは一つ。いらっしゃい! 一緒に行きましょう。

(彼らは手に手をとって玄関ホールから出て行き、左へ折れるのが見える。ドアはその後開いたまま)
(部屋はしばらく空虚。それから、マダム・ヘルセットが右手ドアを開ける)

136 :名前なし:2009/08/15(土) 00:09:56 ID:NQPtaWDm
ヘルセット  お嬢様---馬車が参りました---(見まわす)いらっしゃらない? いやはや---こんなことって---ふん! 
        (玄関ホールへ行く。見まわして、戻って来る)ベンチにも。まあ、まあ
        (窓に寄り、外を見る)神様! 白いものが! 確かにお二人、丸木橋の上に、神様、罪深いものにお許しを! 二人で腕を組んで! 
        (悲鳴をあげる)あっ---飛び込んだ---お二人とも! 滝の中へ。助けて! 助けて! 
        (膝をがたがたさせ、椅子の背につかまって震える。ほとんど言葉も出ない)いいえ、助かりはしない。亡くなった奥様がお二人を引き込んだ。

137 :名前はいらない:2010/06/09(水) 22:44:22 ID:Q+BO7j7G
>>58
断る

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