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ラノベ・ロワイアル Part10

1 :イラストに騙された名無しさん:2007/01/25(木) 01:26:06 ID:1Kx0I4y1
"こ の ス レ を 覗 く も の 、 汝 、 一 切 の ネ タ バ レ を 覚 悟 せ よ"
(参加作品内でのネタバレを見ても泣いたり暴れたりしないこと)

※ルール、登場キャラクター等についての詳細はまとめサイトを参照してください。


――――【注意】――――
当企画「ラノベ・ロワイアル」は 40ほどの出版物を元にしていますが、この企画立案、
まとめサイト運営および活動自体はそれらの 出版物の作者や出版元が携わるものではなく、
それらの作品のファンが勝手に行っているものです。
この「ラノベ・ロワイアル」にそれらの作者の方々は関与されていません。
話の展開についてなど、そちらのほうに感想や要望を出さないで下さい。

テンプレは>>2-9あたり。

346 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:34:00 ID:KeqLwHlK
 そこには彼女の微笑があった。
「――ばあ」
 ――クエロを殺した、少女の笑顔があった。
 あの凶悪な凶器を片手に、そしてもう片方の手で握った懐中電灯で自分の顔を下から照らしている。
 子供がするようなその悪戯も、だが今のクリーオウにとっては十分な衝撃だった。
 だがもはや悲鳴を上げるような余力もない。それ以前に、地面に這い蹲っているこの体勢では、もう逃げられない。
(い、いつ回り込まれたの……!?)
 胸中で自問して、そして、悟る。
 自分は懐中電灯で足元を照らしながら走るのが精一杯だった。
 だから、一度も背後を確認していない。
 もしかして……この無邪気な雰囲気をまっとた少女は……
(ずっと、後ろにぴったりくっついてんだ……!)
 おそらくは、手を伸ばせば届くような距離に、ずっと。
 前に回りこまれたのは、転んだ隙にひょいと飛び越すように跨れでもしたのだろう。
 ゾッとした。少女がなぜそうしたのかは分からない。だから、ゾッとした。
 眼前の、少女の形をしたモノが、いったい何なのかワカラナイ――
「ね、ね、鬼ごっこはおしまい? じゃ、こんどはお姉さんが鬼ね!」
 そして本当に、邪気の一欠けらも見せずに、笑いながらそれは、
「じゃ、タッチするよ! タッチ!」
 ――零挙動で、鉛の塊を振り下ろした。
 捉えきれない速度。もとより、自分では勝てない存在であることは分かっていた。
(あ……死んじゃう)
 他人事のように、そんなことを考えた。

347 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:34:50 ID:KeqLwHlK
 生が終わる瞬間、その一瞬だけ、誰かの顔がフラッシュバックする。
 それはもう死んでしまった弟分の顔でも、目つきの悪い魔術師の顔でもない。
 この島で出会い、仲間となった者の顔でもない。
 もとより、知っている顔ではなかった。
 銀髪の美丈夫。轟音とともに現れ、そしてすぐに暗闇に消える。
(……誰?)
 走馬灯というのは知らない顔をも浮かび上がらせるものなのか。
 だが、その疑問は、
「金髪の娘、確認するが」
 いつのまにか現れた、新たな人影によって吹き飛ばされた。
 理解する。アレが持つ明かりがいつの間にか消えていたのは、この男が割り込んで遮っていたからだ。
「あ、あの」
 こちらの声に反応してか、男が振り返る。
 そのせいで、ちらりと男の向こう側が見えた。例の少女と目が合う。
 こちらに「静かにして!」とでもいうように唇に人差し指を当てながら、バットを振り下ろそうとしていた。
「危な――!」
「貴様の名前を教えろ」
 再び、轟音。
 そして懐中電灯のものでない、金属同士による火花の明かりが闇を照らした。
「え……?」
 音と光は一度だけではない。なんども、なんども。絶え間なく続き、その度に一瞬だけ男の姿が浮かび上がる。
 そして、そのまるで連続で写した写真のような光景で理解した。
 男が馬鹿馬鹿しいような大剣を手にして、何の気なしに少女の凶撃をいなしているのだと。
 それが、自分を守ってくれているのだと気づいて、
 まるで冗談のようなタイミングで現れた、正義のヒーローのように感じた。

348 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:37:43 ID:KeqLwHlK
「娘っ!」
「え、あの、私――」
「僕、三塚井ドクロ!」
「名前だ」
 片方の声をうるさそうに無視し、その男が繰り返す。
「わ、私、クリーオウ。クリーオウ・エバーラスティン!」
 答えてしまってから、はたと気づいた。返答は変化をもたらす。そしてそれがいい変化だとは限らない。
 だがそれは杞憂だったようだ。男はひとつ頷き、何かを放り投げてきた。
 暗くて分かりにくかったが、すぐに何か理解する。この島に連れてこられてすっかり慣れてしまった感触。デイパック。
「貴様の保護を頼まれている。オーフェンという人物からだ。それをもってさがっていろ。すぐに追いつく」
「オーフェンが――」
 久しく聞いていなかった名前。自分に関わってこなかった名前。
 思いがけず、胸の奥が熱くなる。
「合流場所と時間はあとで伝える。行け!」
 その声と同時に、釘バットの少女を押しとどめるようにして、男の目の前に一瞬で何かが広がる。
 それに後押しされるように。
 クリーオウは渡されたデイパックから懐中電灯を取り出すと、もと来た道を再び走り始めた。

349 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:40:33 ID:KeqLwHlK
◇◇◇
   
 おかしいな、おかしいな。
 天使の少女はおもいます。
 どうしてこんなにあついのかな。どうしてこんなに体があついのかな。
 天使の少女はかんがえます。
 いままでいくらかけっこをしても、こんなに体があつくなったことはなかったからです。
 どうしてだろう、どうしてだろう。
 そうやってかんがえているうちに、やがて天使の少女はおもいだしました。
 そうだ、この感じは、■くんのことを考えていたときと一緒なんだ、と。
 あいたいなあ、あいたいなあ。
 おもいだした天使の少女はすすみます。
 あの少年の面影を求めて、一生懸命。

 ――これは、少女本人さえ気づいていない彼女の心のササヤキ。

◇◇◇

350 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:41:54 ID:KeqLwHlK
「貴様にも質問をするぞ、娘」
 展開された白の線越しに、ギギナは恩人の知人を襲っていた少女に詰問する。
 タンパク質分子の連鎖で構成された蜘蛛の糸は、鋼鉄の五倍の強度を誇る。
 生体変化系第二階位、蜘蛛絲(スピネル)で生成された粘着質の縛鎖は振り下ろされた凶器を受け止め、さらにその自由を奪っていた。
「もう! なんでお兄さんは鬼ごっこの邪魔をするの!? はっ、もしかして――」
 少女はグーにした手を口元に押し付け、
「仲間に入りたかったの? ならジャンケンしないと。いくよー、さーいしょーは――」
「クエロ・ラディーンを殺したのは、貴様か?」
 戯言を無視して、問う。クエロの傷口と、少女の携える凶器は合致するように思えた。
 保護を依頼された少女を先に戻したのは、この話を聞かれたくなかったからだ。
 彼女を気遣ったわけではない。単純に、これはギギナだけの問題だったからである。
 ――そう。いまとなっては、ギギナだけの問題になってしまった。
 ガユス・レヴィナ・ソレルは彼の与り知らぬところで没し、クエロ・ラディーンも目の前で死んでいった。
 ならば、この問題に決着をつけられるのは彼だけだろう。
 誰にも介入されることなく、誰にも影響されることなく。
「殺してなんかないもん! あとで直すもん!」
 そして、実を言えばそれはすでに決着していた。
 頬を膨らませている眼前の少女を見ている内に、湧き上がってきた感情。
「……これが」
 それは、怒りだった。
 脳裏に飛来するのは幾つもの囁き。それらがすべて、その感情を増幅する。
 お前はこんなものに殺されてしまったのか、宿敵よ?
 こんなくだらないものに、終わらされてしまったのか?
 こんな――

351 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:43:14 ID:KeqLwHlK
「これが、こんなものが我らの行き着く先かクエロ・ラディーン――!?」
 その憤怒を、目前の少女の眉間に定めたネレトーの切っ先に込めて。
「――宣言しよう」
 交渉のために闘争を控えていたが、いまはべつだ。
 蜘蛛の巣の向こうの『敵』を睨みながら、
「貴様が、我らの闘争に介入してきたというのなら――ここで私は、全身全霊を込めて貴様を殺そう」
 ダラハイド事務所の因縁。それを、ここで断ち切ろう。
 そしてその視線を受けた彼女は、まるで初めて目の前に広がる白い糸に気づいたかのように、
「そんな……緊縛プレイなんて……」
 絡めとられた凶器に両手を添えて、 
「そんなのは、まだ早いよぅっ!」
 ――あろうことか、超強度を誇る糸を捻り切った。
 少なからず、ギギナは驚愕を覚える。
 先に相手の一撃を受け止め、その膂力は推し量ったつもりだった。
 少なくとも、スピネルで生成された糸を力ずくで断ち切るような怪力ではなかったはずだ。
(力が――上がっている?)
 咒式等の力を発動させたか――あるいは、単なる出し惜しみか。
 だが推測は不要。
 これは楽しむべき闘争ではない。生きるための闘争ではない。
 一瞬でも早く、眼前の敵を消し去る。そのための戦いだ。
 故に迷わず、放つ一撃は常に必殺。
(なんにせよ、これで分かる!)
 全力で放つ、ネレトーでの刺突。
 それを、やはり少女はこともなげに金属バットで防ぐ。
 ――それだけならばまだしも、少女はそのままバットを振りぬいてみせた。

352 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:44:34 ID:KeqLwHlK
「っ!?」
 弾き、返された――?
 最強の前衛職のひとつである剣舞士。さらにその十三階梯。
 全咒式職のなかでも屈指の腕力を誇るギギナが、押し負けていた。
 体勢の崩れたギギナを前に、天使はとまらない。
 振りぬくバットを引き戻すようなことはせず、まるで独楽のように回転しながら一歩、ギギナに詰め寄る。
 そう、計らずしもそれこそが愚神礼賛の本来の使い方。
 遠心力と彼女自身の絶大な膂力が組み合わされ、まさに暴風のようにギギナを襲う。
「ぬぅ……!」
 力任せだけの攻撃ならば、ギギナの精緻な剣術の前には敵でない。
 不幸だったのは、ここが狭い地下通路だということだ。
 それは大柄なギギナと、長大な屠竜刀ネレトーという組み合わせにとってみれば最悪の条件だった。
 対して彼女――三塚井ドクロは小柄な上、得物も屠竜刀ほどの長さはない。
 故に、彼女はほとんど制限を受けずにその腕力を振るうことができる。
「舐めてかかれる相手ではない、か」
 冷静に考えるのならば、まずは戦場を移すべきか。だが――
「キャハッ! キャハハハっ!」
 眼前の少女は、すでに掘削機の様相である。
 地下道であるという制限もすでに関係ない。彼女の振り回す金属製の棒は、壁だろうがなんだろうがお構いなしに削り取る。
 もはや刃を合わせることすら困難。今の彼女の膂力はギギナと同等、あるいは上回っているかもしれない。
 逃げても背後から襲われるだけだろう。もとより、ドラッケンに後退の選択肢はないが。
 ならば、自分は手も足も出ない――?

353 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 03:45:27 ID:KeqLwHlK
「……調子に乗るな」
 ギギナの唇からもれるのは地獄の底から響くかのごとき、怨嗟の声。
 こんなものはただの児戯だ。
 竜を始めとする異貌の者共、そして数々の咒式士との死闘を潜り抜けた自分にとって、一体どれほどのものだというのか。
(それは貴様も同じだったはずだろう。ええ? クエロ・ラディーンよ?)
 弔いではない。敵討ちというわけではない。
 ただ、自分は胸の内にある靄には惑わされない。
 ドラッケンの戦士は、その屠竜刀を振るうことによってのみ、煩悩を削ぐ。
 後ろに跳躍。距離をとりネレトーを上段に構える。
 刃先が天井に突き刺さり、固定された。
 構わない。ただ、迫る障害のみを直視する。
 ――回転弾層内に残る咒弾は四つ。
 ひとつは先ほどのスピネルで使用し、もうひとつは地下道を走るために使用した梟瞳(ミネル)の咒式で消費している。
 さらに咒式を紡ぎ、ギギナは魔杖剣のトリガーを引いた。 
「――終わりだ。消えうせろ」
 発動するのは生体強化系第五階位、鋼剛鬼力膂法(バー・エルク)。
 生成されたグリコーゲン、グルコース等によって乳酸を分解、ピルギン酸へと置換。
 脳内における筋力の無意識制限を解除し、全身の強化筋肉が最大限に稼動する。
 ――ギギナの屠竜刀が消えうせた。
 もはや、それは不可視の一撃である。
 少女のスイングを暴風と称するのならば、ギギナの剣戟は落下する彗星のごとく。
 地下道の天井すら切り裂いて、ネレトーが神速をもって振り下ろされる。
 それでも、少女は反応した。
「ほぉ―――むぅらぁああああん!」
 キラリと光るその双眸は、ばっちりとネレトーを捕らえきっている。
 故に、彼女は迎え撃つように、正確なタイミングで巨刃を打ち据えることができた。

354 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 04:43:05 ID:KeqLwHlK
 ――惜しむらくは、彼女の持っていた得物だろう。
 そう、彼女は忘れていたのだ。
 自分が手にしているのは、愛用の不思議金属でできた撲殺バットではないということを。
 そして――屠竜刀のガナサイト重咒合金が、鉛製の愚神礼賛を寸断した。
「あ――」
 無論、得物を切断しただけでは終わらない。
 振り下ろされた刃は、次に彼女の肩を捕らえた。
 呆然とした彼女の表情を、ギギナの聴視覚が捉える。
 ――狂気にも似た感情が抜け落ちたその顔に、ギギナはようやく見覚えがあることに気づいた。
 昼間、確かに一度出会っている。ほとんど一瞬だったし、その直後のゴタゴタで忘れていたが。
 それなりの人数で組んでいたようだったが、周囲に仲間の影は見えない。
 はぐれたのか、それとも彼女だけが生き残っているのか。
 あるいは、あの時の無害そうだった彼女がこうなっているのも、そのせいなのか――
 それらの想像に対して、なんの感慨も抱かず。
 ギギナはただ、そのまま袈裟切りに彼女を切り捨てた。
 涙も達成感もなく、どこか空虚に。
 小さな体が血を撒き散らしながら地面に倒れ付す。
 その様子をみながら、ギギナはポツリとつぶやいた。
「……これで、終わりか」
 因縁の相手は殺され、その犯人もこうして討ち取った。
 だから、これでお終い。
「存外、なにも感じぬものなのだな」
 何とはなしに、これは自分が求めていたものとは違う気もしていた。
 だが、それを知る方法は自分の中にない。
 ギギナは踵を返した。
 あえて血払いはせずに、殺人の証が付着した屠竜刀を携えて、もと来た道を戻る。
 これをクエロかガユスにでも見せれば、この空虚も満たされるのだろうか?
 それとも、更なる闘争によって欠落は埋まるのだろうか?
 ――彼のその問いに答えられる者は、誰もいない。

355 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 05:56:54 ID:KeqLwHlK
◇◇◇

 イタイ。イタイ、イタイイタイイタイ。
 天使の少女は繰り返します。
 少女は天使だけれど、それでも切られればイタイのです。
 血を失えば、しんでしまうのです。
 天使の少女は祈ります。しにたくない、しにたくない。
 ■くんにもう一度、あいたい。
 だけど、祈るだけではなにも変わることはありません。
 ――だからお終い。三塚井ドクロのものがたりはここで閉幕。
 さあ、彼女の物語を始めよう。

◇◇◇

356 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 06:37:28 ID:KeqLwHlK
 クリーオウという名の少女は、クエロの亡骸の傍に座り込んでいた。
 死体を見て項垂れているその姿は、まるで懺悔をしているようにも見える。
(クエロと協力関係にあったと見るのが妥当か)
 あの女ならば、レメディウス事件の時のようにいくらでも取り入ることはできただろう。
 クリーオウはそれを知らないのか、あるいは、知っていても割り切れない性格なのか。
 ギギナは頭をふった。考えても仕方ない。思考は自分の役割では――
(いや――そうだな。これからはそうも言っていられぬのか)
 あの相棒はもういないのだ。面倒くさいことを押し付けてきた相棒は。押し付けることのできた相棒は。
 それでも、いまはそれがとてつもなく億劫だ。
「終わったぞ」
 故に、事務的な言葉をかけるにとどめる。
 幸いこちらの言葉が聞こえなくなるほど茫然自失としていたわけではないらしい。
 振り向かず、だが彼女の注意が確かにこちらに向くことを感じる。
「この――この人はね、クエロって」
「知っている」
「え?」
「……クエロ・ラディーンとは、ここに来る前から浅からぬ縁があった」
「そう、なんだ……」
 クリーオウは僅かに沈黙をはさみ、おずおずといった風に尋ねた。
「クエロって、どんな人だったの……?」
「それは――」
 一言では言い表せない。
 狡猾のみで構成された人間というわけではなかっただろう。
 では正義の咒式士かといえば、無論違う。

357 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 06:38:19 ID:KeqLwHlK
 死体を見つめたままの小さな背中を見つめながら、ギギナは思ったままの言葉だけを託した。
「自分の見たものがすべてだ。貴様にとってのクエロを私は知らぬ。
 貴様は、私にとってのクエロを知りたいのか?」
「……ううん、いらない。
 クエロは最期に私に逃げろっていってくれた。……私にとっては、それだけで十分だから」
 前に進む分には、足りる。
「立ち上がれるか」
 ギギナの問いにクリーオウは頷き、すぐにひざを地面から離した。
 なるほど。ここまで生き抜いてきただけはあって、それなりに気丈ではあるらしい。
 嫌いではない――こういった小娘ならば、それほどまでには悪くない。
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「……それ、名前?」
「ギギナでいい」
「じゃあ、ギギナさん。オーフェンは――」
 どこに。そう彼女は続けようとしたのだろう。振り向いた彼女の口元は、そう動いたように見えた。
 だが同時に、クリーオウはどうしようもなくその表情を引き攣らせてもいた。
 血まみれの屠竜刀が問題というわけではないらしい。彼女の眼球は別のものを映している。
 その頃には、ギギナも背後の剣呑な気配に気づいていた。
 振り向き、咄嗟に武器を突き出したのは、攻性咒式士としての反射的な行動だろう。
 次いで襲い掛かる衝撃。『先ほど』とは比べ物にならない程の威力。
 足が地面にめり込むのを確かに感じながら、ギギナはそこにいる襲撃者の姿に思わず目を疑う。
 背後にいたのは、確かに致命傷を負わせたはずの少女だった。
 負わせたはず、というのは、その痕跡が一切認められないからである。
 傷はもちろんとして血痕、血臭、その他諸々。まるで切られたという事実を無しにしてしまったかのごとく。
(竜のような超再生咒式!?)
 答えを見つける隙など与えず、二撃目が振るわれる。
 その襲い掛かる凶器――確かに両断された愚神礼賛も、繋ぎ目すら確認できないレベルで修復されていた。

358 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 06:58:50 ID:KeqLwHlK
 だが、そんなことは問題ではない。
 その一撃は屠竜刀を撥ね退け、さらにギギナの体勢を大きく崩させるほど強化されていたが、それは問題ではない。
 なにより変わっていたのは少女の纏う雰囲気だった。
 さきほどまでのふざけた雰囲気は微塵も見つけることもできず、あるのはただ明確な攻撃衝動のみ。
 故に、凶器の殴打は二回で止まらなかった。
 D4の入り口付近は、ギギナが屠竜刀を自在に振るえる程度には広さがある。
 剣術が制限されないのなら、ギギナは咒式を使わずともこの少女に勝てる――その筈であった。
 技術と、単純な身体能力としての性能。どちらに重点を置いたほうがが勝るか、あるいは有能か?
 その問いの答えは様々だろうが、この場でひとつだけいえることがある。
 すなわち――あまりにも差があれば、人並みはずれた身体能力は技術を上回るということである。
 一合、また一合と打ち合うたび、天使の膂力はそのリミッターを外し、より強大になっていく。
 すでにそれは、強化された生体咒式士の目ですら追いきれない領域に入り始めていた。
「ぐっ――!」
 弾く、弾く、弾く。だが、もはやそれは直感に頼ったその場凌ぎという意味でしかない。
 あまりにも隙のない連撃。腕を痺れさせる威力。そこに技術が介入する余地などない。
 すでにたっている土台が違う。いまのギギナは高所から一方的に狙撃されているようなものだ。
 手の届かない神域。確かに、目の前の少女はそこにいた。
 意識せずに、ギギナの口元が歪む。獰猛な笑みの形に。
(――くだらないと言ったのは訂正しよう。
 我等が闘争への介入を許すわけではないが、それでも貴様は――)
 腹部を狙って横薙ぎに放たれた愚神礼賛を、下から振り上げるようにしたネレトーで弾く。
 それは先の戦いの焼き直し。
 ギギナの屠竜刀は頭上に掲げられ、天使のバットは腰だめに構えられる。
「我が闘争の相手として、相応しい!」
 回転弾層がトリガーと連動し、落ちた撃鉄が咒弾を砕く。

359 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:00:21 ID:KeqLwHlK
 途端、脳が焼けそうなほどの痛みが走った。
 通常時ならば問題はない。だが力の制限のためか、短時間で連発した第五階位が相当の負担となっている。
 ――故に、この交差で勝負をつけねばならない。
 発動した咒式は幾多の敵を葬ってきたバー・エルク。だが、すでにそれが必殺足り得ないことは分かっている。
 すでに身体能力が違いすぎた。相手の力はすでに数百歳級の竜と遜色ない。
 ギギナが行ったのは、相手に届かなかった自分の土台を刃先が一ミリ届く程度に持ち上げたくらいの意味しかない。
 だが、僅かにでも届くのならば――
「ォ――ォォオオオオオオオ!」
「――!」
 もはや打ち合いとは思えぬほどの衝撃音が、島の地底を揺るがした。
 屠竜刀が愚神礼賛を捉え、愚神礼賛が屠竜刀を打ち据える。
 身体能力ではかなわない。故に、ギギナの目論見は武器破壊。
 物質が衝突する時に発生するエネルギー量は速度の二乗に比例する。
 そして目の前の少女が振るう武器の速度は、先ほどの二倍や三倍ではきかない。
 だからこそ、愚神礼賛の運命も変わらない。
 ――愚神礼賛が、先ほどと同じ状態ならば。
「……っ!?」
 愚神礼賛は彼女が修復した。奇妙な魔法で、不完全な力で。
 故に起こった突然変異。それは鉛の塊に過ぎなかった愚神礼賛を、ダイヤ以上の硬度を持つ刃と打ち合えるほどに強化した。
 そして天使の膂力は、すでにギギナを凌駕している。
 ならば、そこから弾き出される運命とは――
「……かっ、は」
 ギギナの敗北に他ならない。
 ネレトーでの一撃を弾かれ、そのまま多少勢いを削がれたものの愚神礼賛は直進。ギギナの胸部を捉えていた。
 相殺してなお、その一撃には筋肉の壁を貫通し、肋骨をへし折る威力がある。
 装甲車並の体重があるにもかかわらず、ギギナは確かに数メートル宙を舞い、そして地面にたたきつけられた。

360 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:03:49 ID:KeqLwHlK
「ギギナぁっ!」
 朦朧とする意識に、悲痛な叫び。
 クリーオウだった。首だけを動かしてなんとか視界に納める。
(何故――馬鹿なことを)
 ――見れば、彼女は立ち塞がっていた。
 天使の視界には未だギギナが写っている。止めを刺すつもりなのだろう。
 ゆらりとした足取りで、ギギナに向かおうとした。
 その進路を遮るように、クリーオウ・エバーラスティンは立ち塞がっていた。
 肋骨の痛みを無視して、ギギナは声を振り絞る。
「娘、退け!」
 だが、クリーオウは動かない。
 体中が恐怖に引きつってはいたが、それでもそこには否定の意がはっきりと表れている。
 マジク・リン、空目恭一、サラ・バーリン、秋せつら、クエロ・ラディーン。共に、奪われた者達。
 死への恐怖を差し引いても、これ以上の喪失を彼女は認められなかった。
「マジクは私のいないところで死んじゃった! 恭一も私をかばって死んじゃった!
 クエロももういない! もう嫌だよ! どうしてみんないなくなっちゃうの――!」
 ……ああ、まったく。
 ギギナはため息を吐いた。多少は気丈かと思ったが、やはりどこにでもいる小娘に過ぎない。
 ならば――
「その背に隠れていることなどできぬ、な」
 血反吐を撒き散らしながら、立ち上がった。
 戦場で咒式士の死体を見つけたら、ドラッケン族かどうか判別する簡単な方法がある。
 前向きに、独りで倒れているのがドラッケンだ。
 そうだ――他人に庇われながら死ぬのは、断じてドラッケンではない。

361 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:07:46 ID:KeqLwHlK
「るぅうううううううううおおおおおおおおおおお!」
 矜持? 誇り? そんなもの、ドラッケンとして刃を振るえば後からついてくる。
 だから、走れ。激痛に顔をゆがめ、血みどろの姿で、後先考えず雄叫びを上げて!
 クリーオウを回り込むようにして、ギギナは自分を吹き飛ばした怪物を確認する。
 天使の少女もそれは同じ、ギギナを視界から外すような下手はしない。
 幸いなことに、バー・エルクによる強化はまだ続いていた。故に、疾風と化したギギナの駆ける道はどこまでも直線を描く。
 接敵した後のことなど考えていない。だからこそ最短距離を走り抜ける。
 対して、天使の少女はその場から動かなかった。
 動く必要がなかったからだ。だが、それは余裕という意味ではない。
 愚神礼賛が振り上げられる――光の粒子を纏いながら。
「ぴぴるぴるぴる――」
 無感情な声音で零されていく魔法の擬音。
 たとえばそれは、振り下ろされる聖剣の如く。
 荘厳なまでに凝縮する、神の使いの光。
 彼女の能力で作り変えられた愚神礼賛は、いまやほとんど魔法の杖だ。
 死者蘇生という点でエスカリボルグには及ばないかもしれないが――それでも、害をなすだけならば。
「――ぴぴるぴ〜」
 放たれた。
 七色の奔流。決して触れてはいけない天使の魔法。触れればその存在は陵辱され変質する。
 直線的に突っ込むギギナに、これを避ける術はない。
 ――避けるべき状況でもない!

362 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:11:54 ID:KeqLwHlK
 ――避けるべき状況でもない!
「こんな――もので、ドラッケンを止められると思うな!」
 突き出される屠竜刀。
 意思に呼応して、ネレトーに組み込まれた鬼才ジュゼオ・ゾア・フレグン製作の法珠が唸りを上げる。
 咒式干渉結界が自動展開。残っているギギナの咒力が余さず注ぎ込まれ、機関部が悲鳴を上げる。
 そして閃く銀と、虹色の魔法が激突した。
 虹は刃を土くれに変えんとさらにその光を強め、幾多の竜を狩った巨剣はそれすら滅殺しようと咆哮する。
(耐えてみせろ、私の半身。唯一私が認めた屠竜の刃!)
 刃と光の拮抗は、そう長くは続かなかった。
 その結果に対する原因は、なにか。
 ギギナの矜持が勝ったのか、それとも愚神礼賛の本質が魔法の武器でなかったことによるものか。
 いずれにせよ、ギギナとネレトー――彼らは、向かい来る爆光を切り裂いた。
 天使の少女に生じた、刹那の隙。切り掛かるには足りず、されど確かに存在する。そんな隙。
 迷わず、ギギナはクリーオウと天使の間に滑り込んだ。
 屠竜刀を構える。が。
「……」
 無言のまま振るわれた愚神礼賛に、ただの一合でネレトーは手を離れ、遠くに落ちた。
 魂砕きは地下通路を走るのに邪魔だったため、背負っているデイパックの中だ。
 とりだす時間など、もはや、ない。
 そして、逃げるという選択肢もないのなら――
「零時にE5の小屋だ! 行け!」
 せめて、約束は果たそう。背後のクリーオウに声をかけながら、覚悟する。

363 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:14:35 ID:KeqLwHlK
 同時に、敵の凶器が振り上げられた。こちらは無手。ならば挑むのは零距離での密着戦闘。
 剣舞士の膂力は、大木の幹ですら小指一本で爆砕させる。
 その抜き手を、全力で相手の武器を握っている手首に叩きつけようとして――
 一瞬で、その手を握り締められた。
「ぐ――、ぅ」
 手を握りつぶされそうな痛みが襲ってくる。だというのに、それを行っている少女の表情はどこまでも冷徹。
 そのまま天使はギギナの体を軽々と持ち上げ、地面に叩き落した。
 受身すら取らせてもらえず、意識が朦朧とする中、ギギナが見たのは今まさに振り下ろされんとする凶器の影――
「――だめっ!」
 そして、再び彼を庇おうとしている金髪の感触。
(愚か――者、が)
 ――乾いた音が、辺りに響いた。

◇◇◇ 

 彼女は、己が消えていくのを感じていた。
 自分の中にあった喪失感が、さらに自分自身を侵食しているのが分かった。
 最後に――は、なんと言ったのだったか。
 思い出せない。だけど、無性に誰かに会いたくさせられた。
「……いたい……ぁいたいよう……」
 今にも消えそうな、掠れた声。
 それは彼女が消えかかっているからか、それとも別の理由からか。
 激痛は幸運だったのかもしれない。
 それが切欠で、消える寸前の彼女は僅かな時間、取り戻すことができた。
「ねえ……どこにいるの……?」
 最後に『彼』の台詞を聞いたのはいつだったのか。
 すでにそれすら思い出せないほどに、『それ』は侵食している。
 彼女の幼さが残る無表情(死に顔)を彩るものは紅くて、
「桜、くん……!」
 鮮血と知れた。  

◇◇◇

364 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:15:47 ID:KeqLwHlK
 クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば撲殺した人間を再生することもできなければ、大怪我を負ったまま戦闘することもできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――それらを踏まえたうえで、関係ないと断言できる。
 なぜなら、それはそういう武器だからだ。
 銃。殺傷のためだけに造られた兵器。引き金に触れるだけで、殺人を実行する。
 反動と人を撃ってしまった感触に震え、クリーオウは魔弾の射手を手からこぼした。
 ほとんど密着した状態。ここまで近ければ、銃口が真横を向かない限り外れない。
 放たれた銃弾はたった一発。だが確かに相手の腹部を打ち抜いていた。
その穿たれた生命を零していく穴から、腹圧で血と、その奥に蠢く肉の塊が――
「あ――わた、わたし、人を」
 それでもクリーオウ・エバーラスティンはただの少女だ。
 天使の少女は再び回復する。それでももはや、クリーオウに銃を拾い直す勇気などなかった。
 ――故に、後を継ぐのは凶戦士である。
 耳元で響いた銃声に、ギギナの朦朧とした意識は叩き起こされた。
 そして、発見する。地べたに伏している自分の目前にある見慣れた形状。
 僅かな思考。それは彼に似つかわしくない逡巡か、それとも祈りか。
 それでも、すぐに手を伸ばし、
「――借りるぞ、眼鏡っ!」
 贖罪者マグナス。彼の相棒が用いていた補助用の魔杖短剣が、いま――クエロの手から、引き継がれた。
 ――奇しくも、ここに決着する。
 ガユス・レヴィナ・ソレル。
 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。
 クエロ・ラディーン。
 ジオルグ・ダラハイド事務所の因縁にあった三名が、それを決着させる!

365 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:23:25 ID:KeqLwHlK
 その一突きは、およそ今までの中でもっとも力のない一撃だっただろう。
 速度も威力も練度もない、まるで児戯のような斬撃。
 それでも、この刃に乗っているのは――三人分の意思に他ならない。
 抵抗らしい抵抗はなかった。茫然自失としていた天使の少女の喉笛を、短剣が切り裂く。
 だがそこから血が噴出すよりも速く、雷速の動きでギギナのマグナスを握っていない方の手が彼女の首を掴んでいた。
 ――いかなる理由かは分からないが、致命傷を与えるだけではこの少女を殺せない。
 ――ならば、もっとも確実な殺害手段は。
「るぅぅぅううううあああああ!」
 いくら元の力を取り戻しても、天使の、小柄な少女としての質量は変わらない。
 ギギナは残る力をすべて振り絞って、彼女を――放り投げた。
 放物線を描き、彼女は十数メートルもの距離を飛行し、そしてギギナの目論見どおりの地点に落ちる。
 響く水音と、跳ねる飛沫。
 D-3の地下湖。そこは現在、禁止エリアとなっている。
 進入すればいかなるものであれ、魂ごと消滅するとされる、ある意味での最終兵器。
 そこに、天使の少女は沈んでいった。
 見届けて、今度こそギギナはその場に崩れ落ちる。
 体の欠損を前提にしているような前衛職のギギナだからこそ生きていられるような傷である。
 さすがに、これ以上は意識を保つことができそうになかった。
 昏倒する彼の胸中が、どのような思いで満ちていたか――
 少なくとも、今度は空虚ではなさそうだった。

366 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:25:36 ID:KeqLwHlK
◇◇◇

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜

◇◇◇

367 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:27:01 ID:KeqLwHlK
 さて、ここらでひとつ種を明かそうか。
 なんの種かって? それは聞けば分かるよ。
 現時刻からほんの二十分ほど前に亡くなったバベル議長は、すべての刻印にちょっとした小細工を加えた。
 それはつまり、三塚井ドクロの刻印に施した小細工を誤魔化すためのカムフラージュだ。
 つまり、本命は三塚井ドクロだけってわけだね。
 だからこそ、彼女の刻印は一番その性能を歪められていた。
 ところで、管理者の力は強大だ。
 仮に三塚井ドクロの刻印が解除されても、まあ――色んな意味で甚大な被害を与えるとは思うけど、それでも敵うはずはないね。
 だから、一番賢い――ていうか、ずっこい刻印になるようにバベル議長は仕組んだのさ。
 まず、力の制限を外した。これはいいね。
 次に、刻印の反応自体は消さなかった。これもいいね。管理者にばれないようにしたって訳だ。
 さて、三番目。これが重要なわけだけど、バベル議長は当然、ドクロちゃんの人となりを知っていた。
 それは――まあ――つまり――お世辞にも知的とはいえないところとかさ。
 だからこそ、三番目の細工を組み込んだんだ。
 ある意味彼女の刻印こそが、脱出派が求める完成形だと思うよ。
 ――え? 話がメタで長い上に、なんの種明かしか分からないって?
 いまから話そうとしてたじゃないか。まあいいや。さきに言っちまおう。
 ――呆然としてたクリーオウ・エバーラスティンが、
 対岸に、確かに禁止エリアだった湖から這い出てきた、無傷の三塚井ドクロを見て悲鳴を上げたことについての種明かしさ!


368 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:27:45 ID:KeqLwHlK
◇◇◇

「どこにいるの……どこに……」
 まるでそれこそが魔法の呪文だとでも言うように、天使の少女は繰り返し呟きます。
 湖から這い出て、彼女は後ろを振り向きませんでした。
 だって、そこには――■くんは居ないから。
 だから彼女は歩き続けます。まだ見ぬ方角に。まだ■くんがいるかもしれない方角に。
 ぽたり、ぽたり。
 彼女の体から滴る水滴に混る、もっと粘着質な音。
 曇硝子のような彼女の瞳がぎょろりと動き、首筋から零れる紅い雫を捉えます。
「……ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜」
 謎の擬音によって修復されるのは、直りきっていなかった首筋の傷。
 ――天使とは非常識な存在です。
 棘バットを振れば真空が発生し、そこから生まれたカマイタチは人体をサイコロ状に切断してしまいます。
 霧状になるまで粉砕した肉体を、ただの一声で元通りに生き返らせます。
 己の感情ひとつでブリザードを引き起こし、残像が長らく残る速度で移動することもやってのけます。
 だから、これは異常なことなのです。
 彼女が自分の傷すら治しきれないというのは、とても異常なことなのです。
 それは持っているのがエスカリボルグではないからなのか、それとも他の原因があるのか。
 彼女のなかで膨らむのは自己に対しての違和感。そして■■■に対する渇望。
 ――少し前まで、彼女の刻印は不完全ながらもその機能を存続させていました。
 ですが、天使としての力を使えば使うほど、その刻印は機能を狂わせて。
 そして現在、彼女の刻印はとうとうその効力を失いました。
 彼女は再び天使としての、本来の力を取り戻したのです。
 そう、刻印が消え去った、その一瞬だけ。
 刻印に備えられていた力は三つ。
 情報の送信。参加者の能力の制限。そして禁止エリア、あるいは管理側の意思による強制殺害。
 ですが、『本来搭載されていた能力』がこれだけだと、どうして言い切ることができるでしょう。
 すでに、夜闇の魔王が作成した刻印には人の手が入っているのです。
 魔術師ケンプファー。そして今は亡きルルティエ議長バベル。両名の手によって。
 故に、歪みは相乗効果を発揮し、本来あった機能を削ります。

369 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 07:29:23 ID:KeqLwHlK
 備えられていたはずの、第四の機能――それは、参加者の『違和感』を取り除くこと。
 盤上にはいくつもの異世界から参加者が集められ、同じ世界の出身でも呼び出された時間が違う場合もあります。
 そんな、滅茶苦茶な舞台に整合性をつけるための手段。
 ゲームの進行を円滑にするために。殺し合いをスムーズに行わせるために。
 ですがその効力はほぼ失われました。
 残りかすとして僅かに発揮されたとしても、それは例えば召喚された時期を混乱させる程度になってしまいました。
 だけど、三塚井ドクロの場合は違います。
 バベルが仕組んだのか、それともただの偶然か。彼女の刻印は、奇跡的にその機能を発揮していたのです。
 故に、彼女はちっとも変に思いませんでした。
 まるで、すぐ傍に彼がいるかのような、そんな態度をとり続けました。
 己の力の減退にも、エスカリボルグがないという以外では、まったく頓着しませんでした。
 ですが、刻印が解除された今、その機能は失われました。
 そして彼女の場合、それは致命的なことだったのです。
 刻印がなくなった後も、彼女は力を使い続けます。
 刻印は、すでに彼女から違和感を取り除きません。
 ならば、彼女は発症します。天使の憂鬱。個性を、天使にとっては血肉にも等しい己のパーツが希薄になっていく病。
 力を使えば使うほど、彼女は全盛期の力を失い、さらに消滅の時は早くなっていきます。
 すでに彼女は致命傷を二度、癒しました。剣舞士を遥かに凌駕する力を振るいました。
 こうして疲労も感じずに歩いていく。それだけで、彼女は己の力を失います。
 だけど、『天使の少女』は探すのです。
 消えかけた自分で、自分の個性を。
 自分の大切な物を、この島では絶対に出合うことのできない彼を。

 ――これは彼女が紡ぐ、薄い、薄い、消えかけのオハナシ。

370 :天使衝動 ◆CC0Zm79P5c :2007/12/13(木) 16:46:49 ID:KeqLwHlK
【D-4/地下/1日目・19:40】
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。昏倒。疲労。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分)、魂砕き)
[思考]:クリーオウをオーフェンのもとまで保護。
    ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
    0時にE-5小屋に移動する。強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。疲労。精神的ダメージ。錯乱。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(懐中電灯以外の支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:???
[備考]:アマワと神野の存在を知る。オーフェンとの合流場所を知りました。

※ギギナとドクロちゃんとの戦闘で激しい音が発生しました。
 地下にいた人物、D−4地上にいた人物なら気づく可能性があります。
※E-4地下通路に懐中電灯が落ちています。


【B-3/地下通路/一日目・19:40】
【ドクロちゃん】
[状態]:『天使の憂鬱』発症。
[装備]: 愚神礼賛 (シームレスバイアス)
[道具]:無し
[思考]:桜君を探す。攻撃衝動が増加。
[備考]:刻印が解除されました。最長で二十四時間後、彼女は消滅します。
    力を行使すればするほど、消滅までの時間は縮まります。

371 :イラストに騙された名無しさん:2007/12/20(木) 18:01:08 ID:aXW7NKVW
保守

372 :干渉、感傷、観賞(1/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:06:51 ID:1yc9p7de
 ○<アスタリスク>・9

 介入する。
 実行。

 終了。





373 :干渉、感傷、観賞(2/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:07:44 ID:1yc9p7de

 黒い鮫の姿をした悪魔が猛り狂い、しずくの上半身に噛みついたまま暴れ回る。
 機械知性体の少女は並外れた頑丈さ故に即死を免れたが、抗う力を失った。
 カプセルを何個かまとめて嚥下し、甲斐氷太が笑う。虚空に白い鮫が出現する。
 白鮫は、黒鮫の顎からはみ出ていた下半身に狙いを定めた。
 不運な獲物が二つに裂ける。
 この玩具には飽きた、とでも言いたげな様子で、二匹の悪魔は残骸を吐き捨てた。
 瞳を真っ赤に輝かせて、甲斐の体が宙に浮かぶ。
 鮫たちが、肉と骨を軋ませながら大きさを増していく。
 暴走している。悪魔も、召喚者も。
 カプセルを咀嚼しつつ、甲斐が背後を振り返る。
 彼の次なる対戦相手は、凶行の現場へ駆けつけた男女だった。
 宮野秀策が魔法陣を描いて触手を召喚し、光明寺茉衣子が蛍火を指先に作り出す。
 鮫たちが尾を薙ぎ払った。機械知性体だった物体が二つ、砲弾のごとく飛翔する。
 硬さと速さを兼ね備えた飛び道具は、それぞれ一瞬で二人組に激突した。
 宮野の顔面が肉片の塊と化し、茉衣子の内臓が盛大に破





374 :干渉、感傷、観賞(3/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:08:34 ID:1yc9p7de

 ○<インターセプタ>・5

 干渉可能な改竄ポイントは数多く存在している。過程や結果は何度でも変えられる。
 ただ、どうしても、宮野秀策と光明寺茉衣子の死を回避することができない。
 死に至るまでの行動も、どのように死ぬのかも、多少は操作できるというのに。
 また一つ、可能性が潰えた。
 十三万八千七百四十三回目の介入は、彼と彼女の死によって終わった。
 これまでの試行錯誤が無駄だったとは思わない。
 宮野秀策がフォルテッシモに倒される結末は、抹消した。
 光明寺茉衣子を小笠原祥子が刺殺する結末は、削除した。
 宮野秀策と零崎人識が相討ちになる結末は、なかったことにした。
 光明寺茉衣子がウルペンによって絶命させられる結末は、跡形もない。
 彼と彼女がハックルボーン神父に昇天させられる結末は、もはやありえない。
 あの二人を生還させることは未だ叶わないが、死を先延ばしにすることはできた。
 歴史が改変され、あの二人を殺すはずだった殺人者たちは別の参加者たちを殺した。
 宮野秀策と光明寺茉衣子の生還を確定した後、被害を最小限に抑える予定ではある。
 だが、あの二人を守ることが最優先だ。
 参加者たちの危機感を煽る必要がある。見せしめとして一人は開会式で死なせる。
 炎の獅子の力は不可欠だ。主催者と戦えば惨敗は必至だが、挑んでもらわねば困る。
 零時迷子を『世界』に嵌め込むため、涼宮ハルヒと坂井悠二の命は助けられない。
 それらを犠牲にせねばあの二人が生き残れないというのなら、犠牲を厭いはしない。
 誰がどれだけ死んでしまっても、彼と彼女は助けたい。

375 :干渉、感傷、観賞(4/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:09:32 ID:1yc9p7de
 被害者全員を生かすことは、できない。
 たった二名の人間すら救えないかもしれない程度の力しか、使えないのだから。
 ……あの二人を両方とも救うことは、ひょっとすると不可能なのかもしれない。
 無論、諦めてはいない。だが、そのような事態を考慮しないわけにはいかない。
 もしも彼を救えないなら、せめて彼女だけでも生き延びさせたい。
 だから、打てる手はすべて打っておく。なるべく早く、できるだけ速やかに。
 当然、『あの島の時間』と『わたしの時間』は異なるが、それは余裕を意味しない。
 この身が模造品であるならば、短命な粗悪品だったとしてもおかしくはない。
 急がねばならない。

 干渉不能な部分を補うため、操作不能な部外者に協力を乞うべきだと提案する。
 <自動干渉機>に求める。
 対面交渉の許可を。





376 :干渉、感傷、観賞(5/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:10:34 ID:1yc9p7de

 ○<アスタリスク>・10

 承認する。
 十三万八千七百十四回目以降の介入履歴を消去し、改竄ポイント変更後に介入する。
 実行。

 終了。





377 :干渉、感傷、観賞(6/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:11:27 ID:1yc9p7de

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「苦労しているようだね」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 しかし、その一言は独白ではなかった。
「お願いがあるのです」
 応じた相手もまた“吊られ男”と同様に『ゲーム』の参加者ではない。
 いつのまにか隣にいた<インターセプタ>を、“吊られ男”は見ようとしない。
「徒労に終わると思うよ」
「徒労に終わるか否かを確認することは……それ自体が徒労だと言うのですか?」
 投げかけられた質問に対し、マグスは苦笑を浮かべた。
「まさか。ありとあらゆる知的好奇心を、ぼくは否定しない」
 時間移動能力者は、悲しげに顔をしかめた。
「では……この殺し合いを企てた悪意すらも肯定する、と?」
 参加者たちが去っていった道から目を逸らし、“吊られ男”は隣人を見た。
「前提が間違っているとしたら、正しい答えは導き出せないな」
 怪訝そうな表情で見上げる彼女に、彼は要点を述べる。
「『知りたがっている』のと『知りたいと言いたがっている』のは違う」

378 :干渉、感傷、観賞(7/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:13:16 ID:1yc9p7de
 困惑する<インターセプタ>に向かって、“吊られ男”は微笑する。
「この『ゲーム』の主催者は、心の実在が証明された瞬間に消えるのかもしれないよ?
 主催者の正体は、具象化した疑問そのものなんじゃないのかな? 答えを認めたら
 疑問という『器』を維持できなくなって雲散霧消する存在だ、とは思わないかい?
 主催者は本当に『知りたがっている』のかな? 『知りたいと言いたがっている』
 だけじゃないかい? ああ、『主催者が消えた後に答えを残すためのもの』として、
 参加者ではない存在がここにいる、という考え方はできるね。観測装置兼記録媒体
 というわけだ。君の場合は検査機具かもしれない。歴史の改変くらいで消えるなら
 記録の意味がないはずだから。でも、実は『答えを求めているふりをしているだけ』
 なのかもしれないだろう? ――本当に、心の実在は証明できるのかな?」
 突然の長広舌に絶句する彼女へ、彼は断言してみせる。
「主催者は、達成できないと考えている。答えはない、故に消されることはない、と。
 本当は簡単なことなのにね。本来の望みから大きく歪んだあれは、もはや御遣いとは
 呼べない。この『ゲーム』の目的は心の実在を証明すること。でも、主催者の目的は
 永遠に問い続けること。だからこそ主催者は答えを認めようとしない」
「……あなたがどういう方なのか、なんとなく理解できたような気がするのです」
 拗ねたような口調でそう言い、<インターセプタ>は肩を落とした。
「ところで、お願いって何だい?」
「徒労に終わると思っているのでしょう?」 
「聞かないとも断るとも言っていないはずだけど?」
 時間移動能力者の瞳が、マグスの顔を映す。
「この島の南部へ、できれば城の中まで歩いていってほしいのです」
「いいよ。散歩の行き先を変えよう」
「……ありがとう、ございます」
 一礼して、<インターセプタ>は姿を消した。





379 :干渉、感傷、観賞(8/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:14:38 ID:1yc9p7de

 ○<アスタリスク>・11

 介入する。
 実行。

 終了。





380 :干渉、感傷、観賞(8/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:15:33 ID:1yc9p7de

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「さて、行くか」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 ささやかな異変は、その一言の直後に起きた。
 美貌の吸血姫が立ち止まり、“吊られ男”のいる辺りを不思議そうに見る。
 何かの痕跡を探るかのように、沈黙したまま、わずかに目を眇めて。
 “吊られ男”は踵を返し、何やら独り言を垂れ流しながら歩き始めた。
「……ふむ」
 短くつぶやいた美姫の足は、“吊られ男”の行く方に向いた。


 しばらく島を歩いた後、辿り着いた城内の一室で、美姫は豪奢な椅子に腰掛けた。
 室内に、人という生物の範疇に含まれている、と表現できそうな者はいない。
 美姫は、無言で部屋の片隅を眺めている。
 その位置には、一組の男女がいた。
 “吊られ男”と“イマジネーター”だ。
「つまり、天使の議長は見つけたけれど管理者には会えなかった、と」
「薔薇十字騎士団とは別系統の管理者なのかと思っていたけれど……犠牲者だった」
「徒労に終わったようだね」
「そういうことになるのかしら」
 『世界』の裏側も、所詮この『世界』の内部だ。決して到達できない場所ではない。

381 :干渉、感傷、観賞(10/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:16:18 ID:1yc9p7de
「そういえば……そこの彼女や、連れの三人には、私やあなたが見えているの?」
「どうだろう……語りかけたことも話しかけられたこともないから判らないな」
「あなたの後ろをついてきていたように見えたけれど」
「ぼくの隣に、ぼくたちには見えないけど彼女には見える何かがいるのかもしれない。
 例えば、“魔女”が視ている異界の住民は、ぼくの目には全然見えない。この島には
 何がいたって変じゃないよ。木工細工を作るときに使うような接着剤を自由自在に
 操り、接着剤で像を作る才能を持った者だけが認識できる精霊――そういうものが
 今ここにいても不自然じゃないくらいだ」
「…………」
 やがて、ダナティア・アリール・アンクルージュの演説が聞こえ始めた。
 部屋の片隅で、男女が唇を閉ざし、顔を見合わせる。
 美姫はただ静かに顔を上げ、すべてを聞き終えると元の姿勢に戻った。
 白い牙が生えた口から、言葉が零れ落ちる。
「日付が変わる前に潰されるようであれば、見物する価値はあるまい」
 会いに行くか否かの判断は第四回放送後まで保留する、ということらしい。
 部屋の片隅で、男女が対話を再開する。
「行くのかい?」
「あなたは行かないのね」
「せっかくだから、君が見ない光景をぼくは眺めておくよ」
「じゃあ、あなたが見ない光景を私は見届けてくるわ」
 室内に、会話は存在しなくなった。
 後には、ただ“吊られ男”の独り言が無為に漂い続けるのみ。

382 :干渉、感傷、観賞(11/11) ◆5KqBC89beU :2007/12/21(金) 17:17:34 ID:1yc9p7de

【G-4/城の中の一室/1日目・21:35頃】

【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
[思考]:気の向くままに行動する/アシュラムをどうするか
    /ダナティアたちに会うかどうかは第四回放送を聞いてから決める
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。

【座標不明/位置不明/1日目・21:35頃】

【アシュラム】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明

【相良宗介】
【千鳥かなめ】
[状態]:状況、状態、装備などほぼ不明/千鳥かなめが相良宗介と寄り添いながら
    ダナティアの演説を聞いていたことのみ、既出の話によって確定している

383 :水槽の中の鳥たち(1/16) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:41:25 ID:ycHz/1Ew
 裏切りの対価はあまりにも早く訪れた 

 風を切る音が、世界を切り取る
 突きつけられた凶器が、風見に目をそらすことを許さない
 ここは惨劇の島の最底辺
 渇望の音は果てしなく、怨嗟の声は途切れなく
 肉を破る音に、まるで心臓を甘噛みされたような悲鳴が続いた
 幼い膝はからめとられ、光沢に濡れる大腿が撫でまわされる、埋められた顔の下から、血と粘膜を啜る音がする
 体は一つの楽器、一つの刺激に一つの悲鳴
 優れた音は聞く者の身体に何がしかかを訴えかける
 時折混ざる嬌声、あまりにも幼い恍惚、糸を引く水音が観客を舞台の上へと駆り立てる
 ぬらぬら光って吐き気がする べたりと粘膜に張り付く香りがおぞましい
 どす黒い快楽を強制される苦痛に心が焼けた
 心臓を露出されてなお死ぬことも許されない血の呪い
 精神の一滴までドリップされる恐怖
 痛みさえ甘い味がすると体が教えてくれる

 それを黙って直視し続けることは風見にはできなかった
 受け入れるだけで自分が変質してしまう恐怖には逆らえない
 滑稽この上ない度し難いまでの狭量
 自分の居場所にそんなものが存在してはいけなくて、
 そして怒りの矛先を向けた先は致命的に間違っていた

 ここは惨劇の島の最底辺
 夢を見るにはあまりにも暗い






384 :水槽の中の鳥たち(2/16) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:43:03 ID:ycHz/1Ew
 目を凝らしても星さえ見えない、真空みたいな月夜だった。
 夜は不安になる、昼の間は気にもしなかったことがのしかかってくるみたいで、息苦しい。
 何もできずに一日が終わる焦燥感というか、今日一日が空っぽだった様な寂寞感というか。
 よくないものが中からあふれてしみだしてくるような感じ。
 おかしな話だと思う。こんなにも長い一日だったのに。
「それだけ。じゃあね、ばいばい」
 魔女が微笑み手を振って、くるりと裾を翻し、森の奥へと歩いて行った。
 真っ青な光が木漏れ日みたいに差し込んで、下草に落ちた月影が世界を底から幻想的に照らし出す。
 月明かりがまばらに散る、躓きそうな森の中、先行する聖をパタパタと追いかけていく。
 足取りはふわり虚空を踏みしめているように軽やかで、去っていく姿はなんだか現実感が希薄だ。
 さっきまでの惨劇なんて微塵も見せない。
 まるで木霊でも追ってるみたい。
 呆然とした頭で、風見はそんなことを思う。
 ここは暗い。
 ただ、森の奥といっても足元が見えないほど光がないわけじゃない。
 空には月が出ている。
 梢にさえぎられて直接には見えないけど、天窓から光がさしこんでいて、辺りはほのかに青く光っている。
 ふと水族館というフレーズが浮かぶ。仄暗い都会派アクアリウム。月明かりの間接照明。潮の匂いも磯の香りもしない。清潔で無味無臭の展示場。
 真っ暗だったりほの青かったりする巨大な水槽は、なんとなく真空の世界につながってる気がする。
 要するに、広くて遠いのだろう。
 背中がある程度小さくなって、ようやく風見は、なんだかまだ悪い夢の中にいるみたいだと、小さく溜息を吐いた。
 身体の調子が悪化したか、それともまだ夢から抜け出せないのか、重い頭はぐるぐる振ると、視界がぼんやりふわふわ揺れた。
 世界がひどく、粘液に浸かったみたいに生ぬるい。
 そして、気を抜くと、未練たらしくぼうっと遠ざかる背中を追っている自分に、また気づく。
 風見は大きく息を吸った。湿った空気で肺を満たす。水の中の風船を膨らませるような抵抗感。水気が痰や咳でかすれた気管に少ししみた。
 あの後ろ姿はいつまでも見えてるわけじゃない、と風見はわずかに目を伏せた。

385 :水槽の中の鳥たち(3/16) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:44:32 ID:ycHz/1Ew
 世界はそこまで連続的にできてない。
 今はまだ見えているけど、ちょっと影の位置がずれただけで、一秒後にはそれこそ神隠しのように風見の視界から消えてしまう儚いもの……というのは少し比喩が過ぎるか。
 まだ何かできることがあるんじゃないか、そんな錯覚に陥りそうにもなる。
 呼び止めるなら今しかないんじゃないか。さっきそんなことばかり考えている。
 苦笑しようとして、筋肉がひきつる。
 話し合って、和解する。戦って引き留める。
 いつだって選択肢は、勝手気ままに無責任に、風見の願望を誘惑色に塗りたくって、甘くて柔らかな肌触りを付け加える。
 それでも触感はとてもリアルで、風見にも一笑に付すには無理がある。
 信用は重さと似てる。感覚の話だ。カタチがあたえる質量を、人間はそんな簡単には無視できない。
 ぐっと、声の気配が喉にある。錯覚に伴う衝動は、根拠がない分なかなかに暴力的だ。
 じっとりとした感覚が指に滑る。
 舌の奥で詰め物でもしたみたいに重いものが、じっと身じろぎ一つせずに放たれるのを待っている。
 あと一息、お腹に力を入れたら言葉になる。
 そのままで風見はじっと待った。
 考えてるわけでも迷ってるわけでもない。答えは最初から決まっている。ただそれだけの時間が必要だっただけ。
 詰まるように喉をひきつらせ、風見はそのまま力を抜いた。
 息を吐く。
 まとわりつくような気配が風見の周りで渦を巻いた。
(呼び止めたら、どうするつもりだったのかしらね?)
 彼女とは、これっぽっちも話の通じる気がしなかったはずだ。
 ちょっと自分の感情に深入りし過ぎただけ。
「重いわね」
 誰にも聞こえないぐらいぐらいの声で風見はひとりごちた。
 先まで考えようとすると憂鬱になる。
 止める? どうやって? 戦って? 説得して? 
 どっちも無理だ。
 彼女達と戦うには理由が無くて、説得するにも通じる論拠が無い。
 昔読んでもらった童話を思い出す。あの背中は最初っから手の届かないところにあったんだと思う。
 そうでも考えないことには精神衛生上あまりよろしくない。

386 :水槽の中の鳥たち(4/16) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:46:08 ID:ycHz/1Ew
 見つめた背中はますます遠くなって、そうしているとだんだんそういうもやもやも薄れていった。
 衝動につき合っていたらきりがない。そんな感情どうせ長持ちはしないのだ。
 何とかしようとしないほうがいい、生きていればそんな時もある。
 行動派の風見にはなかなかに受け入れがたい事実だけど、世の中むしろそのほうが多いのだろう。
 たった一つの理由がない。
 井戸の底の粒子もこんな気分なのかもしれない。
 どんなにうず高く積み上げたところで、ひとつひとつがわずかばかりのエネルギーでは絶対に山を越えることはできない。
 排泄不能の熱に変換されるのが関の山。
 後悔もするし、むかつきもする。けれど人間それだけじゃ動けない。どんなにせっつかれても動けないものは動けない。
 彼女の後ろ姿をただ見送る。
 後悔はやっぱり胸を締め付けた。
 それはある意味当たり前なのかもしれない。
 最初っからコミになってるものをどけようとしたら無理が出る。
 さわり、と森の向こうで風が吹く。
 木々がざわめき、月影も揺れる。しっかりと繋がった二人の後ろ姿は、それこそこの世のモノならざるまれびとみたいに、その中に溶けるように消えていった。
 これで終わりか、そう思っても、ちっとも気が晴れななかった。



 大きく溜息をすると、のどがひりひりと痛む。
 あー、本格的に風邪かしらねー。
 風見は額に手を押しあてながらそう呟く。
 渇きを催す鉄錆びた匂い。ざらざらとした、熱のこもった血の臭い。
 中はとっくにぼろぼろだ、至る所で炎症が起き、供給ラインはとっくにズタズタ。やはり少し無理が過ぎたかもしれないと風見は思う。


387 :水槽の中の鳥たち(5/16) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:47:00 ID:ycHz/1Ew
 最後にごほりと詰まるような咳をして、黄色くぶよぶよとした、塊みたいにな痰を絞り出して吐き捨てる。
 もう一度、確かめるように深呼吸。でも、まだ少し息苦しい。呼吸するたびに何かが少し引っかかる。胸の奥のあちこちで、へばりつくように残ってるものがある。
 緊張とか、後悔とか、不安とか、とにかくすべて吐き出したかったけど、胸にわだまかる澱のような気分はため息ぐらいでは吹き飛ばせない。
 それこそ煙のように風見の周りを漂うだけだ。
 木々のざわめきが、雲の流れる音が響く。ささめきが辺りを包む。
 でも森の奥に、風は届かない。
 空気は重く淀んでいる。
(放送まであと十五分ちょっとか)
 中途半端な時間だ。振り返るには短すぎるが、抱えて、気まずいまま過ぎるのを待つには少しばかり長い。
「ブルーブレイカー」
 本当にいろいろなことがありすぎて感情が自力ではリセットできそうになかった。
 もう二人はここにはいない、子爵が二人の足元にいるが当分口出しはできないだろう。
「どういうつもり?」
 言葉は実に舐なめらかに風見の口を衝いて出た。
 なるべくニュートラルに声をかけたつもりだったが、口調にはしっかり不機嫌が乗っかっている。
 視線は森の奥に固定したまま、見向きもしない。けれど肌が隣にブルーブレイカーの気配を感じてる。
「どういう?」
 返事はいたってシンプルだった。
 そこでようやく風見はブルーブレイカーに視線を投げる。
 非難含んだ風見のそれに、ブルーブレイカーはどうかしたという視線を投げ返す。
 正直、イラっときた。
(その態度はないんじゃないの?)
 反射でそんな言葉が口をつきそうになって、飛び出しかけた罵声を風見はすんでで飲み込んだ。
 そんなに大袈裟な話にはしたくない。修羅場はあまり望ましくない。こと風見にはそれに関して手痛い思い出が多すぎる。

388 :水槽の中の鳥たち(6/16) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:47:34 ID:ycHz/1Ew
 かといって、見過ごすつもりもなかった。
 なんだそれ、だ。風見はそんなごまかしを聞きたかったのではない。
 じっと見つめ合ったままの、無言の応酬。
 一秒ごとに空気が剣呑なものにと変わっていくのがわかる。
 しらを切っているのか、本当に分かっていないのか、風見の曇った耳では合成音から判断できない。
 ただ、いろいろなことなんて言ってみたけどそんなことはなく、今風見を苦しめてるのはたった一つの裏切りで、
 風見にはそれははっきりと解釈の余地なく次なる裏切りだった。
 ずっと胸に障ってた。
 期待が裏返って心地よい悪意に火が入る。
 癪に障るとかそういう気まぐれなものじゃない。信じれるか信じられないか、そこへ直結しうる理不尽に対する怒りだ。
 だって、これだけの敵意に、無反応なんてありえない。
 触らなければ流せるとでも思っているのか、守られるものだから仕方ないとでも考えると思ってるのだろうか。
 だというならいくらなんでも舐めている。
 身じろぎひとつしない。二人とも、静かに窺い合う。
 不穏な空気が今の風見にはかえって都合がいい。
 何といってもやりやすいのがいい。遠慮しなくていいのは気が楽だし……お互い様なら心も痛まない。
 譲歩はなしだ、風見がそう決めた。不安とかをガラガラ巻き込みながら速度をあげる。
 焦るな、自分に短く言い聞かせ、冷静を努める。
 あれが正当な復讐なら、これは真っ当な追及。
 彼だってわかっているはずなのだ。
 筋を通してくれればそれでいい。詫びの一つでもあれば、それでチャラにする。
 何かが風見に囁く。
 彼が言わないというのなら、言わせなければならない。
 実力行使だって厭う気はない。
 そうじゃないと釣り合いが取れないような気がした、なんの釣り合いかはわからないけど、あれほど摩耗していたはずの感情が風見を駆り立てた。
 風見は黙りこくる。
 絶対、こっちからは教えない。

389 :水槽の中の鳥たち(7/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:48:22 ID:ycHz/1Ew
 自分でもよくわからない感情に駆られて、さらにベットを上積みする。
 突き上げてくる焦りを抑えて、風見は待った。彼に自ら答えてほしかった。といかそうでなければ意味がないと風見は思う。
 お前はそんな奴だったのか、この問いはそういう意味を持つ。わかってないとは、言わせない。
 ここで告げても、風見はその答えを信じられない。風見が問い詰めたら、ブルーブレイカーの言葉が嘘になる様な気がした。
 そう言うことに、しておいた。間違っては、いない。
(ねえ、どうなのよ)
 風見の中でブルーブレイカーはもっと高潔な存在だったはずだ。
 銃使いの少年に襲われた時、風見は死んでいた。諦める諦めないの前に、詰んでいた。自力では、どうしようもなく死んでいたのだ。
 だが風が吹いた。
 人でも、機竜でもない、深い群青の機体。
 飛ぶ姿はキレイだった。
 人のカタチをした者ならだれもが憧れる、理想の結晶。
 風見は共感した。
 同じ空飛ぶヒトとして、道こそ違うが真摯に飛ぶことを突き詰めた最適の運動。生身では再現不能のしかし明らかに人体を模した旋回性能。
 そして武神や機竜とは一線を画す、生物に近いサイズならではの繊細なモーション。
 それは、機能だけで見るならもう一人の風見だった。
 彼は風見に手を差し伸べた。
 戸惑いはした、疑いもした。けど、彼は当たり前に手を伸ばしてくれる者だと理解して、風見は嬉しかった。
 風見はあの時の気持ちを汚されたくはなかった。
(ねえ、ってば、応えなさいよ!)
 こみあげる言葉を必死に抑える。
 風見は待った。続く言葉を、誰からも強制されたものじゃない、ブルーブレイカーからの否定の言葉を待った。
 そして、風見が言わなければブルーブレイカーが答えないと理解した瞬間、風見は一気にぶちぎれた。
 首元に手を伸ばし、力任せにつかみ寄せる。
「さっきの事よ!」

390 :水槽の中の鳥たち(8/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:48:55 ID:ycHz/1Ew
 叫びとともに、ごとり、と、頭の中、価値基準とか優先順位とか、そういう何かがまるごと反転する、心が不可逆変化する音がした。
 手の中で装甲がみしみしと悲鳴を上げた。
 そのまま押し込んだ腕と気迫がブルーブレイカーを一歩後退させ、背後の木に背中が当たる。
 荒い息をつきながら、風見はブルーブレイカーをねめあげる。
「あんな胸糞悪い見せ物を見物するのが趣味なわけ?」
 自然、声は脅しつけるような、静かなドスの利いたものになった。
 自信がある、この声で選挙に出てたら当選確実だ。
 絶対に対立候補が棄権する。
「……そうらしいな」
 なのにブルーブレイカーは平然と答えた。
 そのもう何にも興味がないといった態度が、さらに風見の不安と恐怖を掻き立てる。
「この……!」
 心臓が早鐘のように鳴り響く。
 着地点とか落とし所という単語は風見の頭の中から完全に消えていた。
 かまうまい、と風見は思った。彼に痛覚はない。こっちの本気さえ伝わればいい。
 いつの間にこんなにずれてたんだろうという後悔と、なぜ彼に期待したんだろうという失望が渦を巻き、

「だがおまえもそういう面は有るのではないか?」

 今度こそ、頭の中が真っ白になった。
 拳が止まる。
 横から突き出された鉄棒に、動きを止められた車輪のような感覚。
 吐き気を催す。身体の中で感情がどろりと飽和する。
 行き場を失ったなにかで中がぐしゃぐしゃになる。
「魔女の言った通りの事が起きれば」

391 :水槽の中の鳥たち(9/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:49:29 ID:ycHz/1Ew
 自分の言葉を失くして、ようやくブルーブレイカー言葉が沁みた。
 拒絶されて、目が覚めた。
 血の気が引いていくのがわかる。掴んだ手がじんと痛む。
 違う、という言葉は出てこなかった。
「EDの仮説は間違っていた」
 反論されないと、たかをくくっていたわけじゃない。
 でも、どう考えても、筋を通すのはブルーブレイカーの方で、
 それが当たり前のことだと、思っていた。
 だから、そういうつもりじゃなかったのだ。
「しずくはこの島に居た。そして殺された」
 だから風見は、そんな、押し潰され、殺され続けたような言葉は聞きたくなかった。
「……そうなんだろう? 金の針先」
 小さく子爵の水音がした。 ひどく遠い。
 風見の中でコールタールのような自己嫌悪と後悔が飽和する。
 眩暈がする。
 ぷつりと、あまりにも軽い音がする。感情に意識のヒューズが焼き切れる。
 もう、自分の心音さえ聞こえない。
 ただ、二人の間で傷つけたあった痛みだけが響きあう。
『オレの名はエンブリオだ。その呼び名でも間違ってるとはいえねぇけどな。
  それとその通りだよ。しずくとは短い間だが、一緒に居たのさ』
 相手にも伝えたい言葉があること。そんなことすら忘れていた。
 傷つけられて、傷ついて、言葉をたたきつけて、わかってもらう、それしか考えていなかった。
「………………」  
 子爵の飛沫の音が少し大きくなるだけの静寂。
 その音さえ、風見に届くにはあまりに遠すぎた。

392 :水槽の中の鳥たち(10/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:50:16 ID:ycHz/1Ew
「俺の片翼は失われた」
 その言葉を最後に糸が切れた。
 膝が笑う。押さえつけていた手が落ちる。
 首が意思に反してうなだれる。全身の筋肉が弛緩する。
 信号が消えていく。
 雨の中で聴く音みたいな、視覚も触覚も柔らかい雑音に押され溶けていく錯覚の中で、言葉だけがしみるように風見の中に届いた。
 
 ただ謝ってほしかったとは、もう言えなかった。



――ねぇ、ブルーブレイカー、あんたはそれを信じるの
 灯台で、EDの説を聞いた時、風見は確かにそう聞いたことを覚えている
 冷静に判断できれば、そこはどう聞いても屁理屈以外の何物でもない。
 ブルーブレイカーは、ああ、とだけ淡々と答えた。
 あの時の声が風見には忘れられない。
 ため込んで、無理してるんじゃないかと思っていた。
 しかし吐き出せるよう水を向けて、結局思い知ったのは風見だった。
 ほんの少し、彼の気持ちを考えてみれば、わかることだった。
(信じるしか、ないじゃない)
 場の雰囲気を変えようとするかのようにエンブリオが軽い口調で喋り出す。
『最初にオレを持った奴は死んで、受け継いだ茉衣子は何人も巻き添えにして……破滅しちまった』
 明るく、しかしどこか寂しそうに語る、その声が聞こえない。
 ‘軍’に切ったタンカが、返り返って呪縛のように風見を苛む。
 なんで大切なことを忘れたまま、過ごしてしまうんだろう。

393 :水槽の中の鳥たち(11/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:51:28 ID:ycHz/1Ew
 求めた時点で歪んでいた。
 自分の感情を棚上げするための、根拠もなく、都合のいい言葉を期待した時点で、風見は間違っていたのだ。
 EDの仮説はBBを落ち着かせる為の虚説にすぎない。想定に組み込むほうがどうかしている。
 最初に裏切られたのは彼だった。時間稼ぎで凌いでいただけ。これは単なる終りの続き。最初からわかりきっていた、すれ違いの幕開け。
 余りも自明すぎて見落としていた。最初からリミットは決まっていて、風見はそれに気づかずにわめいていただけだった。
 たった一つの謝罪を求めて、正論を振りかざすなんて浅ましいにもほどがある。正当性に酔って、傷ついた者に鞭打つ残酷さに吐き気がする。
 なんでいつも大切なことにに気づかずに、走ってしまうんだろう。
 しんとした静寂が耳に煩い。子爵が弱々しく木を這い上がる音がするだけ。
『まったく、大した疫病神っぷりだと思わねえか?』
 外の言葉がうまく聞こえてこない。
――それとも“蒼空”さんのように……ううん、これはわたしが言う事じゃないか。
 だから、いやなセリフと笑顔がリフレインする。
――だから私は祝福するの。この惨劇を。
 思い出しただけでぞっとする、女の風見から見ても、真実蕩けるような笑みだった。
 なぜか脈絡もなく底なしの淵というフレーズを連想させる。とくにあの目は良くない、攫われてしまいそうだ。
 無菌室の空気や摩周湖の水だってあれよりはもっと汚れてる。
 風見は、うつむいて動かない。
(……なんであたしが悪者なのよ)
 理解できても、納得がいかない。自分の心の行き場所がどこにもない。
 ブルーブレイカーに素直にすまないという謝意さえ持てないことが途方もなく悲しい。
 心をかすかな憧憬がかすめる。
 あれぐらい純粋だったら、こんな気持ちに捕らわれることもないのだろう。
 せめて彼女の十分の一でいい、ただ少し、気づくことができれば変わるものもあるのに。
 なんだかひどくもがき疲れてしまったみたいに心が重かった。

394 :水槽の中の鳥たち(12/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:52:17 ID:ycHz/1Ew
 実際その通りなのかもしれない。
 肉より感情のほうが摩耗している。あまりに強い感情の連打に、神経がへこみっぱなしのボタンのように沈黙してる。
 それなのに何かが心に引っかかる。肉に埋まったささくれのように、風見の中でじくじくと腐りながら風見の心を刺激するのだ。
 なきたいよ、覚。
 風がほしい、と風見は思った。気持ちの置き場所がどこにもない。
 風と向き合うことができたら、きっと何かが変わる気がしてた。
(全部あたしのわがままだった)
 結局、涙は出なかった。そんなおこがましいことが出来るわけがなかった。
『なあ。ちょっくらオレを壊して――』
 子爵が流れ落ちて形になる音が……
【気を付けろ!】
「!?」
 自ら浮き上がる力が出ず、子爵は木に登って張り付く事で警告の文字を作りだした。
 その僅かなロスが決定的な差を作り出す。



「イーディー、いや、シーディーだな。そうか。つまり俺は、ようやく見つけたって事だ」
 ぞっとするほど近くから男の声がした。
 針の筵にも似た殺気が、 真っ暗な森を漆黒に塗りつぶす。
 風見が衝き動かされるように振り返った先に、立っていた。
「そしておまえらは運が悪い」
 顔には幽鬼の笑い。手を伸ばせば届く距離。足元には少女の亡骸。両手にハンティングナイフ。
 近寄れば気づけるはずだった。腐葉土未満の落ち葉、露だらけの下草。動けば、必ずなにがしかの音がするはずなのに。
「俺を敵に回してしまったんだからな」

395 :水槽の中の鳥たち(13/14) ◆MXjjRBLcoQ :2007/12/25(火) 23:53:00 ID:ycHz/1Ew
 怪物が、忽然と立っていた。
 (ヤバイ……!)
 あまりにも出来すぎなエンカウントに、風見は全身が総毛だつ。
 きょうびB級映画でもお目にかかれないシチュエーション。笑えるぐらいにヤバすぎる。
 風見はBBに詰め寄り二人揃って態勢を崩してしまっている。
 子爵は先程受けた攻撃のダメージが思いの外大きいのかまともに動けない。
 そして怪物は、一息の間合いに立っていた。
 赤い青年が口を歪め劫火のような笑みを浮かべて告げる。

「さあ、狩りの始まりだ」
 風切る音もなく、銀光が走った。



【B-6/森/1日目/23:50】
【灯台組(出張中)】
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/グロッキー状態(物にもたれて文字を綴るのと移動しかできない)
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:クレアに対応したい
    アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。


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