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【神仏分離】神道総合スレ2【崇拝】

1 :神道土:2009/08/06(木) 22:45:16

仏教と習合していない日本古来の正統な神道を敬い、
理想の信仰を追い求める人が集うスレです。

前スレ
【正統】純粋神道総合スレ【神仏隔離】 
 http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1248789656/l50

●このスレでの心得(前スレでの議論を踏まえて)●
1、論争禁止
2、日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
3、宮地家や宮永家は純粋な神道を継承しているに違いないがそれを示す史料はない
4、明治政府の宗教政策は正しかったが、完全無欠だったかはなんとも言えない
5、両部神道や山王神道はそれぞれ真言・天台系の仏教であり、神道ではない
6、唯一神道(吉田神道)は実は古神道である
7、修験道は神道や仏教との関わりが今でもなくはないが、別の宗教であるのは明確だ
8、神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はない
9、神仏和合を提唱する山折哲雄は反靖国的言動から見ても、バイアスがかかった学者だ
10、岩清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない


2 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:47:27
>>1
乙!

3 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:48:13
>>1
前スレの皆の意見がこれだったのですが…。

論争禁止、なりすまし禁止
日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
両部神道は仏教(真言宗)山王神道が(天台宗)
(日蓮宗も天台宗も真言宗も神仏習合)であり。神道とは認められない
唯一神道(吉田神道)は実は古神道である
修験道が独自の宗教で、神仏習合の神道でも仏教でもないこと
神仏習合は、仏教とも神道とも違うということ
神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はないこと
修験道は少なくとも現行は全く別の宗教法人として登録されていて
神道や仏教との関わりが今でもないわけでないけど別の宗教





4 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:49:35
このスレでの心構え
1、神道士の言うことは絶対である
2、神道士と論戦をしたいものはコテでする
3、明治天皇の信任が厚い者は信じろ
4、大国主は幽界の支配者である
5、なりすまし禁止
6、悪いのは全て神仏習合派である
7、廃仏毀釈は民衆が参加していたので正しい
8、平田篤胤はこじつけ国学者ではない
9、宮地家が純粋な神道の継承者である
10、妙見信仰はカルトの温床である

(補足)
9´宮地厳夫が宮内省をクビにならなかったのは、仏教伝来前の純粋神道が残っている何よりの証拠であることを素直に受け入れる

10´習合的要素のある信仰の祭祀形態を決める時は、道教起源でなくても道教に注目する

5 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:50:00
(脱糞)(放尿)(すかしっ屁)

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:50:28
>>1
3,4,9はテンプレに入れるように意見が出てなかったですよ。


7 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:52:45
キチガイ乙>>1

8 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 22:59:18
>>1
毎回荒らしが立てるの止めてほしいです・・・。

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:02:24
修験道の主流三派(当山派、本山派=本山修験宗、金峯山修験本宗)は、全日本仏教会の発足時からの加盟法人だし、
先日亡くなった五條順教・金峯山修験本宗前管長猊下にいたっては副会長まで務めていらっしゃったのだが、これ如何に?w

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:03:45
>>1
テンプレの心得の命令口調の文章も止めてほしかったです。

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:12:46
神道士じゃなくて神道土なんだなw

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:14:56
>>10
別に命令口調じゃないだろ

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:19:23
>>12
命令口調ですよ。
もっと普通の文章でいいものを
どうみても荒らしでしょう。

14 :神道士:2009/08/06(木) 23:20:48
またちんこみたいなスレが立ってしまいましたね

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:27:01
>>13
どれが命令口調?

16 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:28:19
>>15
いい加減にしたら?

17 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:43:13
キチガイすれ乙

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:43:28
>>16
何を?

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:44:06
習合派の人は本当に酷い‥‥
こんな事して楽しいですか‥‥

20 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:47:43
どうみても心得の文章はおかしいね。
わざと書いてるし。

21 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:53:11
分離派の人は習合派のスレ勝手に立てたりしてないのに
毎回勝手に立てるのですかね…。本当にやる事が陰湿すぎる。

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/07(金) 00:51:07
40 :高野山真言宗僧侶:2009/08/07(金) 00:39:11
そうですね。
…ただ、ここで着目すべきは、後の真言系の両部神道や天台系の山王神道が行ったような、
全てのカミさんを無理矢理、本地の仏さんに当てはめて拝むようないわゆる「本地垂迹説」は、少なくとも弘法大師は意図していなかったと考えられる点です。
もっと純粋に、土地土地の神を拝み礼を尽くした上で、ホトケとともに尊び祀る。そこには後の「本地垂迹説」がとったような、ホトケ=主、カミ=従…といった上下関係は見られないし、カミはカミとしてそのあるがままに拝まれている。
…これが多分、弘法大師空海の意図したカミとホトケの本来のあり方だったし、高野山や東寺さんでは今もそのあり方が守られていると考えられるわけです。
その意味では今この板を席巻している「神仏分離」「純粋神道」スレ、あるいは明治初に鹿児島人や高知人、そして真宗ハゲによって妄想された「神仏判然」の祭り自体が、
誤解の上塗りによる、狂信だったことがわかるわけです。


23 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/07(金) 10:09:49
小学生か
削除ガイドライン読んでから来い


kyoto:神社仏閣[スレッド削除]
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1240983232/34

34:分離派 2009/08/07 06:34:21 05001013632728_mc wb10proxy04.ezweb.ne.jp
削除依頼です
理由は、荒らしが嫌がらせで勝手に立てたスレだからです
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1249566316/

よろしくお願いします

24 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/07(金) 10:13:14
小学生なんだろ 夏休みだし

25 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/07(金) 15:38:57
類似スレが乱立している問題について

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/07(金) 15:50:24
>>1
分離派の為にきちんとしたスレを立てて下さり本当にありがとうございます。

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/07(金) 15:53:51
この人本当に酷いなぁ・・・。


28 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/09(日) 00:09:02
こっちだったか別な処に行ってた。

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/09(日) 00:33:14
>>23
アホなんだな。自分のわがまま掲示板欲しいなら、どっかでレンタル掲示板借りたらいいのにね。
そもそもこれ宗教板でやる話題だろうに、恥ずかしげもなくそういうのを運営に言う破廉恥ぶりが凄い。

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/13(木) 22:25:51
こっちが本スレです。

31 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/14(金) 00:21:17
やってきました。
こっちが本スレだったんだね。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/14(金) 11:14:44
ようこそおかえり本スレの里へ

33 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/14(金) 22:38:58
ただいま

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/15(土) 10:58:23



【神仏習合派】神道総合スレ1【崇拝】

35 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/08(火) 01:17:47
このスレまだあったのかw

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/08(火) 23:37:01
わが神道士は永遠に不滅です

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/26(土) 02:02:03
まだまだ俺は飛べる!

38 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 01:26:41
つーか神道ってキリストみたいに洗礼とか無いけど、神棚をちゃんとお祭りしたり、稲荷祠を立てたりしたらそいつは『神道』に入った事になるの?


39 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 01:37:03
>>38
少なくとも神社は周囲に住んでる人を勝手に氏子として登録したり
神社へ参拝した人を全員信者として数えたりして信者数を水増ししている所もあるから
下手をしたら本人が知らないうちに神道に入ってる可能性するある

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 01:47:24
>>39 なるほどwすげえカウントシステムだなw
まあ俺は本格的にちゃんと神道というか、神棚お祭りしたり稲荷祠建てたりみたいな感じでやりたいと思ってるから
仮に神札とかを授かったらもうれっきとした『信者』でいいのか?

41 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 01:55:49
キリスト教やイスラム教のように神道には信仰告白の必要もないし
歴史的にもあえて神道の信者を名乗るような人間はあんまいないぐらいに
神道は日本人の生活に根差していた宗教だからかまわん
そもそも神道には信者としての許可を与えるような人も機関も存在しないから
そいつが神道の信者かどうかを判定できる人間は事実上存在しない

42 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 02:00:41
なるほど、教えてくれて感謝する

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 10:02:44
>>40
お札を授かればれっきとした神道の信者、破魔矢もお守りも

というか日本人なら信じる信じないに関わらず、生まれた時から神道の氏子である

44 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/09/27(日) 10:31:27
インド人や中国人でもそうだけど民族宗教がある国は基本的に
「自分は○○教徒だ!!」ってあまり強い自覚を持たないことが多い
理由としてはこういう宗教は他の宗教と兼ねて他の宗教を信仰することを許容されたりして
あんま他宗教との区別をする必要性がなかったことが大きい
神が一柱しか存在しない一神教が相手を否定することでしか維持できなかったのとは違う

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/17(土) 22:54:57
ア・ポゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

46 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/18(日) 18:49:23
奉祝!!神嘗祭!!

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/18(日) 19:34:33
死に方と葬り型と弔い型を規制しない事も大きいかもな

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/18(日) 20:05:14
日本仏教は神道と混合したけど、朝鮮仏教は純粋な仏教の原型。

49 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/19(月) 02:53:18
仏教に原型なんて無いよ

書に残し始めた時すでに、300年後。
インドの経典との共通性のほうが少ないくらい。

むしろ、日本で当てはめた各、本尊や如来が
それ相応に機能と尊厳を放って今にある事を考察すれば

神、神社の裾野で営まれてきた事に真意がありそうだ。

50 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/19(月) 02:55:16
神道は純粋でパクリなんてないニダ

51 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/19(月) 07:13:20
日本へ来たのは半島からであるが、人が学びに、物を仕入れに出向いたのは唐という…。。。

52 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/20(火) 22:18:46
だから?

53 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/21(水) 17:59:16
べつに

54 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/21(水) 20:50:36

焼き物の高度な職人が半島にいた。
建築士もいた。
でも、なんでか日本が最高峰になっちゃう
これは神々が後押してますよねきっと

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/22(木) 02:34:41
かつて神仏分離派やコピペ荒らし、他宗の者たちと共に戦った仲間がまだいるならこのスレへ救援を求む
【大威力】不動明王信仰【大火焔】第五座
ttp://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1212586134/l50

56 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/10/22(木) 02:50:22
伊勢神宮を楽しむ!其の弐
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1255258129/l50

155 名前:名無しさん@京都板じゃないよ :2009/10/22(木) 02:33:07
このスレの法華行者に日蓮仏法を守るために助力を求める
【大威力】不動明王信仰【大火焔】第五座
ttp://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1212586134/l50


57 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/27(金) 23:26:08
兎に角 神様が上で仏が下で良いね!

58 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/28(土) 05:45:49

仏様は仏像に宿る
神様はヨリシロの幣や御札に
気ままにおいでなさる


幽霊・先祖霊〜神霊とあるが
先祖霊までは、デタ!
神霊は、現れた!

仏様は…霊って言わないのね

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/28(土) 05:57:10
>>57
知らんの? 神も進化向上して仏になるけど

60 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/28(土) 11:48:29
違うよ!ホトケが進化工場して日本の神様になれるんだよ!

61 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/29(日) 20:26:41
兎に角 神が上で仏が下で良いね!

62 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/29(日) 20:27:31
>>61
そうだよ!(`・ω・´)

63 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/29(日) 20:28:56
やっぱり!!

64 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/29(日) 22:37:02
>>61
真面目な話し、私は祝詞を先に上げて、その後にお経を上げ真言を唱える

先に勤行するのは順序が逆だと思う

65 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/29(日) 23:08:22
神仏分離派の正体がただの神道優越主義者であることが判明したな

66 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/29(日) 23:12:08
>>65
え〜?僕わかんない

67 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/30(月) 01:29:36
僕は明治天皇からの信任も厚かったですからね

68 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/11/30(月) 23:10:15
伊勢外宮スレで、分離派のスレを盛り上げると請け負った習合派の奴は、今どこでどうしているのだろうか。。。

69 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/12/01(火) 05:27:56
神道士はいつになったら帰ってくるんだろ

70 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/01(月) 14:40:54
sa

71 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/07(日) 01:00:36
土地を転々とする神様っていますかね

あと嫌がらせする神様とか日本に存在してた?

72 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/08(月) 17:59:53
皆さんの専門的な知識でアドバイスしてあげては。
「天皇論 11」
 ↓
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/kova/1263638884/

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/10(水) 01:46:16
文化の融合とその結果を否定したら、原始に帰るしかないな。
無人島で鎖国して自給自足のコミューンをつくる以外に
>>1の理想を実現する方法はない。

74 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/27(土) 23:02:13
神道は神道!

仏教は葬式仏教!でよいね!

75 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/27(土) 23:23:53
糖質の方は只今隔離されていると思われ。

76 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/28(日) 11:32:56
大津波に厳重警戒。

掛巻くも綾に畏き天照坐皇大神。天つ神、国つ神八百万神、全国六十余州に鎮座坐す皇神、諸神。大綿津美、小綿津美の大神、産土大神等。
別しては外つ国々の大神等の宇豆の御前に畏み畏みも白さく。
去夜、遥か遠津外国に大なひ(地震)起こりぬと共に大津波が起こりぬ。
故、今日し昼中より夜に掛けて我日本国に大津波押し寄せて来る事由を告げ奉り。
大御神等の高き尊き大御綾威、御神徳、大御陰蒙りて
海波穏ひに有らしめ賜ひて
大禍津日の禍事些かも有らしめ賜わず。
もし、大難有らば小難となさ締め賜ひ、小難と有らば消祓除け賜い。
四方の国々、国民安く穏ひに事故災禍無く、
夜守り昼守りに守り恵み幸へ給へと
乞祈奉る此の状を速聞食せと鵜自物宇奈根突き抜け拝み奉りて
恐み恐みも白す。


77 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/28(日) 11:34:20

【宗教法人「明治神宮」が1億円申告脱税、悪質な所得隠しと国税局】

宗教法人「明治神宮」(東京都渋谷区)が東京国税局の税務調査を受け、平成18年12月期までの5年間で約1億円の申告漏れを指摘されていたことが10日、分かった。一部は領収
書などの裏付けのない職員らの飲食費などに充てられており、国税局はこの部分を所得隠しと認定した。明治神宮は修正申告に応じ、産経新聞の取材に「国税局との見解の相違
があった。現在は適正に申告している」としている。
関係者によると、申告漏れのうち大半は収益事業の売り上げの計上時期の誤りなどだった が、一部ほかの費目で捻出(ねんしゅつ)された金が神社幹部や職員の飲食費や懇親会
費などに充てられており、こうした使い道については国税局は悪質な所得隠しにあたると認定した。

税務調査は、宗教法人の税務調査を担当する国税局の課税2部資料調査課が担当した。 国税庁は宗教法人に対する税務調査を強化しており、その一環とみられる。

宗教法人は祭祀(さいし)や宗教行為といった事業は公益性などを理由に非課税とされて
いる。しかし、敷地を使った土産物店経営などの収益事業には法人税が賦課される。ただし
税率は22%で一般的な法人(30%)よりも優遇されている。

約70万平方メートルの敷地を持つ明治神宮には、本殿のほか、神楽殿、宝物殿、至誠館が ある。レストランやカフェを運営する明治記念館、明治神宮野球場やテニスコート、フット
サルコートなどを運営する明治神宮外苑がグループ法人になっている。
明治神宮は全国の初詣の参拝客がたびたび日本一となっており、女優の真矢みきさん、 沢尻エリカさん、神田うのさん、鈴木紗理奈さんら有名芸能人が相次いで挙式を行ったこと でも知られる。

78 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/28(日) 17:53:28
日本テーラワ○ダ仏教の職員らしき人がtwitterで神道は新興宗教っていってましたヲw

神道でtwitter検索してたらでてきましたw

ttp://twitter.com/naagita/status/9769214863

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/02/28(日) 23:43:07
この人ですね。仏教関係のネット論壇でも札付きのかたです。

佐藤哲朗の傲慢さについて
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1246571381/

80 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/01(月) 00:03:25
小乗仏教って日蓮正宗と似てるの?

81 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/02(火) 21:16:32
いっせっせ!いっせっせ!

82 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/05(金) 15:22:58
>>80
というより、この日本テーラワーダ仏教協会という「新宗教」団体の体質だろうね
スマナサーラというスリランカ僧とそれをビジネスにしてる胡散臭い連中だよ

そこの事務局長とかいう偉いさんが佐藤ってひと

83 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/05(金) 15:57:46
この小童が、お前ごときがテーラワーダを語るな!

84 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/06(土) 21:59:12
破戒しまくりのスマナサーラがテーラワーダを語るなって話だよ
彼の団体は勝手にテーラワーダの代表を気取って独自のレイシスト的な歪な思想をばらまいている

85 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/06(土) 22:04:50
神道というか天皇教はは差別されても仕方がないことをしてきただろ

86 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 02:08:59
「スピリチュアル系」や「ニューエイジ系」がこういうテーマで
偉そうなことを言うなとむしろ言いたい。

87 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 10:36:47
これ、荒らしが立てたスレだけど、もうどうでも良くなった
(・▽・)神仏分離派のスレとして使おうよ

修験道は神仏習合とは別物だよね

88 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 10:37:57
いっせっせ!いっせっせ!

89 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 10:41:13

【神仏分離以前に戻ろう・・実際にその頃の姿をとどめているのが修験道】

明治に神仏分離が行われて、学問や文化などあらゆる分野が一神教のキリスト教的な価値観で体系化され、
一神教に沿ったものしか認められなくなってきた。それが明治維新以降の近代化でした。
そんななかで、仏教も一神教的な理解の上に立って行われるようになってきた。神道も国家神道という形で
一神教化が行われ、本来、日本的にあるものとは違うものができてしまった。そこのところをもう一度
原点に戻って取り払うと、実は修験というのは、大変日本的な仏教の受容、発展の仕方をしたのではないか
ということが見えてくる。(中略)

日本人的仏教の、ひとつの典型として修験道は捉えることができる。

というのも、修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、
神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。

修験道が淘汰されなかったのは、日本的な信仰心を基盤としたものの上に仏教の教義が加わることで、
ある種の普遍性を持つことができた。だから、近代化の波の中で淘汰されずに生き残れた。
そうやって考えると、日本の仏教の受容の形、あるいは発展してきた修験の形というのは、
非常に日本的であって、しかも日本にとっていいものであったと言える。(中略)

神仏分離以前に戻ろうというのは、哲学者の梅原猛さんを始め、色々な方が最近言い始めてますが、
実際にその姿を維持し得てるものは極めて少ない。一番それを持っているのは、一度は禁止令を出されながらも
生き残ってきた修験道だと私は思っています。


金峰山修験本宗宗務総長 田中利典 (「うわさの人物」集英社 加門七海 著 より) 



90 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 10:49:49
修験道は、神仏を融合させてるけど、習合とは違うよ

それに一口に修験道と言っても、色々あるしね


91 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 10:51:11

【神仏分離以前に戻ろう・・実際にその頃の姿をとどめているのが修験道】

明治に神仏分離が行われて、学問や文化などあらゆる分野が一神教のキリスト教的な価値観で体系化され、
一神教に沿ったものしか認められなくなってきた。それが明治維新以降の近代化でした。
そんななかで、仏教も一神教的な理解の上に立って行われるようになってきた。神道も国家神道という形で
一神教化が行われ、本来、日本的にあるものとは違うものができてしまった。そこのところをもう一度
原点に戻って取り払うと、実は修験というのは、大変日本的な仏教の受容、発展の仕方をしたのではないか
ということが見えてくる。(中略)

日本人的仏教の、ひとつの典型として修験道は捉えることができる。

というのも、修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、
神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。

修験道が淘汰されなかったのは、日本的な信仰心を基盤としたものの上に仏教の教義が加わることで、
ある種の普遍性を持つことができた。だから、近代化の波の中で淘汰されずに生き残れた。
そうやって考えると、日本の仏教の受容の形、あるいは発展してきた修験の形というのは、
非常に日本的であって、しかも日本にとっていいものであったと言える。(中略)

神仏分離以前に戻ろうというのは、哲学者の梅原猛さんを始め、色々な方が最近言い始めてますが、
実際にその姿を維持し得てるものは極めて少ない。一番それを持っているのは、一度は禁止令を出されながらも
生き残ってきた修験道だと私は思っています。


金峰山修験本宗宗務総長 田中利典 (「うわさの人物」集英社 加門七海 著 より) 


92 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 10:52:15
>>90
>神仏を融合させてるけど、習合とは違うよ

どう違うの?

93 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 11:12:24
>>90
>それに一口に修験道と言っても、色々あるしね

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2009/08/06(木) 23:02:24
修験道の主流三派(当山派、本山派=本山修験宗、金峯山修験本宗)は、全日本仏教会の発足時からの加盟法人だし、
先日亡くなった五條順教・金峯山修験本宗前管長猊下にいたっては副会長まで務めていらっしゃったのだが、これ如何に?w


94 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 14:39:27
教派神道の御嶽教も修験道だよ

御嶽教は神仏習合じゃないよ

95 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 14:54:49
【修験道】wikipedia

明治元年の神仏分離令に続き、明治5年、修験禁止令が出され、修験道は禁止された。

修験系の講団体のなかには、明治以降、仏教色を薄めて教派神道となったものもある。

御嶽教、扶桑教、実行教、丸山教などが主で、

教派神道にもかかわらず不動尊の真言や般若心経の読誦など神仏習合時代の名残も見られる。


96 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 14:59:13
つーか御嶽教ひとつで修験道を語るなよw

97 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 15:01:33
>教派神道にもかかわらず不動尊の真言や般若心経の読誦など神仏習合時代の名残も見られる。

まさに神道の本来あるべき姿を体現しているなw

98 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 15:45:27
ズタボロやなw

99 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:30:45
御嶽教は仏教を取り入れてるだけ

習合はしてない

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:31:16
どう違うの?

101 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:32:04
つーかオンタケ教はどうでもいいよw

102 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:36:26
修験道は神仏習合とは別だ別だと粘着強弁してたやつは御嶽教信者だったのかw

103 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:44:45
「和邇御嶽山神祇潅頂」御嶽滋賀大教会ウェブサイトより

通常神祇潅頂は、真言宗の加行・潅頂等を成満していることが入壇の最低条件であり、誰もが入壇出来るものではありません。
しかしこの度は、広く御嶽山の諸神と信心ある皆様との固い結縁のきずなを結んで頂くためのものですので、特に資格等を問わず、
有縁の皆様の結縁入壇を御勧め申し上げる次第であります。(故に密印伝授等はありません)

これらの儀礼はすべて神意に基づき、正統の神仏習合の伝統より執り行われるものであります。

よって、入壇の利益感応は計り知れないものと存じます。

http://www.wani-ontakesan.com/index.php?data=./data/l1/

104 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:51:16
江戸時代は習合してたんだろうが

今はしてない

105 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:53:44
だったら何?つーかオンタケ教が今習合してようかしてまいがどーでもいい。
教派神道スレでやれば?

106 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:54:34
とにかく、修験道は神仏習合とは別物である

107 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:55:37
【神仏分離以前に戻ろう・・実際にその頃の姿をとどめているのが修験道】

明治に神仏分離が行われて、学問や文化などあらゆる分野が一神教のキリスト教的な価値観で体系化され、
一神教に沿ったものしか認められなくなってきた。それが明治維新以降の近代化でした。
そんななかで、仏教も一神教的な理解の上に立って行われるようになってきた。神道も国家神道という形で
一神教化が行われ、本来、日本的にあるものとは違うものができてしまった。そこのところをもう一度
原点に戻って取り払うと、実は修験というのは、大変日本的な仏教の受容、発展の仕方をしたのではないか
ということが見えてくる。(中略)

日本人的仏教の、ひとつの典型として修験道は捉えることができる。

というのも、修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、
神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。

修験道が淘汰されなかったのは、日本的な信仰心を基盤としたものの上に仏教の教義が加わることで、
ある種の普遍性を持つことができた。だから、近代化の波の中で淘汰されずに生き残れた。
そうやって考えると、日本の仏教の受容の形、あるいは発展してきた修験の形というのは、
非常に日本的であって、しかも日本にとっていいものであったと言える。(中略)

神仏分離以前に戻ろうというのは、哲学者の梅原猛さんを始め、色々な方が最近言い始めてますが、
実際にその姿を維持し得てるものは極めて少ない。一番それを持っているのは、一度は禁止令を出されながらも
生き残ってきた修験道だと私は思っています。


金峰山修験本宗宗務総長 田中利典 (「うわさの人物」集英社 加門七海 著 より) 


108 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 16:58:26
金峰山の宗務総長が何を言おうが関係ない!
わしが別もんやゆうたら別もんなんやーーー!!

109 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:08:53
要するに御嶽教ってのは権力に媚び売って信仰形態を改変することで生き残ったヘタレ宗教だってことだろw

110 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:11:07
>>108
そういうこと

修験道の中でも見解が分かれてるんだし

111 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:12:35
>>109
知らない


112 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/07(日) 17:13:17
神道なのに修行とかってなんかね〜!

禊だよね!

113 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:17:18
>>110
【神仏分離以前に戻ろう・・実際にその頃の姿をとどめているのが修験道】

明治に神仏分離が行われて、学問や文化などあらゆる分野が一神教のキリスト教的な価値観で体系化され、
一神教に沿ったものしか認められなくなってきた。それが明治維新以降の近代化でした。
そんななかで、仏教も一神教的な理解の上に立って行われるようになってきた。神道も国家神道という形で
一神教化が行われ、本来、日本的にあるものとは違うものができてしまった。そこのところをもう一度
原点に戻って取り払うと、実は修験というのは、大変日本的な仏教の受容、発展の仕方をしたのではないか
ということが見えてくる。(中略)

日本人的仏教の、ひとつの典型として修験道は捉えることができる。

というのも、修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、
神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。

修験道が淘汰されなかったのは、日本的な信仰心を基盤としたものの上に仏教の教義が加わることで、
ある種の普遍性を持つことができた。だから、近代化の波の中で淘汰されずに生き残れた。
そうやって考えると、日本の仏教の受容の形、あるいは発展してきた修験の形というのは、
非常に日本的であって、しかも日本にとっていいものであったと言える。(中略)

神仏分離以前に戻ろうというのは、哲学者の梅原猛さんを始め、色々な方が最近言い始めてますが、
実際にその姿を維持し得てるものは極めて少ない。一番それを持っているのは、一度は禁止令を出されながらも
生き残ってきた修験道だと私は思っています。


金峰山修験本宗宗務総長 田中利典 (「うわさの人物」集英社 加門七海 著 より) 

114 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:19:24
>>110
少なくとも主流三派の中では見解は別れてないようだな。
オンタケ教とか一部の教派神道が何を言ってるかしらんがそれをもって
修験道は神仏習合と別もんだなんて言えるわけないだろw

115 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:23:20
>>110
なんで見解が分かれてたら「別物」ってことになるの?

116 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:26:08
グダグダぬかすな!!わしが別もんやゆうたら別もんなんやーー!!

117 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:38:38
プークスクス

118 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 17:40:03
>>109
そういうこと

119 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/07(日) 19:24:40
また習合派がデタラメを言っているようですね

120 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 19:25:41
神道士さんチーッス

121 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 19:29:10
ttp://religion.bbs.thebbs.jp/1211535322/e10
[139]神道士 08/12/21 19:12 D-ebrZt
最近は龍神様にご縁を頂くようになってきました。

神道士は龍神と縁があるようだな
というかこいつ2ch以外でも暴れてたのか

122 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 19:30:35
神道士公式サイト
ttp://ameblo.jp/shintousi/

123 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 19:39:22
本物の神道士のコテ→ 神道士 ◆bvx6M214z.

124 :敬神 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/07(日) 19:43:32
神道総合スレ3で正式に許可をもらってますよ

979 名前: 名無しさん@京都板じゃないよ 投稿日: 2009/07/26(日) 19:40:47
>>976
神道士◆bvx6M214z氏、自分も神道士を名乗りたいのですが許可を頂けないでしょうか?

982 名前: 神道士 ◆bvx6M214z. 投稿日: 2009/07/26(日) 19:54:56
神道士というのは、神道の士(サムライ)という意味です。
〜〜〜〜〜省略〜〜〜〜〜
このように天皇を中心とする神の国の臣民は”維新権”とでもいう崇高な使命を帯びています。
人間の弱さは悪を見逃すことです。
神の道のサムライとなって下さい。

984 名前: 神道士 ◆stI2VzQKb2 投稿日: 2009/07/26(日) 19:57:45
では私もそういった志を持った人間になるという思いを込めて神道士を名乗らせていただきます

985 名前: 神道士 ◆bvx6M214z. 投稿日: 2009/07/26(日) 19:59:46
>984
承知致しました。
これからはあなたが神道士です。
宜しくお願いします。

125 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 19:48:43
本人じゃないんだし、紛らわしくて迷惑だから神道士のコテ使うのやめてくれ。

126 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:36:41
少なくとも、修験道の開祖の役の小角は神仏習合のつもりはなかった

修験道は元来は神仙道に基づいている

127 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:48:36
役の小角に聞いたの?

128 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:49:17
>>126
んなこたぁないw

129 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:51:35
修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、
神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。

金峰山修験本宗宗務総長 田中利典


130 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:55:21
神道原理主義者はどうしても修験道が仏教を根本においた習合信仰だと都合が悪いことがあるらしいなw

131 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:57:15
大川先生がそう言ってたよ

132 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 20:58:00
大川隆法?

133 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 21:02:16
大川豊

134 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 21:05:48
しかしソースを示されてもそれに対抗できるソースを示すわけでもなく
ただひたすら言い張るってどうなの?

135 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/07(日) 21:06:29
しょーゆー(醤油)こと!

136 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 08:52:36
修験道が仏教を根本にしてようがしてまいが

その仏教ってのがシナ経由で、道教や儒教の影響が入ってる

その前はインドでヒンズー教と混じってるんだからなあ

本当に釈迦が解いた仏教かどうかかなり怪しいし


137 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 09:10:31
>>113
日本人的仏教と言ってる時点で、原始仏教や上座仏教、金剛大乗や中国仏教とは違うと言ってるようなものだろ

日本仏教は、神道に組み込まれた仏教なんだよ

もし習合してたというなら、神道が上だ

反本地垂迹だ

138 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 09:33:20
反本地垂迹も神仏習合の一種だしな
結局神道原理主義者は反本地垂迹なら神仏習合を認めるわけだなw


139 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 09:35:14
>>136
本当に釈迦が説いたころの仏典なんか地球上にひとつも残ってないんだが

140 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 09:49:35
反本地垂迹なら今までさんざんソースも示さず言い張り続けてきた
「修験道は神仏習合とは別物」って主張を引っ込めるわけかw
オンタケ教信者はwww

141 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 10:30:08
>>137
日本仏教は原始仏教や上座仏教、金剛大乗や中国仏教とは違いますよ。当たり前じゃないですか。

そしてそれらと違うといきなり「神道に組み込まれた仏教」と断定することになるのか、

そこのとこの論理の飛躍についていけません。

142 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 11:31:14

【世界宗教と土着の信仰の結合は世界史的普遍性をもつ現象。しかし神と仏の寛容な習合形態は極めて日本的】

日本の神仏習合の歴史にはヨーロッッパと決定的に異なる普遍宗教と基層信仰の結合のしかたをみてとることができる。
日本では、仏教が神祇信仰を吸収するさい、神祇の名を唱えることを禁ずる必要もなく、三位一体論などで神祇を仏教の基層の神々に
読み換えて横滑りさせる必要もなかった。だから日本における仏教と神祇信仰は、ヨーロッパのように閉ざされた系でキリスト教に
吸収されるのではなく、開かれた系で結び合い、仏教と神祇信仰の共存の上に競合と結合を築き上げたのである。

日本の神仏習合は普遍宗教と基層信仰が完全に開かれた系で繋がっているという点で、世界的にみても、独特な宗教構造を作り出したと
言えるだろう。しかし、忘れてはならないことがある。すなわち、一般的にいって、世界各地で多様な形であらわれる普遍宗教と基層信仰の
複合体たは、地域や民族の事情に応じてそれぞれ独自な形をとるのであり、日本の神仏習合もまたその一形態であるということである。

キリスト教の教会は、多くのゲルマン・ケルト信仰の聖地の上に建てられた。
ヒンドゥー教においてブッダはかなり高次の神として処遇された。
中国の道教のなかには、道教の神々を補佐するものとして観音・弥勒菩薩が現世利益の神となって存在する。
朝鮮の寺院境内にも壇君などの朝鮮古来の神々や道教系の神々を祀る祠・堂が見られる。

これらのことに思いを巡らす時、様々な響きをもった世界各地域の宗教や文化に通底する心の世界の広がりがみえてくるのではないだろうか。

「神仏習合」 義江彰夫 (岩波新書)


143 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 11:44:58
神仏習合前に戻ればいいのに(´・ω・`)

144 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 12:41:59
もしドラえもんいて神仏習合前に戻してくれたなら・・・



みんなの大好きな「皇祖神様」なんかどっかに消えてなくなってしまうよw

145 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 14:27:06
おいらは神道原理主義者でも御嶽教信者でもない普通の分離派だけど

(・▽・)反本地垂迹なら、神仏習合を認めてやってもいいよ♪
もちろん神道が主で仏教は従ね

でも修験道は単なる神仏習合の産物じゃないんだよなあ

146 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 14:33:43
>反本地垂迹なら神仏習合を認めてやってもいいよ

>普通の分離派

www

147 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 14:35:01
>でも修験道は単なる神仏習合の産物じゃないんだよなあ

またソースもなんもなしで言い張ってるしwww

148 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 14:48:06

         ,,-―--、
        |:::::::::::::;;;ノ  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        |::::::::::( 」 <  神仏習合を認めてやってもいいよ♪
        ノノノ ヽ_l   \______________
       ,,-┴―┴- 、    ∩_
     /,|┌-[]─┐| \  (  ノ
      / ヽ| |  神  | '、/\ / /
     / `./| |  道  |  |\   /
     \ ヽ| lゝ 原   |  |  \__/
     \ |  ̄ 理    |
      ⊂|___主義者_|
       |l_l i l_l |
       |   ┬    |


149 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 15:20:23
神仏習合派は明治天皇からの信任も厚かったですからね

150 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 15:51:35

●このスレでの心得●
1、論争禁止
2、日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
3、宮地家や宮永家は純粋な神道を継承しているに違いないがそれを示す史料はない
4、明治政府の宗教政策は正しかったが、完全無欠だったかはなんとも言えない
5、両部神道や山王神道はそれぞれ真言・天台系の仏教であり、神道ではない
6、唯一神道(吉田神道)は実は古神道である
7、修験道は神道や仏教との関わりが今でもなくはないが、別の宗教であるのは明確だ
8、神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はない
9、神仏和合を提唱する山折哲雄は反靖国的言動から見ても、バイアスがかかった学者だ
10、岩清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない

(補足)
2’神が上で仏が下なら必ずしもこの限りではない。←New!

151 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 16:00:17
>>150
勝手に作るな

152 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 16:05:18
だって神が上で仏が下なら神仏習合認めてやってもいいんだろw

153 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 16:06:56
修験道は仏教が勝手にやった単なる神仏習合と違うもん

修験道は山岳宗教だもん

154 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 16:08:05

「修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、

 神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。」

金峰山修験本宗宗務総長 田中利典


155 :普通の分離派:2010/03/08(月) 16:08:43
>>152
それを言ったのはおいらであって、他の分離派の人達の考えは違うかもしれないじゃん


156 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 16:13:40
じゃあ勝手にいうなw

157 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/08(月) 16:17:01
     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
    /   _ノ     ,_ノ\
   /    / iニ)ヽ,   /rj:ヽヽ ヽ   だって修験道は神仏習合と違うもん・・・
    l::::::::: ;〈 !:::::::c!  ' {.::::::;、! 〉. |
    |::::::::::  (つ`''"   `'ー''(つ   | 
   |::::::::::::::::: l |      l |   | 
    ヽ:::::::::::::::::l::. r‐''""~)  l  ノ 


158 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/09(火) 20:41:46
どっちが上とか下とかにこだわってる時点で神道じゃねえよ。
一から修行し直し。
教派神道なんて邪道は脇に置いて本道に還れ。

159 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/09(火) 23:50:27
神道原理厨晒しage!

160 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 00:12:01

●このスレでの心得● (2010 spring version)

1、日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
2、宮地家や宮永家が仏教伝来前の純粋な神道を継承しているはずだがそれを示す史料はない
3、明治政府の宗教政策は正しかったが、完全無欠だったかはなんとも言えない
4、両部神道や山王神道はそれぞれ真言・天台系の仏教であり、神道ではない
5、唯一神道(吉田神道)は何と実は、古神道なのである
6、修験道は神道や仏教との関わりが今でもなくはないが、全く別物の宗教だ
7、神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はない
8、神仏和合を提唱する山折哲雄は反靖国的言動から見ても、バイアスがかかった学者だ
9、石清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない
10、ただし、神道の神祇が上で仏教の仏が下ならば、神仏習合もやぶさかではない



161 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 00:29:49
◆明治維新時ではなく16世紀の時点で、神仏習合は衰退に向かっていた!

「15世紀を境として、日本の社会は、質的に大きく構造変容を遂げる。
呪術性を伴う従来の神仏すべてを排し、古来の神を呪術を脱却した存在に
すべく、唯一神道(吉田神道)さらに垂加神道なる教説が出現するのである。

このような事態を作り出したのは、商工業の発達が合理精神をはぐぐみ、
呪術的な神仏の枠を必ずしも必要としないところに到達したこと、・・・朱子学を
導入・摂取したことの二つにあった。国学をはじめとする近世の日本型合理主義の
思想は、ここに全面開花の条件を整える。

16世紀以降の日本の歴史は、神仏習合を母体としたとはいえ、それを乗り越えようと
する歴史の歩みであった。従って神仏習合はここに最後の到達点を見、本来の
歴史的生命を完うしたのである。」

(義江彰夫「神仏習合」岩波新書)


162 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 01:58:16
>>160
勝手にテンプレ作るな

163 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 08:41:52
【伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とする祭祀体系は伝統でもなんでもなかった!】

伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という
古代的風貌をもっているが、そのじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の
担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序に
むけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。
そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態から
みれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解
のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった。

「神々の明治維新ー神仏分離と廃仏毀釈ー」安丸良夫著 岩波新書



164 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 08:43:45

【修験の聖地・吉野の神仏分離】

明治四年から六年にかけ、吉野の神仏分離を徹底し、一山を金峰神社とせよとする指令が繰り返されるようになった。
圧倒的に仏教色が強かった吉野一山に、実態を無視した強引な命令が出されたのは、神祇官の意見によるのだろう。
そのさい、吉野の実状を知っている地方官は、一山の神道化に無理があることを訴えたが、神祇官→教部省の方針は変わらなかった。
蔵王権現が仏教に属することを認めれば、その影響は吉野にとどまらなかったからである。
明治七年、奈良県社寺方が実地検分を行い、吉野一山は金峰山寺の地主神、金精明神を金精神社と改めた上で本社とし、
山下の蔵王堂をその口宮、山上蔵王堂を奥宮とすることに定められ、仏像、仏具は撤去され、僧侶身分のものは葬式寺の一部を除き、
還俗神勤ことになった。しかし、山中の宿坊を頼って登拝していた講中は、蔵王権現の信奉者であって金精明神の信奉者ではなかったから、
参詣者は、神鏡や幣束を無視して、口宮では蔵王像に、山上では行者堂に参詣した。そして、こうした民衆の不満を背景として、
十三年から神道化された寺院の復帰が認められ、十九年には二つの蔵王堂も仏教に復した。
(中略)金峰神社は吉野の町並を四キロも離れた登山口に孤立しており、その規模は蔵王堂とは比べ物にならず、ここが本社で
蔵王堂が口宮だというのは、ほとんどグロテスクなほどの強弁であることは、今日吉野を訪れる私たちにの目には自明である。
(中略)もしこの神道化が成功すれば、修験とそのもとにある各地の講が、神道国教主義の担い手となるはずだった。しかし、全体として
みれば、それが、寝台の尺にあわせて足を切るような乱暴な処置であったことは言うまでもない。

「神々の明治維新ー神仏分離と廃仏毀釈ー」安丸良夫著 岩波新書


165 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 08:45:28
【修験道など習合的信仰を神道化したかった明治政府の狙いはなんだったのか】

蔵王権現、浅間大菩薩、弁財天、秋葉山三尺坊などは、当時の民衆にとって、神仏のいづれかに区別して信奉されていたのではなかった。
仏典などによってどのように由緒づけられるにせよ、蔵王権現は蔵王権現として、浅間大菩薩は浅間大菩薩として信仰されていたのであろう。
このことは、稲荷信仰、相模大山の石尊権現信仰、愛宕権現信仰などでも同様であろう。
ところが、神道国教主義的な政策のもとでは、こうした習合的な神格は、神道の方に組み込まなければならなかった。そうでなければ、
由緒正しい有名大社はともかく、民衆の祭祀の対象の大部分はこうした習合的性格(それも、基本的に仏教により近い)のものであるため、
神道国教主義の基盤が崩れてしまうのである。こうした事情に加えて、上にあげた事例は、いずれも広範な参詣者をもつものだったから、
それらを神道に組み入れることの経済的な意義も大きかった。

この神道化の強要は、厳密に言えば、神仏分離でも廃仏毀釈でもないだろう。というのは、神仏分離や廃仏毀釈には、神仏の混淆状態が
前提とされているのに、こうした神道化の強要に際しては、外から全く別の神格がもちこまれて、旧来の信仰が否定されてしまったのだから。
それは一山横領というほかないものであった。

「神々の明治維新ー神仏分離と廃仏毀釈ー」安丸良夫著 岩波新書


166 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 09:03:26

         ,,-―--、
        |:::::::::::::;;;ノ  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        |::::::::::( 」 <  勝手にテンプレ作るな
        ノノノ ヽ_l   \______________
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     /,|┌-[]─┐| \  (  ノ
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       |l_l i l_l |
       |   ┬    |

167 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 10:13:32
神道で「原理」ってなに?

168 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:19:16
◆天平時代すら「仏教政治」などと言えるものではないのが実情であった!

「奈良時代後期の歴史を特色付けるものとして、称徳天皇と道鏡による仏教政治
ということが従来ふつうに説かれてきた。北山茂夫氏は、その著『日本古代政治史の
研究』のなかで、この通説をきびしく批判されている。・・・

 思想面からみると、いわゆる律令体制は伝統の神祇信仰と族長的祭祀を機軸に、
儒教的礼楽説によって粉飾したものであった。養老・天平期に体制の動揺がふかまると、
貴族・官人のあいだに災異説が一個の思想として広く受け入れられ、それを機縁として
仏事修法が盛行し、仏教ないし寺院と国家とのむすびつきが強まった。仏教は天皇や
国家との関係において、それまでとくらべてはるかに重要な地歩を、制度と人でもって
占めることとなった。この状況のゆきつくところ、最後は自ら公然と仏弟子と称して
はばからない称徳女帝と法王道鏡との出現をみた。しかし、ほかならぬその女帝の
位そのものは、中央貴族から地方豪族にいたるまでの、最終的にはそれぞれが
祖神としているものとの系譜によって、その神統譜によって表明されているものに
依拠していた。

 律令制に深く組み込まれ、そのことによって再生させられていた古代氏族の体制の
からみあいのなかに位置している以上は、皇位の継承問題が女帝の意のままに運ぶことは
なかった。人びとは王権に関し、伝統の神祇と関係の深い「天つ日嗣」の思想から
けっして自由になっていなかった。天皇の、あるいは政治支配の諸関係の内部に、制度
及び思想としての神仏儒が複雑にからみあい、並存していたのはなんら異とするにあたらない。
とくに天平末葉の宣命にあらわれた支配者の姿勢と思想からいって、天平の仏教政治という
ふうに規定するのはあまりにも単純な抽象化であり、歴史の実質の把握から遠い。
北山氏は以上のように論じていられる。」

(高取正男「神道の成立」平凡社ライブラリー)


169 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:20:46
◆神仏分離思想は幕末や明治維新どころか、古代から厳然と存在した!

「いまもふつうに使われている奈良時代の仏教時代という表現のなかには、
聖武天皇による東大寺大仏や諸国国分寺、国分尼寺の建立をもって
天平文化の華とみなし、その壮大さを賛嘆するいっぽう、仏の教えはともかくとして、
あれほどの国幣をかたむけて教団や堂塔を庇護する必要はなかったのではないかと
考え、とくに称徳朝における道鏡政治のありようなどは指弾すべきものという
否定的評価がふくまれている。したがってこの種の見解が、近世における儒者や
国学者たちの排仏論的名分論とふかくかかわっているのはいうまでもない。中国では
儒教の現世倫常主義の立場から、仏教の出世間主義に対する批判の歴史は古い
ものがある。儒教の交流した近世の日本でも、中国の先縦に学んだ知識人により、
伝来の神祇信仰がいちだんと思想的意味をもってかえりみられることになった。
やがて国学の台頭をへて幕末・維新期をむかえ、王政復古運動を通じていわゆる
皇国史観の基礎がつくられた。

北山茂夫氏がその著書のなかで、天平の仏教政治という表現に客観性のうすいゆえんを
力説されたのも、この言葉の背後に上記の歴史があるからである。しかしこの種の
歴史評価の基本にある考え、聖武天皇や、とくに称徳女帝の仏教に淫した政治は、
日本の政治のあるべき姿から逸脱しているとの考えは、近世の儒教的名分論や、
国学的神道主義によってはじめてあらわれたのではない。ほかならぬ当の仏教政治の
おこなわれた時代に、すでに存在していたふしがある。これはそれほどにふかい根をもつ
問題といえよう。」

(高取正男「神道の成立」平凡社ライブラリー)


170 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:28:17
◆仏教が「葬式仏教」に成り果てて神道と分業したのは、明治維新期ではなく、江戸時代だった!

「今日、日本の仏教寺院がどのような役割を果たしているかを考えると、僧徒の修行の場や信者の
信仰の場となっている寺院もあるが、大多数はいわゆる檀那寺、すなわち境内に檀家の墓地をもち、
檀家の葬儀や祖先供養を最大の仕事としている寺院であろう。お寺や坊さんというと、どうも死者と
結びついた縁起でもないものというイメージで思い浮かべられがちである。葬式仏教といわれ、
多分に批判的にみられながらも、おそらくは当分この形態は変わりそうもない。・・・・
 
 だが、一概に葬式仏教を悪いと決め付けるわけにもいかない。今日の日本では、一般に誕生や
結婚など生と結びついたおめでたいことは神道で、それに対して死と結びついたことは仏教で
という分業体制が確立され、それによって両宗教の平和共存が成り立っているということもできる。
そこにはもともと穢れを忌むという日本人の感覚があり、それを外来の宗教に任せることによって
安定した生活構造を確立しえたとも考えられる。こうした葬式仏教の原型は中世にさかのぼるが、
一般化するのは近世(江戸時代)であり、近世は現代にまでつながる日本の仏教の形態を確立
した時代だということができる。しかもそこには多分に政治的な強制がともなわれており、近世に
おける仏教をみるためには、まず政治と仏教の関係を振り返ることが重要である。」

(末木文美士「日本仏教史 思想史としてのアプローチ」(新潮文庫))


171 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:34:40
◆江戸時代、仏教寺院は江戸幕府の業務の下請機関であった!

「江戸幕府の開創期には、すでに仏教界は世俗の権力に対抗できるだけの力を
失っており、やすやすと幕藩体制のなかに組み込まれ、それを補完する役割をも
担わされることになった。・・・現代にいたるまで大きな影響を残したのは、本末制度と
寺檀制度である。

 本末制度は本寺と末寺の関係を制度的に確定するもので・・・本山は末寺から
諸種の上納金を取るとともに、人事権をはじめ強大な権力をもって末寺を支配する
ことになった。これは寺院を封建体制に組み込むことを目指したものであったが、
同時に、末寺に対する強大な権力を駆使できることになる本山が積極的に協力
した点も見逃せない。

 こうして寺院の縦の支配を強めるとともに、末端の民衆支配の手段として活用
されたのが寺檀制度である。寺檀制度というのは、寺院と檀家の関係を固定化させ、
それによってキリシタンの禁制を貫徹させようというものである。・・・キリシタン禁制は
もはや多分に名目的なもので、むしろそれを口実に戸籍を作成し、民衆支配に活用
することこそ真の狙いであった。世俗権力のみでは貫徹できない支配体制に宗教の
力を利用したわけであるが、寺院側からみれば、檀家との関係を世俗権力が保証
してくれることになり、願ってもないことであった。その過程で中世以後ひろまってきた
仏教による葬式・法要が普遍化し、制度化されることにもなった。

・・・最初に述べた葬式仏教の形態はここに権力のかさを借りて強制され、その
形態が強制力を失った今日にいたるまでなお継続しているのである。」

(末木文美士「日本仏教史 思想史としてのアプローチ」(新潮文庫))

172 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:40:11
仏教の本来的教義からすれば、

・祖先供養
・加持祈祷による願望の実現

などはありえないはずで、その意味で、日本の仏教は
正確には「神道化した仏教」「仏を神祇の一種とする信仰」
というべきだろう。

173 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:45:31
本来の神道って結婚式とか脱税とかありなの?

【明治神宮が1億円脱税 悪質な所得隠しと国税庁 飲食費を別費目から捻出】
 2009.12.11 01:32

 宗教法人「明治神宮」(東京都渋谷区)が東京国税局の税務調査を受け、平成18年12月期までの5年間で約1億円の申告漏れを
 指摘されていたことが10日、分かった。一部は領収書などの裏付けのない職員らの飲食費などに充てられており、国税局はこの部分を
 所得隠しと認定した。明治神宮は修正申告に応じ、産経新聞の取材に「国税局との見解の相違があった。現在は適正に申告している」としている。

 関係者によると、申告漏れのうち大半は収益事業の売り上げの計上時期の誤りなどだったが、一部はほかの費目で捻出(ねんしゅつ)された金が
 神社幹部や職員の飲食費や懇親会費などに充てられており、こうした使い道については国税局は悪質な所得隠しにあたると認定した。

 税務調査は、宗教法人の税務調査を担当する国税局の課税2部資料調査課が担当した。国税庁は宗教法人に対する税務調査を強化して
 おり、その一環とみられる。

 宗教法人は祭祀(さいし)や宗教行為といった事業は公益性などを理由に非課税とされている。しかし、敷地を使った土産物店経営などの
 収益事業には法人税が賦課される。ただし税率は22%で一般的な法人(30%)よりも優遇されている。

 約70万平方メートルの敷地を持つ明治神宮には、本殿のほか、神楽殿、宝物殿、至誠館がある。レストランやカフェを運営する明治記念館、
 明治神宮野球場やテニスコート、フットサルコートなどを運営する明治神宮外苑がグループ法人になっている。

 明治神宮は全国の初詣の参拝客がたびたび日本一となっており、女優の真矢みきさん、沢尻エリカさん、神田うのさん、鈴木紗理奈さんら
 有名芸能人が相次いで挙式を行ったことでも知られる。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091211/crm0912110133000-n1.htm

174 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:51:10
>>169
本文では

>ほかならぬ当の仏教政治のおこなわれた時代に、すでに存在していたふしがある。

としか書いてないのにタイトルでは

◆古代から厳然と存在した!

になってるんですけどw これってキャッチィなタイトリングの域を大幅に逸脱した
明らかな捏造だよねwww きょうび東スポでもこんな悪質な捏造しないw





175 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:54:01
>>168
天平時代が仏教政治でなかったら、なんだというんだろう?w

176 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 12:58:12

「国家と宗教 ?宗教から見る近現代日本 上巻」

神道はわが国固有のアニミズム的、シャーマニズム的な自然発生的宗教であったが、仏教が移入されると当然の結果として神仏習合が進み、
特に平安期に生まれた本地垂迹説がひろく受け入れられて、神はその本地である仏が顕現したものであると信じられるようになっていた。

幕末には神社は存続していても、それは仏教の一部であったのであり、独立した神道という宗教は存在していなかった。

その意味では儒仏以前の純粋神道を構想した復古神道、国学運動は、当時は一部の人々が信じる新宗教に過ぎなかったのであるが、
これが国家権力と結び付いたので、千年に及ぶ日本宗教の伝統に大変革がもたらされることになった。
祭政一致のためには、復古神道の理念に合致する神社を新たに創出する必要があり、世に廃仏毀釈といわれた過激な方法で、神社から仏教色を一掃したのである。


177 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 13:12:11
◆排仏論は、明治維新どころか、江戸時代初期から儒者によって強く唱えられていた
立派な伝統であった!

「藤原惺窩は家康の前で仏僧と儒仏の優劣を争ったというが、・・・『仮名性理』では、
『今時の出家たち、財宝をつみたくはえ、堂寺に金銀をちりばめ、あやにしきを身に
まとひて・・・人のこころをまよはする事、仏の本意にもあらず。・・・世のさまたげと
なるものは、出家の道なり』
と仏僧の堕落を責めている。

 このような現状も、ある意味では仏教界の世俗化ともいえるのであったが、
もともと超世俗主義の立場をとる仏教には、かえって世俗に対して厳しい倫理性が
欠けていた。ちょうど中世末期のカトリックが世俗化するとともに堕落として批判され
プロテスタントの世俗倫理のリゴリズムの立場が生まれるのと似ている。

 近世初期の儒者による排仏論は基本的にこのような世俗倫理の立場に立つもので
あるが、時代が下るにしたがって、しだいに為政者の立場からいかに仏寺を統制し、
幕藩体制を立て直すかという具体的な方策が提起されるようになった。また、儒者が
しばしば同時に国粋主義の立場をとって神道の信仰を鼓舞したところから、仏教の
外来性が批判の対象となった。このことは神道家による排仏論においてより過激化し、
廃仏毀釈にいたることになる。」

(末木文美士「日本仏教史 思想史としてのアプローチ」(新潮文庫))

178 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 13:14:16
◆鎌倉末期から、伊勢神道では、神道による仏教排除の思想があった!!

 「仏教系の神道理論に対して、神道自体で自立した理論をもって仏教に対抗
しようという傾向も同じころから顕著になる。この傾向を代表するのが伊勢神道である。
そもそも伊勢神宮は、豊受皇大神を祀る外宮と天照皇大神を祀る内宮からなるが、
このころ、内宮の方が勢力が大きくなっていた。これに反発した外宮の神官たちが
自らの地位を高めようとして起こした運動が伊勢神道の出発である。その最も早い時期の
理論書が神道五部書と呼ばれるもので、古代の作者に仮託され、伊勢神道の基本的
典籍とされる。・・・正直や清明を尊ぶ倫理観や、『大日本国は神国なり』とする神国意識と
などと並んで、『仏法の息を屏し、神祇を再拝し奉れ』という仏教排除の立場が打ち出されて
いる点が注目される。

 こうして成立した伊勢神道は、鎌倉末期から南北朝期にかけて、度会家行、慈遍、北畠
親房らによって大成される。」

(末木文美士「日本仏教史 思想史としてのアプローチ」(新潮文庫))

179 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 13:19:33
>>177

儒教ってのは中国大陸においてアンチ仏教勢力として存在していたわけで
それが日本に輸入された外来思想なわけだから儒者が江戸時代初期から廃仏論となえていたのは当たり前だろうw

だからタイトルの「立派な伝統であった!」ってのは「儒教にとって」ってことなら正いw

180 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 13:21:44
それと全般的にさあ、中身が伴わなかったり明らかな捏造だったりしても「!!」さえつけてりゃ
インパクトのあるタイトルになると考えるのもどうかと思うぞw

181 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 13:24:17
>>180
おまえも暇だな
24時間関係スレを巡回でもしてるのか
漏れも暇だがw

182 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 13:25:30

●このスレでの心得● (2010 spring version)
1、日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
2、宮地家や宮永家が仏教伝来前の純粋な神道を継承しているはずだがそれを示す史料はない
3、明治政府の宗教政策は正しかったが、完全無欠だったかはなんとも言えない
4、両部神道や山王神道はそれぞれ真言・天台系の仏教であり、神道ではない
5、唯一神道(吉田神道)は何と実は、古神道なのである
6、修験道は神道や仏教との関わりが今でもなくはないが、全く別物の宗教だ
7、神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はない
8、神仏和合を提唱する山折哲雄は反靖国的言動から見ても、バイアスがかかった学者だ
9、石清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない
10、ただし、神道の神祇が上で仏教の仏が下ならば、神仏習合もやぶさかではない

(補足)
神仏分離が正いことを証明する文献を引用する時は、タイトルに「!!」をつけて
歴史に疎い者にも興味をもてるようにする


183 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:26:15
>>172
先祖供養は中国の儒教と加持祈祷はインドのヒンドゥー教と習合した時点で
もう起きてたことであって神道は関係ないよ
日本仏教の起源は神道ニダ!って言いたいだけかよ(笑)

184 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:33:20
【盂蘭盆】
盂蘭盆会(うらぼんえ、ullambana、उल्लम्बन)とは、安居(あんご)の最後の日、7月15日 (旧暦)を盂蘭盆(ullambana)とよんで、
父母や祖霊を供養し、倒懸(とうけん)の苦を救うという行事である。
これは『盂蘭盆経 』(西晋、竺法護訳)『報恩奉盆経 』(東晋、失訳)などに説かれる目連尊者の餓鬼道に堕ちた亡母への供養の伝説による。

185 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:43:40
葬式も不動護摩も歓喜天の浴油も神道が起源ニダ!!

186 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:46:40
実は伊勢神宮に孔子や釈尊が参拝したことがあるという事実はあまり知られていない。

187 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:49:59
>>183
仏教って、何とでも習合できる便利な存在ですね。
接着剤みたい。

釈尊の教えと両立しない「呪詛の術」みたいなのが
はいってきても仏教は仏教ですか?w

188 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:52:37
【世界宗教と土着の信仰の結合は世界史的普遍性をもつ現象。しかし神と仏の寛容な習合形態は極めて日本的】

日本の神仏習合の歴史にはヨーロッッパと決定的に異なる普遍宗教と基層信仰の結合のしかたをみてとることができる。
日本では、仏教が神祇信仰を吸収するさい、神祇の名を唱えることを禁ずる必要もなく、三位一体論などで神祇を仏教の基層の神々に
読み換えて横滑りさせる必要もなかった。だから日本における仏教と神祇信仰は、ヨーロッパのように閉ざされた系でキリスト教に
吸収されるのではなく、開かれた系で結び合い、仏教と神祇信仰の共存の上に競合と結合を築き上げたのである。

日本の神仏習合は普遍宗教と基層信仰が完全に開かれた系で繋がっているという点で、世界的にみても、独特な宗教構造を作り出したと
言えるだろう。しかし、忘れてはならないことがある。すなわち、一般的にいって、世界各地で多様な形であらわれる普遍宗教と基層信仰の
複合体たは、地域や民族の事情に応じてそれぞれ独自な形をとるのであり、日本の神仏習合もまたその一形態であるということである。

キリスト教の教会は、多くのゲルマン・ケルト信仰の聖地の上に建てられた。
ヒンドゥー教においてブッダはかなり高次の神として処遇された。
中国の道教のなかには、道教の神々を補佐するものとして観音・弥勒菩薩が現世利益の神となって存在する。
朝鮮の寺院境内にも壇君などの朝鮮古来の神々や道教系の神々を祀る祠・堂が見られる。

これらのことに思いを巡らす時、様々な響きをもった世界各地域の宗教や文化に通底する心の世界の広がりがみえてくるのではないだろうか。

「神仏習合」 義江彰夫 (岩波新書)


189 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:54:46
ブッダは、「敵を呪い殺してはいけない」なんて
言ってたっけ?

190 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:55:36
◆明治維新時ではなく16世紀の時点で、神仏習合は衰退に向かっていた!

「15世紀を境として、日本の社会は、質的に大きく構造変容を遂げる。
呪術性を伴う従来の神仏すべてを排し、古来の神を呪術を脱却した存在に
すべく、唯一神道(吉田神道)さらに垂加神道なる教説が出現するのである。

このような事態を作り出したのは、商工業の発達が合理精神をはぐぐみ、
呪術的な神仏の枠を必ずしも必要としないところに到達したこと、・・・朱子学を
導入・摂取したことの二つにあった。国学をはじめとする近世の日本型合理主義の
思想は、ここに全面開花の条件を整える。

16世紀以降の日本の歴史は、神仏習合を母体としたとはいえ、それを乗り越えようと
する歴史の歩みであった。従って神仏習合はここに最後の到達点を見、本来の
歴史的生命を完うしたのである。」

(義江彰夫「神仏習合」岩波新書)


191 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:56:22

【そもそも原始仏典とは】

 原始仏典といでども、文字にされたのはかなり後代であり、それまでは口伝えの伝承でした。現代に伝わる貝葉などの写本は最古のものでも
 1世紀をさかのぼることはできないそうです。お釈迦様の入滅から400〜500年経っているわけで、
 その時代は部派仏教の教義も発展しあるいは展開しているでしょうし、その時代には初期大乗仏教も興起しています。
 文字化されない丸暗記による口から口への伝承は意外と正確に行うことが可能なようです。しかし、どうしても教義の展開の影響を受けてしまいます。
 また、パーリー語和訳などに用いられている原始仏典の底本のスリランカの写本は意外と新しいと聞き及びます。
 そのような点から、最古層の原始仏典といえども、更にその最古層の部分を見極める必要もあります。同じ経典内でも古く成立した部分と、
 後から付け加えられたものがあるのは他の仏教経典と同じです。

【原始仏教をどう私たちに活かすか】

 私は現在の宗派仏教を捨てて、原始仏典ばかり読むのを勧めません。むしろ、それは私たちに向かないことでしょう。原始仏教はやはり、
 古代インドにおける、出家による出家のための出家の仏教であります。
 そして、原始仏典といえども、必ずしもお釈迦様の生の声による教えを網羅しえていないでしょう。
 また、私たちは当時のインドとは、時代も、文化も、風土も、全く違う場所に住んでいます。
 私たちにとっては現在の日本仏教がやはり足がかりとなります。しかし、その現在の宗派仏教も歴史の産物であり、展開と変遷を繰り返し、
 あるいは煩瑣となり、あるいは土着の信仰や習俗と習合したものです。


192 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:57:13
>>190
どこに「衰退」って書いてるんだよ?w

193 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:58:39
呪詛とか家内安全とか商売繁盛とかセックス成就とか
葬式とか戒名とかキリシタンでない証明書とかを寺に願うのも
立派な仏教であり、お釈迦様の教えにかなっているってことだね。

194 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:59:24
「大乗経典や密教経典は後世で創作されたものである」ってのは歴史的事実だふぁ
こんなこと言ってる連中も何故か「記紀の内容は歴史としてアテにならない」とか
「現代の神道は江戸中期から後期にかけて起きた国学の影響を受けたもので
古代の神道の祭祀や理論とは大きく違う」って歴史的事実を言うと怒る人がいるから困る

神道でも仏教でも行き過ぎた信者は怖いってことだな

195 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 14:59:36
【伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とする祭祀体系は伝統でも復古でもなんでもなかった!】

伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という
古代的風貌をもっているが、そのじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の
担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序に
むけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。
そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態から
みれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解
のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった。

「神々の明治維新ー神仏分離と廃仏毀釈ー」安丸良夫著 岩波新書


196 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:01:02
◆鎌倉末期から、伊勢神道では、神道による仏教排除の思想があった!!

 「仏教系の神道理論に対して、神道自体で自立した理論をもって仏教に対抗
しようという傾向も同じころから顕著になる。この傾向を代表するのが伊勢神道である。
そもそも伊勢神宮は、豊受皇大神を祀る外宮と天照皇大神を祀る内宮からなるが、
このころ、内宮の方が勢力が大きくなっていた。これに反発した外宮の神官たちが
自らの地位を高めようとして起こした運動が伊勢神道の出発である。その最も早い時期の
理論書が神道五部書と呼ばれるもので、古代の作者に仮託され、伊勢神道の基本的
典籍とされる。・・・正直や清明を尊ぶ倫理観や、『大日本国は神国なり』とする神国意識と
などと並んで、『仏法の息を屏し、神祇を再拝し奉れ』という仏教排除の立場が打ち出されて
いる点が注目される。

 こうして成立した伊勢神道は、鎌倉末期から南北朝期にかけて、度会家行、慈遍、北畠
親房らによって大成される。」

(末木文美士「日本仏教史 思想史としてのアプローチ」(新潮文庫))


197 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:01:30

【日本神話】(wikipediaより)

「高天原神話」に登場するおもな神々はヤマト王権ひいては現在の天皇家の祖先に当たると記述されている。
これは、ヤマト王権の拡大にともない、各地方土着の神に対する崇敬を天皇に対するものに転化させ、
初穂献上としての租税の徴収を容易にするためと推察されているが、
そのため、時代により時の権力者に都合の良い解釈がなされたり改変が加えられたりした経緯がある。

例えば、記紀の編纂自体に同時代の天武・持統朝の影響や朝廷・藤原氏などの恣意が加わった可能性が指摘されている。
東京裁判後、明治以降太平洋戦争以前の日本においては国民に対し国家の正統性を喧伝するプロパガンダとして
国家権力によっても利用された(皇国史観)。

明治以降は皇国史観によって日本神話の記述が神聖視され、神話研究はそれ以前よりも後退することとなった。
大正時代に津田左右吉が『神代史の新しい研究』ほかを発表し、
日本神話に科学的な観点から批評をおこない、神代記は政治的な意図で作られた創作であると結論づけた。
第二次世界大戦前は不敬罪として弾圧されたが、戦後になって注目され、しばらくの間、津田の説が日本神話研究の中心となった。
現在では津田説が細部まで正しいとは必ずしも考えられてはいないが、

日本神話を考古学などの証拠なく弥生・古墳時代の史的事実の反映と考える説は基本的に退けられている。

今日では意図的な改変や創作がかなり加えられてはいるが、そのようなものの見方をする古代の人たちがいたことに注目する文化的背景を考察する考え方が主流となっている。


198 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:02:19

【律令国家の租税徴収の方便としての神祇信仰に行き詰りを感じた豪族達が仏教に救いを求めた】

それにしても、律令国家の支配にとって決定的な意味をもつ、神祇官による祈年・月次・新嘗祭への諸国有力神社の編成が、
八世紀後半に行き詰まり始めたのはなぜか。この問いに答えることはそのまま地方の神々の神身離脱と神宮寺の出現の理由説明となる。

八世紀後半頃にはじまる地方の神々の苦悩、神の身を脱して仏教に帰依しようとする神の願いとは、地方支配してきた豪族層の苦悩であり、
仏教への帰依も実際には彼らの帰依にほかならなかった。つまり、八世紀後半という時代は、神を背負って支配をしてきた地方豪族が、
全国いたるところで行き詰まりに直面し、仏教にその打開の道を見いだしはじめた時代であった。だとすれば、この地方豪族にとって、
神も、神を祀ることで支配を維持することも必要でなくなるり、また不可能にもなってきたのだから、神を背負っての神祭りと幣帛の献上など、
いかに国家規模の霊力に満ちたものであっても、不必要なものとなってくるはずである。

「神仏習合」 義江彰夫 (岩波新書)


199 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:02:54
◆天平時代すら「仏教政治」などと言えるものではないのが実情であった!

「奈良時代後期の歴史を特色付けるものとして、称徳天皇と道鏡による仏教政治
ということが従来ふつうに説かれてきた。北山茂夫氏は、その著『日本古代政治史の
研究』のなかで、この通説をきびしく批判されている。・・・

 思想面からみると、いわゆる律令体制は伝統の神祇信仰と族長的祭祀を機軸に、
儒教的礼楽説によって粉飾したものであった。養老・天平期に体制の動揺がふかまると、
貴族・官人のあいだに災異説が一個の思想として広く受け入れられ、それを機縁として
仏事修法が盛行し、仏教ないし寺院と国家とのむすびつきが強まった。仏教は天皇や
国家との関係において、それまでとくらべてはるかに重要な地歩を、制度と人でもって
占めることとなった。この状況のゆきつくところ、最後は自ら公然と仏弟子と称して
はばからない称徳女帝と法王道鏡との出現をみた。しかし、ほかならぬその女帝の
位そのものは、中央貴族から地方豪族にいたるまでの、最終的にはそれぞれが
祖神としているものとの系譜によって、その神統譜によって表明されているものに
依拠していた。

 律令制に深く組み込まれ、そのことによって再生させられていた古代氏族の体制の
からみあいのなかに位置している以上は、皇位の継承問題が女帝の意のままに運ぶことは
なかった。人びとは王権に関し、伝統の神祇と関係の深い「天つ日嗣」の思想から
けっして自由になっていなかった。天皇の、あるいは政治支配の諸関係の内部に、制度
及び思想としての神仏儒が複雑にからみあい、並存していたのはなんら異とするにあたらない。
とくに天平末葉の宣命にあらわれた支配者の姿勢と思想からいって、天平の仏教政治という
ふうに規定するのはあまりにも単純な抽象化であり、歴史の実質の把握から遠い。
北山氏は以上のように論じていられる。」

(高取正男「神道の成立」平凡社ライブラリー)


200 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:04:16

【日本人が混同する2つの「神道」】

ここであらためて指摘しておきたいことがある。それは、「アマテラスから天皇家へと繋がる神道」が、
太古からある日本固有の宗教観だと思うのは大きな間違い、ということである。
もちろん、縄文時代以来続いた日本列島固有の宗教観はあったに違いない。この宗教観に、大陸や半島から
新たな思想や風習が入り込み、日本人の信仰祖形=「民俗宗教としての神道」が形成されていったのである。

かたや、アマテラスから天皇家へとつながる神道は、あくまで八世紀の朝廷によって構築されたものである。
これは「天皇家の正統性を訴えるための神道」であり、民俗宗教としての神道とは区別して考えるべきものである。

日本人の信仰といえば真っ先に思い浮かぶのは「神道」であろう。だが、八世紀の段階で
「神道」という言葉自体が、それほど一般的だったわけではない。「日本書紀」の中で、「仏教」に対する
日本的な信仰として「神道」の二文字が現れるにすぎない。
これはむしろ当然のことで、アニミズム、多神教世界にどっぷり浸かっていた日本人の太古の信仰形態を
「こういうものだ」とひとくくりにすることは困難を極める。
多神教やアニミズムは、ありとあらゆるものに神は宿るという発想なのだから、人それぞれに、「神」の観念が異なる。
それぞれの地域ごとに、思い思いの信仰が存在していたのである。

201 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:04:17
記紀は既に大陸から仏教や儒教などの思想が伝来してから書かれたものだし
内容の全てが皇室の権威づけを目的として書かれたものだから
本来は神典と呼ぶにふさわしいものでないな

202 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:05:24
【日本人が混同する2つの「神道」その2】

その一方で「神道」の萌芽は、三世紀のヤマト建国に求められる。前方後円墳が各地に伝播し、統一された
埋葬文化を共有することによって、ゆるやかな連合体が完成したのである。政治を「まつりごと」と言い習わして
いた時代、各地域が持つ宗教観の「調整作業」こそ、「神道」の誕生といえるのである。

その神道にひとつの画期が訪れたのは、八世紀の「日本書紀」の編纂であろう。この中で神話がまとめられ、
ヤマトを代表する神は、天皇家の祖神で太陽神の天照大神と「定められた」からである。
つまり我々が「日本人の信仰」と信じてやまない「神道」とは、「八世紀の権力者が、政権に都合のいいように改変した、
人民統治のための方便としての宗教観」とみなすことが可能なのである。

天武の死後、女帝・持統天皇の出現によって「親蘇我派」の天武政権はいつの間にか
「親藤原(反蘇我派)」天智政権にすり替わっていた。
この「静かな大政変」を如実に物語っているのが、藤原不比人が編纂に大いに関わった「日本書紀」の神話である。
神話の中で、本来なら男神であるはずの太陽神が、女神にすり替わっていた。
これは「女神=天照から始まる王家の正統性」を証明するための捏造記事であった疑いが強い。
つまり、天武から始まった新たな王朝は、持統が政権の舵取りを担った段階で「持統の王家」に入れ替わっていたのであり、
その正統性を、持統-不比人ラインが、神話に遡ってまで既成事実化しようとしたのが「日本書紀」編纂の意図なのである。

「古代神道と天皇家の謎」 関祐二


203 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:08:13
>>199
だから天平時代が「仏教政治」でなかったとしたらどうたというの?w
「!」つけてれば箔がつくってもんでもないだろっていってるのにw

204 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:09:58
>>203
おまえこそ、記紀が「神典」(意味わからん単語だが)じゃなかったとしたら
どうたというの?w
同じコピペを繰り返していれば箔がつくってもんでもないだろうにw

205 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:12:15
>>204
ビックリマークつけて同じコピペ繰り返してるはおまえだろw
あとおれは201じゃねーよw

206 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:16:14
神典の意味を知らないって分離とか習合以前に本当に神道を信じてるのか?

207 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:18:17
【神典】wiki
神典(しんてん)とは日本の神道において信仰の根拠とされる文献の総称である。



208 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:21:30
やたらとビックリマークつけて話の流れとずれまくりのコピペ繰り返してる神道原理野郎は
「日本神道の信仰の根拠とされる文献」を表す言葉もしらない似非神道信者だったってことがわかったなw

209 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:23:36
古事記をしっかりと読んだあることがある人なら知ってるだろうけど
冒頭で「陰と陽が〜」とか言ってて明らかに陰陽思想の影響受けてるんだわ

210 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:26:17

【古事記と日本書紀の隠された目的】

ところで、両書の前半部分では、神々が活躍する日本神話が詳しく語られる。
これ自体は全てが朝廷の創作というわけはなく、多くは古来からの伝承を収集して収録したものだと考えられる。
興味深いことに、日本神話は東南アジアの神話を骨格とし、中国、朝鮮、南太平洋、なんとギリシャ神話の影響も
見られるという。両書では、そんな数々の神話が無理なく天皇家へつながるよう改ざんされている。
つまり、これによって、天皇家は神聖性を帯び、国民支配の正統性が主張できるのである。天武天皇の史書編纂の
狙いは、まさにここにあったと言える。

「スーパービジュアル版 早わかり日本史(日本実業出版社)」 河合敦 編


211 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:27:56
>>209
古事記に陰陽思想の影響があると、どうしてそれが「神典」でないことに
なるのかね?

クルアーン(コーラン)には、キリスト教やユダヤ教の存在や影響を前提とした
記述が多々あるわけだが、コーランはイスラムの典籍ではないのか?

212 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:32:40
キリスト教徒はユダヤ→キリストの流れを
イスラム教徒はユダヤ→キリスト→イスラムの流れを公式な教義で認めてるけど
それを例にすると
神道信者は陰陽思想(道教系)→神道の流れを公式にしてることになるぞ

213 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:32:43
>>208
同じコピペ繰り返し張り付けてるのは神仏習合だろ…

214 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:33:45
>>213
同じコピペ繰り返し貼りつけてるのはビックリマーク神道原理野郎だろw

215 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:37:19
>>214
ビックリマークのコピペなんなんだ?
人からの神仏習合のコピペばかりだろうが

216 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:37:48
>>206 >>208
俺、別に「信仰」してるなんて一言も言ってないが?
信仰というわけじゃないんだから、原理主義もへったくれもない。

単に議論の素材をひろってきて提供してるだけだよ。

217 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:38:58
プークスクスw
単に議論の素材をひろってきて提供してるだけだよ キリッ!

218 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:40:16
同一のコピペの繰り返し頻度でいえば、習合厨の方がひどいけどなw

219 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:41:13
>>215
毎回同じ文体真似して書くよな。人の引用しかコピペできないのか。

220 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:41:40

>>213
神道原理主義者がおんなじこと(>>187の釈迦が言ってないことやってたら仏教じゃない、みたいなやつ)を繰り返し繰り返しいうから
それに対する回答として>>188みたいなコピペを繰り返し貼られるんだろ

でもそれに対抗して神道原理主義者が繰り返し貼る>>190のコピペは、著者が同じというだけで
会話の流れと全く関係ない。(しかもタイトルが「衰退」とかかなり強引ww)

221 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:42:38
お前らはどれだけのスレにご迷惑をかけてるんだ…

●■▲瀬織津姫神社を熱く語る
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1267887949/
【天下の】諏訪大社御柱祭【奇祭】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1080190519/
伊勢神宮っていいね!その15【日蓮大聖人】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1267597226/
伊勢神宮を楽しむ!其の弐
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1255258129/
そうだ、伊勢神宮に参拝しよう!
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1250487254/
出雲大社 その8
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1268155037/
伊勢神宮・出雲大社
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1231119727/
【神仏分離】神道総合スレ2【崇拝】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1249566316/
【神道士は】神道総合スレ Part4【偉大なり】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1248604295/
【分離派】神道総合スレ・論争専用【習合派】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1248786524/


222 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:43:55
習合厨のコピペはそれ以前から繰り返されてるけどなww

223 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:43:57
>>216
「議論の素材」ってことはそれまでの流れと関係なく新たな話題を始めたいために
ビックリマークコピペを繰り返してるってことかw

224 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:45:24
>>223
はて?
神仏分離の議論と関係ない話題のコピペってあったっけ?

225 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:45:36
>>222
原理厨がおんなじことばっかり繰り返すから同じ答えを貼られるんだよw

226 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:46:25
>>225
それに対する手痛い反論のコピペがあると、また躍起になって
もとのコピペを張りまくるのが習合厨だねwww

227 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:48:20
>>226
手痛いコピペ?どれが?www

228 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:49:10
>>226
はて?
手痛いコピペなんてあったっけ?

229 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:50:47
手痛いコピペってこれじゃないのか?

204 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:09:58
>>203
おまえこそ、記紀が「神典」(意味わからん単語だが)じゃなかったとしたら
どうたというの?w
同じコピペを繰り返していれば箔がつくってもんでもないだろうにw


230 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:52:23
>>220
その前から本の引用のコピペはずっとしてただろ

231 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:53:00
それは「痛い」レスだろwww

232 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:53:35
名言集


・○○は明治天皇からの信任が厚かったですからね
〜が○○なんて
 お か し い じ ゃ な い か !
一度〜へ行かれてみてはいかがですか?
 御子息がいらっしゃいますよ
いい加減になりすまさないで下さい
・○○なんて関西の産経新聞では普通ですよ?
・この小童が、〜
・神道士大神、天魔照大神、モー太郎弁当、こじつけ学者or革命神平田篤胤、小国主
 大クンニ主、南無妙法蓮華凶、南無妙阿法蓮華経
・あなたは本当に神仏を信仰しているのですか?
・嘘つきの神である平田篤胤を信仰していますが私は正直です
・宮地家も〜は認めていたのですけど?
・お前狐がついてるぞ
・○○の意見はバイアスが掛っているとしか考えられません
・いっせっせ!いっせっせ! いずもっも!いずもっも!
・○○とウジ虫の見分け方を教えて下さい
・同じです。 違います。
・信じられるか、これすべて自演なんだぜ

233 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:54:10
>>230
議論の素材を拾ってきて提供しちゃいかんのか?

234 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:55:34
っていうかさ、ビックリマークのコピペって何?
習合の本の引用のコピペばかりじゃん。

235 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:58:39
>>233
議論っておいおい…。本の引用のコピペ一方的にずっと張り付けて
議論も何もないだろ…。

236 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 15:59:20
>>234
ビックリマークのコピペ

◆鎌倉末期から、伊勢神道では、神道による仏教排除の思想があった!!
◆天平時代すら「仏教政治」などと言えるものではないのが実情であった!
◆神仏分離思想は幕末や明治維新どころか、古代から厳然と存在した!(原文は厳然と存在など全く書いてないw)

237 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:00:56
>>235
「議論の素材」ってのは>>216さんの表現を拝借しただけなんだがw

238 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:01:08
>>236
それ神仏習合のコピペじゃん

239 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:02:46
>>230
ソースを示しちゃいかんのか?w

240 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:03:38
>>232
習合の人はそういう人からの引用のコピペ好きだよな。


241 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:03:39
名言集改訂版

・○○は明治天皇からの信任が厚かったですからね
〜が○○なんて
 お か し い じ ゃ な い か !
一度〜へ行かれてみてはいかがですか?
 御子息がいらっしゃいますよ
・いい加減になりすまさないで下さい
・○○なんて関西の産経新聞では普通ですよ?
・この小童が、〜
・神道士大神、天魔照大神、モー太郎弁当、こじつけ学者or革命神平田篤胤、小国主
 大クンニ主、南無妙法蓮華凶、南無妙阿法蓮華経
・あなたは本当に神仏を信仰しているのですか?
・嘘つきの神である平田篤胤を信仰していますが私は正直です
・宮地家も〜は認めていたのですけど?
・お前狐がついてるぞ
・○○の意見はバイアスが掛っているとしか考えられません
・いっせっせ!いっせっせ! いずもっも!いずもっも!
・○○とウジ虫の見分け方を教えて下さい
・同じです。 違います。
・信じられるか、これすべて自演なんだぜ
・夏たけて 池の蓮の花見つつ 仏の教へ 憶ふ朝かな 昭和天皇
・ここはお前の日記帳or質問スレじゃねーから!
・プークスクス
・やっぱ世の中銭やなぁ^^

242 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:04:07
>>238
どこが神仏習合なの?

243 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:05:36
>>240
それ原理主義の人のコピペじゃん

244 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:06:27
>>239
一方的に習合の本の引用のコピペを永遠張り付けてるのが
ソースもくそもないじゃないの?

245 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:07:37
>>244
一方的は神道原理主義の人のコピペじゃん

246 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:07:54
>>242
そのコピペ神仏習合の人がしてたコピペだよ。

247 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:08:47
>>246
ちがうよ修験道は別物の人のコピペだよ

248 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:09:06
>>245
違うだろ

249 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:09:52
>>248
違わないだろ

250 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:10:36
>>247
元は習合の人がしてたコピペなんだが

251 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:11:11
私は議論の素材を提供しているだけですよ
内容に反論できない馬鹿は黙ってて下さい

252 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:12:07
>>250
もとは修験道は別物だもんの人がしてたコピペなんだが

253 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:12:57
>>249
元々神仏習合の人間がコピペしたものなんだよ。

254 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:13:02
>>250
もとは神道士がしてたコピペなんだが

255 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:14:29
>>254
どれとどれが?

256 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:14:36
もともとは神道士大神のコピペだよ

257 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/10(水) 16:16:20
どうもまた正しき神道の道から外れてしまった方々が参られましたね。
私が宣教していく必要があるかもしれません。

258 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:18:04
>>256
コピペされてるスレとレスここにコピペして

259 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:18:28
神道士さんちーっす

260 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:19:27
>>253
コピペされてるスレとレスここにコピペして

261 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:19:30
>>257
あんた神道士本人じゃないだろ

262 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:22:09
>>260
また真似する。。
神道士が書いたというレスのコピペは嘘なんか?

263 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/10(水) 16:22:15
>>261
神道士というのは、神道の士(サムライ)という意味です。
神道において「雄健(おたけび)」「雄詰(おころび)」などの
大声の祓いにより真我を顕現させ大悟するのですが、
禊での「雄詰(おころび)」や剣で祓うときは邪なもの悪い心を
祓い切ると観想して行じるのです。
垂加神道の教説に
「国に悪い者あれば退治するのが祓いぞ。」神代卷講義 山崎闇斎
というものがあります。
垂加神道は武士道との親和性が強いのですが、この主張は神道における悪心を切るということと実際に刀で戦う武士道との一致とも言えます。
つまり、実際に武士がその刀により悪い者を退治するのが祓いなのです。

あたかも、禅宗において師匠の警策(棒打)によって、修行者が大悟するように
神道においてもその刀の祓いにより人間の真我、人間の集合体としての社会、国家の真姿を
顕現させ大悟するのです。
先程も申し上げましたが、日本人は臣民です。
この意味ですが、そもそも、為政者だけでなく、庶民も日本を神国と考えていました。
江戸時代の百姓一揆では「それ日本は神国ならずや」という語句が口上書(訴状)に書かれていました。
つまり、「日本が神国」という主張は政府に対して批判的な立場からも唱へられてきたものなのです。
つまり,日本は神の国なのだから、非道な役人には神罰がくだるという考え方なのです。
このように天皇を中心とする神の国の臣民は”維新権”とでもいう崇高な使命を帯びています。
人間の弱さは悪を見逃すことです。
神の道のサムライとなって下さい。

264 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:23:01
>>262
真似してるのはおまえだろ

265 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:26:00
>>263
本物の神道士 ◆bvx6M214z.のコピペじゃん。


266 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:26:07
みろ やっぱり本物の神道士だったじゃないか

267 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:26:28
>>261
もう>>124で書いたのでこれ以上は言いませんが、
私は神道士◆bvx6M214z.より正式に神道士の位を頂いており、
私も神道士なのです。
そもそも神道士とは一体なんであるのかは、>>263の神道士bvx6M214z.が書かれた
名文をコピペしておきましたのでそれを見て下さい。

268 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/10(水) 16:27:20
すいません、>>267でコテハンをつけ忘れました。

269 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:27:23
>>264
なんだ神道士が書いたスレとレスないの?

270 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:28:30
>>269
なんだ習合派が書いたスレとレスないの?

271 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:29:32
>>268
神道士本人じゃないだから神道士名乗るのやめろ。

272 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:31:05
>>270
天皇を崇拝しない神道スレ

273 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/10(水) 16:31:25
>>271
神道士自身から神道の士になるように精進せよと言われて私は神道士を名乗っているのです。
本人でないというのは失礼ではないですか。
確かに私は神道士bvx6M214zよりも知識や魂で劣る部分はありますが、
その程度の煽りに屈する気はありませんよ。

274 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:32:58
>>269
天皇を崇拝しない神道スレ

275 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:33:34
>>273
迷惑だから少し名前変えたら?

276 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:35:30
>>274
天皇を崇拝しない神道スレにそのコピペを神道士が書いたレスないぞ。

277 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:36:15
>>276
天皇を崇拝しない神道スレにそのコピペを習合派が書いたレスないぞ

278 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/10(水) 16:36:52
>>275
誰に迷惑なのでしょうか?
神道士◆bvx6M214z.(以降は省略して神道士b)からは
許可をもらっているので迷惑はかけていませんよ。

279 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:38:05
>>278
紛らわしいから迷惑なんだが。。


280 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:38:51
>>278
この人わざとやってるだろ。

281 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:42:58
>>279
紛らわしいも何も私も神道士Bも神道士なのですから問題ありません。

282 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:43:37
>>277
真似するしかできないんか。

283 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:44:51
>>277
あのスレは習合のコピペしてるだがね

284 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:45:37
>>283
あのスレは神道士のコピペしてるだがね

285 :神道土 ◆UDKnJAEE.o :2010/03/10(水) 16:47:42
次スレのテンプレです。。
●このスレでの心得●

1、日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
2、宮地家や宮永家が仏教伝来前の純粋な神道を継承しているはずだがそれを示す史料はない
3、明治政府の宗教政策は正しかったが、完全無欠だったかはなんとも言えない
4、両部神道や山王神道はそれぞれ真言・天台系の仏教であり、神道ではない
5、唯一神道(吉田神道)は何と実は、古神道なのである
6、修験道は神道や仏教との関わりが今でもなくはないが、全く別物の宗教だ
7、神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はない
8、神仏和合を提唱する山折哲雄は反靖国的言動から見ても、バイアスがかかった学者だ
9、石清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない
10、ただし、神道の神祇が上で仏教の仏が下ならば、神仏習合もやぶさかではない


286 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:48:57
>>284
あのコピペを神道士が書いたレスないだろ

287 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:50:29
>>286
あのコピペ習合派が書いたレスないだろ

288 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 16:52:24
>>280
おまえこそわざとやってるだろ

289 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:22:37
「後世、手が加わって、原初の姿をとどめてないから、
記紀は神典ではない」っていうなら、
まったく同じ理由で、
大乗仏典はみんな仏典じゃないってことになるな。

290 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:24:44
>>236

おい、ここにもビックリマークのコピペがあるぞw
習合派のピックリマークは良いコピペ、
分離派のピックリマークは悪いコピペってか?w

 ↓

>【伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とする祭祀体系は伝統でも復古でもなんでもなかった!】


291 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:26:21
記紀は後世手が加わって原初の姿をとどめてないとかじゃなくて
最初から政治的意図が加わって神話を改変して天皇の権威を高めるために書かれたものだろ


292 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:27:06
>>281
あんたわざとやってるくせに。
迷惑って書いてるのだから少し変えろよ。

293 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:28:02
>>285
テンプレ作るなよ

294 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:29:41
>>293
なんで?

295 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:30:19
>>289

別に「後世の手が加わっちゃダメ」なんて言ってないよ。

仏教も神道も、後世の手がいろいろ加わって
ごちゃごちゃ混ざってておおいに結構。

ただ、その場合、日本仏教は、それで全然痛くもかゆくもないが、
神道の場合、「原初の純粋な神道(の幻想)」ではなく「神仏混合の神道」
ってことになるってだけ。

まあ、神主仏従でもいいし、
天皇が法皇になったり勅願寺を造ったりするような神仏習合でも
別にいいけどね

296 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:31:17
>>291
改変ってことは、改変する前の姿が何か具体的にわかっているわけ?

297 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:32:20
政治的意図があることと、神典であることとは
両立する。
旧約聖書だって何らかの政治的意図はあっただろ。

298 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:32:37

【古事記と日本書紀の隠された目的】

ところで、両書の前半部分では、神々が活躍する日本神話が詳しく語られる。
これ自体は全てが朝廷の創作というわけはなく、多くは古来からの伝承を収集して収録したものだと考えられる。
興味深いことに、日本神話は東南アジアの神話を骨格とし、中国、朝鮮、南太平洋、なんとギリシャ神話の影響も
見られるという。両書では、そんな数々の神話が無理なく天皇家へつながるよう改ざんされている。
つまり、これによって、天皇家は神聖性を帯び、国民支配の正統性が主張できるのである。天武天皇の史書編纂の
狙いは、まさにここにあったと言える。

「スーパービジュアル版 早わかり日本史(日本実業出版社)」 河合敦 編

299 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:33:21
>>297
何らかの政治的意図って?

300 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:35:29
>>298
またバカコピペ

しかも「〜という」とか、伝聞表現だけで、
具体的検証もない安っぽい書籍w

「改ざん」ってことは、「改ざん前」の姿が具体的に
わかってなきゃならないはずだが、それの説明もないw

301 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:36:58
【日本神話】(wikipediaより)

「高天原神話」に登場するおもな神々はヤマト王権ひいては現在の天皇家の祖先に当たると記述されている。
これは、ヤマト王権の拡大にともない、各地方土着の神に対する崇敬を天皇に対するものに転化させ、
初穂献上としての租税の徴収を容易にするためと推察されているが、
そのため、時代により時の権力者に都合の良い解釈がなされたり改変が加えられたりした経緯がある。

例えば、記紀の編纂自体に同時代の天武・持統朝の影響や朝廷・藤原氏などの恣意が加わった可能性が指摘されている。
東京裁判後、明治以降太平洋戦争以前の日本においては国民に対し国家の正統性を喧伝するプロパガンダとして
国家権力によっても利用された(皇国史観)。

明治以降は皇国史観によって日本神話の記述が神聖視され、神話研究はそれ以前よりも後退することとなった。
大正時代に津田左右吉が『神代史の新しい研究』ほかを発表し、
日本神話に科学的な観点から批評をおこない、神代記は政治的な意図で作られた創作であると結論づけた。
第二次世界大戦前は不敬罪として弾圧されたが、戦後になって注目され、しばらくの間、津田の説が日本神話研究の中心となった。
現在では津田説が細部まで正しいとは必ずしも考えられてはいないが、

日本神話を考古学などの証拠なく弥生・古墳時代の史的事実の反映と考える説は基本的に退けられている。

今日では意図的な改変や創作がかなり加えられてはいるが、そのようなものの見方をする古代の人たちがいたことに注目する文化的背景を考察する考え方が主流となっている。


302 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:37:50
>>236
その仏教の政治のコピペは出雲スレで神道の人が
仏教の道鏡の政治について書いたら
習合の人が反論して本の引用を書いてきたやつだよ。

303 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:38:32
記紀が政治的意図をもって古代に作られたものであろうと、
なんであろうと、それが神典として受け継がれてきた以上、
それこそが神典。

304 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:39:38
>>302
日本語でOK


305 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:39:48
>>301
またバカコピペ荒らしw

306 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:42:25
こうしてみると、神道は「文化」ではあるだろうが「宗教」とは
言えないよね。

記紀も神典とは言えるかどうか疑問の余地があるし。

神道は宗教ではないよ。せいぜい文化、慣習。




よって、宗教ではない以上、政教分離原則の適用もなく、
神社や神道祭祀と政府が結びついても特に問題はないとおもう。

307 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:43:57

【神々を『敗北』に追い込んでしまった戦時中の利己的な祈願】

戦争中の我々の信仰を省みると、神に対して悔いずにはいられない。我々は様々祈願をしたけれど、我々の動機には、利己的なことが多かった。
さうして神々の敗北といふことを考えなかった。我々は、神々が何故負けなければならなかったか、といふ理論を考えなければ、
これからの日本国民生活はめちゃめちゃになる。

「神道宗教化の意義」 折口信夫

308 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:44:13
古代においては政治と祭祀がもともと混ざっていたのだから
記紀に政治的意図が混ざっていようといまいと、
宗教的文献であり神典であることに違いはない。

309 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:45:19
>>304
仏教政治のコピペは出雲スレで習合の人が反論して本の引用を書いたやつなんだよ。

310 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:45:27
>>307
こうしてみると、同じコピペを機械的に繰り返して
あっちゃこっちゃに迷惑をかけている習合厨どもがいかに有害か
わかるなwwww

311 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 17:45:35
仏教の方が正しい教えに戻るべきだよね!
葬式仏教は酷すぎるね!
悟りも開けず仏にも成って無い坊さんに死者を成仏させる事なんて出来る筈無いよね!
仏教界は神道なんかと関らないで修行して悟りを開いて仏に成って欲しいよ!
仏教の神仏達もいい加減な存在なのに神道の神まで取り入れないで釈迦の教えに戻って下さい!

312 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:46:29

【日本人が混同する2つの「神道」】

ここであらためて指摘しておきたいことがある。それは、「アマテラスから天皇家へと繋がる神道」が、
太古からある日本固有の宗教観だと思うのは大きな間違い、ということである。
もちろん、縄文時代以来続いた日本列島固有の宗教観はあったに違いない。この宗教観に、大陸や半島から
新たな思想や風習が入り込み、日本人の信仰祖形=「民俗宗教としての神道」が形成されていったのである。

かたや、アマテラスから天皇家へとつながる神道は、あくまで八世紀の朝廷によって構築されたものである。
これは「天皇家の正統性を訴えるための神道」であり、民俗宗教としての神道とは区別して考えるべきものである。

313 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:46:45
>>307
利己的祈願ってのは、神道というよりも
真言宗系の寺院が
よく受け付けているよね。

真言宗は嫌いではないけどw

314 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:48:26


【「関西で神仏習合 広がれ多極共存の波動」国際日本文化研究センター所長 山折哲雄 (北海道新聞 平成17年1月9日)】その1

 今、京都を中心に関西圏で、神職と僧侶が手を携え、神仏習合の伝統儀式を復興しようと動きが始まっている。
 明治の改革以降百三十年続いた「神仏分離」の時代を反省し、それ以前の神仏信仰の歴史を見直そうというわけである。

 周知のように、明治のはじめに神仏分離令が発せられ、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた。この「上からの宗教改革」によって神の領域と仏の領域が切り離され、
 儀礼も分断されることになった。信仰の内面が一刀両断のもとに断ち割られたのである。その後遺症はいろんなところに及んだが、なかでも癒し難い傷を残したのが、
 われわれ自身のアイデンティティーに対してだったのではないだろうか。それは、その後、定めなき漂流をはじめた。ことは何も宗教界だけの問題ではなかった。
 それはきわめて自然な形で、学問の世界にまで影響のつめ跡を残したからだ。まず帝国大学における仏教学はインド哲学のなかに位置づけられ、
 神道学とのあいだに研究上の障壁が設けられるようになった。アカデミックな世界においても神仏分離の路線がしかれ、やがてその縄張り意識が肥大化していく。

 それだけではない。この学問世界における神仏分離の流れは、私立の大学における宗教研究の岸辺をも洗うようになった。仏教系の私立大学は仏教の学問のみ、
 神道系の私立大学も神道の研究のみ、という分業体制がいつのまにかできあがった。それで、今日まで百三十年である。
 思えば自己倒錯の長い道のりを飽きもせず歩いてきたものだと、つい嘆息がでる。


315 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:48:28
天照は明治天皇からの信任も厚かったですしね

316 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:49:21
>>312
え?

「天皇家の正当性を訴えるための神道」って、
少なくとも8世紀までさかのぼれるのか!

すごいね!

俺は、「天皇家の正統性を訴える神道」って
明治に初めて作られたものなのかと思ってたけど
とんでもないことだったんだね!

すごい歴史の長い宗教だったんだね!

イスラムが7世紀だから、ほとんどそれと同じ古さだったんだね!

317 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:50:15
 【「関西で神仏習合 広がれ多極共存の波動」国際日本文化研究センター所長 山折哲雄 (北海道新聞 平成17年1月9日)】 その2
 ただ、そのような状況のなかで唯一の救いは、民間では上からの宗教改革をまともに受け入れることがなかったということだ。表面上はお上のいうことに従いながら、
 神仏習合の信心を手放さなかった。首をすくめて神社にお詣りし、墓参りのためお寺に出かけることをやめなかった。
 神の社のかたわらに観音や地蔵を祀り、寺の境内に神々の祠を祀ることを忘れなかったのである。

 このような自己矛盾の罠からどのようにして脱出するか。百三十年続いてきた自己倒錯の道をどのようにして乗り越えるか。そんな問題意識から、
 一昨年、京都で「古都の森・観光文化協会」というのが作られた。神道界と仏教界が手を結び、学会も参画してわが国の神仏習合の歴史を見直そうという企てである。
 かつての神仏共存の儀礼を調査、発掘して、その再現をはかろうという趣旨だ。

 今日、日本の社会は東京一極集中の様相を呈しているが、それが私には「靖国」一極集中の政治風景とも重なってみえる。
 これに対して関西は、神仏の世界で多極共存の道を歩みはじめているといっていいのではあるまいか。
 新年にあたり、この関西の波動が関東をはじめ全国の各地に及んでいくことを願わずにはいられない。


318 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 17:50:33
本当は戦争に積極的なのは神道より仏教の方だったね!

319 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:51:55
神道を侮辱するなんて

お か し い じ ゃ な い か !

320 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:52:39
>>314

★山折哲雄 wikipediaより

日文研教授になったあたりから人気評論家となるが、それ以後は一般向けの言説が多く、
学問としての評価は低い。
『愛欲の精神史』は、日本古典について碌に先行研究を参照していないと田中貴子に
批判された。
所長退任後は四国巡礼の旅に出ると公言していたが、実行していない。

2009年4月26日の読売新聞朝刊の「地球を読む」にて、西欧社会が旧約の神と新訳の神を
分離して考えていることやキリスト教が肉体の死を認めていない事を示唆するような内容を
執筆している。

321 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:53:13

【「神と仏の道を歩く〜神仏霊場 巡拝の道 公式ガイドブック〜」(集英社新書ビジュアル版)より】
 http://ec2.images-amazon.com/images/I/51BNv5ILa2L._SL500_AA240_.jpg

文・岩清水八幡宮宮司・京都府神社庁長 田中恆清

八幡様は、かつて八幡大菩薩とも称えられ、神と仏を結ぶ要の位置におられた。
神仏和合の結晶として誕生し、一個の独立した存在として成長を遂げたのが、八幡信仰であったといえる。

しかし、明治維新の「神仏分離」によって、千三百年にわたる神仏和合の歴史に終止符が打たれ、神仏は分かれた。
結果、その間に生まれた子達の運命はどうなったか。子の命は失われてもよい、体を真っ二つに両断し、
半身づつを両親がそれぞれ引き取ることとすればよい、とされ、実際、明治初年にそうした処分を受けたのが
八幡宮や修験道であった。
分離後の神道と仏教は、どのような道を歩んだか。例えば明治五年、神仏は協同して国民教化の任に当たるべく
「大教宣布」の理想を掲げ、神官と僧侶がともに教導職として布教活動に邁進することとなったが、
諸般の条件が整わぬまま、この束の間の神仏協調路線も、わずか三年で瓦解してしまうのである。

神仏が再び歩み寄ろうとしている今日、わが国近代の神道史・宗教史を今いちど検証し、
先人達の経験に学ぶことは多々あるであろう。何事も神仏の御心に添い奉るため、世のため人のためである。
我々はより注意深くより、より広い心をもって物事に対処していかなくてはなるまい。
とりわけ八幡宮に代々奉仕してきた者としては、八幡信仰の復興に努め、
「鎹(かすがい)」の役割を担うことを通じて、神仏の和合を揺るぎないものとしていくことが、
何より重要な責務であろうと心得ている。

宗教・宗派の垣根を乗り越え、それぞれの主義主張はひとまずおのが懐に収めて、互いに尊重し合い、譲り合う。
このたびの「神仏霊場 巡拝の道」こそは、そうしたわが国ならではの生き方を、
壮大なスケールで表したものだと言ってもよいであろう。
この古くて新しい心のネットワークを、近畿圏から日本全国へ、そして世界へと広げていくことができれば、
というのが今の私の願いである。

322 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:55:32

【西野神社社務日誌より http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20080927 】

今月8日、皇學館大学の記念講堂に於いて、神仏霊場の発足奉告祭が行われました。斎主は同会常任幹事の加藤・生田神社宮司が、
導師は森本・東大寺長老がそれぞれ務め、各社寺代表の神職や僧侶ら約220人(賀茂御祖神社の新木直人宮司、多賀大社の中野幸彦宮司ら)が参列しました。

奉告祭では、斎主の加藤宮司が、明治の神仏判然令で隔てられた神と仏が人心の荒廃した現代を憂え再び手を携えようと神仏霊場を発足させた事を奉告する祝詞を奏上し、
その他、巫女により豊栄舞の奉奏が行われたり、場内の僧侶らにより声高らかに般若心経の読誦が行われるなど、祭典は神仏合同の形式で営まれました。

奉告祭の後は、神宮を正式参拝するため一行は内宮へと向い、内宮への参道口に架かる宇治橋から内宮の御正宮まで、白衣・白袴の神職らと
華やかな袈裟をまとった僧侶らが4列に並んで同時に参進して行きました。厳かながらもかなり珍しいその参進風景は、多くの一般参拝者達の目を引いたそうです。
ちなみに、この行列の先頭4人は、神道側は斎主を務めた加藤宮司と神社本庁統理代理の田中副総長(同会顧問、石清水八幡宮宮司)の2人で、
仏教側は導師を務めた森本長老と半田天台座主(同会名誉会長)の2人でした。そして、宇治橋を渡り、五十鈴川のほとりで手水を済ませた一行は、
神楽殿で神楽を奉納し、その後、御正宮へと入り、御垣内で正式参拝をしました(御垣内では田中副総長と森本長老が代表して神前に赴き拝礼しました)。
拝礼を終えて振り返り、神職と僧侶が整然と並ぶ様子を見た田中副総長は「ごく普通であった形、暫く途絶えていた風景が元に戻った」とその時の感動を述べました。

私としては、こういった神仏習合の動きが、今後は関西より東の地域でも活発化する事を期待しています。
近年関西圏で復興されつつある神仏習合の動きは、異なる宗教間の対話・協調路線を更に建設的な方向へと一歩推し進めた動きであり、
不幸にも世界ではまだいたる所で宗教間の深刻な対立が見られますが、神仏習合の動きは、そういった異なる宗教間の対立を融和の方向へと導く
一つの指針やモデルケースにもなり得ると思います。


323 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:55:54
>>312

コピペにマジレスすると、「天皇と庶民と、2つの神道」なんてのを
いまさら区別するのは不可能w

皇室の独占物だった伊勢神宮が次第に武家、庶民にも
崇敬されるようになっていったりした例からも
それは明らか。

土着の神が記紀にむすびつけられた縁起を作られたのは
別に明治維新のときに限らず、中世以来見られた現象だし。

324 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:56:21
仏教を支持していた推古、聖武、醍醐などの悪帝たちは
今は幽界の支配者たる大国主から邪法を広めた者として裁かれているというのに…

325 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:57:41
>>322

神仏習合の動きが、伊勢神宮にまで向かっているんだね!
皇學館でも神仏習合を認めたんだね!

皇室が神仏習合を再び受け入れるのも時間の問題だな!

分離派、神道原理主義者は
立場がなくなって総崩れだな!ww

326 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 17:59:27
>>323

【本質的な結合を果たしてしまっている神と仏の分離作業は不可能】

明治のはじめに、次々と発布された布告の中でも、とりわけ目を引くのは神道の地位に関わるものである。そこでは、近代の国際世界の
中に形成されるべき、新しい日本の国家体制(国体)の原理を表現するものとして、唯一神道をひとつの国体神学の地位にまで
高めようとする異様なまでに高揚した意識が見て取れる。(中略)
彼らはまず神道を「純化」するために、神仏分離を布告する。一見すると、民族宗教である神道から仏教の影響を除去し、神道を
「純粋なもの」に戻すことのように思える。しかし、「純粋な神道」がどのようなものであるかは、本当のところは、よく分からない。

もしも、それが、古代日本人の「原神道」をさすものだとすると、「分離作業」は、ほとんど不可能なくらい困難だろう。
そこでは「原神道」と仏教のある部分は、本質的な結合を果たしてしまっている。したがって、「分離」は「純化」ではなく、実際には
「破壊」しかもたらさないだろう、と思われるからである。

「森のバロック」 中沢新一  (講談社学術文庫)


327 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:00:03
大陸伝来の仏様、菩薩様の眷属等には明王クラスを始め武闘系、戦闘系が八百万神?

328 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:02:00
京都府神社庁や皇學館が神仏和合に前向きである例からもわかるように、
西日本はもう神仏習合にむけてはっきり進んでる。
歴史の蓄積からして必然だ。

東京の神社本庁の石頭の人たちはもう孤立している。

あとは、皇室に真言宗と天台宗が堂々と再びはいるのも
時間の問題だろうな
真言宗は今でも東寺が修法で勅使を受け入れているわけで、
それを宮中でやるようにすればいいだけ。

329 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:03:19
>>326
「天皇の神道と庶民の神道」が分離不可能であるというなら、
「神道と仏教」も分離不可能であることを認めるべきってことだね!
全部丸ごと受け入れるしかないね!

330 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:04:11
神仏習合に戻すのは構わないけどさ
妻帯肉食葬式仏教も廃止して戻す事は
習合の人はしないの?

331 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:05:31
>>326

★中沢新一 wikipedeiaより


オウム真理教に宗教学の立場から取り組み、教団を擁護する立場で発言をしていたが、
地下鉄サリン事件が同教団の組織的犯行であることが発覚するとメディアから批判を受け、
地下鉄サリン事件についてのコメントについても批判を受けた。

332 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:05:32
>>330
寺に聞けば?

333 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:07:45
>>331
「田中恆清」をとばすなよw

334 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 18:07:50
神仏習合して何の意味があるのか判らないんだけど?

神道に仏教の教義を入れても変だよ!
神職に悟れって無理だよ!坊さんにも出来ていないのに!

335 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:08:44
>>334
別にアンタが意味わかんなくても問題ないね!

336 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:09:14
こいちら仏教を侮辱することを楽しんでる…狂ってやがる…!?

337 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:09:37
神社本庁はぶっつぶして、
日本神社会とか神社連合会にする

本部は京都に移す
伊勢神宮は「本宗」ではなく「名誉会長神社」「筆頭会員神社」
程度の扱い

「日本神社会」として「日本仏教会」と友好を保ち
神仏習合を推進

靖国神社や東郷神社や護国神社は、「軍神教」とでもいうような
教派神道として独立していただく

338 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:10:41

【新熊野神社、「神仏習合」140年ぶり復活】

紀州の熊野信仰を伝える新熊野(いまくまの)神社(京都市東山区)が、5日の神幸祭に修験道の寺院、
聖護院門跡(左京区)の僧侶や山伏らを招く。神と仏を一緒に信仰してきた日本古来の宗教心を取り戻そうと、
明治元年の神仏分離令まで続いた「神仏習合」の姿を140年ぶりに蘇らせる。

新熊野神社は、熊野信仰が盛んな平安時代後期の1160年、後白河上皇が創建した。修験道と関係が深く、
明治時代までは、聖護院から宮司に相当する別当が派遣されていた。

尾竹慶久宮司(57)が聖護院の宮城泰年門主(76)に協力を依頼し、「神仏習合」の催しが実現。

神幸祭には、聖護院の僧侶と山伏計11人が参加し神事の後、氏子ら約300人が同神社を出発、
神の乗り物「鳳輦(ほうれん)」などとともに周辺の約10キロを練り歩き、2か所の御旅所で僧侶と山伏が読経する。

尾竹宮司は「世の中で悲惨な事件が続くのは、日本人が神仏への恐れを失っているからでは。
再び信仰心を取り戻したい」と話し、宮城門主は「これを機に絆(きずな)を深めたい」と喜んでいた。

(2008年5月5日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/kyoto/news/20080505kn03.htm


339 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 18:10:49
神仏習合って仏教を侮辱してるんだね!

判ったよ!

340 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:11:57
>>338

西日本の神仏習合への動きは止まらないね!

神仏習合を受け入れる神社が、一斉に本庁から
離脱すればいい!

341 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:12:12
>>332
神仏習合に戻すのは活動はするのに妻帯肉食葬式仏教
も廃止して元に戻す活動はしないのはどうかと思うけど…。
結局楽したいだけ?

342 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 18:12:33
仏教を貶めたいから神仏習合なんだね!

343 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:12:43
盛り上がってるそうだから久しぶりに帰ってきたらつまないスレになったもんだな
神道士もいないしネタコピペもないし伊勢神宮や出雲大社スレの方がよっぽど
神道総合スレらしいわ

344 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:15:09

【平成神道研究会シンポジウムで花園神社宮司・氷川神社宮司らが神仏習合をキーワードに語る】

神職有志らで作る平成神道研究会が20周年、神道時事問題研究会が40周年を迎えたのを記念する事業「自然と生きる環境生命文明」が始まり、
第1回の出発シンポジウム「自然と生きる環境生命文明を考える」が3月22日、三重県伊勢市の猿田彦神社で開かれた。

基調講演では両会の幹事で東京・花園神社宮司の片山文彦氏が「原理主義と寛容性(神仏習合)」と題して話した。
また「我が社の神仏習合」をテーマにディスカッションも行なわれ、やはり両会の幹事で東京・氷川神社宮司の山本雅道氏を司会に、
新潟・八海山尊神社宮司の山田泰利、埼玉・今宮神社宮司の塩谷治子、猿田彦神社宮司の宇治土公貞明の各氏が論を展開した。

うち、今事業の推進にあたって会長を務める片山宮司は講演のなかで、宗教復権を強く主張するところに原理主義台頭の原因を見るとともに、
科学支配が絶対化するなかで宗教と科学が衝突する現状も指摘し、それら諸問題から抜け出す方途として 

神仏習合をキーワードに挙げて、絶対から多様化への発想転換を促した。

そして「科学が絶対的であっても、私たちはそれで必ずしも癒され、救われない。そこに宗教の存在理由がある」
「習合や多様化、寛容性を考えなければ、地球や生命体はもたなくなるだろう」と述べて、危機回避の環境生命文明を考える連続シンポジウムと
活動に意欲を示した。
なお、同事業は今後、神道や仏教を中心に各宗派のトップや要職者も巻き込み、月一回のペースで宗教ゆかりの地を巡回しながらシンポジウムを開いていく予定。

http://www.shinto.org/jpn/forum/forum21/arekore.htm

345 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:16:02
>>341
寺に聞けば?

346 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:18:28
>>344
西日本だけじゃなく東日本にも神仏習合の動きが拡大しつつある
ってことだね!

心強いな

347 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:19:27

【山折氏を招き「神仏習合」講演】 創立40年の神道時事問題研究会

 神道時事問題研究会(代表幹事=片山文彦花園神社宮司・山本雅道氷川神社宮司、東京)の例会が1月30日夕、東京・新宿の花園神社で開かれ、
前・国際日本文化研究センター所長の山折哲雄氏が「神仏習合」と題して講演した。
同研究会は今年、設立40周年を迎えており、やはり片山、山本の両氏が代表を務める平成神道研究会も20周年であることから、両研究会は合同で1年間渡り、
自然、環境生命、神仏習合をテーマに議論を深める事業を展開する。今回の山折氏の講演は、同事業のスタートを告げる「総論」の意味合いをもたせた。
 講演で山折氏は「『神仏習合』は翻訳的で、もう古い。私は、日本人の感性に合った『神仏和合』にしようと言っている」と話し、
土着の信仰と外来の仏教が結びついた「和合」のもっとも象徴的な舞台は「山」だったとして、山岳信仰によせる日本人の精神構造を明らかにしていった。

http://www.shinto.org/jpn/forum/forum20/arekore.htm


348 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:20:10
>>うち、今事業の推進にあたって会長を務める片山宮司は講演のなかで、宗教復権を強く主張するところに原理主義台頭の原因を見るとともに、
>>科学支配が絶対化するなかで宗教と科学が衝突する現状も指摘し、それら諸問題から抜け出す方途として

神道原理主義ってこのスレの造語じゃなかったんだw

349 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:20:54
>>345
神仏習合は戻すのに妻帯肉食葬式仏教は廃止して戻さないのなら
表面だけじゃん。

350 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:21:22
>>348
そうなんですよ。この記事からとったんですよ。

351 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:23:05
>>349
京都府神社庁に言えば?

352 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:23:52
とりあえず神仏習合派は花園稲荷、石清水八幡宮、氷川神社、新熊野神社
辺りは参拝して問題ないんだな宮司公認だし

353 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:24:37

【熊野本宮大社 祭神 熊野本宮大社HPより】

第一殿 熊野牟須美神(伊邪那美大神)ー 本地佛 千手観音

第二殿 速玉之男神 ー本地佛 薬師如来

家津美御子大神
第三殿 家津美御子大神 (素盞鳴尊)ー 本地佛 阿弥陀如来

天照皇大神
第四殿 天照皇大神 ー本地佛 十一面観音


「神様のことはよくわからないけど、ずっとここに来たくて、やっと今来ることができた。」
団塊の世代の方々や、ひとりで来られる女性の方が、よくそんなことをおっしゃいます。
「きっと熊野に呼ばれたんですね」と私が申し上げると、とても感動してくださる。
そんな時、熊野の神が私を支えてくれていることを実感し、熊野本宮とい社を背負っている責務を
再認識させられます。
神社は元気を与える場所です。皆さんには「いつでも帰ってきてください」と申し上げたい。

神 仏 一 体 に し て 来 る 者 拒 ま ず というのが今も昔も熊野の気風です。

※「イチから知りたい日本の神様@『熊野大神』」(戎光祥出版)より
 文・熊野本宮大社宮司 九鬼家隆


354 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:25:27
>>348には「原理主義」という用語はあるが「神道原理主義」という語は
ないぞ?

片山宮司がどういう文脈で「原理主義」という用語を使ったのかも
>>348だけからはわかりにくい

355 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:27:35
>>352
あと神戸の生田神社な。(>>322の一行目参照)

356 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:27:45
>>354
文脈から見ると「科学原理主義」か「神道原理主義」のどっちかの意味だとは思うけど
はっきりと明示はされてないね

357 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:28:32
>>351
それじゃ神仏習合に戻したといえないだろ

358 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:29:19
>>357
意味不明w

359 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:29:32
>>356
一般的な宗教の原理主義(イスラム、ヒンズー、キリスト教含む)
という意味で使っているようにも解釈できる

360 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:30:29
「原理主義」に反応しすぎwww

361 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:30:37
>>358
仏教の肉食妻帯について京都府神社庁にたずねるんだったら
神仏習合といっても神主仏従だな。

362 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:34:46
確かに戒律の復興は題目や念仏唱えてればいいみたいな宗派はどうか知らんけど
仏教全体で見たら重要な要素ではあるんだよな
せめて菩薩戒を復興させないとただの袈裟を着ただけのおっさんに僧侶がなってしまう

363 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:35:20
つか、現場の神主や宮司で、寺院とも仲良くつきあっているのは
現にいくらでもいるわけで、抽象的・観念的議論はあまり意味がないな


364 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 18:35:23
仏教を辱めているみたい!

365 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:35:28
>>358
妻帯肉食葬式仏教は止めて戻さないのなら
神仏習合に戻したとはいえないじゃないの?
そういう所が神仏習合に賛同する気になれないだよ。
本音は楽したいだけなんだもんな。

366 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:36:17
>>365
なんで神仏習合に戻すのは楽をすることになるの?

367 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:37:26
>>365
別におまえに賛同する気になってもらおうとも思ってないがw

368 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:38:11
仏教が実り豊かだったのは中世まで。
神仏習合が一番盛んだったのも、やはり中世だろ。

江戸時代は、既に近代の準備段階にはいってたわけだし、
幕府の政策もあって、仏教は思想とか戒律では
停滞して、葬式仏教化して弱体化してたのは事実。

だからこそ、神仏分離や廃仏毀釈がわりとすんなり
やられちゃったとも言えるわけで。
(思想面で強固な土台のあった真宗などは例外)

369 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:38:33
>>364
関西の産経新聞では普通ですよ?

370 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:38:54
>>363
確かに神宮なんて神仏習合ではないけど
最近は真言、天台、臨済あたりの僧侶を公式に内宮に招いたりとか
実は教義は別として交流自体は歴史上で最も盛んと言っていいんだよな
本来は西行とか日蓮ですら入りたくても入れなかったような場所なんだし

371 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:39:35
【神道を萎縮させ頽廃させてしまったものは何か】

ほかの誰よりも折口信夫には、神道にはなにができて、何ができないか、どこが良いところで、どこが宗教としてだめかが、
はっきり見えていた。明治以来、政府内のイデオローグたちは、たいした見識もなしに、神道をキリスト教に向かい合えるほどの宗教に
仕立て上げることができるなどと信じて、日本人の霊性の伝統に致命的な打撃を与えるような、滅茶苦茶な施策を度々断行してきた。
その過程を通じて、神道は国家の「正義」を支える、国民の倫理性の源泉としての位置づけを与えられるようになった。
つまり、神道は合理化されて、近代主義の逆立ちした表現形態にたどり着いてしまうことになったのである。

土地土地に根付いた古い形をもった神道が、日本人の生活を導く倫理の源泉となってきた歴史的事実が、近代国家としての日本の
「国民」を薫育し教化していくための道徳原理ともなる、という合理的な形にすりかえられてしまった。
その結果として、神道はその内的な生命を萎縮させ、頽廃させられることになったのである。

「古代からきた未来人・折口信夫」 中沢新一(ちくまプリマー新書)


372 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:40:06
>>363
なにかというと
観念的・抽象的議論をふっかけて挑発したがるのは
神道原理主義者、分離派だよね

373 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:41:12
>>371

だから中沢はやめとけってw

★中沢新一 wikipedeiaより


オウム真理教に宗教学の立場から取り組み、教団を擁護する立場で発言をしていたが、
地下鉄サリン事件が同教団の組織的犯行であることが発覚するとメディアから批判を受け、
地下鉄サリン事件についてのコメントについても批判を受けた。


374 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:43:25
>>366
妻帯肉食葬式仏教もなくして戻さない事がだよ。

375 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:43:37

【神々を『敗北』に追い込んでしまった戦時中の利己的な祈願】

戦争中の我々の信仰を省みると、神に対して悔いずにはいられない。我々は様々祈願をしたけれど、我々の動機には、利己的なことが多かった。
さうして神々の敗北といふことを考えなかった。我々は、神々が何故負けなければならなかったか、といふ理論を考えなければ、
これからの日本国民生活はめちゃめちゃになる。

「神道宗教化の意義」 折口信夫

376 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:44:45
>>373
人格批判はその理論を否定する根拠にはなってないな
極端なことを言うとヒトラーが「1+1=2だ!」と言ったからって1+1は3や4にはならない

377 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:44:56
>>374
それと神仏習合・分離とは別もんじゃん

378 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:45:31
>>375
また同じコピペをして荒らすなよw

利己的祈願がダメなら、真言や天台などのお寺も
ほとんどダメってことになるぞw
川崎大師とかに厄除けや商売繁盛祈願もダメだな

379 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:47:20
>>376

確かにヒトラーが言っても「1+1=2」は正しいが、
「1+1=2」を文献で引用するのに、ヒトラーをわざわざ
用いる必要はなく、他にいくらでもまともな論者がいるだろう。

中沢以外でやればいい。

380 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:48:03
>>378
利己的な祈願がダメとかいいとかそういう話じゃないだろw

381 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:48:43
>>380
少なくともタイトル部分は、「利己的な祈願がダメだったから・・」
というニュアンスだよね。

382 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:49:24
>>381
国家神道で団結してボロ負けしたのは事実。

383 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:50:23
>>381
国家神道なるものの有無にかかわらず、
戦争ではどのみち「団結」するしかないわけで、
あまり有意義な議論じゃないね。

国家神道なるものがあったかどうかと
戦争が起こるか起こらないかとは
因果関係はないし。

384 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:50:43
>>379
別に中沢でやったっていいだろw

385 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:50:43
とはいっても先の大東亜戦争で日本国が敗北したことの理由の一つを
晩年に昭和天皇陛下は「もっと科学を重視するべきだった」と言ってたそうだから
当時の軍部の一部が神道や密教みたいな一種の呪術に走って
現実を直視できなかったも原因の一つであったんだろうな

386 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:52:03
>>384
あんたが、その論旨が正しいと思うんなら、
いかがわしい論者=中沢をわざわざ使うことはないってことだよw

中沢以外に誰も言ってないことなら別だけど、
そういうことじゃないんだろうから。

387 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:52:10
昭和天皇は原爆は戦争中のことだったからしょうがなかったとも言ってるしねw

388 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:52:51
>>377
神仏習合に戻すなら妻帯肉食葬式仏教も無くして
元に戻せと書いてるんだよ。

389 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:54:18
>>386
中澤は確かにオウムでケチはつけたが、だからといって全ての論説について
いかがわしい論者とはいえんだろ
それともウィキの論調を絶対視するのか?w

390 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:54:20
>>385
よくわからんが、軍部が呪術に走ったって、どういうことかな?

呪いの力で空母を沈めたり、敵を消滅させるような
作戦行動が行われていたってこと?

「神風が吹けば・・」みたいな言動はよく引用されるけど、
あれは苦し紛れの単なる詠嘆みたいなものであって、
実際に「神が風を起こしてくれる」ことを前提にして
作戦が組み立てられたという話は聞いたことがないな。

391 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:55:52
>>388
そんなエラそうに命令するおまいは何様なの?w

392 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:56:09
>>389
記紀神話についてもwikiを引用してコピペする奴がいるんだから
中沢についてwikiが引用されても別に問題はあるまいよww

393 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:56:36
>>392
反論になっとらんなw

394 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:56:44
>>390
具体的な資料はちょっと今もってこれないけど
戦時中の政府(軍事政権)は戦勝祈願の祈祷や護摩を色々な神社や寺にやらせていたわな
まあ本気でそれによって勝てると思ってた人は少ないだろうけどね

大本教が戦勝祈願をしてたら憲兵に「そんな怪しげな呪術で人民を惑わすな!」って
言われて逮捕された事件があったし

395 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:58:28
>>391
不思議なんだよね。神仏習合に戻す事は活動
するのに、妻帯肉食葬式仏教は無くして戻さないのは。


396 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:58:48
>>394
そりゃ、試験合格や選挙勝利で神仏に祈願する人が多いんだから
戦争で神仏に祈願する政治家軍人がいてもおかしくないでしょ。

神仏に頼りすぎた結果としてまともな努力(装備とか作戦とか)を
怠ったって言うんなら、まあ別だけど、
神仏に祈ることと、装備や作戦などのまずさで負けたこととは
因果関係はあるとは言えないんじゃないか

397 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 18:59:46
>>395
別におまえが不思議かどうかなんてどうでもいいんですけど

398 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:01:14
>>395
日本の仏教の戒律はもう平安後期頃には崩壊してたって歴史的事実があるから
日本人が「戒」って概念に疎いのは仕方がない所もあるんだろうけどね
その点は仏教が神道化してしまったという神仏習合の不の側面であるともいえる

399 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:01:23
>>395
つーかここにコピペされてる習合復活にむけた活動のコピペは
どっちかというと神社側の活動なんですけど

400 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:02:07
神仏習合ってのは、「仏教が神道化した」っていう面も
あるよね。

そう考えると、神道家で習合を毛嫌いする連中が多いのが
よくわからん。

401 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:03:13
葬式仏教って
昔の葬式は仏教と関係なかったの?

402 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:03:29
そもそも天台や真言には、いまでも「鎮護国家」の要素が
あるわけで

403 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:03:41
>>400
そういう連中は儒教(もともと仏教嫌い)に影響されてるってのも大きいだろ

404 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:04:30
>>401
「葬式仏教」ってのは「葬式を行う仏教」という意味じゃなくて
「葬式を主な業とする仏教」ってことだろw

405 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:04:35
>>398
江戸幕府から廃退したんだろ。
それまでは妻帯肉食は厳しくされていた。

406 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:06:03
そもそも葬式仏教にどっぷり浸ってる寺や宗派は神仏習合なんかに興味ないだろw

407 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:06:17
>>399
張り付けてるのは習合の人だけどね。

408 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:07:39
>>407
習合の活動をしてる神社の人が貼りつけてるのかも知れないだろw

409 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:08:41
>>407
誰が貼り付けていようと、
神社側(それも石清水八幡宮宮司の発言とか、皇學館での講演とか、
伊勢神宮での神仏両サイドの訪問受け入れとか)のやってることの
記事内容について、神道派からケチをつけるのは矛盾してないか?w


410 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:09:44
>>406
神仏習合に協力してるお寺やお坊さん妻帯肉食葬式仏教しない
骨のあるお坊さんなんですね。

411 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:09:56
分離から見ると石清水八幡宮の宮司とかは一体どういう風に見えるんだ?
普通に興味があるんだが

412 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:12:11
>>410
「葬式仏教にどっぷり浸ってる宗派は・・」と書いてあるんですけど?
なんでそんな強引な読み替えするんですか?

413 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:12:58
天下の石清水八幡宮宮司で京都府神社庁もつとめている人を
分離派がどう評価するのか、是非きいてみたいもんだねw

カトリックのパリ大司教とかミラノ大司教みたいな人が
イスラムと懇談したりするのを、カトリックの原理派みたいなのが
どう見るか、みたいなもんで

414 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:13:04
>>411
テンプレの10番に書いてあるだろw

415 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:13:41
10、岩清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない


416 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:14:06
>>414
付き合いでやってるだけって…どんだけ〜

417 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:15:00
>>416
だって神道士がそう解き明かしていたもん

418 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:15:04
>>414
テンプレは確かにあるけど、
神社本庁内部とかの強硬な分離派の人たちも
そういうふうに評価してるってことかな?

419 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:15:06
つまり石清水八幡宮の宮司は心にもないことを口先だけで言い続けるような男ってこと?

420 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:17:34
>>419
そういうこと。

421 :神道土 ◆UDKnJAEE.o :2010/03/10(水) 19:19:55
春の訪れとともに神道総合スレ見事復活ですね!

422 :神道士 ◆stI2VzQKb2 :2010/03/10(水) 19:20:59
>>421
あなたは神道士Bから正式に許可も頂いていないモグリの神道士ですね

423 :神道土 ◆UDKnJAEE.o :2010/03/10(水) 19:22:30
>>422
私は神道士ではありません。神道土です。そうつまりこのスレのスレ主です。
インネンつける前によく読んでください。

424 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:22:59
>>412
神仏習合に協力的な寺や僧侶は妻帯肉食葬式仏教はするという事ですか?

425 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:23:54
>>418
あのテンプレは荒らしが立てたものだろ

426 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:24:12
意味不明。

427 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:25:08
宮内庁は未だに泉涌寺に歴代天皇の供養料を払ってるけどそれは批判しないの?

428 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:26:02
>>422
あんたもたいして変わらないじゃん。
名前少し変えろ。

429 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:40:48
>>427
東寺の後七日御修法にも、現在でも勅使が送られている。
皇室の仏教とのつながりも細々と維持されているようだな。

430 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:44:27
>>429
延暦寺の御衣加持御修法でも、やはり毎年勅使が派遣されている。

真言・天台とのかかわりは今でも皇室は一応は保っているよ。

431 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:45:17
未だに法然上人に天皇陛下が新たな大師号を下賜なされたりしておられるわな
まあそれまでの付き合いを踏みにじって「今日から赤の他人です!」とか
一方的に縁切りするのは礼節を欠く者の行いであって
天皇陛下がそんなことをなされたら臣民に示しがつかないということもあられたのだろう

432 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:46:24
南無日蓮大聖人

433 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:48:25
夏たけて 池の蓮の花見つつ 仏の教へ 憶ふ朝かな
                             昭和天皇

この歌に込められた思いこそが皇室の真意であったのだろう

434 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:51:08
>>433
昭和天皇がその歌を詠んだときはだいぶ耄碌しておられたかから全く真意ではない。

435 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:54:19
日蓮上人にも大正天皇は大師号を出されているね!

なーんだ、皇室と仏教は今もおつきあいがちゃんとあるんだね!

分離派、原理派はますます旗色がわるくなってきたね!!

436 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:54:53
そのわりには、天皇を崇拝しない神道スレで
神仏習合のコピペしてる仏教徒はなんだろね。
神仏習合スレでも皇室関係の侮辱が多いし。

437 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:56:03
愛子さまは大正天皇の遺伝が大きいっていうのは本当ですか?

438 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:59:13
大体神仏習合時代が千年以上続いてたことを全否定して分離させたい
理由ってなによ?分離して何かいいことあったのか聞いてみたいわ。

439 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 19:59:41
>>436
天皇陛下を神道原理主義の象徴かのように捉えている不届き者が多いのが原因でしょうね
当時の神仏判然令は明治大帝の名の元に行われたとはいえ
それを先導したのは国学に傾倒した一部の連中であったのに
その証拠に明治大帝は御幸をなされるさいに成田山などの大きな名刹なども回られていた

440 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:00:43
>>437
大正天皇が精神に疾患があったっていうのは、
守旧派の元老たちが、リベラルな天皇を快く思わないために
流したデマらしいね。

つまり、反天皇制の左翼は、戦前の守旧派元老が作った
大正天皇疾患説に荷担しているわけさw

441 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:02:21
>>440
愛子さまの話をするとなんで精神疾患の話になるの?

442 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:03:46
>>439
だったら天皇を崇拝しない神道スレの仏教徒
をなんとかしたらどうですか?


443 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:05:47
>>442
精神疾患?

444 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:06:16
大正天皇陛下がご乱心であったというデマを流す日本人でない方々がいるが
陛下は実際にはお体の弱い方であっただけのことだ

有名な望遠鏡の話も実際は手を上手く動かすことができない陛下が
しっかりと紙を丸められているかを確認するために覗いたというのが事実であることは
現在では常識の範囲だと思うのだが

確かに陛下の身体の障害は皇室が長い間近しい血縁の間の婚姻が多かったことが
原因であったとは言われている
そのため、そういった生物学に精通しておられた陛下は皇室に新しい血を取り入れようと
昭和天皇陛下を島津の出の女性と婚姻されることに反対する宮内庁の頭の固い者たちから
守ったそうだ

445 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:07:46
だからなんで愛子さまの話をしたら精神疾患の話題で盛り上がるのさ?

446 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:08:14
御修法とは、真言宗各派の大半が所属する「真言宗各派総大本山会」
(以下、各山会と略)に加盟している各宗派の管長や、総本山・大本山の山主、
同会加盟の各宗派から選出された僧侶達により、毎年1月8日〜14日までの
1週間に亘って、空海(弘法大師)が真言宗を立教開宗した根本道場・真言宗
総本山教王護国寺(一般には「東寺」の通称で知られており、寺院全域が世界
文化遺産に登録され、国宝や重文に指定されている文化財も多数抱えている、
京都駅のすぐ南側に伽藍を構える大規模な寺院です)の灌頂院で奉修される、
世界平和・玉体(天皇)安穏・皇祚無窮・国家鎮護・五穀豊穣などを祈願する
全真言宗最高の大法です。宗祖空海の宮中真言院での奉修以来千二百年近く
続いている、真言宗最高の儀式・秘法でもあります。

(中略)

神道に興味を持っていて実際神道に関しては相当な知識を持っていても仏教には
全然興味がない、という人の中には、「皇室と深い関わりを持っているのは
宗教界の中では神社神道だけ」と思っている方が意外と多いようですが、寺院の中にも、
宮中から勅使が差し遣わされる伝統のある寺院、天皇や皇族が参拝に来られる格式の
高い寺院、皇室の繁栄を祈願する法要が定期的に行われている寺院なども少なくは
ありません。また、以前から神社界とは何かと見解の相違が目立つ、浄土真宗本願寺派
(西本願寺)や真宗大谷派(東本願寺)も、それぞれの門主(管長)を継いでいる両・
大谷家は、皇室とは縁戚関係にあります(東西どちらの大谷家にも皇族や華族から複数の
女性が嫁いでおられます)。なお、後七日御修法と同様の修法は天台宗にもあり、
天台宗総本山延暦寺では、勅使が捧持された天皇の御衣を根本中堂にお供えして加持祈祷
する「御衣加持御修法」(ぎょいかじみしほう)という大法要が、毎年4月4日〜11日
までの7日間、天台座主以下、各門跡や宗門より特に選抜された17人の浄侶によって
執り行われています。

447 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:09:40
>>446
御修法とは まで読んだ!

448 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:10:22
>>446
執り行われています。 まで読んだ!

449 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:13:24
精神疾患?まで読んだ!

450 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 20:29:55
分離派はいよいよ苦しくなってきたなw

451 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 21:34:55
神仏習合しても葬式法事で私腹をこやし
妻帯肉食してたら江戸幕府後の壇家制度で腐ってしまった
今の仏教と変わらんよな…。

452 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 21:49:03
神仏習合に対して言い返せなくなると仏教を侮辱し出す
神道原理主義者の必勝の策である…!?

453 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 21:51:36
>>452
神道原理主義者じゃないし

454 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 21:55:26
>>452
神道原理主義者じゃないし

455 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 22:04:32
神道は神道として!

仏教は仏教として!

仲良くする分には問題無いけど!

一つの宗教に成るには無理が有るよね!

456 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:07:05
ま〜た始まったw

457 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:16:34
でも仏教が腐敗したのは江戸幕府の壇家制度からだよな。


458 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 22:31:32
腐敗しても葬式仏教になっても妻帯肉食しても仏教は仏教!

神道は神道なら問題無いね!

でも、一つの宗教に成るには無理が有るね!

459 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:35:50
死人に戒名つけて変な歌って金儲けするのは
仏教と違うよな。

460 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:40:11
金儲けと言えばここだな


【明治神宮が1億円脱税 悪質な所得隠しと国税庁 飲食費を別費目から捻出】
 2009.12.11 01:32

 宗教法人「明治神宮」(東京都渋谷区)が東京国税局の税務調査を受け、平成18年12月期までの5年間で約1億円の申告漏れを
 指摘されていたことが10日、分かった。一部は領収書などの裏付けのない職員らの飲食費などに充てられており、国税局はこの部分を
 所得隠しと認定した。明治神宮は修正申告に応じ、産経新聞の取材に「国税局との見解の相違があった。現在は適正に申告している」としている。

 関係者によると、申告漏れのうち大半は収益事業の売り上げの計上時期の誤りなどだったが、一部はほかの費目で捻出(ねんしゅつ)された金が
 神社幹部や職員の飲食費や懇親会費などに充てられており、こうした使い道については国税局は悪質な所得隠しにあたると認定した。

 税務調査は、宗教法人の税務調査を担当する国税局の課税2部資料調査課が担当した。国税庁は宗教法人に対する税務調査を強化して
 おり、その一環とみられる。

 宗教法人は祭祀(さいし)や宗教行為といった事業は公益性などを理由に非課税とされている。しかし、敷地を使った土産物店経営などの
 収益事業には法人税が賦課される。ただし税率は22%で一般的な法人(30%)よりも優遇されている。

 約70万平方メートルの敷地を持つ明治神宮には、本殿のほか、神楽殿、宝物殿、至誠館がある。レストランやカフェを運営する明治記念館、
 明治神宮野球場やテニスコート、フットサルコートなどを運営する明治神宮外苑がグループ法人になっている。

 明治神宮は全国の初詣の参拝客がたびたび日本一となっており、女優の真矢みきさん、沢尻エリカさん、神田うのさん、鈴木紗理奈さんら
 有名芸能人が相次いで挙式を行ったことでも知られる。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091211/crm0912110133000-n1.htm


461 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:41:50
・発明家ドクター・中松氏(81)が9日までに、インドでチベット仏教最大宗派「ゲルク派」トップから
 「金剛大阿闍梨(あじゃり)」の位を授与されたことが分かった。世界的な知名度などが評価され、
 いきなり“特別選任”された模様。

 中松氏によると、同氏は現地時間8日午前、インド・デリーの寺院で、チベット仏教ゲルク派の
 トップ(教主)である第102代ガンデン・ティパから「金剛大阿闍梨」に認定された。ティパから
 「『活仏(かつぶつ)』として仏教を日本に広めてほしい。そのため仏教界の最高位を授けます」
 という趣旨のことを言われたという。

 同氏によると、金剛大阿闍梨とはチベット仏教の指導者として最高ランクの位。ゲルク派側からは、
 日本人で同位を授与された人は過去いないと言われ、「空海(弘法大師)と同じステージだ」という
 説明を受けたという。中松氏は「『平成の弘法大師』として世界平和や、犯罪をなくし、日本人を
 良い心にしていく活動をしたい」と、発明家ならぬ「宗教家」としての抱負を語った。

 http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20100310-604443.html

462 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:41:53
日本の領域においては神や仏(〜菩薩、明王、他)、ゴッド、某神々は須く同じ御神霊体。
各人各様の信仰とフィルターで各人の都合の良いように(手前ミソに)解釈しているだけのこと。

神道式ならそれに慎みと敬意をはらい、伝統に倣った作法で拝礼するのはごく自然な事。
寺院や仏式なら各宗派の伝統に敬意と慎みを持って勤行や拝礼するのも当たり前。
キリスト教やイスラーム、その他でも須く同じこと。
不毛な争いをする必要もなし
『郷にいれば郷に従え』は先人、先達の金言



463 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:45:48
寺も当たり前のように肉食妻帯して葬式法事で金儲けしてる僧侶より
肉食妻帯、葬式法事で金儲けしてないまともな僧侶
を住職にしてほしいよな。




464 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 22:48:39
>>461
チベット仏教こそ釈迦の説いた仏教だろw

465 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/10(水) 22:52:45
チベット仏教と釈迦の仏教とは違う様だね!

466 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 23:02:27
パーリ三蔵も五時八教も知らない阿闍梨か、日本仏教徒と同じだな。


467 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 23:31:18
阿含宗桐山靖雄管長
1993年  チベット仏教最高僧位「金剛大阿闍梨耶」と法号
「智勝光明大覚者(ンガワン・リンズィン・テンペル)」授受
上前次1-新書写板覧設AA



468 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 23:33:44
桐山の阿闍梨位は中沢新一がチベット仏教の修行過程を出筆し
オウム真理教のバイブルになったニンマ派だろ。


469 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/10(水) 23:43:02
そうごっご!そうごっご!

470 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 16:15:15
現在の“主流”の神道をいまだに「国家神道」と呼ぶ人もいるが、
さすがにもう神社は国家機関ではないのだから、
「国家神道」という名称は過大評価というか、
むしろおこがましいと言えよう。

せいぜい「本庁神道」「本庁管理神道」くらいにしておくのが良いw

471 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 18:47:37
生まれ変わりだの水子供養だのは全部嘘っぱちだ。
人は死んだら消滅する。永遠不変な自我などないというのがお釈迦様のそもそもの教えだよ。
チベット仏教も日本仏教も、そもそも大乗仏教全部が後付けのご都合主義の塊じゃんよ。


472 :名無しさん@京都版じゃないよ:2010/03/11(木) 21:16:09
仏教が葬式仏教になったのは神道の影響なんだよね!

神道に責任とってもらいたいって習合したいのだよ!

473 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 21:27:01
>>471
永遠不変な自我などない=人は死んだら消滅する
とはならないぞ。なぜ釈迦が八万四千の教えを説いたか。
部分しか見れないと色々混乱するぞ。

474 :神道土 ◆UDKnJAEE.o :2010/03/11(木) 21:37:44
次スレのテンプレです(^^)

●このスレでの心得● (2010 spring version)

1、日本古来の神祇と仏教の仏は全く別の概念である
2、宮地家や宮永家が仏教伝来前の純粋な神道を継承しているはずだがそれを示す史料はない
3、明治政府の宗教政策は正しかったが、完全無欠だったかはなんとも言えない
4、両部神道や山王神道はそれぞれ真言・天台系の仏教であり、神道ではない
5、唯一神道(吉田神道)は何と実は、古神道なのである
6、修験道は神道や仏教との関わりが今でもなくはないが、全く別物の宗教だ
7、神仏習合がよくないだけで仏教を馬鹿にする意図はない
8、神仏和合を提唱する山折哲雄は反靖国的言動から見ても、バイアスがかかった学者だ
9、石清水八幡宮を初めとする神仏和合の動きは付き合いでやってるだけで深い意味はない
10、ただし、神道の神祇が上で仏教の仏が下ならば、神仏習合もやぶさかではない


475 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 21:46:59
釈迦は魂は説いてないけど因果は説いてるんだよな
その違いを理解してない人間は仏教が本来は唯物論だと間違った認識をする

476 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 21:48:32
>>474
テンプレ作るの本当好きだよな。
やめろよ。いい加減。

477 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 21:51:10
魂が転生する普通に想像されるような輪廻転生は実はヒンズー教のもの。
仏教の場合は転生するのは実は魂じゃないから(仏教的には魂は実在しない)





478 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 21:51:20
これこそが初代神道士も認めた正式なテンプレだな

このスレでの心構え
1、神道士の言うことは絶対である
2、神道士と論戦をしたいものはコテでする
3、明治天皇の信任が厚い者は信じろ
4、大国主は幽界の支配者である
5、なりすまし禁止
6、悪いのは全て神仏習合派である
7、廃仏毀釈は民衆が参加していたので正しい
8、平田篤胤はこじつけ国学者ではない
9、宮地家が純粋な神道の継承者である
10、妙見信仰はカルトの温床である

(補足)
9´宮地厳夫が宮内省をクビにならなかったのは、仏教伝来前の純粋神道が残っている何よりの証拠であることを素直に受け入れる

10´習合的要素のある信仰の祭祀形態を決める時は、道教起源でなくても道教に注目する

479 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 21:52:04
戒名じたい仏門に入って勉強や修行して与えられるものなのに
勉強も修行もしていない一般人が死んだら誰でも与えられて
しかも金額によって与えられる戒名が違うっていう日本仏教のおかしさ。
あの世は金次第か?いい加減葬式や法事で金儲けするのやめたらいいのにな。

480 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:02:26
仏教徒が仏教について書くと
習合か日蓮の人間はテンプレ荒らし始めるよな。


481 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:04:54
日本語でOK

482 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:07:32
日本仏教なんか世界からみたらモルモン教と変わらんよな。

483 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:09:17
プークスクス

484 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:10:01
出家してる坊さんが妻帯肉食して
死人で金儲けしてどうするんだよ。


485 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:11:19
神道の話をしない神道総合スレ…
だから神道士スレなんて呼ばれるんだよ

486 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:12:54
神仏習合しても、壇家制度、葬式、法事
やめなきゃ日本の仏教は腐ったままだろ。


487 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:12:57
(・∀・)ニヤニヤ

488 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:35:35
大乗仏教の経典は、釈尊の説いたものではなく、後世に作られたものだしな。


489 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:36:39
日本の僧侶は経典の意味すらわからんの多いぞ。

490 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/11(木) 22:39:50
(・∀・)ニヤニヤ

491 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/12(金) 00:23:03
葬式仏教は最高の宗教形態である。

492 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/12(金) 19:14:56
葬式仏教は仏教ではない。

493 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/14(日) 00:15:56
そうだ、日本固有の仏教だ

494 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/14(日) 03:54:46
日本固有の葬式屋だろ。
仏教ではない。

495 :名無しさん@京都:2010/03/15(月) 00:15:19
やはり仏教伝来以前となると
竹内文献でしょう。写本を見た方はご存知ですが
おどろくべきことに釈迦の系譜が神代に載っています。
ということは皇孫の霊的遺伝子は釈迦に継がれ日本に里帰りし
融合したということになります。
まあ、すべての民俗の祖が竹内文献ではあつかわれていますが・・
あるいは四方拝の原型かもしれません。道教の影響を超越して・・。
伊勢の神官の方々も鎮地祭でそれは感じておられるようです。

496 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/15(月) 00:27:42
アホか。釈迦が系統に乗ってる時点でおかしいだろ。

497 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/15(月) 20:31:17
>>495
竹内文献のデタラメさがよくわかりました。

498 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/16(火) 00:43:45
>>494
原理主義者は仏教には向いてないぞ。

499 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/16(火) 01:48:28
>>498
なんで原理主義者になるんだ?

500 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/19(金) 23:39:15
これだけ裾野広く変質を遂げ拡散した仏教をとりあげて、
自分の信じるところの仏教だけが仏教である、と断ずる姿勢は
原理主義者以外の何者でもないだろう?

501 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 04:30:08
裾野広く変質を遂げ拡散した仏教が全部仏教ならオ○ムも仏教だな。

502 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 10:11:12
テスト

503 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 13:28:05
仏教側としても既にインド哲学研究や近代宗教学研究を取り込んじゃった現在、
いまさら、本来的な意味での神仏習合なんかもう無理だろうね。

現在の神仏和合だか融和だかの動きは、どっちかというと、神社側が
熱心にやっているように思える。

それはなぜかといえば、仏教も排除せずにうまく関係を維持し、それを
世間に示した方が、神社の存在意義をアピールすることにつながるから
だろうね。

(もともと習合の歴史をもっていた由緒ある神社(石清水とか)が
中心になっているのも当然のことで、自らの江戸時代以前からの由緒を
語る上で習合について言及することが避けられないから。)

504 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 15:42:53
a

505 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 16:16:02
ところで最近  こういう事が在りました 
ある神社の樹齢700年以上の大木から 明治時代頃の木片が見つかりました 
その木片には 人形が書いてあり 
中央にその木片を埋め込んだとおぼしき人の名前が書かれていました
そしてその人形の周囲には 鬼と言う言葉が書いてありました
鑑定した教育委員会では 地元の有力者が地域の安全を願い
鬼の様な悪霊を自分で引き受ける為に そのような願いを込めたのではないかと言われてますが
これはMAHAOの想像するに意味が違うように見受けられました
(・ω・)/ 
何故なら 鬼は実は悪い存在ではないから\(^o^)/
日本では昔から 鬼は悪霊や おどろおどろしい姿のイメージで描かれ 忌むべき存在とされています 
でもこれも吸血鬼達の 長年に渡る心理誘導操作
鬼は 節分の時に 神社で 家の外に出すように豆まきと共に こういう号令が行われます 
「 鬼は外 福は内〜♪」
日本中の神社で行われてる あの行事
実は 人々から 想いを吸う為の呪法で在るのです (・ω・)
元々鬼は 中国から来た言葉で 陰(おん)と言う響きから来たと言われてます
そしておんは 宇宙の創造の響き OM(おぉぉぉぉぉーーーーん)にも通ずる 
鬼という言葉が中国から伝わる前は 
鬼と言う存在は 日本で古来はもの と呼ばれていました
もののけ 物忌みの 「もの」 物部一族も 「 もの 」が姓に付いています
そしてものという言葉 よくよく調べると 魂という意味に辿り着きました
(・・;)
陰は字的には見えないものも指します  魂も肉眼で見えないもの・・・
つまり長い年月を経て 魂を鬼と称するようになったのです
鬼は外 という言葉は 
人々から鬼というイメージを用いさせ 魂を 外に出させる為の行事
その為に 行う祭です 



506 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 16:16:28
原理としてはこういうことです
鬼は外―! と言う掛け声で 人々から想い 魂が外に出される
福は内― という掛け声で また福を集めさせる
一年間集めた福は 来年の鬼は外― と言う掛け声で また鬼ごと持っていかれます
何故なら 福は鬼(想い)に憑くものだから 
でもこうして出た鬼(魂)は 一体どこに行くのでしょうか?
それは行事の主体者である 神社や 祭事を取り仕切る地域の有力者に行く仕組みです 
(・・;)
うちの猫の空ちゃんは 節分の神社を眺め こう語っていました
「鬼は力ある魂のこと
鬼は外 というのは 力ある魂を自分の外に出せという意味
福は内は 外に出した魂に福が入る行為
あの呪文で 魂と福を 同時に自分の外に捧げさせられてる
鬼は本来 悪くない
全て  みんなから 想いを奪う為の誘導 」
φ(・・;)・・・・・

福は内 の言葉は 人々に餌を撒く行為
その言葉を発するっと 福が内に来て  
人々が得するように見せかけているだけ 
でも福は魂にのるね
肝心の魂を奪われると 福も魂も全て 外に吸いとられる
福だけなら 外に出しても良い
何故なら 自分からだした福は 自分がその福が帰ってくると想うと 
必ずその魂(想い)に返る仕組みだから



507 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 16:16:58
良い事をすれば 良い事が返ってくる
それが宇宙の法則
でも良い事を返ってくるのは その良い事を出した想い
でも魂 想いを外に出すと 
自分がやった良い事の返りも 全部奪われてしまう
やった良い事は 想いに返る仕組みだから 
だから魂 与えちゃ駄目
魂与えると だした福の返りも 全部獲られる
良い事をしても 一方的に誰かに全部 吸い尽されるだけになる
それに魂 捧げると より吸血鬼の誘導に取り込まれやすくなる
鬼は内 鬼は内 鬼は魂 想い 全てのエネルギーね
だから鬼は 絶対に 外に出しちゃ駄目
自分から 強い想いを放棄する事だから 」
<(_ _)>だそうです・・・
空ちゃんの勝手な お見立てですが
本来「 鬼は内 」が正しいのだとか・・・
(^o^)/
ちなみに吸血鬼は節分を喜んでやっている と言っていました
神社や教会は 言わば 吸血鬼の集合意識が永年に渡り
人々のエネルギーや魂を 吸収する為に作った場所
吸血鬼達は 教会神社は人々から徴収した エネルギーを
吸血鬼同士で仲良く分け合い 貰える場所だとのこと
序列の一番トップに 一番エネルギーが渡され
そして下位の吸血鬼程 少ない配分になる
<(_ _)>
節分は 多くの人から想いが抜け出て エネルギーがいっぱい入る 
吸血鬼にとっては 収穫祭のようなものだとか
(ノ^^)八(^^ )ノ



508 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 16:17:34
最初 空ちゃんにこの話を聴いた時 MAHAOも
幾らなんでも それは・・・・・・ (・・;)・・・・
と想いました
しかしよくよく調べると  鬼が実は魂に繋がることに 行きつきました・・・
<(_ _)ノ
古来から鬼が人を食う存在と言われたのも
どうやら強い想いが 弱い想いを飲み込む現象を指す事の様でした
鬼は 強い想い
でも昔から 支配層に居る吸血鬼は 序列の価値観に支配され
弱い想いしか持てませんでした
だから彼らは 強い想いに取り込まれる事を恐怖していた
強い想いには 憎悪 怒り そういった感情的なものも内包しています
憎悪や怒り そういった強い想いに  搾取して上前を跳ねている自分らが
飲み込まれることを恐怖していたのです 
だからこそ 大衆から想いを削ぎ取る為に  鬼と言う さも悪辣なイメージを植え付け
祭りと呪術によって 彼らから想いを 外に吐き出させ 吸い取っていた 
そして神社は そうした鬼から守ってくれる場所と あまつさえ感謝させていたのです 
でも本来 鬼とは強い想い 鬼は本来 良い意味なのです 
\(^o^)/
吸血鬼は 古来から 民衆の強い想いを 警戒し 管理して奪おうと 様々な手法を用いてきました
でももうそれが滅び去る時代 
MAHAOは 最近 こう口ずさんでいます
「 鬼は内♪ 福は外♪ 」
そして家の福ちゃんと言う名前の猫も 鬼ちゃんと言う名前に改名しました
(・ω・)/
本人も その名前を エラク気にいってる様子でした
そうすると常に鬼は家に在る事になる
(≧▽≦)


509 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 16:18:52
さてここに 二つの日本昔話があります
鬼は内で調べたら たまたまでてきたのが この二つの民話 
いずれも節分時に 鬼は外と言って 貧乏だった人が 鬼は内 と言うようになってから 
富者になっていく話です 
(・・;)
MAHAOは 実は宗教が語っている話より 
民間に伝承されている昔話の方が 真実をより見抜いてるのではないかと 感じています 
というわけで 今日の最後に この二つの話を
\(^o^)/―♪
http://www.youtube.com/watch?v=Q4BPD9nQnO4
http://www.youtube.com/watch?v=kYpOFG9s9-o


510 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 16:23:18
仏教徒が仏教について書き込むとコピペ流しが始まるよな。

511 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/03/20(土) 22:37:16
>>503
そりゃ、京都や奈良や熊野の神社には
寺との友好関係をアピールするメリットが
あるだろうさw

「江戸時代は習合していました。
明治に分かれましたが、今も仏教との友好関係を維持し
古くからの伝統を守っております」とかなんとか言って
箔をつけられるからなw


東京の明治以降のにわか作り神社には
そんな歴史はない、最初から国家神道だから
神仏友好だか和合だかとは無縁www

512 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 17:08:33
上げー

このスレ勢い無いな


修験道は神仏習合とは別物だよ

修験道は九字切るけど、仏教は普通は切らんだろ
日蓮宗くらいだね

513 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 18:00:14

【神仏分離以前の特徴を今もとどめている修験道。修験道のの根本は全部仏教教義

明治に神仏分離が行われて、学問や文化などあらゆる分野が一神教のキリスト教的な価値観で体系化され、
一神教に沿ったものしか認められなくなってきた。それが明治維新以降の近代化でした。
そんななかで、仏教も一神教的な理解の上に立って行われるようになってきた。神道も国家神道という形で
一神教化が行われ、本来、日本的にあるものとは違うものができてしまった。そこのところをもう一度
原点に戻って取り払うと、実は修験というのは、大変日本的な仏教の受容、発展の仕方をしたのではないか
ということが見えてくる。(中略)

日本人的仏教の、ひとつの典型として修験道は捉えることができる。

というのも、修験道の教義を見ると全部、仏教教義ですからね。たしかに儀礼としては道教的なものもあるし、
神道の儀礼もある。けれども、根本は全部仏教です。

修験道が淘汰されなかったのは、日本的な信仰心を基盤としたものの上に仏教の教義が加わることで、
ある種の普遍性を持つことができた。だから、近代化の波の中で淘汰されずに生き残れた。
そうやって考えると、日本の仏教の受容の形、あるいは発展してきた修験の形というのは、
非常に日本的であって、しかも日本にとっていいものであったと言える。(中略)

神仏分離以前に戻ろうというのは、哲学者の梅原猛さんを始め、色々な方が最近言い始めてますが、
実際にその姿を維持し得てるものは極めて少ない。一番それを持っているのは、一度は禁止令を出されながらも
生き残ってきた修験道だと私は思っています。


金峰山修験本宗宗務総長 田中利典 (「うわさの人物」集英社 加門七海 著 より) 

514 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 18:33:35
妄想ですが、
日本的な宗教の混淆でも習合でもない融合(フュージョン)の一つ到達点が修験道。かとオモ。

日本人の原初の高山信仰や先祖崇拝、自然崇拝から神仏や、ありとあらゆる神霊冥道を綯い交ぜて包括的な信仰形態に至った有る意味、奇跡の宗教?

出で立ちは何やらユダヤ教の坊さんに似ている。だとか・・・
修験道の聖地と言われる多くの山岳霊場、行場が何故か某オノコロ島を望むようなカタチだとか・・・



515 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 18:41:04
修験道をただの神仏習合と一緒くたにしてる奴らって、何なの?


516 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 18:41:04
「神道の完成形」と言えるのは変な話だけどおそらく現存する宗教なら
教派神道と修験道だろうね
どっちも神道という宗教に足りなかった倫理性や宗教的目的を
なにかしらの形で補完しようとしたし

517 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 19:12:17
>>515
>修験道をただの神仏習合といっしょくたにしてる奴ら

「ただの神仏習合」の定義って?

518 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 19:27:59
そうだな。修験道は「ただの神仏習合」ではないな。
いわば「究極の神仏習合」だなw

519 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 19:32:30
修験道の最高神(開祖?)はひょっとしたら伊弉諾尊と伊弉冉尊ではジャマイカ?


520 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 19:36:05
>>519
修験道の開祖は役小角、最高尊格は大日如来だよ。

521 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 19:45:51
モグラ叩きみたいなスレだなw

522 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/08(木) 21:08:57
修験道の最高神は天御中主命に

決 ま っ て る じ ゃ な い か!!

523 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/04/09(金) 00:38:54
修験道の最高神は明治大帝ですよ?

524 :普通の分離派:2010/04/10(土) 08:34:13
家族に早く仏教をやめろって言われるんだけど

仏教や仏壇は暗すぎるからって

でも何となく先祖供養の仏壇を手放せない…


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