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【人斬り】 松原正 其ノ五 【伊蔵】

1 :ななーし:2006/02/13(月) 07:53:33
ささ、好きにやつとくれ。


2 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 08:35:23
2

3 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 10:32:45
3

4 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 10:52:11
http://www.media-k.co.jp/jiten/wiki.cgi?%A1%E3%A4%CE%A1%E4#i14
ノズラー【のずらあ】[名](文学板)

旧字旧仮名遣いを駆使して他人を罵倒することに生き甲斐を感じる人たちの意。
彼らの多くは松原正という知識人を信奉しており、松原正と対立する西部邁や
西尾幹二などの保守知識人を叩くのが得意。
あまりに尊大な言動のために文学板の住人達に激しく嫌われている。
かつてYahoo!掲示板にて大暴れしていた旧字旧仮名遣い派のハンドルネームが
この名称の由来である。

5 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 11:15:33
★ノズラーとは?★
評論家の福田恆存や松原正の著作を愛読し、ネット上の掲示板などで旧かな旧漢字
(彼らは正字正仮名と呼ぶ)を使いまくり、自分のことを「反時代的教養人」だと信じて
疑わない人たちの呼称。

★ノズラーの性質★
「正字正仮名」がいかに正統な仮名遣いであるかをネット上の掲示板などで布教する
が、語り口が傲慢なので皮肉にもかえって「正字正仮名」に嫌悪感を示す人を増やす
という事態に陥っている。
また、「正字正仮名」こそが現代の日本に残された数少ない(唯一?)伝統であり、こ
れを守ることこそが真の保守であると盲信しているので、保守を名乗りながら「正字正
仮名」を使わない西部邁や西尾幹二やその信奉者を罵倒することを生き甲斐にしてい
る。

6 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/13(月) 14:20:51
>あまりに尊大な言動のため

教員にはそういうのが多い。

7 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 18:21:20
http://ja.wikipedia.org/wiki/WP:HD
「松原正」はなぜ削除されたのでしょうか。

2005年の8月ぐらいまでは「松原正」という項目が存在していたのですが いつからか忽然と
消えてしまいました。不適切な内容が削除されることはあると思うのですが 項目そのものが
無くなってしまったのはどうしてでしょうか?また,新しく「松原正」の項目立てを行うことは禁
じられているのでしょうか?
ノートも見れないため,その辺の経緯が確認できません。 どなたか,教えていただければ幸
いです。


現在、ウィキペディアでは2004年6月以降のすべての削除が記録されていますが、データ
ベース上には松原正という項目が削除された記録はありませんので、ハードディスク障害な
どで消失したのでなければ一度も作成されていません。漢字などはお間違えではないでしょ
うか(参考: 松原で始まる項目)。また、何か問題があって削除されたものではありませんので、
この項目を作成されることに問題はありません。--Brevam 2005年12月9日 (金) 18:10 (UTC)

8 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 18:25:06
http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?ID=164869&GENRE=tv
國語問題協議會 第七十五囘 講演會を見た。
小堀桂一郎氏はともかく、松原正氏の最後の数分に喋った「拉致された人々」に関して、
「そんなものはどうでもよい」,意味の発言をした。終わり数分の事で思わず「えっ?」という
感じできいたが,聞き間違いかもしれないが,「わずか1000人くらいだろう」とも言った。
 この人を、福田恆存の亜流(エピゴーネン)だと西尾幹二氏は言ったが,それでも著作
などには目を通していた。この講演でも,著作でも読後印象に残るのは、「俺は論争で小
林秀雄,福田恆存でさえ黙らせた、誰も勝てない,無敗である」と言う自慢?である。
その割には「月曜評論」で、大阪弁,けつねうろん氏との論争途中で席を蹴って降りてし
まう。降りた理由は「阿呆とは論争できない」というような事であったと記憶する。おまけに
自身の連載中の記事も休筆してしまうのである。読んでいて唯我独尊的な態度に、「徳」
は微塵も感じられなかった。
主張の一部 真性の保守は「歴史的仮名遣い」を徒疎かにしてはならぬ、それをせぬの
は保守にあらずといって,3タイプに分けて論じていたが,それはわかるが、それを含めて
これをよりどころ(アイデンティ)とするのは、他ならぬ私たち日本人なのだ。
その日本人の住む日本の主権を平気で踏みにじっている行為が「拉致」である。その事
がたいした事ではないと、言ってはばからぬのを見て、これでは「歴史的仮名遣い」残って
人不在になってしまう。
このような学者馬鹿でも(どんな人でも),支持者は1000人は付くと、かって山本夏彦は
言ったがどうも本当のようだ。

9 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 19:54:36
【旧仮名】ノズラー日に吠ゆ【怪電波】
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1068981681/
259 :吾輩は名無しである :04/01/05 19:51
★野面(ノヅラ)とは?★

ノズラーに粘着する「竹下義朗・田中幸一(アレクセイ・ホランド)・波江究一・「義」
(八街その他の變名)一味とその取り巻き」の事。西尾幹二、西部邁、けつねうろん
(加地伸行)の読者も含まれている模様。日刊ゲンダイ匿名書評家〈狐〉 も野面臭い。

★野面の特徴★

福田恆存を嘲笑する者は皆無。野面には三種類あり。野嵜だけを嘲笑する者、その「取り
巻き」も嘲笑する者、松原正も嘲笑するもの。正字正仮名派も含まれているかは確認でき
ていない。

★固定ハンドル野面★
○ノズラー観察同好会広報部・・・悪ぶる生真面目男。
○創作ノオト ◆tXJlWVkLzY(総合学としての文学)・・・冗長で無内容な
文章を書きまくる早稲田大学出身者(嘘臭い)。

10 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 19:59:53
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kokugoky/bunka-sakura2.htm
福田恆存先生歿後十年記念講演


昨年十一月二十日に開催された本會の、第七十五囘創立四十五周年・福田恆存先生歿後十年記念講演會における二氏の御講演

小堀 桂一郎「福田恆存と國語問題」

松原 正「福田恆存の思ひ出」

「日本文化チャンネル桜」による放映日時が決定しましたのでお報せします。

御講演は二時間特番として、七月二日の深夜に放送されます。正確には、日が更つた三日(日)の、
午前零時〜午前二時です。
また、再放送は同三日午前十時〜十二時に豫定されてゐます。

11 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:03:00
163. 某月某日 岡田俊之輔 [URL]  2005/12/22 (木) 23:56

と書く迄もない、昨夜、新宿の酒場で坪内祐三氏と遭遇。早大英文科大學院・松原正ゼミの
先輩に當る人だが、抑も吾々ゼミ生は師匠に似て一匹狼が多いせゐか、學年の枠を越えた
交流は餘り無く、これまでに言葉を交はしたのは、下記のとほり、たつたの三囘だけであつた。

1.松原教授定年退職時の最終講義後の懇親會場にて
2.早大英文學會主催・坪内講演會閉會後の懇親會場にて
3.生誕九十年・福田恆存記念會の會場、三百人劇場のロビーにて

 この3.のシンポジウム壇上で、氏は「若者の歴史的假名遣使用はコス・プレ」といふ例の
發言を行ひ、後に師匠から手嚴しく窘められた(『月曜評論』平成 15年7月號)。そこで昨日、
「先生の批判は讀みましたか」と尋ねたところ、「文脈を考慮せずに批判してゐるのを見て、
何だか寂しかつた」との感想。やはり釋然としないものがあつたらしい。が、更に續けて、「さう
いふ事をわざわざ僕に尋ねる君は子供だ」と、えらく立腹し、今度は私に鉾先を向けて來た。
師匠の腰巾着とでも思はれたのだらうか。
 實は3.のロビーで立話をした際にも、「今日は君のお仲間は來てゐないの?」と言はれた
事がある。鈍感な私とは異なり、その「お仲間」の一人は氏の科白に嫌味を感じ取つてゐたが、
今にして思ふと、或は「舊字舊假名のコス・プレ仲間」といふ含意があつたのかも知れない。

 さほど親しい間柄でもなく、別段義理立てする必要も無いのに、例へば「坪内祐三は實は
全然面白くない」といふやうなスレッドの立つ某匿名掲示板に於て辯護的な書込を行つた事も
二三度あるし、一應後輩として親しみの如きものは感じて來たから、これまで批判めいた物言
ひを附けた事は只の一度も無かつた。だがこの度、「子供」に對して「子供」同然の應じ方をし
ておきながら、自分では「大人」の積りでゐるらしいこの文壇の若年寄に、敢へて苦言を呈する。

12 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:04:09
164. Re: 某月某日 岡田俊之輔 [URL]  2005/12/22 (木) 23:57

 嘗て私は早大文學部の圖書館で、氏の修士論文「ジョージ・スタイナー論」を閲覽した。
内容はすつかり忘れてしまつたが、青の萬年筆による手書きの論文が歴史的假名遣で綴
られてゐた事だけは今でもはつきりと憶えてゐる。その氏が、今や現代假名遣ひで物を書
き捲り、あらう事か、若手の正假名使用を「コス・プレ」呼ばはりする。すはなち、大した信念
も問題意識も無いくせに、只々己れを高みに置かんがための傲慢なる衣裳着用に他なら
ぬと斷ずるのである。
 この種の裁斷自體は幾らやつても構はない。けれども、自分まで正假名表記を止める必
要が何處にある。「コス・プレ仲間」と看做されては堪らないと思ふからか。一種の祕書役と
して福田恆存に接し、その著『私の國語教室』に感銘を受け、正しい表記法だと信じて使つ
てゐたのなら、他人がどうであれ、その信念を貫けばよいだけの話ではないか。

……と書いてはみたものの、元々氏に確乎たる信念などは無かつたのかも知れず、學生時
代に正假名を用ゐたのも、福田の弟子である指導教授の歡心を買ひ、ひたすら御主人樣を
喜ばせるための單なる「コス・プレ」であつた――とまで言つたら、聊か下司の勘繰りが過ぎ
ようか。但し、今やすつかり「正假名熱」といふ憑物が落ちたのは事實らしいから、いづれに
せよ、一過性の「コス・プレ」でしかなかつた事に變りはあるまい。

 つべこべ言はずに、いつその事、「大學教授と違つて筆一本で食つてゆかねばならぬ物
書きゆゑ、舊假名で書いてゐたら賣れなくなつて困る」とでも正直に(?)言へばまだしも救ひ
があるものを、あれこれと御託を竝べるから襤褸が出る。「大人」としての妥協を續けてゐるう
ちに、いつしか初心を忘れ、文壇遊泳術のみに長けた器用貧乏な雜文製造業者に成り下
がるのである。因みに私がスタイナーの小説を論じた際
http://homepage3.nifty.com/okadash/getsuyo/ah.html)、スタイナー批判論攷の存在を知
つたのは氏の著書からであつたが、さういふ情報源としては重寶するものの、正直、昨今の
氏に批評的な深みを感ずる事は殆ど無い。

13 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:05:08
165. Re^2: 某月某日 岡田俊之輔 [URL]  2005/12/22 (木) 23:58

 話を昨日の酒場に戻す。座敷の上座に引戻つた氏は、居竝ぶ取卷を前にして、「早稻田
の英文科は糞だ」と喚いてゐた。先の2.の講演内容に絡んだ一悶着を今なほ根に持つて
ゐるらしい。思ひ出したから序でに記しておくけれど、その時の懇親會では師匠の事をも「子
供だからなあ」と評してゐた。一體、何をそんなに「大人」ぶりたいのだらう。馬鹿馬鹿しくなつ
た私は、「坪内さん、私は『子供』『糞』で結構ですよ」と、それこそ「子供」じみた科白を殘し、
店を出たのであつた。

#それにしても、「お仲間」に向つて、「岡田俊之輔は…」云々と言つたところで、「誰それ?」
状態だつたのでは?(苦笑)

14 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:19:18
http://nishio.main.jp/kako/kako10.htm
 批評の条件 (一)   
/H15年10月04日11時36分 (移転時日付)

                           投稿者 西尾幹二  2003/10月4日 11時36分
(前略)
 晩年の福田先生は孤独だった。というより、自らを追いこんでいろいろな意味で孤立化して
いた。ご病気も近づいていた。「自我の芯」で戦うのは間違いであることをふと私にお洩らしに
なってから数年は経っていた。先生のユーモアは内心の苦澁とのバランスを保つ自己維持の
働きだった。私は遠ざかっていた。というより福田先生は、ある期間、松原正以外の誰もそばに
近づけなかった。しかしそれも何かがあって、長くはつづかなかった。先生は孤独の影を濃くした。
(中略)
 松原正は自分が唯一の弟子だと錯覚したのかもしれない。しかし彼は福田先生の文章の
癖の強い悪い面だけを猿真似したエピゴーネンにすぎない。
(中略)
 文章書きはどんな人にも闇がある。行動の逸脱もある。三島由紀夫にも江藤淳にもそれはあ
った。その人と付き合いたくなくなるような厭な側面、人間としての危うい側面がある。福田恆存氏
にもそれはあった。晩年それがことさらに露呈した。運命を共にした劇団の事務局長が福田恆存
に関する誹謗文書を残している。福田論を書くならこのようなネガティブな側面をどう評価するかは、
避けて通ることはできない。福田家のご遺族もたぶん読みたくない部分である。
(中略)
 松原正は福田恆存の人生の最後に姿を現した「恥部」の一つであった。エピゴーネンに醜悪は
もっとも具体的かつ絵画的に、本人の代役となって立ち現れるものである。
(中略)
 福田論を書くときには松原正の存在を欠かすことはできない。勿論「恥部」として彼が福田氏に
おいて果していた生理機能上の役割とその陰画としての存在をである。
(中略)
 発端は森英樹氏が松原正に引きこまれたことだった。言葉の過激さだけの刺戟が欲しかったか
らだと彼は語っている。松原正は不安な知識人の一部にとって「辺界の悪所」の代役なのであろうか。
そうと考えてはじめてあの名に騒ぐ人の存在する理由がやっと納得いくのである。

15 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:20:18
http://amakara.tea-nifty.com/amakara/2005/07/post_c47a.html
松原正は福田恆存の恥部か

 http://nishio.main.jp/kako/kako10.htm

 西尾幹二が松原正について、松原氏は福田恆存の「恥部」であると発言し、一部の松原
ファンは憤激したようである。しかし私は「恥部」かどうかはともかくとして、松原氏が福田恆存
が持っていた一部分を拡大して持っていることだけは事実だと思う。その意味で的確な表現
ではないか。ネット上の松原ファンは見苦しい。それは松原氏がもっているアクをさらに煮詰
めてしまったためだ思う。元は福田恆存が持っていたアクを煮詰めていくとああなってしまう
のか。他山の石としたいと思う。

16 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:22:23
はじめまして。
三輪の何某様の記事を読ませてもらいました。
私は天皇陛下に対する関連の下のアドレスの人の話でそれを一番心配しております。
http://noz.hp.infoseek.co.jp/culture/Shinto.html
Posted by 真面目に変わっている人 at 2005年11月03日 18:18

真面目に変わっている人さん
そいつはノズラーっていって、ただの「バカ」だよ
松原の信者・・・放置が一番

んで・・・ネタ投下
国際儀礼について
ホワイトタイと白いネクタイ
ホワイトタイと白いネクタイは全然違う
ちなみにホワイトタイとは正式礼装(燕尾服)の事。
ついでにブラックタイがタキシード。

アメリカ大統領がゲストを迎える時の序列は以下の通り。
1、空港にてホワイトタイで出迎える
2、空港にてスーツ姿で出迎える
3、ホワイトハウスの玄関で出迎える
4、ホワイトハウスの執務室で出迎える

1が適用されるのは世界で3人。ローマ法王・英国君主・天皇陛下
2が適用されるのは大国の元首級 日本国首相は元首ではないが2が適用されることが多い。
3は小国の元首級 4は外務大臣クラス
ちなみに韓国大統領の扱いはってえと・・・4です(笑)
Posted by てっく at 2005年11月04日 08:05
http://tech.ciao.jp/blog2/

17 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:29:23
http://www2.ocn.ne.jp/~megami-k/private_0310.htm
三島由紀夫について
三島の作品三島の「憂國」が道徳的におぞましい作品であるのは、「英靈の聲」が道徳的に
おぞましい作品であるのは、「ポルノ作品として書かれたからではなく、登場人物が自己の
「美學」に陶醉した作者の傀儡と化してゐるからである。作中人物と、作者自身との間に懸隔
のない作品は、自己陶酔の産物にほかならない。「英靈の聲」が道徳的におぞましい作品で
あるのは、「己の理想とする昭和天皇」をしか、三島は認めてゐないからである。三島は「英靈
の聲」で、現實の昭和天皇を否定し、キャラクタの「昭和天皇」を自分の信ずるイデオロギーの
傀儡としてしまつてゐる。殘念ながら、多くの研究者は、三島の政治主義ゆゑの勘違ひを理解
しない。三島を右翼であるがゆゑに支持する右翼は「現實の昭和天皇を三島は許せなかつた」
と云ふ事を納得しないし、左翼は異るイデオロギーを信奉する三島を最初から理解しようとし
ない。松原氏は、このままでは三島の自害は犬死にになつてしまふ、それでは餘りに(三島が)か
はいさうである、と述べてゐる。三島の切腹 ……八戸グランド・ホテルで(陸上自衞隊第三十八普
通科聯隊)聯隊長の青山昌嗣一佐と懇談したが、聯隊長が唐突に三島由紀夫をどう思ふかと尋
ねた。頭のよい作家だが好きになれないし、作品にも樣々の缺陷があると私は答へた。「いや、
さうぢやない、作品の事ぢやない、三島事件の事です」と青山氏が言つた。「ああ、あれは成算あ
つてやつた事でせう」と私が答へると、聯隊長は微笑を浮べてかう言つた、「すると、眞相をご存じ
なんですね」。

18 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:30:08
三島は作品で餘りにも屡々死を仄譯ではあるまい、と松原氏は推測する。三島の
自殺が衝動的なものであつた事をめかしてゐる、だが、本氣で自殺するやうな人間が死を仄めか
す筈がない、だから、自害の當日にしても、いささかの成算も無くして東部方面総監部へ乘込んだ、
本書で松原氏は資料を驅使して證明してゐる。文學的な評價と云ふ事一應右の目高に屬する松
原氏は、同じ政治主義の過ちを犯した文學者ではあるが、三島よりも中野重治の方が餘程立派で
あると論ずる。中野もまた政治主義ゆゑの勘違ひをやらかした文學者だが、三島よりも眞摯であつ
た。 http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/BungakutoSeijishugi.html (終了)松原
正氏にして、三島由紀夫に関しては、この程度の理解なのか、とて、私は、呆然としてしまつた。

19 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:33:06
http://plaza.rakuten.co.jp/raboku/diary/200509240001/
松原正の「迎合」と「妥協」 「★つ・ぶ・や・き★(65534)」

 私は高校時代(60年代)から福田恒存を愛読しています。彼は日曜日の朝10時から30 分の
テレビ番組を持っていました。1970年代後半、その番組が終了するにあたって、ゲストを呼び
ました。それが松原正でした。最後の4回、彼を相手に持論を述べていました。人間とは何か?
 これから出発した論でなければならないと強調していました。
 1979年、韓国で朴大統領が警護室長に射殺され、次の大統領として全斗煥が出てきました。こ
の全大統領に入れ込んだのが松原正でした。どうも日本人の傾向として半島や大陸の問題と
なると極端で、猛烈に反発するか、際限なくのめり込むか、松原の場合は後者でした。
 彼の誠意は全大統領の身内の不正(弟や妻の親戚)によって実りませんでした。
 風雪教授さんが高校生の頃(80年代半ば)、お友達と一緒にこの松原教授の講演を聴きにいった
そうです。講演が終わって、松原教授から声をかけてもらったそうです。
「君達、高校生かい、『迎合』はいかんよ、『妥協』は良いけどね」と含蓄のある言葉でした。
 最近、風雪教授さんのページでこの松原正の発言を知りました。そこで、永年の疑問が解けた
のです。
 その疑問とは「何故、松原教授の誠意が世間に伝わらないのか?」ということです。
 この含蓄のある言葉に松原正の「ずるさ」が隠されているのです。日本人インテリの「悪知恵」と
いっていいと思います。
 「迎合」も「妥協」も心の中にイタミを伴う行為です。片方を善とし、片方を悪とすれば、自分の心
の痛みを和らげる、脳内麻薬を自らの理屈で作ることが出来ます。
 その判断は自分のエゴであって、自分のご都合で、言い訳が出来るわけです。
 他者の目は厳しいです。「あいつは言っていることやっていることが違う」となります。
(後略)

20 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:34:53
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/siso_kokyogenri.htm
大なる「真正保守」、松原正氏の卓見

福田恆存氏の弟子として、『月曜評論』を引き継いだ「真正保守」を自称する論客=松原正・
早稲田大学名誉教授。概要つぎのように言われる。「われわれが日本を愛するのは、それが
母親のようなものであるからだ。ただ、自分の母親を尊敬するのに、他人の母親を貶める必
要はない」。松原先生は、パトリオティズムとショービニズムという、2種類の「愛国心」を説明
されている。前者は、自分の育った故郷や知己への自然な愛着であり、後者のように比較対
照にもとづくものではない。難しいことを、このように平明に説明できるのが、優れた教育者の
手腕というものである。比較にもとづく「愛国心」は、劣等感や社会的怨恨にもとづくものであ
る。ニーチェやマックス・シェーラーのいう「ルサンチマン」に由来するものである。ジドクター・
ジョンソンは、「愛国心は悪党の最後の隠れ蓑」と述べた。
 「愛国心」を僭称するゴロツキ共は、社会的に弱い立場にある人々をいじめることによって、
自分のみじめな内面生活を慰めている哀れな連中である。どこの国でも「愛国心」を声高に
語る者にロクな人間はいない。日本にも、「秘すれば華」という名言がある。
 右翼とギャングスターがしばしば重複するのは、世界中共通である。どんな悪党でも、生涯
自分を軽蔑して生きることはできない。「愛国者」になることは、もっとも安手の慰安なのである。
なにしろ、何も努力もせずに、ただ自称すればそれですむのだから…「つくる会」教科書が公
教育の場に持ち込まれるのは、ゴロツキ共を野放しにするのに等しい。

21 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:39:58
http://www.bookreview.ne.jp/book.asp?isbn=4167258064
『私の國語教室』 著:福田恆存 16cm / 619圓 / 文藝春秋

日刊ゲンダイに掲載された書評です
「現代かなづかひ」の告示は1946(昭和二十一)年11月16日のこと。戰後の混亂期である。
日本國憲法の公布は同月3日、つまりその13日前のことだから、憲法本文はからうじて「歴史
的かなづかひ」となつたが、一般的には相前後して新かなづかひがずんずん廣まつた。
 この「國語改革」の是非をめぐつて、いまなほ議論は終息していない。眞つ向から反對する
ヘビー級の著作として福田恆存「私の國語教室」(1960年)がある。當時は讀賣文學賞などを
受賞したし、のちに新潮文庫、そして中公文庫にもなつたが、いつしか品切れに。それが文春
文庫になつて復活した。
 まづ「現代かなづかひ」の不合理を訴へて、この本で福田恆存が見せた手つきほど説得的な
ものはない。日本語は論理に適さないなどと、だれが言つたのか。「じ」と「ぢ」および「ず」「づ」
の使ひ分けの矛盾といつた具體例から始め、さながら詰め將棋のやうな展開で「現代かなづか
ひ」の不備、混亂を明らかにしていく。また一方、「歴史的かなづかひ」の原理や習得法につき、
「『現代かなづかひ』しか讀み書き出來ぬ若い人たち」のため、懇切なレクチャーをほどこす。こ
れが感動的なまでに明晰な記述で、一讀すれば、表記の法則性として「歴史的かなづかひ」の
はうがずつと合理的なことがよく分かる。
 たしかに名著。最近はインターネット上で、この本を「聖典」として「歴史的かなづかひ」を實踐
するサイトなどもいくつか出現しているやうだ。ただ、それらがあまりおもしろくないのは、文章が
「歴史的かなづかひ」にもたれかかつてゐるのである。「歴史的かなづかひ」をはずすと、文章が
倒れる。
 殘念ながらかなづかひは服を着替へるやうには替へられない。詩人の入澤康夫は「歸りたくても
歸れない」と言つた。作家の杉森久英は「覆水盆に返らず」と言つた。〈狐〉

22 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:42:08
2005.01.02
『國語問題論爭史』に就いて

 『國語問題論爭史』は元々、國語問題協議會の創立者の一人だつた故福田恆存が、當時
同協議會の主事を務めてゐた土屋道雄氏の協力を得て、昭和三十七年に刊行した書物であ
る。永らく絶版で、一部が同協議會のウェブサイトで復刻・公開されただけだつたが、土
屋氏(同氏は現在國語問題協議會の役員職を離れてゐるが、協議會とは友好的な關係にあ
るやうである)が舊版を大幅に増補し出版に漕ぎ着けた。
 ところが此の程、玉川大學出版部から出た同書は、原稿にあつた金田一京助批判の部分
が大幅に削除されてゐる。實は同じ版元から『金田一春彦著作集』が玉川學園創立七十五
周年記念出版として刊行中で、同著作集の編輯關係者から金田一批判は止めろと壓力がか
かつたらしい。云ふまでもなく、金田一京助は金田一春彦の實父である。又、金田一春彦
は生前、玉川大學客員教授を務めた。大學は學問の場であり、學問の場には言論の自由が
不可缺の筈だ。その大學の出版部で、このやうな言論彈壓が罷り通るとは許し難い。
續きがある。金田一批判削除の詳しい事實關係を、國語問題協議會會員の野嵜健秀氏が自
分のウェブサイトで公表しようとしたところ、協議會幹部から待つたがかかつたらしい。
理由は確認してゐないが、恐らく折角出版して呉れた版元やその關係者を攻撃すると、著
者はじめ各方面に迷惑がかかると云ふやうな事であらう。なほ協議會幹部は批判を永久に
止めろと云つてゐる譯ではなく、「一年」くらゐ待つて呉れと頼んでゐる模樣である。協
議會幹部の立場や心情は分からぬでもない。
だから幹部個人が玉川大學關係者への批判を控へたとしても責める積もりは無い。しかし、
その姿勢を他人にまで押しつけるのは行き過ぎではなからうか、たとへ相手が同じ協議會
會員であつても。野嵜氏は個人情報を暴いたり協議會の内部情報を漏らしたりしようとし
た譯ではない。正しい國語表記重視の立場から、公になつた書籍についてその編輯方針を
批評しようとしたに過ぎない。

23 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:44:27
私は最近國語問題協議會に入つたばかりである。 組織が或る目的を達する爲には?々
妥協が必要である事は理解してゐる。しかし玉川大學關係者への批判を「一年」控へたと
して、それは一體全體、どのやうな目的を達する爲に有意義なのか。
玉川大學關係者を批判すると次から正字正假名關係の本を出して呉れる版元が無くなるの
であらうか。それなら「一年」先どころか、永久に批判は出來なくなる。百歩譲つて、繰
り返しになるが、たとへ協議會自體や協議會幹部が批判を遠慮したとしても、一般會員が
個人として批判を表明する事を禁ずる權利は無い筈である。
 國語問題協議會は正しい國語表記の復權を目指す組織である。だが、そもそも國語は何
の爲に必要なのか。花鳥風月を詠ずる爲だけではあるまい。言論の爲である。國語を大切
にする團體は言論の自由を同じやうに大切にすべきである。さうしなければ、政府による
「現代かなづかい」や漢字制限の強要と云ふ言論彈壓を批判する資格は無くなる。
『國語問題論爭史』の金田一批判削除の件に就いては一度聞いたきり忘れてゐたのだが、
かう云ふ展開になれば、意地でも書かない譯にはいかない。

*この文章はその後關係者への謝罪をしたのみで讀者へのきちんとした説明の
無いまま削除される。

24 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:46:19
2005.01.07
記事削除のお知らせ

 1月2日付「『國語問題論爭史』に就いて」の記事は、情報の入手・公開の方法に不適切な面がありましたので削除致しました。關係各位には御迷惑をおかけ致しました。お詫び致します。

 (1月8日追記)不適切な「情報の入手・公開の方法」とともに、事實認識にも正確を缺く部分があつた事を申し添へます。重ねてお詫び申し上げます。

25 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:48:38
平成十六年十二月二十八日
いろいろとアレな噂が流れてゐる玉川大学出版部版『國語問題論爭史』が出る。

平成十七年一月十七日
國語問題協議會のリニューアルの件、當方、辭退させていただきたいと存じます。
また、同會、及び、柵に關する會合も今後、當面の間、出席を辭退させていただきます。
當サイトそのものも、今後、トラブルが大きくなつた場合、閉鎖も考へてをります。その場合、
國語問題協議會、柵會からも脱退させて頂き、責任を取らせて頂きたいと存じます。
某新サイトの計畫にも當方、參劃いたしません。當サイトの、問題となりさうなコンテンツも
全部削除します。さう云ふ事で。

26 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:49:18
野嵜様へ 投稿者:日本語のために  投稿日: 1月 1日(土)00時59分21秒 YahooBB218128188105.bbtec.net

 國語問題論爭史ですが、編緝者にカットされたのは、「増補」の部分でせうか。それとも、
旧版に既出の部分なのでせうか。いづれにしても、私はこの本を購入するつもりですが、
もし後者でしたら、私は旧版を探し續けなければならなくなります。
 
 野嵜さん、もし御存知でしたら御教示ください。

27 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:50:05
(無題) 投稿者:野嵜  投稿日: 1月 1日(土)01時45分39秒 210-194-246-191.rev.home.ne.jp

詳細は良く解りませんが、「増補」版は「買ひ」である事には間違ひないやうです。色々な意味で。

そのうち、切られた部分の詳細は某所等で出す豫定です。

28 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:50:45
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/omake/diary.html
平成十七年一月二日
匿す事ではないから書いておくけれども國語問題協議會の會員になつた。
で、色々やる訣だけれども、あそこは組織で、組織の論理で全てが動いてゐるから、色々と規制がある。
で、情報を出す事にも規制がかかる。
こちらは、情報をどんどん出す爲に組織に入つたのだが、規制規制で最う嫌氣がさしてゐる。
はつきり言つて、餘所から規制がかかるのも自主規制するのも同じ。
一往、こちらとしては、本が出るまでは默つてゐて、自主規制してゐた積りなのだが、
「一年後」のやうな先にならないと拙いらしい。
憲法論議と一緒で、「一年後」とか「十年後」とかになると、自動的に「時期がくる」らしい。
かうなると、某青空文庫邊で問題視してゐる「著作権保護期間70年延長」なんてものも、別段問題
視する必要はなくなる。
「時期」は「何時でも良い」のである。閑話休題。
取敢ず、うちのサイトの土屋道雄氏に關するコンテンツは、自主規制する事にして、削除した。
タブーに觸れる可能性があるからである。
また、今後、うちのサイトで國語問題協議會關聯の最新の話題を持出すのもタブーとする、役員の
人が何うとかアレな話を聞いてゐるが、オンラインで話は出來ない。
とにかく、國語問題協議會關係の發言は全てタブーとする。
讀者の方々には御諒承頂きたい。

29 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:52:44
http://543.teacup.com/No_Z/bbs
國語問題論爭史の件 投稿者:野嵜  投稿日: 1月 2日(日)04時22分55秒 210-194-246-191.rev.home.ne.jp

この件については今のところまだ表沙汰にすべきでないとの聯絡が某さんよりありましたので、二日中に削除いたします。書込み頂いた方々は、御諒承頂けますでせうか。

30 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:53:52
2001.1.7

* 國語問題協議會
* 復刻 『國語問題論爭史』 福田恆存 著

『國語問題論爭史』の復刻は貴重だが、公開された文書はhtmlとして非道過ぎるもの。
Wordの文書は(註釋附きで)Wordの文書のまま公開した方がまだ増し。もつとも、元の
Word文書自體、作り方を間違へてゐる氣がするが。なぜ「右端」に改行を入れたのだらう。
正しい國語を守りたいのならば、正しいhtml文書を作つて公開すべき。國語問題協議
會の人間は、なぜ駄目なhtmlを平氣で公開出來るのだらうか。
正統を守りたい人間は、コンピュータは難しいとか、インターネットは難しいとか、言ひ
譯をしたり泣き言を並べたりすべきではない。或は、無知は罪である。
「埋事會」と云ふ表記は取敢へず即刻修正して貰ひたい。事を埋める會とは一體全體何?

2001.1.7

それから、私(野嵜)は「W3C信者」ではありません。私は福田恆存信者(松原正派)です。

31 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:55:17
そんなにも「野嵜フォロワー」と呼ばれるのは苦痛なのですか。
そんなに俺の存在が嫌なものであるのならば、俺はやつぱりサイトを閉鎖して消え去つた方が良いのでせうか。
何うなのですか、叢日誌平成十七年十二月分の三十日で正字正かなを抛棄した山岸さん? あなたにとつて私の存在はそんなに苦痛なのでしたか? 私はあなたにとつてそんなにも嫌な人だつたのですか? 私はあなたの爲に、全てのサイトを潰して消え去るべきですか?

山岸さん、私はあなたの事を「アンチノズラー」の一派であると看做します。
「徳保氏の肩を持つ」やうな人に「フォロワー」でゐられても迷惑だし。
大體、たかだか2ちゃんねらーのレッテル貼りを眞に受けて、
一部の人間に枠に當嵌められてしまつたのを嫌がつて、
わざと「フォロワーに見られないやうにしよう」とするさもしい根性が氣に入らない。
山岸さんは2ちゃんねらーに追随したいのだらう、2ちゃんねらーに氣に入られるやうにこれからも精々努力するが良い。
この界隈には2ちゃんねらーが多いから、山岸さんの態度は受けるだらう。
受けだけを狙つて生きて行くのも人生だ。勝手にすれば良い。

しかし、相當無神經な方の俺ですら呆れるやうな無神經な人間がゐるのだからネットは廣大云々。
山岸氏は自分が野嵜を非道く侮辱したのだと云ふ事を、全然自覺してゐないだらう。
あと、見れるなんて「ら拔き言葉」を平氣で使へる正かな使ひなんて、本當の正かな使ひとは認めない。


山岸氏は、コスチュームプレイを樂しむやうな積りで、正かなで書いてゐただけだつたと。
あんたは「野嵜フォロワー」と呼ばれるのが嫌だつたと、さう云ふ事だらう。
それが俺を侮辱してゐる、と云ふ事だ。
2ちゃんねらーが何うの斯うの、と言つて、野嵜がアンチ2ちゃんねらーだと強調したいやうだが、
そんなのは關係ない。
あんたが「俺は野嵜フォロワーと見られたくない」と宣言した事が俺に對する侮辱だ、と言つてゐる。

32 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 20:58:16
松原信者詭弁15ヶ条
 1:事実に対して仮定を持ち出す
     「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」
 2:ごくまれな反例をとりあげる
     「だが、時として尻尾が2本ある犬が生まれることもある」
 3:自分に有利な将来像を予想する
     「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」
 4:主観で決め付ける
     「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」
 5:資料を示さず自論が支持されていると思わせる
     「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」
 6:一見関係ありそうで関係ない話を始める
     「ところで、カモノハシが卵を産むのは知っているか?」
 7:陰謀であると力説する
     「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」
 8:知能障害を起こす
     「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」
 9:自分の見解を述べずに人格批判をする
     「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」
 10:ありえない解決策を図る
     「結局、犬が卵を産めるようになれば良いって事だよね」
 11:レッテル貼りをする
     「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」   
 12:決着した話を経緯を無視して蒸し返す
     「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」
 13:勝利宣言をする
     「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」
 14:細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
     「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」
 15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
     「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない」

33 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:00:10
右派知識人テンプレ

西尾 幹二
 ニーチェ関係と昔書いた本(ヨーロッパの個人主義等)は秀逸な出来栄え。
 政治を語ると途端にダメになるから困る。

小堀 桂一郎
 森鴎外の研究者として秀でた方であり、その活動にも敬意を表するが、
 政治的発言のほとんどが他人の剽窃もしくは代作である。by中川八洋

西部 邁
 全学連の幹部であった。今は小林よしのりに知恵を貸している。
 「経済倫理学序説」を出した頃を最盛期として、西尾氏同様
 近年は迷走しているというのが私評である。

谷沢 永一
 よく渡部昇一とつるんで本を出す物知りな人である。
 文学畑ではそれなりの業績がある模様だが本出しすぎだろと思う。
 共産主義者をこよなく憎み、誌面を提供されれば大抵こきおろす。

34 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:06:05
松原正
昭和四年東京生れ。早稻田大學名譽教授

35 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:06:53
http://www.shigarami.net/
ウェブ柵(Web Shigarami)
文武往來による相互理解を目的とした勉強會「柵會」の機關誌

▼平成17年10月號 (PDFファイル 1.22MB)
*  政治・好色・花鳥風月(十九) なぜかくも政治に淫するか(その三) 松原正
*  この世が舞臺 ヘンリー・ジェイムズ『デイジー・ミラー』 岡田俊之輔
*  アメリカを知るといふ事(五) 實驗國家、アメリカ 留守晴夫
*  〈アーカイヴ〉特輯・國語國字問題(承前)
* なぜ歴史的仮名遣ひなのか――その根拠、合理性について  矢野秀明
* 漢字は「無くすべき」なのか 矢野秀明
▼平成17年8月號 (PDFファイル 1.42MB)
*  アメリカを知るといふ事(四) アメリカ史のアイロニー 留守晴夫
*  政治・好色・花鳥風月(十八) なぜかくも政治に淫するか(その二) 松原正
*  海外論調 反日デモと政府の對應 臼井善隆
*  この世が舞臺 ジョウゼフ・コンラッド「進歩の前哨基地」 岡田俊之輔
*  「国語問題」とその周辺(三) ワープロ、パソコンと「正統表記」 矢野秀明
*  〈アーカイヴ〉特輯・國語國字問題
* 福田恆存著「私の國語教室」  大島一彦
* 歴史的假名遣ひの發想について―傳統的遺産を利用しながら現代語を表記 大島一彦
▼平成17年7月號 (PDFファイル 1.16MB)
*  政治・好色・花鳥風月(十七) なぜかくも政治に淫するか 松原正
*  アメリカを知るといふ事(三) 古い國、アメリカ 留守晴夫
*  「国語問題」とその周辺(二) 私の「表記法遍歴」 矢野秀明
*  この世が舞臺 アンブロウズ・ビアス「自動チェス人形」 岡田俊之輔
▼平成17年4月號 (PDFファイル 1.48MB)
*  アメリカを知るといふ事(承前) 我等は現代のイスラエルびと 留守晴夫
*  「国語問題」とその周辺(一) 御挨拶、或いは「まへがき」のやうなもの 矢野秀明
*  この世が舞臺 三世竝木五瓶『勸進帳』 岡田俊之輔
*  編輯室から
*  〈アーカイヴ〉 アメリカを知るといふ事 留守晴夫

36 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:08:13
松原正 ウェブサイト
http://www.matsubaratadashi.com/

月曜評論(休刊)
http://www.getsuyou.com/
月曜評論(キャッシュ)
http://web.archive.org/web/*/http://www.getsuyou.com/

國民新聞
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/

「技術経営戦略誌 日経ビズテックNO.007」の目次
http://bpstore.nikkeibp.co.jp/item/contents/m_4822222373.html

岡田俊之輔の頁
http://homepage3.nifty.com/okadash/

言葉の救はれ――sc恆存論
http://logos.blogzine.jp/1/

地獄の箴言
http://kimura39.txt-nifty.com/

言葉 言葉 言葉
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/

37 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:10:13
國語問題協議會
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kokugoky/
私の国語教室 文春文庫 福田 恒存 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167258064
技術と日本語ものがたり
http://www.honco.net/japanese/index-j.html
国語国字問題(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%AD%97%E5%88%B6%E9%99%90
歴史的仮名遣(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E4%BB%AE%E5%90%8D%E9%81%A3
松岡正剛の千夜千冊『私の國語教室』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0514.html
追想・福田恒存(三省堂)中村保男
http://www.sanseido-publ.co.jp/booklet/f_koson_booklet.html
幼児期からの言葉の教育-なぜ幼児期からの漢字教育が大切なのか
http://www.isiisiki.co.jp/about/index.html

38 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:11:17
★★★★舊字、舊假名遣ひで話すスレッド 四箇目
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1092597931/
IME、正字正かな辭書
http://members.jcom.home.ne.jp/ksmiracle/Kokugo/Orthographie.html
一夜漬け 歴史的かなづかひ入門
http://kan-chan.stbbs.net/word/lesson.html
歴史的假名遣ひで現代文を書かう
http://homepage1.nifty.com/~petronius/kana/kanadukahi.html
正かなづかひ早分り
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/SeikanaHayawakari.html
假名遣の指針『正假名遣』最終案(15.08.01)
http://member.nifty.ne.jp/gimon/seikana.htm
正假名遣ひ習得法
http://web.archive.org/web/20011021043016/http://web1.tinet-i.ne.jp/user/sjun/kokugo4.htm
「現代かなづかい」と歴史的かなづかひの比較
http://web.archive.org/web/20011127101056/http://hb9.seikyou.ne.jp/home/kyuri/nihongo/kana-hikaku.html
歴史的假名遣ひ習得法
http://web.archive.org/web/19991002065139/www.geocities.co.jp/Berkeley/7148/mokuji001.html
歴史的仮名遣ひ 超簡便マニュアル
http://web.archive.org/web/20011030231930/http://www2u.biglobe.ne.jp/~mydream/nat/14f.html
魁! 國語塾 正假名遣入門
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/8991/kokugojuku/kokugojuku.html
簡單に覺えられる歴史的假名遣ひ
http://www.jinja.co.jp/kana-kantan01.html

39 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:11:47
新・旧字対照表
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/cl/koten/newold.htm
新字と正字の比較
http://web.archive.org/web/20020602155150/http://hb9.seikyou.ne.jp/home/kyuri/nihongo/kanji-hikaku.html
「同音の漢字による書きかえ」について(報告)
http://www.nnh.to/word/kakikae1.html
「同音の漢字による書きかえ」(昭31.7.5 国語審議会報告)
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/hyoki/kakikae.txt
http://web.archive.org/web/20030227111258/http://nannohi.jp/word/kakikae1.html
「同音の漢字による書きかえ」逆変換」
http://web.archive.org/web/20030423174506/http://www.nnh.to/word/inverse-kakikae.html

40 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:12:40
日本語變換ソフト「契沖」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~keichu/index.htm
文字鏡契冲
http://www5a.biglobe.ne.jp/~keichu/mojikeichu.htm
癸羊明朝フォント
http://www.asahi-net.or.jp/%7Esd5a-ucd/freefonts/QuiMi-mincho/
漢字道楽
http://www.sunsale.co.jp/soft-kot.htm

超漢字ウェブサイト
http://www.chokanji.com/

「見慣れない漢字をパソコンに入力したいが読み方がわからない」「日本語キーボードから
世界各国の文字を入力したい」「数学や理科の教材作成のために豊富な記号を使いたい」
――漢字や文字の問題なら、超漢字4の独擅場です。世界の文字や漢字18万字超を自由
に混在して扱えるOS は超漢字だけ。ワープロ、表計算、データベースなどのアプリケーション
はもちろん、実身名(ファイル名)やかな漢字変換のようにOS 自身の管理する部分も含めて、
すべての場面で18万字超を利用できます。

文系ユーザーのための超漢字入門
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/7239/
群馬超漢字研究会
http://homepage3.nifty.com/kmahoroba/Mr.K/tyoukanji/tyoukanji.html
超漢字
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E6%BC%A2%E5%AD%97

41 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:13:19
橋本進吉「表音的假名遣は假名遣にあらず」
http://home.q02.itscom.net/tosyokan/zdata/ZHASIMOTO001.pdf
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/HASHIMOTO/HYOON.html
森鴎外「假名遣意見」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/677.html
芥川龍之介「文部省の仮名遣改定案について」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/1133_6771.html
上田博和「國語審議會答申「改定現代仮名遣い」の問題點」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kokugoky/uheda1.htm

42 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:13:51
<正かな派>

石井式國語教育研究會 石井勳(大正九年生 平成十六年歿)
http://www.isiisiki.co.jp/
昭和史研究所 中村粲(昭和九年生)
http://www.interq.or.jp/asia/showashi/
高池法律事務所 高池勝彦(昭和十七年生)
http://takaike.com/
四宮政治文化研究所 四宮正貴(昭和二十二年生)
http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-shinomiya/index.html
福田 逸の備忘録―独断と偏見(昭和二十三年生)
http://dokuhen.exblog.jp/
森田塾 森田忠明(昭和二十四年生)
http://www.moritajuku.com/
反フェミニズムサイト 千葉展正(昭和二十七年生)
http://homepage2.nifty.com/antifemi/
遠藤浩一覺書(昭和三十三年)
http://blog.so-net.ne.jp/endoh-opinion/
「巨人の星」伝説 小川雅也(昭和三十三年生)
http://www.big.or.jp/~hoyohoyo/densetsu.html
岡田俊之輔の頁(昭和三十八年生)
http://homepage3.nifty.com/okadash/
言葉の救はれ 前田 嘉則(昭和三十九年生)
http://logos.blogzine.jp/1/

43 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:16:00
アンケート「尊敬する物書き、言論人、著名人は?」
http://cgisrv.abell.co.jp/nocharge/ranking/ranking.cgi?userid=hinomoto
全投票数[507] 全項目数[230]
最終投票日時[2006年02月13日21時15分]

順位 項目名 得票数 得票率 グラフ
1 西尾幹二 27 5.3%
2 ぢぢ樣 22 4.3%
3 西村幸祐 21 4.1%
4 福田恆存 20 3.9%
5 小林よしのり 18 3.5%
6 松原正 15 2.9%
7 荻野晃 13 2.5%
8 工藤雪枝 12 2.3%
9 佐々木敏 11 2.1%
9 西部邁 11 2.1%
9 葦津珍彦 11 2.1%
12 山本夏彦 10 1.9%
13 西村真悟 9 1.7%
13 中村粲 9 1.7%
13 石原愼太郎 9 1.7%

44 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:16:43
http://kimura39.txt-nifty.com/hell/2005/02/post_1.html
2005.02.09
松原正先生新連載
 雜誌「日經ビズテック」で松原正先生の連載「パソコンとハムレット」が始まりました。
全國書店で發賣中です。注文の際は「技術経営戦略ムック 日経ビズテック No.005」
(日経BP社)と指定すると宜しいさうです。
日經BP書店http://bpstore.nikkeibp.co.jp/item/main/148222223490.html
アマゾンhttp://www.amazon.co.jp/ でも買へるやうです。

45 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:18:27
電子テキスト『文學と政治主義』 第一章 大岡昇平と大江健三郎 政治主義の成れの果て
http://www.matsubaratadashi.com/bungaku.html
電子テキスト月曜評論連載「保守とは何か」
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/Hoshutohananika.html
第一囘
「月曜評論」平成10年11月15日 第1371號
第二囘 西部邁氏を叱る
「月曜評論」平成11年4月25日 第1386・87合併號
第三囘 西部邁氏を叱る(續)
「月曜評論」平成11年5月15日 第1389號
第四囘 西部邁氏を叱る(續々)
「月曜評論」平成11年6月25日 第1392・93合併號(※紙面では「第三囘」と誤植)
連載第五囘 西尾幹二氏を叱る(一)
月刊「月曜評論」平成12年2月21日 第1413號
連載第六囘 西尾幹二氏を叱る(二)
月刊「月曜評論」平成12年6月19日 第1417號
連載第六囘 西尾幹二氏を叱る(三)

46 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:19:17
月刊「月曜評論」平成12年7月號
第八囘 小林よしのり氏を叱る(一)
月刊「月曜評論」平成12年8月號
第九囘 小林よしのり氏を叱る(二)
月刊「月曜評論」平成12年9月號
第十囘 「公」は「私」より遙かに遙かに大事か
月刊「月曜評論」平成12年11月號
第十一囘 「身命を賭す」といふこと
月刊「月曜評論」平成13年1月號
第十二囘 先祖の流儀(傳統)に自信を持てない保守といふ異常
月刊「月曜評論」平成13年3月號
第十三囘 「国民の道徳」といふ駄本(一)
月刊「月曜評論」平成13年4月號
第十四囘 「国民の道徳」といふ駄本(二)
月刊「月曜評論」平成13年5月號
第十五囘 「国民の道徳」といふ駄本(三)
月刊「月曜評論」平成13年7月號

47 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:20:05
電子テキスト『道義不在の時代』
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/DogiFuzai/
廉恥節義は一身にあり──序に代へて
I 教育論における道義的怠惰
僞りても賢を學べ
まづ徳育の可能を疑ふべし
II 防衞論における道義的怠惰
道義不在の防衞論を糺す
猪木正道氏に問ふ
III 日韓關係論における道義的怠惰
全斗煥將軍の事など
反韓派知識人に問ふ
IV 對談
日本にとつての韓國、なぜ「近くて遠い國」か(申相楚/松原正)
初出一覽
あとがき

48 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:20:36
松原正著『道義不在の時代』
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/DogiFuzai/

全斗煥將軍の事など
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/DogiFuzai/3_1.html
反韓派知識人に問ふ
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/DogiFuzai/3_2.html

49 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:21:39
『月曜評論』趣意書 昭和六十年

戰後四十年間、平和と繁榮の太平ムードの中で、一部の大新聞は、「天下の公器」とか
「不偏不黨」といつた格好のいいモットーをふり囘し、司法・立法・行政の三權に次ぐ第四
の權力にまでのし上がつてきたわけですが、その新聞が果して自ら掲げる「倫理綱領」に
忠實であつたかどうか、つまり、プレスコードでいふ「自由」と「民主主義」を護つてきたか、
といひますと、現實は全く逆であります。輿論を僭稱し、言論の自由を濫用し、眞實を歪め、
その結果、人間のかけがへのない價値である「自由」までも犧牲にしてきたのであります。
とくに昨今のマスコミを賑はしてゐる反核平和運動や防衞問題、教科書問題などに見られ
る報道の偏向姿勢がそれを物語つてをります。
月曜評論は、創刊以來、一貫してかうした大新聞の偏向に挑戰し、正しい輿論づくりの尖
兵としての役割を果して參りましたが、今後とも、左記(下記)の基本姿勢を堅持して、自由
と眞實のため鬪つて參る覺悟であります。

一、 月曜評論は、左右の全體主義から自由を護るための積極的言論活動を展開する。
二、月曜評論は、偏狹なナショナリズムや民族主義を排し、國際主義――インターナショナ
リズム――に立脚した編輯姿勢を堅持する。(現代は、政治・經濟・社會いづれも、一國家、
一民族では存立しえない國際的相互依存體制の時代である。すなはち共通の價値觀である
「自由」を護る國際的連帶――フリーダム・インターナショナル――の確立が必要である。)
三、 月曜評論は、タブーに挑戰し、眞實の報道を目指す。
四、 月曜評論は、歪められたマスコミの軌道を修正し、輿論形成の正しい方向づけのため
の啓蒙運動を展開する(新聞だけではなく、いはゆるブラックジャーナリズム――一部週刊誌
や民放ラヂヲ、テレヴィ、――NHKなどの無責任な報道を批判する。)

50 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:22:21
以上の基本姿勢をふまへ、本紙は、編輯の長期的課題として、憲法改正、防衞問題、反核平
和運動、教育の荒廢等を重點的に取り上げて行く豫定であります。とくに憲法改正問題では、
第九條だけに限定せず、現行憲法が政治、經濟、社會、文化等あらゆる生活の分野で、戰後
社會の澱やエスタブリッシュメントをつくつてきた原罪を告發して行きます。
また勞働三法の改正論議を、占領政策のゆがみとのかかはりで進めて行く考へであります。マ
スコミの左翼偏向のルーツの一つがここにあるからです。教育の荒廢では、日教組の倫理綱領
が諸惡の根源であるとの認識に立ちながら、教科書問題や校内暴力、青少年の非行化、普遍
的な倫理教育の復活等の問題を取り上げてみたいと思ひます。
文學者の反核聲明に象徴される日本の特異な知的状況にも分析のメスを入れます。ソ聯的で
あることが「進歩的」であることと錯覺してゐる彼らは、徹底的に批判されなくてはなりません。反
體制であることが知識人の必要條件と考へてきた彼らこそ、戰後社會の澱を創つたバチルスか
もしれません。彼らは、マスコミ偏向の強力な援護部隊であります。
この他、公害問題、消費者・市民運動、日米歐の經濟摩擦等々をめぐる偏向報道の是正にも
全力投球して參りますので、皆樣の絶大なる御支援をお願ひ申し上げる次第であります。
昭和六十年
株式會社月曜評論
代表取締役 二宮信親

51 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:24:19
<寄稿家>

井上茂信 外交評論家
市村眞一 京都大學教授
井上豐人 評論家
植松正 一橋大學名譽教授
臼井善隆 早稻田大學教授
内海洋一 大阪學院大學教授
宇野精一 東京大學名譽教授
漆山成美 評論家
遠藤欣之助 評論家
岡田英弘 東京外語大學教授
岡本幸治 大阪府立大學助教授
岡部冬彦 漫畫家
大久保典夫 文藝評論家
加瀬英明 評論家
加地伸行 大阪大學助教授
加藤榮一 筑波大學助教授
勝田吉太郎 京都大學教授
川上源太郎 評論家
木内信胤 世界經濟調査會理事長
清浦雷作 東京工業大學名譽教授
公文俊平 東京大學教授
桑原壽二 評論家
香山健一 學習院大學教授
小林正俊 駒澤大學教授
小堀桂一郎 東京大學助教授
澤田昭夫 筑波大學教授
清水幾太郎 評論家

52 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:26:22
志水速雄 東京外國語大學教授
白井浩司 慶應義塾大學教授
鈴木俊子 評論家
鈴木博雄 筑波大學教授
關根文之助 前高千穗商科大學長
曾野明 外交評論家
寺谷弘壬 青山學院大學教授
照屋佳男 早稻田大學教授
殿岡昭郎 金澤工業大學教授
鳥羽欽一郎 早稻田大學教授
富田信男 明治大學教授
中嶋嶺雄 東京外國語大學教授
中村勝範 慶應義塾大學教授
中屋健一 東京大學名譽教授
西尾幹二 東京電氣大學教授
丹羽春喜 京都産業大學教授
林三郎 評論家
林修三 元内閣法制局長官
芳賀綏 東京工業大學教授
弘津恭輔 評論家
福田恆存 評論家
福田信之 筑波大學長
法眼晉作 元外務次官
堀江湛 慶應義塾大學教授
松原正 早稻田大學教授

53 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:27:25
黛俊郎 作曲家
宮澤浩一 慶應義塾大學教授
三好修 外交評論家
武藤光朗 早稻田大學客員教授
村尾次郎 大倉精神文化研理事
村松剛 評論家
森下敬一 自然醫學會會長
矢島釣次 東京工業大學名譽教授
矢野健一郎 評論家
山本七平 評論家
山本夏彦 評論家

編輯長 中澤茂和

* 役職は昭和六十年當時のもの

54 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:28:22
月刊「月曜評論」に期待する 小堀桂一郎

「月曜評論」が桶谷繁雄氏によつて創刊されたのは、正確には何時のことだつたのだらうか。
現在の題字の右なる刊記の欄外下に「昭和46年2月第3種郵便物認可」との文字が入つて
ゐるのに徴して、ほぼその頃のこと、即ち今から約三十年前と考へてよいであらう。
この三十年間、題名通りの週間紙であつた期間は三分の二くらゐだらうか。中澤茂和氏が一
時編輯者の座から離れたこともあり、編輯・刊行の全面的責任者として復歸した後、旬刊の體
制をとつたり等の多少の紆餘曲折はあつたものの、それにしてもよく續いたものである。
ただ續いたといふだけではない。創刊者桶谷氏の初一念を貫徹し、編輯綱領に謳はれた姿
勢をいささかも動搖させることもなく、自由な、如何なる政治的壓力にも屈しない、勇氣ある言
論の座を守り續けてきたその實績は洵に見事である。執筆者としての私自身の「月曜評論」と
のつき合ひは昭和五十七年の暮の、その年の最後の號からと記憶してゐるが、爾來足かけ十
八年、この紙面に何か者を書かせてもらふに當つて、何らかの制約を受けたり遠慮を感じたり
した記憶はついぞ無い。常に自由に、開かれた執筆の場がそこに用意されてゐたといふ洵に
快い記憶ばかりがある。そしてそれならばこそ、本紙に筆を執るに當つては相應の「責任」の意
識も自らに胸中に生じたものである。一讀者としてのつき合ひは勿論それより古い。

55 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:29:02
就中、防衞問題、といふよりもむしろ現在の自衞隊の在り方とその公的處遇の問題をめぐつて、
誰にもどんな意見をも腹藏なく吐露できる紙面が確保されてあることが嬉しかつたし、私の場合
それを又少なからぬ同氣の士と同樣正漢字正假名遣の原文のままに印刷してくれることがどん
なに快く、頼もしいことであつたか、今でもいくら感謝してもしきれぬ思ひを抱いてゐる。
本紙は講讀開始以來一號も捨ててゐない。通卷千四百號を越えてゐるわけだから、私の所藏分
だけでも相當の分量である。舊號の秩序立てての整理はなかなか厄介だし、文獻としての折角の
蓄積をうまく活用しきれない憾みもある。それが此度月刊誌に再編されて新たな出發をするといふ。
舊號の整理といふ點からすれば遙かに扱ひ易くなるわけだからこれは大いに歡迎するに値する快
擧である。これまでも永久保存しておきたい貴重な言論が綺羅星の如くに竝んでゐた。月刊誌とし
て面目を一新した誌面に於いても、この期待は存分に滿たしてもらへるだらう。私の書庫に又一種
貴重な言論文獻集の蒐集が加はることになる。滿腔の期待をこめて此度の新出發を見守つてゐる。

56 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:29:41
<編輯後記>
新裝なつた「月曜評論」をお屆けします。ただ發行豫定日を大幅に遲れてのお屆けとなりまし
たこと、まづお詫び申し上げます。週間新聞として出發したのが昭和四十六年二月。"續いてこ
そ道"、細い細い道ではありますが確實に一本の道が通つたと思つてゐます。道中、山坂や崖
道もありましたし、當然これからもあると思ひます。しかし、己がやれること、やらねばならぬことを
コツコツとやり通す覺悟です。どうか一層のご支援を賜はりたく、お願ひ申し上げます。惡戰苦
鬪の快感を味はひつつ。(編輯發行人中澤茂和)

* 月曜評論 平成十二年一月號 月刊第一號通卷第一四一二號より

57 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:30:20
<月刊化以降の執筆者>

吉田和男 京都大學院教授
三浦淑男 産經新聞論説委員
平憲治 JRグリーンユニオン東京地方本部委員長
藤岡信勝 東京大學教授
加地伸行 大阪大學名譽教授
小滝透 作家
玉置裕俊 府立茨木養護學校教諭
南木隆治 大阪府立盲學校高等部教諭自由主義史觀研究會會員
崎川範行 東京工大名譽教授
○荻野京子 主婦
東中野修道 亞細亞大學教授
服部省吾 防衞研究所戰史部主任
○長谷川三千子 埼玉大學教授
殿岡昭郎 政治學者
○小堀桂一郎 明星大學教授
伊原吉之助 帝塚山大學教授
○遠藤浩一 評論家
酒井信彦 東京大學教授
○勝岡寛次 明星大學戰後教育史研究センター專任研究員
○松原正 元早稻田大學教授
○林勝
上杉千年

58 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:31:22
杉本幹夫 自由主義史觀研究會理事
○村尾次郎 日韓文化協會顧問
小野田猛史 技術評論家
加藤裕 日蘭戰時資料保存委員會
宮崎正弘 評論家
西岡力 現代コリア編輯長
淺野和生 平成國際大學助教授
徳岡仁 城西國際大學助教授
城内實 SPレコード收集家
小菅清 都立光丘高校教員
○山本俊一 元自衞官
○林三郎 評論家
宗像隆幸 月刊『臺灣青年』編輯長
佐藤守 元空將
荒木和博 現代コリア研究所研究部長・拓殖大學助教授

○もののふ
けつねうろん
○勝
○やまんば
天狗黨
○柿
大手町次郎
檢非違使

*○は正統表記による寄稿者

59 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:32:32
福田恆存氏の逝去を悼む 松原正

 きのふ福田先生の死に顔をぢつと見つめてゐて、私は小林秀雄さんの表現を思ひ出した。
昔、小林さんが或人に「福田恆存つて清潔な鳥みたいな人だな」と云つたらしいのである。それ
を當時大學生だつた私は、文藝雜誌か何かで讀んで知つたのだが、たうとう先生の死に顏を
眺めねばならぬ事になつて、小林さんの表現通りのお人柄だつたとつくづく思つた。
 御厚誼を受けて四十年、先生は私に嘘をおつきになつた事が一度も無い。これはちと卑怯な
或いは身勝手なお振舞だなと思つた事も、これまた、ただの一度も無い。「召使にとつては英雄
もただの人」といふ意味の英語の諺があるけれども、四十年間、ただの一度も弟子に弱みを見
せないやうな師匠は滅多にあるものではない。
 学生時代は、屡々大磯の御宅に泊めて戴いて明け方まで話し込んだし、ロンドンでは一箇月
間、同じホテルに滞在して行動を共にしたが、私にとつての先生は常に「清潔な鳥」だつた。先
生は清潔なだけで無能な政治家を嫌つてをられたが、御自身は實に清潔で公平だつた。強者
だつたからである。學生時代、盲人蛇に怖じず、先生の新作戯曲について五十枚程の批評文を
書いてお見せした事がある。無論生意氣な年頃だから、べた賞めした譯ではないし、べた賞め
なんぞしたその時に破門されてゐたかも知れないが、先生は私の文章を丹念に讀んで、私の批
判のうち當つてゐると思はれる件りには二重丸をつけて返して下さつた。
 勿論、二重丸が澤山あつた訳ではなくて、「ここは勘違ひ」とか「これは誤字」とかいつた具合の
書込みのはうが遥かに多かつたけれども、私はその時、生まれて初めて、私情を交へぬ學問の
嚴しさを教へられたのである。

60 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:33:22
 かういふ事もあつた。先生は清水幾太郎さんを痛烈に批判なさつた事があるのだが、清水さん
も先生も保守派の「大御所」が対立しているのは國家の損失である、もしも御兩所に和解する氣
があるのなら、私が「手打式」の御膳立てをしようと岸信介元首相が云つてゐる、清水さんのはうは
快諾したが、福田さんの意向を確かめてくれないかと、私は遠山景久さんに頼まれたのである。そ
んな話を先生が承知なさる筈は無いと思つたが、私が代りにお斷りする譯にも行かないから、遠山
さんの話を先生に伝へた。すると先生はかう仰つた。「一俵の米を脱殻するとね、必ず十粒ばかり
は脱殻されない殻粒が出るんだよ。僕の讀者はね、その極く少數の脱殻されない殻粒なんだ。岸
さん遠山さんの御好意は嬉しいが、僕が清水さんと和解して二人の和氣藹々たる對談がどこかの
雜誌に出たとしよう。すると、脱殻されない殻粒の僕の讀者が「なぜそんな事が」と云ふだらう。物書
きは讀者を裏切つちやいけないんだ。
 福田先生は清水さんの短所だけでなく長所をも認めてをられた。清水さんとは私も面識があつた
から、先生の清水評は實に公平で的確だと私は思つた。詰り、いささかの私怨もそこに交つてゐな
かつた。清水さんも今はあの世にゐるけれども、新入りの福田先生を照れ臭さうに、けれども快く迎
へて、「福田さん、あなたの批判は五重丸だつた」と云ふに相違無い。あの世では眞心が通じる筈だ
から、必ずさういふ事になると私は信じてゐる。
 福田先生の死に顔は清潔だつた。亡くなられる半月前、病床に横たはる先生の右手をそつと握
つたら先生は強く握り締めて下さつた。痩せ衰へた体の、右手だけが大きくて逞しかつた。あの逞し
い右手に握られたペンが、「平和論にたいする疑問」以来、「左翼進歩派」の欺瞞をいとも鮮やかに
剔抉して見せたから、全國津々浦々の全うな讀者が溜飲を下げたのだが、自民黨と社会黨が「野合」
したから、「これあもう駄目だな」と仰つて、晩年の先生は甚だ浮かぬ顔だつた。「僕の言論も結局は
虚しかつたなあ」とも仰つた。

61 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:33:54
 先生が死んでしまはれて、私は淋しい。悲しいといふよりも淋しい。けれども、柳田國男
によれば、日本人は「死んでも死んでも同じ國土を離れず、しかも故郷の山の高みから、永
く子孫の生業を見守る」のだといふ。私は柳田の説を信ずる。もう死んでもいい筈なんだが
「どうやら神樣が僕の事を忘れてしまつたらしいんだよ」と先生は仰つた。葬儀は佛式で行
はれるが、先生も矢張り神道の信者だつたのだと思ふ。私も神道の信者だから、今、かうして
先生の思ひ出を綴つてゐる私を、書斎の片隅から先生の靈が見守つていらつしやるやうな
氣がする。
 四十年もの付合ひだつたのに「御冥福を祈る」なんていふ紋切型だけは云はずに濟ませ
たな、よし、二重丸をやらうと、先生が聲を掛けて下さるやうな氣がする。やがては私もあの世
で先生に再會する事になる譯だが、その時にも二重丸を頂戴できるやう、先生に肖つて、學
生に対しても努めて「清潔公平」に振舞はうと、不肖の弟子は思つてゐる。
 福田先生、ひとまづ、さやうなら。

*平成六年十一月二十一日附『産經新聞』 より

62 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:34:54
偏向教育 松原正

まづ笑話を一つ。友人の小學二年生になる娘が、或る日ゴレンジャーだかグレンダイザーだか、
とにかく勸善懲惡的テレビ番組を見終つてから、かう言つたのださうである、「お父さん、先生が
言つたけど、西城秀樹つて惡い人なんだつてね」。
小學二年生を相手に流行歌手のスキャンダルについて教場で語るとはいささか腑に落ちぬと
思つた友人が問ひ質してみると、西城秀樹は澤山の日本人を殺したから惡い奴だと、擔任の教
師が言つたらしい、といふ事が解つた。要するに友人の娘は、東條英機を西城秀樹と勘違ひし
てゐた譯である。
これが笑話ですむのは偏向教育を受ける生徒が低學年だからであり、折角の教師の努力が水
泡に歸した事が滑稽なのだが、中學生や高校生相手の偏向教育となると、これは決して笑つて
はをられぬ、と言つて、子供の前で教師を批判するのも望ましい事ではないし、とにかく偏向教育
對策を文部省は眞劍に考へて貰ひたい、と友人は頗る熱つぽく語つたのであつた。
もとより私も偏向教育を嘆かはしい現象だと思つてゐるが、文部省にその是正が出來るとは思つ
てゐない。ここで文部省を批判する餘地は無いが、左寄りの偏向教育を是正するための最も效果
的かつ拔本的な對策は右寄りの偏向教育なのであり、つまり毒を制するには毒をもつてすべきな
のだが、中立といふ事をよき事と考へたがる文部省には、いや政府には、それを實行に移す勇氣
はまづ無いであらう。
けれどもここで私が指摘しておきたいのは、小學校は知らず大學においては、保守的な教師がと
かくおのが政治的見解を會議の席や教場で語りたがらず、政治的中立ないし非體制の立場をとり
たがるといふ事實、および、政治的中立を宗とする教師よりも進歩派の教師のはうが、概して授業
に熱心だといふ事實である。中立は無能の隱れ簑になりうるものなのだ。

63 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:36:29
無能と人權 松原正

ここに一人、どう仕樣も無いほど無能な女の小學校の教師がゐる。教へ方が下手で、度々間
違つた事を教へ、思想的に少しく偏向してゐるらしいのだが、いはゆる偏向教育をやる餘裕も
無いくらゐ五里霧中で、それに何より教師としての權威がまるで無く、生徒が反對すればたわ
いも無く自説を撤囘してしまふ。生徒は教師をなめきつて、教室は無政府状態となり、とても落
着いて勉強出來るやうな雰圍氣ではない。かくて生徒の學力は急激に低下する事となる。そこ
で父兄は、と言つても主として母親だが、寄り集つて互ひに忿懣をぶちまけ、かつ對策を練ると
いふ事になる。
ところで、運惡くかういふ無能な教師にわが子を託する事となつた場合、父兄は一體どうすれ
ばよいか。まづは觀念する事である。教室で生徒がすごす時間を全くの無駄と觀念し、教師を
激勵してその向上を促す事も、教育長や校長に抗議する事も所詮徒勞と知るべきなのだ。
なぜなら、必死の努力を傾けても有能とはなしえぬ、或いはなりえぬ無能といふものはこの世に
確かに存在するからであり、また、例外は無論あらうが、大方の教育長や校長は中立をもつて保
身の術と心得てゐるからである。つまり吾國においては中立とは少しく左寄りの事であるから、教
育長や校長が、イデオロギーを同じうする教師の人權はとかく闇雲に擁護したがる組合に對し、
強い姿勢を示す事などまづ期待出來ないのである。人權擁護とは無能の擁護なのだ。
ところで、ついでに附け加へておくが、運が惡いと諦めて子供を放置しておけと私は言つてゐる
のではない。家庭教師をつけるなり、塾へ通はせるなり、學力を向上させる爲の手立てはある筈で
ある。但し、子供はいづれ教師を輕蔑するやうになるに相違無いから、その輕蔑が大人に對する
不信といふ甘つたれに變ずる事のないやう、家庭における躾をかなり嚴格なものとしなければなら
ない。が、當節の軟弱で物解りのよい親にとつて、それは頗るつきの難事なのではあるまいか。

* 『暖簾に腕押し』(地球社)昭和五十八年發行 より

64 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:37:13
http://kimura39.txt-nifty.com/hell/2004/08/
言論三題
 まづ國語問題協議會の設立事情。

 国語問題では超低能な役所たる文部省や、無能な文部官僚とずいぶんけんかをした。日本
以外の国々がそれぞれの国語を非常に尊重しているのに比較し、日本では国語をメチャクチャ
にした上、さらに機会あるごとに破壊しようとしているからだ。その元凶が文部省である。あの新
かなづかいと、漢字制限、それと通産省の所管であるメートル法、あんなものを実施しなければ
世の中はこんなに乱れなかっただろう。ああいうものを国民に強制し、文部省と結託して、いたい
けな小学生に教え込むから世の中は混乱する。国語はやさしくすることより大切にすることが先
決問題なんだ。[中略] 国語問題では、国語審議会をけん制する意味で、ぼくのポケットマネー
を出して寄付金を集め、国語問題協議会を作り、大いに戦ったものだ。(小汀利得『ぼくは憎ま
れっ子』 日本経済新聞社、昭和四十六年初版)

 小汀利得は日經の社長を退いた後、細川隆元とテレビの「時事放談」を始めた事でも知られ
る。次の文章に登場する時事通信社初代社長の長谷川才次とも親しかつたやうである。

65 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:38:07
 「月曜評論」の創刊事情。

 長谷川才次氏にお目にかかったのは、何度もあったであろうが、当時私が関係していた『言
論人』の値上げについて、時事通信社にお願いに参上したときのことである。『言論人』の事務
局U氏は、内外情勢調査会でまとめて購読していただいているこのミニコミ紙の値上げのために、
長谷川氏にお目にかかるべきであつた。しかし、どういうわけか、言を左右にしてなかなか会い
に行かない。[中略] その事務局長のU氏が、われわれの知らない銀行口座をS銀行にこしらえ
ていることが偶然にわかった。[中略] こうして『言論人』のゴタゴタが始まったわけである。[中略] 
私はどうしたらよいかを、『言論人』の最大の購読者である長谷川氏に会って聞いたのであった。
長谷川さんは、このようなトラブルにかかわり合っていることは時間の浪費であること、皆がそう言
うのなら、桶谷さん、あなたがおやりなさい、ということになって、時事通信社の一隅にアレヨアレヨ
と言う間に事務所が出来てしまった。[中略] 全く自信のないままに私は、年末に近いころ、時事
通信社の階段下の事務所で仕事を始めたのが『月曜評論』の誕生なのである。昭和四十五年十
二月のことであった。(桶谷繁雄「『言論人』値上げ交渉のことなど」『長谷川才次』収載。善本社製
作、昭和五十四年・非賣品)

 國際政治ジャーナリストの長谷川才次は、ベトナム戰爭當時、アメリカ支持を主張した數少ない
言論人の一人であつたが、後に過激な勞組から攻撃され社長を追はれた。その煽りで月曜評論
も一時「つぶれかかった」。

 最後に、先日届いた「国民新聞」七・八月夏季合併號廣告より。今年の猛暑はミニコミ紙には
格別に應へてゐるやうである。

66 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:38:55
売りたし! 「国民新聞」発行権
 長期不況の影響なのか有料購読者の激減、購読料の不払ひ、遅延、未納が増え、更に
地方支局の閉鎖などが相次ぎ広告収入も減り、小社の新聞発行業務は困窮を極めてゐま
す。又、小紙は編集方針として「道義国家・日本の建設」を目指し、民族主義的な色彩を前
面に打出してゐますが、かういつた論調は容易に一般に受入れられないこともあつてか、発
行部数は一向に伸びません。/中国の覇権主義を前に今後、国防問題を始め教育・マスコ
ミなど重要問題も山積してゐます。この時期こそ健筆を奮はねばと考へてをりますのに、本
紙を休・廃刊することは所謂敵前逃亡となつてしまひます。/つきましては創刊者、徳富蘇峰
翁の理念である「文章報国」を受け継いで戴ける方がをられましたならば、是非、小紙の発行
をお願ひ致したく存じます。詳細についてのお問合せは山田惠久代表まで。

67 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:39:53
http://kimura39.txt-nifty.com/hell/2005/08/index.html

 「中國が文明の時代に入つたのは今から三千年以上も昔のことです。以來、近代化の
時代にいたるまで、大規模な戰爭がほとんどない平和な世界が東アジアでした」「つまり
東アジアは秩序正しい禮節の世界だつた。それが變調をきたしたのは近代になり、西歐
による侵略があつたためです。ヨーロッパは民族も多いし事情も複雑で、戰爭に明け暮れ
た歴史がある。日本はそれをまねて中國を侵略した。東アジアの秩序を亂した。これは明
らかな誤りです」(白川静、平成17年 8月19日附日本經濟新聞夕刊のインタヴュー記事
「日本の進む道」より。國語表記は變更)

68 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:42:34
http://web.archive.org/web/20040924000433/http://www.getsuyou.com/
月曜評論のすすめ

松原正先生 (早稲田大学名誉教授)
山椒は小粒でもぴりりと辛い

 ホームページを創設するから何か書けとの事だが、創設されても私はまづ覗かないと思ふ。
閲覽無料だからである。ロハで手に入れられるのは碌でもない物ばかり、といふ事ではない。
早い話が、私は近頃頓に猫背になつて、机と椅子の高さが不適切だからだらうと思ひ、ヤフー
の檢索で「猫背」を搜して、ロハで得た澤山の知識が大層役立つた。市販されてゐる「猫背矯
正器」が、役立たぬどころか有害である事も知つた。それゆゑ、無料だから駄目といふ事には
ならない。
 けれども、我々がこの世を生き拔くためには、知識以外に知惠がどうしても必要であり、知識
は只でも手に入れられるが、知惠は、徳と同樣、四苦八苦して身に附けるしかない。大手マス
コミは知識だけを提供して、知惠や徳には關心が無い。山椒は小粒でもぴりりと辛い。「月曜評
論」はミニコミで小粒だが、知惠と徳の大事を悟らせ、「四苦八苦」しようかと思はせるやうな文
章が屡々載る。無論、大手マスコミの場合と同樣、時に愚にもつかぬ文章が載るけれども、何
せ我々の國は、愚昧な漫畫家が天下國家を論つて人氣を博するやうな知的道徳的に怠惰な
國だから、そればかりはどうにも仕樣が無い。
 然し、「猫背矯正器」が有害である事を指摘する文章を、「猫背矯正器」の廣告を掲載する新
聞は決して載せないが、ロハにあらざる「月曜評論」は時々さういふ「暴擧」をも敢へてする。
ホームページの閲覽だけで濟ませる事無く、是非是非有料の「月曜評論」を購讀して貰ひたい。

69 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:44:58
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=29125
復刊リクエスト投票 「戰爭は無くならない」 3票 / 100票

http://www.fukkan.com/vote.php3?no=17208
復刊リクエスト投票 「自衞隊よ胸を張れ」4票 / 100票

http://www.fukkan.com/vote.php3?no=2052
復刊リクエスト投票 「人間通になる讀書術」59票 / 100票

70 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 21:46:06
論ふに足りぬ些事 松原正(平成十七年九月二十五日附「國民新聞」)

 私はこの文章を東北新幹線の車中で書いてゐる。今年は義父の新盆だから岩手縣の愚妻の
實家に一週間滯在したのだが、滯在中は一行も書けなかつたし、書く氣にもなれなかつた。
東京とは異なり田舎は頗る義理堅く、義理人情の柵を無視出來なかつたからだが、それだけで
はない。「郵政解散」について論ずべき事が何もなかつたからでもある。小泉は「郵政改革」反對
の小林興起を公認せず、小池百合子を公認したが、これは奏效して小池が當選するかも知れぬ。
東京だからである。だが、亀井靜香は公認されずとも、多分、當選する。選擧區が義理人情浪花
節の田舎だからである。
 この都會の軽佻浮薄と田舎の義理堅さは明治の文明開化以來不變なのであつて、前者が後
者に勝つ事は決して無いし、勝つたら日本人は日本人でなくなるであらう。これを要するに、明治
以降の「西洋學問」は、詰まり「近代化」は、盡く無效だつたのであり、その大事に較べれば「郵政
改革」や「郵政解散」の是非なんぞおよそ論ふに足りぬ一過性の些事に過ぎない。

71 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:10:05
大盛況だつた増岡鼎元陸將を圍む會 蟹 昭和六十一年

四百數十人の幹部出席は處分への無言の抗議か

 新聞は時々大きなニュースを故意または失策により報道しないことがある。六月二十九日の
各紙朝刊がそろつて報道しなかつた大きなニュースを月曜評論の讀者にお知らせしておかう。
 實は前日の六月二十八日夜、東京・新宿區の新市ヶ谷會館で「増岡元陸將を圍む會」が開
かれたのだが、參加者は豫想をはるかに超えて陸上自衞隊の高級幹部四百數十人と外部の
知識人など約四十人が詰めかけるといふ異例の事態が起こつたのである。
 増岡元陸將軍といへば、月曜評論紙上で自衞隊の苦しい實情の一端を國民に訴へたことを
問題にされて、今年二月末に訓戒處分を受け、三月十七日に退官させられた人物である。事
なかれ主義に取りつかれた防衞廳首腦の誤れる判斷による不當な處分ではあつたが、増岡元
陸將はまぎれもない被處分者である。そのやうな人物の送別會に、現役の陸上自衛隊の高級
幹部が四百数十人も駆けつけたのである。関係者に聞くと、増岡元陸将クラスの送別会でこれ
ほど多数の出席者があつたケースはかつてなかつたといふ。確かに増岡元陸将は魅力ある人
物ではあるが、これはもはや一つの大きな事件である。
 處分を受けた増岡元陸將の送別會に出席すれば、ひよつとすると内局ににらまれるかも知れ
ない。サラリーマン社會なら當然さうした計算から危きに近寄らぬ同僚、後輩が大多數であらう。
にもかかはらず四百數十人もの記録的出席があつたのである。この數字は、増岡元陸將に連帶
感を持つ陸上自衞隊幹部がいかに多いかを示すと同時に不當處分に對する無言の抗議、無言
の反撥と解釋せざるを得ない。
 また、氣賀健三慶大名譽教授、宇野精一東大名譽教授、村松剛筑波大教授、松原正早大教
授、臼井善隆早大教授、小田村四郎日銀監事、法曹關係者ら外部知識人が參加してゐたのも
陸將の送別會としては異例だが、勿論全員が處分反對派である。

72 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:10:58
加藤紘一長官に見せたかつた

 このやうな光景を、不當處分を強行した加藤防衞廳長官や、この處分を強く支持した朝日新聞
の記者にぜひ見せたいと思つたのは筆者だけではなかつただらう。
 熱氣に包まれた會場で石井政雄陸上幕僚長らの祝電が披露されたあと挨拶に立つた増岡元
陸將は「變はり者の私が三十四年餘も陸上自衞隊に勤務できたのは、ひとへに先輩の皆さん、
同僚と部下の諸君のおかげであり、深く感謝してゐる。私は今日まで一朝有事の際に役立つ自
衞隊にせねばならぬといふ信念に基づいて努力してきた。國民の理解と支持なくして自衞隊は
戰へず、祖國は守れない。さういふ意味で、自衞隊に對する理解があまりなかつた時代から支へ
て下さつた東方オピニオンリーダーの方々に感謝したい。また、氣賀先生、宇野先生はじめ、部
外の先生方とは私が例の事件を起こしてからのおつき合ひだが、どうか國民の皆さんが自衞隊に
ついて正しい理解が持てるやうご努力願ひたい。今後は陸上自衞隊のOBとして、自衞隊に對す
る國民の理解を深めるために全力を盡くしたい」といふ主旨を淡々と述べ、萬雷の拍手に迎へら
れた。最後に黒田東京地聯部長が「私には地雷を踏むなよとおつしやりながら、ご自分が地雷を
お踏みになつて・・・」とユーモアたつぷりに挨拶して滿場大爆笑。不當處分を吹き飛ばすやうな
明るい笑ひで會を締めくくつた。
 當夜出席した制服幹部の主な顔ぶれをここで紹介したいところだが、内局との微妙な關係もあり
うるので割愛しておく。

*昭和六十一年七月十四日付「月曜評論」四面より

73 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:12:18
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20060213
「認識ズレ、同盟の危機!」 佐藤守

(前略)
湾岸戦争が開始されて間もなく、三沢基地に在韓米空軍司令官が来て、将校クラブで
スピーチしたときの事が忘れられない。
拍手に迎えられて演壇に立った司令官は、副官が作った演説メモを取り出し「今日はこ
れを使わない」と言うや、大げさに原稿を演台の上に投げ出して次のような話をした。

「米本国では、ベトナム戦争の反省から今回の湾岸危機に参戦すべきではないという意
見がある。そのわが国では、情けないことに君達と同じ年代の多くの青年男女が、麻薬や
フリーセックスにおぼれて反戦を唱え兵役を拒否している。それに比べて君達はどうだ。
祖国を遥かに離れた極東の地で厳しい訓練に耐え、ひたすら自由のために戦っている。
そして今回、命令されれば君達は、かの中東に駆けつけ血と汗を流そうとしているのだ。

確かに今回の中東危機は、米国にとってさほどの緊急事態ではない。なぜならば、中東か
ら石油が来なくなっても、わが国の地下にはいくらでも眠っているから全く心配はない。中
東から買うほうが安いから輸入しているに過ぎない。中東から石油が買えなくなる事が一番
困るのは西欧諸国であり、この日本国である。その意味では何も西欧と日本のためにわが
米国の、君らのような大切な青年男女を危険にさらす必要はないのだ。しかし諸君、考えて
みてくれ。我々米国軍がフセインの横暴を押さえつけなければ、世界の平和はどうなるのだ。
自由はどうなるのだ。我々は正義と自由と、そして同盟国との約束を果たすために戦うのだ。
その意味で、ここにいる若いわが兵士諸君を、私は心から誇りに思う。共に正義と自由を守る
ために献身しようではないか!」

会場はどよめいた。若い兵士たちは立ち上がって拍手をした。婦人たちも立ち上がってこれに
同調し拍手が鳴り止まなかった。その場にまるで日本人代表のように一人いた私が、如何に
困惑したか想像していただけるであろうか。
(後略)

74 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:13:53
1,「真正保守の松原正」名無しさん@お腹いっぱい。
平成十三年四月一日〜同十四年七月二日(1〜853)
http://tmp.2ch.net/sisou/kako/986/986065217.html

2,「【斬】論客キラー松原正【殺】」 志士舞
平成十四年六月十九日〜同十五年三月十六日(1〜1000)
http://book.2ch.net/book/kako/1024/10244/1024457338.html

3,「【斬】論客キラー松原正【殺】part2」 吾輩は名無しである(青空俺男)
平成十五年三月十六日〜同十六年四月十九日(1〜1000)
http://book2.2ch.net/test/read.cgi/book/1047813728/

4,「松原正 其ノ三」 吾輩は名無しである
平成十六年四月十八日〜同十七年六月十五日(1〜1000)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1082290612/

5, 「【馬鹿を】 松原正 其ノ四  【斬る】」 吾輩は名無しである(青空俺男)
平成十七年六月十五日〜(1〜)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1118829563/

「舊字舊かな派を考へる」(舊「ノズラー」スレッド) あいうえお
平成十七年六月十三日(1〜)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1118626624/1-100

「保守系・良識派」雑誌・ミニコミ紹介
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/8122/

75 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:21:33
<ノズラー度チェック>

□ノズラーのカリスマ、野嵜健秀氏を尊敬してゐる
□松原正、福田恆存の信奉者である
□正統表記を用ゐるのは傳統的なものだからではなく、論理的だと
信じてゐるからである
□傳統には餘りこだはりが無い
□「論理教信者」である
□愛國心が無い
□尊皇心が無い
□コスモポリタン(世界市民)志向が強い
□都會つ子である
□日本人は歐米人と較べると馬鹿で程度が低いと思つてゐる
□自衞隊に興味がなく國防意識が弱い
□探求心はあるが志が無い
□漫畫アニメが大好きである

<アンチノズラー度チェック>

□野嵜健秀氏及びノズラーをからかふの樂しみである
□正統表記はもとより傳統にはさほど關心がない
□松原正にはそれほど關心がない
□探求心が餘り無く志も無い
□漫畫アニメが大好きである

76 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:22:05
<良識派度チェック>

□ 男系に依る皇統繼承を願つてゐる
□ 年次表記は元號を使用
□ 年代表記には日本紀元(神武紀元或いは皇紀)を用ゐてキリスト教暦は
使用しない
□國旗國歌を大事に思つてゐる
□祝祭日の名稱は戰前のものに戻すべきである
□ GHQも推進した戰後國語改惡に依る占領表記は用ゐず、傳統表記たる
正字正假名遣ひの正統表記を用ゐる
□傳統行事には出來るだけ參加しようと思つてゐる
□ 靖國神社に參拜しない政治家は信じない
□ 占領憲法は廢棄しなければならないと思つてゐる
□ 自衞隊を正式な軍隊にしなければならないと思つてゐる
□北朝鮮拉致被害者の全員歸國を願つてゐる
□反共である
□反創價學會である
□ スパイ防止法の制定を願つてゐる
□外國人參政權には反對である
□ パソコンの左横書の横行を嘆き、縱書表示の普及を願つてゐる
□ 文章中の數字表記には基本的に漢數字を用ゐる
□ 尺貫法を用ゐる
□ 數へ年を使用
□ 「支那」を使用
□「看護婦」「保母(保姆)」を使用
□學力低下による日本人の能力低下を憂ひてゐる
□ニートの存在を非常に憂ひてゐる
□ 漫畫アニメは嫌ひである
□米共和黨や臺灣パラオ等の親日勢力との連携を強く願つてゐる

77 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:38:23
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20060205
文藝評論家=山崎行太郎の『毒蛇山荘ブログ日記』より

「諸君」と「正論」を久しぶりに買った。真面目に読むのも久しぶりだ。僕は、最近は、
この二つの保守系オピニオン雑誌を読んでいない。つまり買ってもいない。本屋で
立ち読みするか、あるいは新聞の広告で内容を推察するだけだった。毎月毎月、
今の時点でもっとも国家存亡の危機にかかわる、いわゆる小泉自民党執行部批判
を封印したままでの、ほとんど無名に近い三流文化人達の手による、「素人」レベル
の中国バッシングや民主党バッシング、あるいはキム・ジョンイル・バッシング等、わ
かりやすい政治的プロパガンダ記事ばかりが乱舞する中味に食傷気味だったから
だ。僕が読みふけっていた頃は、両誌とももっと思想的、学問的深みのある執筆者
の重厚な論文も少なくなかったはずだが、今はそういうものを捜すのも難しい。それ
も時の流れなのだろう。

78 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:44:40
(前略)
詳細は四年前に書いた「韓國の民主主義」を讀んで戴きたいが、朴(正煕)大統領が
「私は人にどう言はれても、あらゆる努力をして、(あの金大中のやうな人達には)
大統領の席を讓りたくありません」と言つた時、握り締めた兩の拳を机の上に置き、
その間に稍前のめりに顏を伏せ氣味にして、半ば自分に言ひ聽かせるやうに力
強く言ひ放つた眞率、沈痛な表情、その部厚い兩肩が、未だに私の眼底に殘つ
てゐる。それは私の生きてゐる限り一生消えないであらう。如何に私が民間の一
文筆業者であれ、いや、だからこそ何でも書ける立場にある男である、それに向つ
て自分が「獨裁者」呼ばはりされてゐることを百も承知の上で、一國の元首がこれ
ほど眞率の言を吐くといふのは稀有のことであらう。
(後略)

* 『福田恆存全集 第七卷』(文藝春秋) 昭和六十三年發行より 原文正字正假名
* 「文藝春秋」昭和五十五年一月號に掲載

79 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:53:36
松原正氏が今までに批判した人

三島由紀夫、西尾幹二、小林よしのり、西部邁、渡部昇一、山本七平、江藤淳、
石原愼太郎、岡崎久彦、清水幾太郎、永井陽之助、竹村健一、小堀桂一郎、
福田和也、板坂元、細川隆元、永井道雄、浜田幸一、秦野章、篠沢秀夫、
猪木正道、広中平祐、林房雄、三宅久之、中川八洋、田中美知太郎、黛敏郎、
長谷川三千子、遠山景久、竹山道雄、勝田吉太郎、司馬遼太郎、小室直樹、
佐瀬昌盛、三浦哲郎、藤原弘達、金大中、菅直人、麻生良方、美濃部亮吉、
松岡英夫、糸川英夫、吉田秀和、藤井治夫、島良一、羽仁五郎、村松喬、
外山滋比古、石川達三、宇都宮徳馬、西原春夫、畑山博、立花隆、村上泰治、
丸谷才一、家永三郎、石川貫之、神谷不二、三笠宮寛仁、市川房枝、二階堂進、
西川潤、小谷秀二郎、近藤信行、関寛治、金一勉、加藤諦三、菊村到、北杜夫、
野坂昭如、村井資長、金田正一、岡野加穂留、吉行淳之介、森茉莉、久保田円次、
田中健五、佐藤誠三郎、金丸信、久保田信之、坂田道太、伊藤栄樹、高橋康也、
筑紫哲也、安倍北夫、稲田秋彦、松山善三、佐々木惣一、神島二郎、河野洋平、
佐伯喜一、木村尚三郎、松浦総三、田英夫、榎本三恵子、岡原昌男、山本幸一、
なだいなだ、清水英夫、大平正芳、粕谷一希、内村剛介、井上靖、小田島雄志、
井伏鱒二、田岡俊次、西修、井戸剛、田上穣治、萩本欽一、寿岳章子、園田直、
中野孝次、三木武夫、武者小路公秀、菊池昌典、香山健一、三好徹、日高義樹、
森常治、竹内実、森山欽司、長谷川慶太郎、元信堯、中山千夏、中野好夫、
板倉宏、臼井善隆、石橋政嗣、戸川猪佐武、鈴木善幸、武智鉄二、佐々木良作、
池田満寿夫、佐藤陽子、福田赳夫、田中裕子、原田耕介、大江健三郎、内山秀夫、
森嶋通夫、尾崎一雄、殿岡昭郎、丹羽喬四郎、無着成恭、小田実、秦郁彦、
永畑道子、河原敏明、大岡昇平、小此木啓吾、森清、富野暉一郎、森田俊男、
若宮清、井沢弘、李健、宮沢喜一、奥島孝康、広瀬隆、T・K生、本多勝一、
山崎正和、遠藤周作、岡沢憲芙、鄭敬謨、戸塚宏、古井喜實、堀鉄蔵、
鈴木卓郎、高坂正堯、鈴木健二、井上ひさし、矢延泰、梶原一騎、志水速雄、
福岡政行、久野収、吉本隆明、田中六助

80 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:54:07
2005.05.30
松原正先生講演会 前田嘉則

 去る5月29日、大阪で松原正先生の講演會があつた。
 政治主義に陷りやすい、私たち日本人の拐~の脆弱さを指摘してゐたものだつたと思ふ。
(中略)
講演會で、引用してゐた文獻。

  ジョージ・スタイナー『サンクリストバルへのA・Hの移送』 邦題は『ヒトラーの辨明』三交社

 また、小谷野敦さんの『評論家入門』(平凡社新書)のなかで、松原先生に「畏敬の念を覺える」
とあることを傳へると、「批判した相手から、評價を受けるのは初めてだ。」とおつしやつてゐた。

81 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:54:47
副島隆彦の学問道場
http://soejima.to/

http://web.archive.org/web/20030409054854/http://soejima.to/boyakif/wd200112.html
今日のぼやき (2001.12) 江藤淳、福田和也、兵頭二十八について

http://snsi-j.jp/boards/mail/4.html
松原正、呉智英について

[170] 読者からのメールの転載 投稿者:副島隆彦 投稿日:2002/03/06(Wed) 13:05:47

渡邊健さまへ
副島隆彦です
以下のメールをいただきました。ありがとうございます。
私は、歴史的かな使いはしませんが、福田恒存氏への尊敬の気持ちは
あります。左翼全盛時代に、ああやって、ひとりでこつこつと、大して報われることもなく、演劇
運動と少数派保守言論を続けておられました。福田恒存はちっともいい思いをしていなかった、
ということが、私にとっての彼への評価の基準になります。松原正氏も、いわゆるアメリカの手先
保守たちが乗っ取っている日本保守言論界からは、追放状態です。私は、そういう偉い先生方
を顕彰する運動もしたいのですが、如何せん、自分自身の生き残り作戦で今は精一杯です。
闘いに負けることが目標ではありませんので、「いまに見ておれ」という気迫だけは持っていたい
と思います。     副島隆彦拝
<略>

82 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:55:34
2005.03.10
加地伸行氏との對話 前田嘉則

 先日、支那思想史が御專門の大阪大學名譽教授の加地伸行氏と御話する機會があつた。
文章からは想像もできないほど氣さくな方で、上機嫌なせいか陽氣に御話をうかがつた。
 加地氏と言へば、かつて『月曜評論』で松原正氏を批判し、私たちは面白く讀んだが、あの
「論爭」は御二人の資質の違ひであるなといふことが諒解された。「難波の好好爺」と「粹な
江戸つ子」との違ひといふのだらうか、合ふ筈がない。論壇村で仲よくしようなどといふ氣は
金輪際持たない松原氏が、言論とは何かを考へた末に書く文章と、保守派は保守派で聯合
し世論を正しく誘導しようとする所から書く文章とは、自づから異る。保守とは何かといふこと
に對する考へ方も對局的なものであらう。
<略>

83 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:56:15
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H13/1311/131127afghanistan.html#09
國民新聞(平成13年11月)<特集> 「アフガン問題と日本」私はこう見る
世界一だらしのない国日本 早稲田大学名誉教授 松原 正


http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H15/1501/150103think.html#10
國民新聞(平成15年1月)<特集> 年頭所感(その1)
無知と夜郎自大ゆゑに負けた 早稲田大学名誉教授 松原 正

84 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:57:05
國語國字問題の議論を國會に要望す 國語國字問題を考へる有志の會 昭和六十年

1 初めに――國語國字問題は未解決である

本年(昭和六十年)二月二十日、第十六期國語審議會は、國語審議會假名遣ひ委員會の
試案「改定現代仮名遣い(案)」を公表しました。國語審議會では、この試案に對する國民
一般の意見を聞いた上で、更に檢討を加へて來年三月に文部大臣に答申を提出すると言
つてをります。現に、本年二月から三月にかけて全國を五地區に分けて説明會を開催しました。
漢字の使用に就いては、昭和五十六年十月よりそれ迄の制限的意味を有する當用漢字表
に替つて、使用の目安と稱する常用漢字表が實施されてゐます。常用漢字表は當用漢字
表の不備を手直しするといふものでした。「改定現代假名遣い(案)」も亦、「現代かなづかい」
の不備を手直しするといふ妥協的處置の發想に係るものです。そこには、占領下に不用意
に實施された現行國語政策への反省も、その根本的な再檢討を圖るといふ勇氣も見當りま
せん。來年三月の答申が實現すれば、國語國字問題は、漢字と假名遣との兩面に亙つて、
最終的解決に達したといふ事にされるでせう。

2 常用漢字表の趣旨は活かされてゐない

が、國語國字問題は豫想されるこの答申によつて解決のつく樣な問題ではありません。常用
漢字表は、漢字使用の目安である旨を謳ひ、字數に就ては千九百四十五字を擧げ、字體に
就ては康煕字典體(正漢字、所謂舊字)を併記してゐます。けれども、日常目にする新聞雜誌
から市町村の廣報紙に至る迄、目安だといふ常用漢字表の趣旨が活かされてゐる例はどれ
だけあるでせうか。どの新聞を開いて見ても、「ふ頭」「わい曲」「しっ責」「ろっ骨」「めい福」の
やうな、漢字と假名との混ぜ書きの例は依然として罷り通つてをり、動植物も亦、相變らず片
假名書きにされてゐます。更に新たに生まれてきた子の命名の文字の制限は傲然と行はれ
てゐます。

85 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:57:36
3 「改定現代假名遣い(案)」への疑問

「改定現代假名遣い(案)」は、その性格の(2)として、「この假名遣いは、法令、公用
文書、新聞、雜誌、放送など、一般の社會生活において現代の國語を書き表すため
の假名遣いのよりどころを示すものであり、科學、技術、藝術その他の各種專門分野
や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。」としてゐます。常用漢字表の
「目安」と言ひ、この「よりどころ」と言ひ、何れも俗耳に入り易い言葉であります。が、
この儘答申といふ事になれば、この「よりどころ」は全く無意味なものと化す事は、常
用漢字表の「目安」が辿つた經過よりすれば、火を見るより明かであります。「目安」や
「よりどころ」といふ不確かな基準を以ていつたい正常な國語の營みが成り立つもの
でせうか。例へば、英語でも佛語でも外國語を學習する際に、その外國語の文法や
綴字法が、「改定現代假名遣い(案)」の示すが如きものであつたとすれば、私共は
安心してその外國語を學習する事は出來ないでせう。如何なる國語に就て見ても、
その通用の實態は、歴史的に成立し、定著した慣用とその誤用とを内容とするので
あつて、社會一般用と個人用との二者を意圖的に併存させるといふ事はあり得ませ
ん。常用漢字表の例から見ても、「改定現代假名遣い(案)」は、現行の「現代かなづ
かい」と同樣な拘束力を有するものにならざるを得ないのです。にも拘らず、飽く迄
「よりどころ」であると強辯するのであれば、それは假名遣とは言ふものの實際には
假名文字の無原則な使用を公認する、即ち假名遣そのものを否定するといふ結果
になるでせう。

86 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:58:19
「改定現代假名遣い(案)」は、取つて附けたやうに、「歴史的假名遣いが、我が國の
歴史や文化に深いかかわりをもつものとして、尊重されるべきことは言うまでもない。」
とも言つてゐます。この文言の眞意は奈邊にあるのでせうか。「改定現代假名遣い
(案)」の性格の(1)では、「この假名遣いは、語を現代語の音韻に從って書き表すこ
とを原則とし、一方、表記の慣習を尊重して一定の特例を設ける。」と言つてをります。
この性格附けに從ふ限り、歴史的假名遣を正統表記として自ら習得せんとする若い
世代の國民は、依然として正則を輕視して例外の方を尊重する偏窟人といつた白眼
視に耐へなければならないでせう。

4 自由民主黨「國語の諸問題」の見識

今を去る十七年前、昭和四十三年七月に、自由民主黨は「國語の諸問題」といふ政
策册子を公表してをります。その内容は、占領下に急造された一連の國語政策を根
本的に否認するものでした。「國語の諸問題」はその結論として、漢字に就ては制限
緩和と正字體、假名遣に就ては文化の流れに即し傳統的な語法に基いた優れた表
記法として歴史的假名遣、書式に就ては「公用文は右縱書きを原則とすべきであつ
て、左横書きは學術等の分野の止むを得ないものに限るべきである。」と主張してゐ
ます。即ち、この結論は國語を通じての父祖との生ける繋りを等閑に附す事に因つ
て、日々に傳統的思考・習俗との斷絶を齎らしてゐる現行國語政策に異議を表明す
るものでした。が、政權擔當政黨による、かかる見識ある國語政策にして、なほ政府
を動かす事のない儘今日に至つたのです。

87 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:58:55
5 國語國字問題に關する最近の國會論議

さて、本年二月から五月にかけて、國會に於て注目すべき質問が繰り返して行はれ
ました。民社黨の瀧澤幸助議員が、國語の傳統を擁護する立場から現行國語政策を
批判する質問を行つたのです。瀧澤議員は口答の質問のみならず、文書にても四月
二日附にて二通の質問主意書を提出してゐます。即ち、「國語問題に關する質問主
意書」と「戸籍法第五十條に關する質問主意書」です。前者は全十一項目(細目を含
めれば二十一項目)からなる國語政策の不備を衝く各條質問主意書であり、その趣
旨は正しく曾ての「國語の諸問題」の結論と軌を一にしたものです。後者は、戸籍法
第五十條に規定されてゐる子の名前の文字の制限は廢止せよと主張するものです。
瀧澤議員の兩質問主意書には、内閣總理大臣中曾根康弘名にて、それぞれ四月十
二日附の答辯書が送附されてゐます。然し乍ら國會に於るこのやうな日本人の精神
の根幹に係る重要な問題の遣取りは、果してどれだけの國民の知る處でせうか。

88 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 22:59:38
6 地名改廢も法改正に依つて終止符が打たれる

民間の國語國字正常化の運動として、國語の傳統擁護を一貫して世に訴へて來た
國語問題協議會の功績を忘れる事は出來ません。然し今や、國語國字の問題は政
治の場で決著をつける秋が來たのではないでせうか。歴史的な地名の改廢の問題も
亦、最近の法改正に依つてのみやつと終止符が打たれるやうになりました。地名の
問題は正しく國語國字問題正常化の一事例であります。
國語國字問題は未解決であり、今又興廢の岐れ目にさしかかつてゐます。來年三月
の「改定現代假名遣い(案)」の答申に依つて安定が期待される樣な問題ではありま
せん。國語の傳統擁護の立場から、父祖竝に子子孫孫との精神の系譜を保つ爲に、
國民の代表たる國會の場に於て堂々たる論議が盡される事を切に望むものであります。

89 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 23:00:16
7 提言――國會論議に望む五點

國語の傳統擁護の立場から當面次の五點に就て論議される事を望みます。

一、「公用文作成の要領」に示す混ぜ書きの許容の規定(「他によい言いか
えがなく、または言いかえをしてはふつごうなものは、常用漢字表にはずれた
漢字だけをかな書きにする。」)は、常用漢字表の趣旨に背くので廢止すべき
である。
二、公用文の書式は國語の傳統に從つて、縱書きを原則とすべきである。
三、學校教育に於ては、古典との繋りを重んじ、正漢字歴史的假名遣の學習を
認知すべきである。
四、教科書に掲載乃至引用される教材の文章に就ては、原典の表記をその儘に
保つべきである。
五、戸籍法第五十條に定める所謂人名漢字制限の規定は廢止すべきである。

昭和六十年九月十五日(日)

國語國字問題を考へる有志の會
小堀桂一郎
古賀俊昭
駒井鐵平
高池勝彦
中澤茂和
中村信一郎

*「國語國字問題資料 第一册」 國語國字問題を考へる有志の會 昭和六十二年發行 より

90 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 23:03:28
「國語國字問題の議論を國會に要望す」への贊同者一覽 昭和六十年〜昭和六十三年

阿川弘之(作家)、秋元正秋(高校教員)、淺川肇(歌人)、淺野晃(詩人)、畔上知時
(歌人)、安齋隆(大學院學生)、池田潔(慶大名譽教授)、石井勳(石井教育研究所)、
市原豐太(佛文學者)、伊豆山善太郎(茨城大名譽教授)、伊原吉之助(帝塚山大教授)、
今道友信(放送大教授)、臼井善隆(早大教授)、内海洋一(大阪大名譽教授)、
宇野精一(東大名譽教授)、上杉千年(高校教員)、上田博和(高校教員)、江面靜彦、
江藤淳(文藝評論家)、遠藤浩一(團體職員)、大石龜次郎(元高校長)、大石泰彦
(東大名譽教授)、太田青丘(歌人)、大沼英太郎(醫師)、大野光起(歌人)、大橋伊佐男
(中學教員)、落合欽吾(新潟大名譽教授)、角山素天(易學研究家)、角山正之
(中學教員)、柏谷嘉弘、片上明(追手門學院大教授)、片岡正彦(國鐵)、勝部眞長
(お茶の水女子大教授)、河田悌三郎(歌人)、河戸博詞、川畑賢一(高校教員)、
河村幸一郎(會社役員)、河盛好藏(佛文學者)、鎌田純一(皇學館大教授)、木内信胤
(評論家)、空花圭一(元中學校長)、工藤重忠(亞細亞大教授)、倉成(中學教員)、
倉野憲司(福岡女子大名譽教授)、黒岩和夫(明治學院大教授)、見學玄(俳人)、
郷守、小谷惠造(高校教員)、小林郁夫(團體職員)、小堀杏奴(隨筆家)、小柳陽太郎
(九州造型短大教授)、齋藤貞幸(高校教員)、櫻井保、坂本太郎(東大名譽教授)、
相良順之助(宮司)、佐々木彰(會社員)、佐々木奎文(秋田大助教授)、佐多保彦
(會社役員)、佐藤通次(元皇學館大學長)、佐藤寛行(評論家)、佐藤勝(辯護士)、
佐藤松男(團體役員)、佐伯彰一(文藝評論家)、宍戸淑郎、清水幾太郎(社會學者)、
清水豐明(熊本大教授)、白井浩司(慶大名譽教授)、白井傳(元中學校長)、杉田幸三
(作家)、鈴木正次(著述家)、鐸木俊三(詩人)、鈴木洋一(水戸女子商高長)、關正臣
(舞岡八幡宮宮司)、關根知孝(能樂者)、仙北谷晃一(武藏大教授)、副島廣之
(明治神宮權宮司)、高崎一郎(齒科醫師)、高梨智弘(公認會計士)、高橋史朗
(明星大助教授)、寶邊正久(會社役員)、竹内輝芳(言文研究會主幹)、竹内俊隆(教員)、

91 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 23:04:31
田中卓(皇學館大學長)、田中美知太郎(哲學者)、谷省吾(皇學館大教授)、
俵孝太郎(評論家)、土屋英宇(中學教員)、角田文衞(平安博物館長)、照屋佳男
(早大教授)、那珂太郎(詩人)、中河與一(作家)、中津海茂(畫廊經營)、中村粲
(獨協大助教授)、中村隆(辯護士)、中村光夫(文藝評論家)、中村保男(飜譯家)、
中尾昭人(會社役員)、名越二荒之助(高千穗商大教授)、西川泰彦、仁科武雄
(會社役員)、新田大作(實踐女子大教授)、野口恆樹(皇學館大名譽教授)、萩谷朴
(大東文化大教授)、橋本晃朋(學生)、橋本公明(辯護士)、長谷川宏(學生)、
濱田正紀(團體職員)、林巨樹(青山學院大教授)、林三郎(評論家)、林秀彦
(評論家)、原田種成(大東文化大教授)、平川祐弘(東大教授)、平田光寛
(中學教員)、平林孝(編輯者)、福田恆存(評論家)、富士川英郎(東大名譽教授)、
藤井純一(高校教員)、古谷太郎(元日野市長)、保坂政吉、保坂政喜、本間一誠
(高校教員)、松原正(早大教授)、前川孝志(高校教員)、黛敏郎(音樂家)、三潴信吾
(元高崎經濟大學長)、宮川悌二郎(高校教員)、三宅義藏(高校教員)、武藤光朗
(評論家)、村松嘉津(佛文學者)、村松剛(評論家)、村尾次郎(歴史家)、村尾元忠
(小山高專助教授)、森田康之助(國學院大教授)、森本忠(熊本音樂短大名譽教授)、
夜久正雄(亞細亞大教授)、山内健生(亞細亞大講師)、山口康助(帝京大教授)、
山田貞藏(會社員)、山田雅夫(團體役員)、横地末次郎(寫眞家)、吉川逸治
(東大名譽教授)、吉澤正晶(高校教員)、和田耕作(前衆議院議員)、和田八郎
(會社役員)、和田正美(光陵女子短大助教授)、渡邊茂(團體役員)、渡邊眞
(會社役員)、渡邊正廣(會社役員)、井手春夫(齒科醫師)、岡田和巨、小川雅照
(會社員)、小川正夫(藤田觀光)、岡本幸治(愛媛大教授)、岡本功司(著述業)、
桶谷秀昭(文藝評論家)、小田村寅二郎(前亞細亞大教授)、青山新太郎(歌人)、
葦津嘉之(宗像大社宮司)、足立武士(辯護士)、有賀清之助、石川眞治
(正論の會幹事長)、市村眞一(京大教授)、入江通雅(青山學院大教授)、
大鳥井武司(龜戸天滿宮宮司)、大島康正(筑波大名譽教授)、乙藤眞之(會社員)、

92 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 23:05:23
梶山茂(病院長)、北島健、古賀勝次郎(早大助教授)、坂本愛太郎、佐々木秀信
(教員)、佐藤辰雄(會社員)、榊原邦彦(豐田工專教授)、篠田康雄(熱田神宮宮司)、
白井永二(鶴岡八幡宮宮司)、田形敏治(歌人)、津下正章(皇學館大名譽教授)、
直江孝久(辯護士)、中川八洋(筑波大助教授)、西山徳(皇學館大教授)、
日本青年協議會、野田英二郎(外務省研修所所長)、波田米治(元中學校長)、
初田育造(元中學校長)、平山三郎(作家)、廣瀬武久(高校教員)、星運吉
(辯護士)、松尾久野(住吉神宮禰宜)、松浦健二(團體役員)、馬淵房子(主婦)、
丸井和彦(酒列磯前神社宮司)、三宅萬造(會社役員)、宮本十郎(團體役員)、
室崎和彦、森重敏(奈良女子大教授)、山口達視(辯護士)、山口義孝(高校教員)、
山崎馨、吉居孝美、吉田武久(賀茂神社宮司)、若井勳夫(京都文教短大講師)、
井手榮治(教育團體役員)、狩野一史(會社役員)、川西重忠(會社員)、粉川宏
(評論家)、佐藤亮策(元東洋大教授)、高木桂藏(評論家)、田久保忠衞(評論家)、
土合茂(俳人)、萩原芳雄、平古場多四郎(長崎縣老人クラブ連合會會長)、
平山寛司(元小學校長)、松村洋史(學生)、猪瀬尚志(團體役員)、加部隆三
(團體職員)、菅原益邦(會社役員)、寺澤東彦(高校教員)、原田豐(高校教員)、
古谷善三郎(印刷業)、松永又次(病院理事長)、村上秀樹、吉原恆雄(評論家)、
秋葉忠利(大學教授)、天野公成(學生)、内山平一(醫大講師)、上條憲一
(學生)、小谷幸雄(大學教授)、坂明夫(神職)、高橋初次郎(寫眞家)、竹内孝彦
(小學校教員)、平田清美(會社員)、富士信夫(評論家)、森脇彬(會社員)、
岡田俊之輔(教員)、小田村四郎(日本銀行監事)、荒井眞弓(小學校教員)、
居關正二郎、梅田義則、勝岡寛次、鎌田道治、久保田眞、國分隆紀、竹田員啓、
橋本哲也、半本茂、平田五十一、山口二雄、清水明彦、市川晴一、勝木巖、
金子善光、田中瑛也、中村義勝、林英一、枡岡正浩、岡田春生、小澤俊也
(昭和六十三年十一月五日現在、計二百五十七人<内團體一>役職も當時のもの)

*「國語國字問題資料 第一册」 國語國字問題を考へる有志の會 昭和六十二年發行等 より

93 :吾輩は名無しである:2006/02/13(月) 23:06:09
國語國字問題を考へる國民集會への意見(抄) 昭和六十一年〜昭和六十三年

<第一囘>昭和六十一年二月
宇野精一(東京大學名譽教授)…三月に國語審議會が假名遣の答申をすると思はれ
ますから、この際猛運動の要ありと思はれます。

大石龜次郎(國漢專攻者、九十九歳)…國語審議會がやつた國語攪亂事業は、全部
撤囘せよ。

倉野憲司(福岡女子大學名譽教授)…時宜に適したお催しで盛會を祈つてやみません。
老生、遠方でもあり、立ち居に不自由してゐますので殘念ながら缺席します。

佐藤通次(獨文學者)…私もそちら樣と同じ考への者です。

中村粲(獨協大學助教授)…大學に於いて、私は必ず歴史的假名遣を使ふことにし
て居ります。學生の中にも、正漢字、歴史的假名遣で書く學生が毎年のやうに居りま
して、感心いたします。

平山三郎(作家)…お誘ひを有難く存じます。「現代假名遣い」はまつたく不便で日本語
の本來の味はひを消してしまふ。よほどアタマのわるい役人がかんがへたものと思ひます。
文藝にたづさはる作家が雷同してゐるのはバカバカしい現象と思はれます。

黛俊郎(音樂家)…趣旨には全面的に贊成しますので、今後も御聯絡お願ひ致します。

村松剛(筑波大學教授)…文藝家協會の國語問題委員長として、できるだけのことは
二十年間して來たつもりです。文化廳は動かず、あとは政治力だけでせう。

若井勳夫(京都文教短期大學講師)…答申がせまつてゐます。差し當つて、それを延期
して愼重審議に持つて行きたいものです。

94 :吾輩は名無しである:2006/02/14(火) 08:20:19
なにこれ(´д`;


95 :吾輩は名無しである:2006/02/14(火) 23:44:05



無 職 は 、 外 道 !






96 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/14(火) 23:47:29
ニートはハローワークに池!



97 :吾輩は名無しである:2006/02/15(水) 09:52:53
義はナローバンドでシコシコやっとれ!



98 :吾輩は名無しである:2006/02/15(水) 18:11:14
柵入会してやるよ
紹介者に>>100の名前書いてやらう

99 :吾輩は名無しである:2006/02/16(木) 18:44:26
ちなみに伊蔵じゃなくて以蔵な。


100 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 15:39:45
いぞう

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